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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[ゼルゼイルの旅路] EPISODE16
新たなる旅立ち――?
 


「レスター! 無事だったか!」
「姐さんっ! みんな無事っすか!?」
 少し詰まった声でラーシャが歓喜と安堵が交じり合った声をあげた。領内の砦まで退いたシンシア軍は、しんがりを勤めていたレスターの小部隊になけなしの士気を取り戻す。
「シリア殿、アルティオ殿もよくぞご無事で……!」
「おっほっほ、この至高の美しさを誇る私があんな奴らにどうこうなると思って!?」
「当たり前よ! 俺には幸運の女神がついてるからな! ……と言いつつ今回ばかりはさすがの俺も死ぬかと思ったぜ」
 おどけながらアルティオは肩を竦めてみせた。デルタはやや呆れたような目を向けたが、ラーシャはほんの少し力が抜けたように安堵の息を吐く。
「ライアント大尉、隊の損害は?」
「ああ……こいつらのおかげで全員生きてるぜ。みんな軽傷は負ってるが、まあ、俺の隊は頑丈なのがウリだからな」
「……そうですか。何よりです」
 そう言いながらティルスの声色はどこか硬かった。事務的な口調を貫きながらも、声の中には拭えない不安と焦燥が混じっていた。
「……そっちは、ひどいのか……」
 固い唾を飲んだレスターが問いかける。ティルスはふう、と重い溜め息を吐き、ラーシャとデルタの唇がぐっと引き結ばれる。目配せをした後、頷いたラーシャが深呼吸をして口を開いた。
「皆が迅速に動いてくれたのと、レスター、お前のおかげで予想よりも被害は少なく済んだ。だが……」
「……予想よりは、の話です。事実、かなりの兵力を失ったことは確かです。今の我々に、再び平原を攻める程の戦力はありません」
「……」
 レスターの歯軋りが、他の者の耳まで届いた。その後ろで肩を怒らせるアルティオの肩を、シリアがなだめるように叩いていた。
「それと……悪い報せがあります」
「……この上にかよ」
「はい。悪い報せです。シェイリーン様が帝都から失踪されました」
「な……っ!?」
 レスターの詰まった声が重なった。シリアの眉間にしわが寄り、ラーシャの表情に影が落ちる。
「な、何だそれっ!? どういうことだ!?」
「……暗殺騒ぎがあったそうです。その翌日には、行方がわからなくなっていた、と」
「ヴァレス殿たちも同時に行方知れずになっている。おそらくシェイリーン様はご自分の身の危険を感じて身を隠されたのだろう」
「……ちょっと、その暗殺騒ぎって」
 一足早く推察をめぐらせたシリアが懸念を口にした。それを肯定するかのように、デルタが力なく首を振った。
「エイロネイアの手の者による……と思いたいですが、そうとばかりは決定付けられません」
「タカ派の貴族院にとっては、今のシェイリーン様は目の上のこぶだ。こうして我々が敗北した以上、風当たりは一層強くなるだろうしな……」
 悔しさに歪む表情を抑えながら、ラーシャは搾り出すように吐き出した。レスターもまた、同じように表情で舌打ちをする。
「どこに隠れられたのかは……」
「……現在、捜索中です。もしかしたらこちらに向かわれている可能性もありますが……それから、もう一つ」
 言葉を切ったティルスが、ちらりとアルティオとシリアを見た。眉を潜めた二人に、ラーシャとデルタが腑に落ちないような、居た堪れないような、微妙な表情をする。ティルスは何拍か置いて、観察するような素振りの後に言った。
「ルナ=ディスナー様に本国から反骨の疑いがかけられています」
「な……っ!?」
 今度はアルティオとシリアの声が重なった。さあっ、と顔色が変わったアルティオが、涼しい顔で言ったティルスの襟首を掴みかける。ラーシャがそれを慌てて止めながら、
「我らは大陸でルナ殿に助太刀を頂いている。だから、彼女の人となりはわかっているつもりだし、けして悪人物ではないと知っている! ただ……」
「……別の国境近くで、小規模ですが諍いがありました」
 言葉を濁すラーシャの代わりにデルタが口を開く。
「その最中でエイロネイアの重鎮と思しき人物がいたと。彼女はシンシア軍から彼を庇い立てし、軍の前から行方を眩ませたそうです」
「―― !!」
 アルティオとシリアは顔を見合わせる。アルティオはティルスの首から手を離すと、そのまま顔を抑えて、「あの馬鹿野郎…っ!」と苦しく呟いた。
 シリアは苦い顔で溜め息を吐き、首を振る。二人ともそれが虚偽と決め付けられないのを知っていた。大人ぶっておどけてみせてはいるが、彼女は根は驚くほど純朴だ。もし、目の前にいたのが"彼"だとしたら、それを軍の刃が狙っていたら。
 ……彼女は裏切り者の称号など厭わないだろう。
 ――恋は盲目、とは言うけど。
 シリアは奥歯を噛み締める。気持ちは理解してやりたかった。しかし、それが必ずしも人を幸せにはしないのだと、彼女は知っていた。
「……私たちはどうすればいいのかしら?」
「……元より、これ以上進軍はできない」
 シリアの問いに、ラーシャが沈痛な面持ちで口にする。
「シェイリーン様の行方もわからず。貴族院を野放しにするわけにもいかない。ルナ殿の立場を放って置くわけにもいかないだろう。我々は一時、帝都に帰還する。できれば――」
「……わかった。付き合うわ」
「シリア!?」
「落ち着きなさいよ、アルティオ。土地慣れしていない私たちが闇雲に探したって、あの子たちを見つけられるわけないわ。第一、私たちが離脱したら、ルナの立場きっともっと悪くなるわよ? これ以上、あの子の敵を増やしたりしたら……」
「……くそっ!」
 舌打ちをして、アルティオは石畳を蹴り飛ばした。ラーシャは「すまない」と口にしたが、アルティオは黙って言葉を飲み込んだ。誰のせいでもない。厳しいことを言うなら、すべて当人の責任だ。シリアもアルティオも、どれほど変わってしまったとしても、、昔ながらの幼馴染を見捨てられるような人間ではなかった。そんな性格をしていたら、誰もこんなところまで来やしないのだ。
 ――……正念場、かしら……
 シリアは顔を上げる。石造りの小窓から、相変わらずどんよりと曇った空が見える。突き抜けるような故国のあの青い空が、何故だか無性に懐かしかった。


 デジャヴ、だとは思う。うん。というか思いたい。
「こんなところを女の一人旅なんて物騒だなぁ? おい」
 一番物騒なのはあんたたちじゃないか、と思うのだがあえて口にしない。目の前にはやたら汚い、何日も洗濯されていなさそうなボロボロの服の男が数人。手には切れ味の悪そうな刃物や長い棒。中には申し訳程度の鎧を着込んだ男もいて、記憶を失っていても何となく彼らがどんな質の人間なのか判断がついた。
 たぶん、追いはぎ、とか、山賊、とか言われる類の人間だ。
 見るのは初めて、と言いたいところだが、街道を歩いていてわらわら湧いてきた彼らを見ても、特段、冷や汗の一つも出なかった。だから、これはきっとデジャヴではないのだろう。思い出せないけど。
「そうだぜ。何せ俺たちみたいなのがいるからな」
 ――あ、一応、自覚あるんだ。
 さて、どうやって逃げようかと考えながら、頭のどこか冷めた部分がそんなことを紡ぎ出す。考えて、手が背中の大きな得物の柄に触れるが、出るのは溜め息だ。幸い、弓を構えたヤツはいないから、全速力で走れば逃げ切れないこともないかと思う。
「安心しな。女なら命まで取らねぇよ。大人しくしていれば……」
「大人しくしていても、ろくな目には合いませんよ」
『!?』
 まったく予想のつかない場所から、予想のつかない声がした。ややトーンの高い、だが少年とわかるアルトの声。男たちが眉間にしわを寄せ、鬱陶しげな目をして辺りを見回し始める。
 カノンの方が耳の精度は良かったようだ。声を追って頭上を仰ぐ。月桂の葉がはらり、と一枚目の前に落ちてきた。
「くすくす、こっちですよ」
 未だに見つけられない男たちを嘲笑うように、彼はやたらと楽しそうに笑い声をあげた。男たちも、カノンもまた眉を潜めてそこにいた彼を見た。
 太い枝を巡らせた月桂樹にゆらりと身を預け、少年はこちらを見下ろしていた。
 歳は大体、カノンと同じ程度だろうか。判断しにくいのは、どう見ても言葉と物腰が相応でないのと、顔の半分と首、覗く手がすべて分厚い包帯に包まれていて、体つきの判然としないゆったりとしたローブ調の服を着込んでいるためだった。戦地の国、とは聞いていたが、それにしてもその容姿は異様にしか映らない。
 カノンが言葉を失っていると、少年は躊躇いなく枝の上から身を躍らせた。反射的に肩が震えるが
 少年は木の葉が風に落ちるかのように、ふわりといっそ美しいまでに綺麗に着地した。
「…………な、何だてめぇは……っ!?」
 ――あ、ひよった。
 山賊の先頭に立っていた男が、大分遅れて反応した。これが剣を構えた屈強な剣士などだったなら、威勢良く「何だてめぇは!」と怒鳴りつけたのだろうが、相手はか細い感さえする少年である。どもった声がちょっと面白い。
 少年はカノンを庇うように山賊との間に入り――
 ――……あれ?
 一瞬、頭の中の警鐘が震えたような気がした。何かの違和感がカノンの喉元をくすぐってくる。
「何だ、と言われましても。そちらも名乗る気なんてないでしょうに。こちらにだけ強要するのは些か横暴ではありませんか?」
「うるせえ! 俺たちを見りゃ誰かなんて大体わかんだろうがっ!」
 ――大体、っていうかどういう方かはほとんどな。
「……そうですか」

 ぞくっ……

 間を置いて、少年が低くそう吐き出した。何に納得したのかはわからないが、静かに紡がれたその声が、異様なまでに体の芯に響く。
 腹の底から冷やされるような。怒気を孕んでいるわけでもないのに、その一言に背筋が戦慄に凍った。それは彼女だけではなかったようで、刃を構えた男たちもまたそれぞれ小さくうめき声をあげた。
 それでも少年一人に気圧された、などとは名折れなのだろう。肩を怒らせて刃を向ける。
「じ、邪魔するつもりなら……っ!」
「いいですよ? 相手になりましょう?」
 ぎちっ!
 空間が妙な音を立てた。少年の手の平に、いつの間にか真っ黒な槍が一振り、握られている。
「……あんまり動かないでください。怪我しますから」
 ちらりとこちらを振り返り、小声の忠告を受ける。
「この……っ! おい、まとめて捕まえちまえ!」
 先頭の男のかけ声と共に、男たちの得物が唸りをあげた。


 ――……ふーむ。
 山中の小さな宿屋に場所を移し、添え物のサニーレタスにフォークを突き立てながら、カノンは正面に座る少年を凝視していた。少年はやや疑り深い視線に気づいているのかいないのか、何故だかやたらと不味そうにホットミルクを一口すすると顔を上げた。
「なかなか面白い話ですねぇ。記憶喪失で一人旅ですか」
 事も無げに少年は頷いてみせる。場慣れなのか何なのか、驚いた風はない。
 ――まあ、他人事だもんね。
 そう思いながら先程の戦闘を思い返す。いや、あれを戦闘と呼んでいいのだろうか。あまり動くな、といわれたが、むしろ少年の真後ろが一番安全だった。少年の肩越しに得物が振り上げられたかと思えば、次の瞬間には、その男の方が地に伏していて。カノンには、少年がほんのわずか摺り足をしたことしかわからなかった。気がつけば、周りには少年の頭二つ分はでかい大男たちが死屍累々と横たわっていて、当の本人は汗一つ掻いていないようだった。
 振り返って、何食わぬ顔で微笑まれたときは、安堵というよりも戦慄さえ走ったものである。
 ――場数踏んだ傭兵……にも見えないけど。
 レタスを口に運びながら少年を盗み見る。顔の半分を残して身体を覆う包帯、妙に大人びた物腰と洗練された動き、しかし相反してどこかこざっぱりしている。旅支度はしているが、どうにも正体が掴めない。
「でも、そういう事情なら、その村から出ない方が安全だったのでは? この国は……」
「戦地ばっかり、っていうのは知ってたけど……まあ……いろいろあってね。
 それよりあんたは? どう見ても通りすがりの普通の旅人、には見えないけど」
 多少、含みを持たせて言うと、彼は小さく肩を竦めた。やっぱり何故か不味そうにホットミルクを一口流し込むと、
「ただの軍人崩れですよ。ご覧の通り、先の戦いで少々跡の残る大怪我をしましてね。山奥で静養していたんです。ですが、最近になって山の向こうで大事があったようで、仕方なしに召還されに行くところですよ」
「……じゃあ、随分強いんだ」
 そう見えないけど、と思ったことはとりあえず口に出さないでおく。
「多少、小隊を指揮した程度です。大したことはありませんよ」
 すらすらと澱みなく答える。歳は大して変わらないのに、口をつくのは随分と不相応な言葉ばかり。やや幼くすら見える、包帯に覆われていない秀麗な顔の半分は、にこにことどこか食えない微笑を湛えている。
 ――うーむ…
 しゃくり、とエシャロットをかじりながらカノンは沈思する。
「……じゃあ、あんたも山越えしようとしてる、ってこと?」
「ええ。どちらにしろ、戦場となっているのは山の向こうですから」
 もう一度唸ってから、カノンは腕を組んで考える。ちらり、ともう一度、少年の涼しい顔を盗み見てから、がさがさと自分の荷を漁る。
「どうしたんですか?」
 すぐには答えずに、カノンは包みをテーブルの上に広げてみせた。数枚の古びた金貨と、細かな貴金属。それから厳重に包まれた薬か何かの瓶が現れた。少年は目の前に広げられた交易品に、きゅ、と眉根を寄せた。
「……これは?」
「今の私じゃよくわかんないけど……記憶を失くしたときに路銀と一緒に持ってたの。人に聞いたらそれなりに価値のあるものだって」
「はあ、確かにこれは……そこそこ値打ちものですねえ」
 少年はやや感嘆しながら、些か錆びた金貨を摘み上げた。伺うような視線を向けられて、カノンは再び口を開く。
「傭兵とかの相場ってどれくらいなのか知らないけど……私に出せるのはこれくらい。で、お願いがあるの。私を山の向こうまで連れていってもらえない?」
 そう言うと、少年は潜めていた眉をぴくり、と動かした。半目しかない黒曜石のような瞳が見開かれる。
「もちろん、あんたの仕事場まで、なんて無茶は言わないわ。そうね……山を越えて、一番大きな街に着いたら」
「……要は貴方の護衛をしろと?」
 通り良く聞き返す少年の言葉に頷く。
「確かに帯剣だけはしてるけど。正直な話、あんまり使い方とか覚えていないのよ。さっきみたいなヤツらから逃げるのが精一杯で……それに」
 カノンはテーブルの上に身を乗り出した。少年は合わせて、少しだけ耳を傾ける。
「村を出る前からなんだけど……どうも誰かに狙われている気がして」
「狙われてる?」
 少年の幼い眉間にしわが寄った。カノンはやや困った表情で首を傾げ、
「私もどう言っていいか、わかんないんだけど……村が焼けたときに、弓矢を射られたの。そのときはいろいろあって助かったんだけど……」
「焼いた村の村人に、ではなく、"貴方に"、ですか?」
「断言できないけど……その前から変な視線を感じたりすることはあったかな」
「狙われる心当たりは?」
「あったらこんな闇雲な頼み方しないわよ」
 カノンは唇を尖らせて肩を竦める。少年は腕を組み、顎に手を置いて何事か思案し始める。
「その貴方を狙っている相手については一切わかりませんか?」
「正体はわからないけど……女だったわ。髪の毛は桃色で、ショート。歳はたぶん、まだ若いと思うんだけど、こう……人形みたいに無表情でよくわからなかったなあ……」
「……"人形"、ですか……」
 ぽつり、と少年は繰り返して呟く。ことり、とミルクの入ったマグカップがテーブルに置かれて、白い波紋が広がった。
「……わかりました。どうせついでですし、いいですよ。ご一緒しましょう。
 山を下りてしばらく行ったところに、バラック・シティという街があります。とりあえずそこまで、ということで……」
「おーけー、助かるわ。報酬は……」
 カノンが言い終えるよりも先に、少年はテーブルの上の金貨を三枚拾い、一度手の平でくるりと躍らせてから懐へと収めた。
「これで十分です。貴方はわかっておられないようですが、随分、古い時代の金貨です。古物商にでも売れば容易く路銀になりますよ」
「そ、そう……」
「さて、と……。記憶がないんでしたね。貴方のことは何と呼べば良いですか?」
 問われて一瞬だけ戸惑った。けれど、胸元からかすかに響いたちりん、というベルの音に首を振る。
「……カノン。カノン、て呼んでもらえる?」
 気のせいだろうか。彼の表情が一瞬だけ凍ったような気がした。だが、不和が走ったのはほんの一瞬だけで、すぐに少年はにこやかに「カノンさんですね」と返す。
「そういえばこっちも聞いてなかったわね。あんたの名前は?」
 最後まで不味そうにカップの残りを飲み干した少年は、何か考えるように天井を見た。そしてにっこりと笑って言った。
「レアシス=レベルト。レアシス、と呼んでください」


 目が覚めたのは偶然なのか、それとも記憶を失くす前の自分が徐々にベールを脱ぎつつあるのか。
 ともかくカノンが目を開けると、まだ辺りは闇の中だった。獣油の切れたランプが、カーテンを引いた窓越しの月明かりにぼんやりと浮かび上がる。
 山歩きの連続で身体はだるかったが、頭の方は瞬時に覚醒して、再び枕に顔を埋めるのを許さなかった。ほぼ無意識のうちに武器と荷物を引き寄せて腹に抱える。その瞬間、

 ゴゥンっ!!

 とんでもない轟音がカノンの耳を貫いた。


「……割と無茶をする相手のようですね」
 呆然と、ちろちろと炎の舌を覗かせながら、黒煙をあげる元・自分の部屋を見上げるカノンに対し、彼女を抱えあげた少年は冷静な顔で呟いた。爆薬でも投げ込まれたのか、レアシスが間一髪で部屋から救い出してくれなかったなら、全身火だるまか、もっと悪ければ五体バラバラになっていたかもしれない。
「い、いくら何でも無茶苦茶じゃない……!」
「……そうですね」
 カノンは青ざめる。村を出て二日ほど。妙な視線は度々感じたえれど、こんな無茶苦茶はなかったのに!
 これでは宿屋にいた者も容易く巻き込むことになる。事実、轟音に目を覚ました旅人が、ちらほらと姿を現してはあがる黒煙に悲鳴をあげていた。
 茂みに身を隠しながら、もう一度、夜空に立ち上る黒煙を見上げる。心臓の音がうるさい。落ち着け、私はまだ生きている。
「大分、相手方は本気のようですね」
「私……」
「早めにここを離れましょう。でないと――」
 レアシスの言葉は最後まで続かなかった。背後から生まれた敵意にカノンが気づくよりも早く、彼は彼女の手を引いて飛び退った。

 どすっ!!

「――っ!?」
 奇妙な紫色の光の尾を引いた矢が、カノンのいた空間を貫いた。飛び散った光の残滓が、暗い茂みに目印の白石のように光っている。思わず飛来した方向に目をやって、

 ぎぃんっ!!

 再び狙い撃たれた光の矢を叩き落したのは、少年が手にしていた黒槍だった。ひゅっ、と低い息がレアシスの口から漏れる。
 上手く言葉が吐き出せないカノンに、彼は苦い顔で茂みの向こうを見ると、
「……少々、失礼しますよ!」
「!? うわきゃ……っ」
 ふわり、と身体が宙に浮く。一度下ろしたカノンの身体を、少年が再び抱えあげていた。口の中で何か早口で唱えると、彼はカノンを担いだまま、大木の枝まで一気に跳躍する。

 かつッ!!

 また何もない空間を裂いて飛来した矢が茂みに突き刺さる。その突き刺さった痕を見て、カノンは三度唖然とする。先程は暗くてよくわからなかった。けれどよくよく目を凝らせば、はっきりとわかる。
 紫光の矢が突き刺さった痕、青々としていた茂みが、急激に黒く焼け焦げていた。圧倒的な熱量を持った炎に、一瞬で焼かれたかのように。もし、あれが人体だったら――答えは言うまでもない。
 カノンが絶句している間に、レアシスは一気に森を走り抜けていた。木々の合間を尋常ではないスピードで駆け抜けていく。
「ち、ちょっと!? 宿の人たちは……っ!?」
「狙われているのは貴方です。見つかったなら疾く離れなくては余計、他の人間を巻き込むことになりますよ」
「っ!」
「お喋りは終わりです。口を閉じていないと舌を噛みますよ」
 淡々とした口調でそう言って、少年はさらに大きく跳躍した。上がったスピードに慌てて少年の襟元にしがみつきながら、カノンは背後を振り返る。
 暗い夜空に立ち上る黒煙が、月明かりに禍々しく移ろいでいた。



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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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