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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[剣奉る巫女] EPISODE8
さあ、夢の時間はもう終わり。慈悲のない悪魔のシナリオは音もなく忍び寄る。
 
 
 

「おはようございます、カノンさん、具合はどうですか?」
「ああ、大分いいわね……」
 早朝、訪問したステイシアに生返事を返す。カノンは朝日が照り返すカーテンを眺めてた溜め息を吐いた。
「……ねぇ、ステイシア」
「はい?」
「昨日、通り魔事件て起きた?」
「……」
 その問いに、ステイシアは沈黙する。知らなくて、というよりは話して良いものかどうか迷っているような目だった。
「どうせ、フェルスさんに聞けば解るんだし、あたしはそんなことで気を悪くしたりしないわ。
 お願い、どうなの?」
「……起きた、みたいです……。今朝、患者さんが運ばれて来たみたいですから。
 私が担当したわけじゃないので、どんな状態なのかは知らないんですけど……」
 カノンはそう、とだけ答えて窓の外に視線を投げる。
 気のせい、ではなかったらしい。
 人波がどこか俯いて、昨日よりその勢いを失って見えた。
 段々と、皆が感付いて来ているのだ。姿の見えない通り魔が、酔っ払いの戯言では説明がつかなくなりつつあるのを。
「……ステイシア」
「はい」
「仕事があるのはわかるけど、夜出歩かないようにしなさいよ。昨日の夜とか、大丈夫だったの?」
「あ、はい! 大丈夫です。昨日は何か調子が良くなかったので、当番を代わっていただいて少し多めに休みましたから」
「……そう」
 覇気なく思考を巡らせる。けして歓迎の出来ない想像に行き着いたカノンは、こっそりと溜め息を吐いた。
 ステイシアもカノンの様子がおかしいのに気がついたらしい。眉根を寄せ、声をかけようとして、しかしそれよりも先に、
「今日はアルティオとどっか出かけたりすんの?」
「え? あ、え、えっと、はい……夕方、ちょっとだけですけど」
 先手を打ったカノンに、彼女はやや頬を染めながら答えた。照れくさそうだが、そこには嬉しさの響きがある。
「そ。まあ、あんたは強いし、あいつも腕は悪くないし、心配要らないだろうけど気をつけてね」
「あ、はい。ありがとうございます」
 にっこり笑ってお湯を交換し始める彼女に、だがカノンの表情はどうしても晴れずに、結局カノンは部屋を出て行く彼女に『楽しんで来てね』の一言をかけるに留まったのだった。
 頬杖をついてカノンが吐いた深い溜め息を、誰も知ることはなかった。


 ばたばたと廊下を駆けて、先輩の看護士に注意を受けた。慌てて歩調を緩めるが、それで逸る足を押さえられたわけではない。
 廊下に掲げられた古い柱時計を見上げて、カルテを抱き締める手に力が入る。
 だって、もう待ち合わせの時間をかなりオーバーしてしまっている。連絡を入れる暇などあるはずがなかったし、そもそも普段、診察にこんなに時間がかかることなんてないのに。
 今朝、運ばれて来た患者が結構な重傷だったらしい。そのせい他のところへ手が回らないのだ。そもそも診療所勤めの人間自体が、日に三人いればいい方なのだから。
「急がなきゃ……」
 フェルス医師の使うデスクの上にカルテをどさっ、と落すと。再び踵を返して駆け出そうとする。が、

 ずきん……

「―――ぅ、つッ……」
 こめかみに走った痛みに、膝の力が抜ける。かくん、と折れる膝。
 きんきんと空耳を受け取る頭が、忌々しく痛みを訴える。反射的に手を当てて、その手の指が熱を持っていることに気がついた。
「……?」
 しかし、ステイシアが指を視界に持ってくるより先に、痛みと熱は逃れるようにして消えた。
「何なの……」
 か細い声で呟いて手の甲を眺める。熱を感じた指には、あの、記憶をなくした当時から指にあった指輪が鈍く光っていた。
 これまでこんなことはなかった。確かに看護士の仕事はけして楽なものではない。だが、きちんと休養を取っていればこれまで元気に勤めることが出来ていたのだ。
 アルティオとのことがあったせいで、はしゃぎすぎなのだと思っていた。
 けれど……

 ぼーん……

 ステイシアの思案を妨げるように、柱時計が時刻を告げた。
「! いけないッ!」
 慌てて立ち上がり、ステイシアはドアへ駆け出した。もう、あの奇妙な立ち眩みは起きなかった。


 診療所の前でアルティオは律儀に待っていた。
 時計は高価で、誰でも、どこにでもあるというものじゃない。アルティオも自前の時計なんてものは持っていない。診療所の時計を見て、珍しいものがあるものだと感心した。
 仲間内でも持っているのはレンくらいのものだ。それにしたって確か、彼の親の形見だったはず。
 だからまあ、正確な時間なんて解らないし、しっかり何時何分何秒なんて約束が出来るはずもない。
 だが、幾ら曖昧な約束でも、指定された時間をオーバーしていることくらいは察しが付く。
 アルティオは気が短いわけではなかった。おそらくは、今現在、共に旅をしている仲間の中では一番気が長いのではないだろうか。
 カノンとシリアは言わずもがな、ルナはのらりくらりしているようで、実はそれほど長い方でもない。レンは、話の内容によっては恐ろしいほどの導火線の短さを発揮する。
 しかし、今は置いておくとして。
 気の長いアルティオでも、些か心配になるほどの時間が過ぎていた。仮にも診療所の仕事だ。急に予定外のことが起こることも十分、考えられる。
 アルティオが一度、確認しようと診療所内へ爪先を向ける。と、そこにちょうどぱたぱたという可愛らしい足音が響いて来た。
 彼の顔から心配の雲が消える。
「ご、ごめんなさいッ! 遅れてしまいましたッ!!」
 金の髪を揺らしながら駆けて来た少女は、アルティオの前に立つなり電光石火で頭を下げた。それはもう、地面に叩きつけるつもりの勢いで。
「いや、まあ、仕事なんだし……そんなに気にしてねぇからさ」
「本当にごめんなさいッ! え、えっと、ごめんなさい、怒ってらっしゃいますよねッ?
 ごめんなさい……」
 やや錯乱気味に謝罪を連呼するステイシアを前に、アルティオは慌てる。
 女性から非難されるのは、誰かさんたちのせいで慣れっこだったが、こうまで頭を下げられてその上涙目になられることなんて滅多にない。というかない。
 というか、このままいつまでも彼女に頭を下げさせたままだと、行き交う群衆に白い目で見られかねない。こういう場合も、悲しいかな、世間からは男が悪役にされるのだ。
「ごめんなさい、ごめんな……え?」

 ぱさっ

 謝り続けるステイシアの目の前が、暗い色のアスファルトから急にカラフルなものに変わる。
 浮かんだ涙をごしごしと擦り、もう一度、眼前に突き出されたものを確認する。
「これは……?」
 それは小さく束ねられた、可愛らしいブーケだった。パステルカラーの花弁が、金色のリボンの中でゆらゆらと踊る。
 まじまじと見つめ、ちらりと上目遣いに差し出している本人を見上げると、彼は照れくさそうに視線をやや逸らせながら頬を掻いた。
「まあ、待ち合わせには大分時間があったし、今日町をぶらついてたんだよ。
 そしたら結婚式やっててさ」
「あ、そうなんですか?」
「で、そこで配っててな。俺が持ってても仕方ないし、第一、大の男が花持ってうろついてるのもヘンだろ? だから、」
「え、えっと、あの、わ、私に……?」
 戸惑いながら彼女は、もう一度ブーケを眺める。
 記憶がなかろうとステイシアは女だ。可愛いものは好きだし、花だって、それも男の人から小さくとも花束をもらえるなんて、嬉しくないはずがない。
「あの、嬉しいです。でも、カノンさんに差し上げた方がいいんじゃないですか? だって……」
「あー、まあでも、カノンも旅の人間だしな。花なんか貰っても困るだけだろーよ。枯らしちまうだけだろーし。
 それに何となく、こういうのはカノンていうかあんたの方が似合う気がしたんだよ」
 本当は馴れていないのだろうか。アルティオはなおも照れくさそうに頬を掻きながら、花をちらちらと眺めている。
 花配りの女の子からブーケを受け取ったとき、とりあえず自分が持っている選択肢は消した。
 捨てるのは勿体無いが、少なくとも双剣を担いだ大男に似つかわしくないものだと自覚していた。
 となると誰かに譲ることになるのだろうが、その考えに至って最初に浮かんで来たのがステイシアの顔だったのだ。
 ステイシアは、アルティオの顔の照れが伝染したかのようにやや俯くと、
「そんなこと言うとカノンさん、怒りますよ」
「いや、別にカノンに花が似合わないとか言ってるわけじゃあ……
 ああ、もうッ! とにかくいいんだよッ! これはあんたのだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれッ!」
 ぱさり、と花弁がステイシアの胸元に当たる。そのままだと首を折ってしまいそうだ。
 せっかくの贈り物をそんな風にはしたくない。
「ありがとうございます、すっごく嬉しいです!」
 はにかみながら、少女はブーケを手にして華やかに、笑った。
 それでアルティオもようやく納得する。自分の性分はどうも、身に染み付いて剥がれないものらしい。
 たぶん、自分はこの笑顔を見たいと思ったのだ。
 幸い、カノンの怪我は順調に回復に向かっている。旅に出てしまえばきっと見られないだろう、ごっこ遊びと言えど自分を好いてくれた娘の笑顔。
 最初から解っていたことだが、やはりそこには一抹の寂しさがあって。
 可愛い女の子の笑顔、というのはアルティオの中で最高位に位置づけられるものの一つであったから。
 だから、彼女の笑顔を改めて見ておきたいと思ったのだ。
 ステイシアはしげしげとブーケを眺めては、時折、花弁をつついたりつまんだりして頬を紅潮させながら笑みを浮かべる。
 それを見て、アルティオは改めて彼女に贈って正解だったと、ひとひらの満足感を覚えるのだった。
「アルティオさん、この花知ってますか?」
「ん?」
 ステイシアが差したのはブーケに使われている一種の花だった。色は綺麗な桃色で、反り返った、光沢のある大きな花弁が印象的だ。
 彼岸に花をつける彼岸花と良く似ている。だが季節がずれているし、彼岸花はどこか物悲しく、慎ましやかな印象を受けるが、あれよりずっと艶やかで可愛らしい風雅を持っている。
 アルティオは頭の中の記憶を引っ張り出す。だが、残念ながらそれと合致する花の知識は浮かんで来なかった。
「これはですね、ネリネっていう名前なんです。昔の神話の水の女神様の名前なんだそうです」
「へぇ、詳しいんだな」
 頷くと彼女はぺろり、と舌を出した。
「へへ、ごめんなさい。ここら辺はうちの先生の受け売りです。
 ……そうだ、アルティオさん。ちょっと郊外の方まで付き合ってくださいませんか?」
「郊外って……これからか?」
 アルティオは空を見る。太陽の下が山の端に隠れ始めていた。夕刻も近いだろう。行って帰って、ぎりぎり日が沈むまでに着けるかどうか。
 物騒な噂もある。出来れば無理に足を伸ばしたくはないのだが……
「お願いします! この時間が一番いいんですッ! なるべく手短に済ませますから……」
 ブーケを持つ手に、もう片方の手を添えて、ステイシアは今一度頭を下げる。
 悩むうちにも時間が惜しくなっていく。こんなに頼み込んでいるのだ。それに日が沈んでしばらくは人の波も完全に引くわけではないだろう。
「……解った。じゃあ、日が暮れないうちに行こうぜ。
 最近は物騒みたいだしな」
「はい、ありがとうございます!」
 極自然に、アルティオは頭を上げないステイシアの手を取った。
「あ……」
「ほら、行こうぜ!」
「あ、ぅ、は、はい!」
 心臓の鼓動が早まるのを感じながら、彼女は彼に合わせて小走りにその後を追いかけた。


「……ネリネの花、ね」
 眼下を睥睨して、少年はぽつりと呟いた。
 宵闇の迫る最中、朱の広がる空に彼の漆黒なる姿はもうすぐ溶け込んでしまうことだろう。
 ああ、身体が重い。いっそ本当に溶けてしまったら軽くていいかもしれない。
 少年はいつものように屋根の端に腰掛けながら、長い足をふらふらと動かしていた。小首を傾げると古い記憶を、知識を引っ張り出す。
「……ああ」
 何かに納得したように小さく声を上げる。
 ヒトには花に意味を込める風変わりな風習がある。だが、少年はそれを嘲笑するように、いつものようにくすりと哂う。
 ああ、面白くない。
「愛情のごっこ遊びなんて、ね。
 ―――愚者は思うまま踊りて、花は狂い咲くほど散り急ぐ。………くすっ」


 アルティオは思った。
 何でこう、女の子というのは不可思議に元気なときがあるのだろう、と。
「アルティオさーん、遅いですよ! 早く、早く!」
「ち、ちょっと待ってくれって……」
 ひょいひょいと、小高い丘をものともせずに登っていくステイシアに感嘆しながら年頃の少女の行動力に舌を巻く。
 腕っ節は強くとも、持久力は人並みだと思っていたのだが。
 なだらかな長い丘陵を、息一つ切らせずに駆け上がっていく彼女を眺めながら、アルティオは呆れつつもその小さな背を追う。
 ここ数日で慣れてしまった光景だ。もう、その金の髪がふよふよと揺れる背中を見間違うことも、見失うこともない。
 ―――何だかなぁ……
 改めて自分は随分と律儀な人間だと思う。
 ひょんなことから出会った少女との、ただの恋愛ごっこ。つい最近までの記憶を失っていた彼女にとっては、見るもの見るもの、すべてが新鮮らしかった。
 いや、そもそも恋愛というものが初体験のようなものだ。その最中で見るものと言えば、全部が新鮮に違いない。
 ほら、よく言うじゃないか。恋をすると世界が違って見える、とか何とか。
 そんな彼女は文句なしに可愛いと思う。アルティオは可愛い女の子が好きだ。もっと言えば、その可愛い女の子が笑っているのが大好きだ。だから、彼女とのデート遊びの時間は彼にとってとても有意義な時間の使い方なのである。
 記憶がない、と聞いて最初は戸惑った。
 どう接したものか、アルティオといえど迷ったのだ。そうしたら、彼女は華やかな笑顔のまま言ったのだ。
『アルティオさんが普通の女の子に接するようにしてください。今の私はそれが知りたいんです』
 と。
 だから思った。
 この娘には、やっぱりこの華やかな笑顔が似合う。
 記憶なんて些細なことなのかもしれない。彼女は、今ここで今の『ステイシア』として生きているのだから。
 記憶が戻るのならばそれに越したことはないのだろうけれど。
 それを咎められる人間などいはしないだろう。
「……どうかしましたか?」
「いや、何でもないぜ。それより、行きたい場所ってまだなのか?」
「もうすぐです……ほら!」
 言って彼女はアルティオの袖を引きながら指を差した。その指の先に視線を走らせて、アルティオは目を細める。
 白く細い指の先に、桃色の絨毯が見えた。
 勿論、それは本物の絨毯であるはずがない。目を凝らすと綺麗に区画された柵が見えてくる。
 それは整えられた花壇だった。だが、その大きさは個人の庭にあるような細かなものじゃない。軽く街の一ブロック程度はあるだろう。
 その花壇に、先程のネリネの花が一面に植えられていたのだ。
 光沢のある花弁が、夕日に反射してきらきらと光っている。簡易的なイルミネーションだったが、人の心を奪うには十分すぎるものだった。
 素直な感想が口をついて出る。
「すげ……」
「でしょうッ!? 何代か前の伯爵の奥さんがお作りになった花壇で、今は町の人が管理しているんです。
 たぶん、このブーケの花もここから取られたんだと思います。
 この時間が一番綺麗に見えるんですよ!」
 ブーケを翳しながら、たたた、と花壇に駆けて行く。花壇の中ほどまで来ると、眼下にランカース・フィルの町が見渡せる。
 絶景とは言わないが、賛美するに値する眺めだった。
 その景色の中を、ネリネの甘い香りが軽やかに演出する。
 ふと見渡すと、カップルらしき人影が疎らに見える。
「とってもいい眺めでしょう! ここ、この街の人たちのデートスポットなんですよ」
「なるほどなぁ……何かわかる気がするな」
 こんな眺めの場所を見つけたなら、友達には自慢したくなるだろうし、恋人には見せてやりたくなるだろう。
 ステイシアが無理を言い出したのもきっとそういうことだ。
 ああ、何だ、本当に可愛い娘じゃないか。
「……ありがとな」
「?」
「いや、いい場所紹介して貰ったからさ。今日も、昨日も、その前もさ。
 お礼、言ってなかったなー、って」
「い、いえ、そんな! 私がアルティオさんを付き合わせちゃってるのに……」
「それは言わない約束、って言っただろ?」
「あ……ぅ、は、はい」
 顔を真っ赤にしてステイシアは視線を背ける。しばらくの間、ブーケを弄ってから、ふと面を上げた。
 そこには何らかの決意のようなものが見て取れる。
「……カノンさん、大分良くなって来てます。もう心配要らないでしょう」
「へ? あ、ああ……」
 その意味を察せられないほどアルティオは愚鈍ではなかった。カノンの回復、それが意味するのは旅の再開、アルティオが町を出る、ということだ。
 最初から解っていたこと。
 そういう契約で始められた恋愛ごっこだった。
 旅が始まれば、そこで終わり。後腐れも何もない、実にさっぱりした関係で。
 それが二人の約束だった。
「アルティオさん」
「ん?」
「……私、記憶を失くしてから恋愛についても何もかも忘れちゃってたみたいなんです。
 だから、良くある恋愛小説を読んで、夢想することしか出来ませんでした。それが何なのかなんて解っていなかった」
「うん」
「でも、」
 彼女は笑った。
 清々しく、華やかな、笑顔。
「……少しだけ、解ったような気がします」
「……」
 寂しさを感じているのはお互い様。
 彼女の目の端に、ちょっとだけ滲んでいる雫が、その証拠だった。
 けれどそれを拭うことが出来ないと解っているアルティオは、だからこそわざと声を張り上げる。
「そっかッ」
「はい」
「俺も役に立てて良かったぜ。ホントに良かった」
「はい!」
 胸を張って言ったアルティオに、ステイシアは大きく返事をする。
「でもまあ、まだ最終日ってわけじゃないんだしさ。そういう話はなし! そういうときは、最後の日にするもんだ。
 今日はこの景色を思いっきり楽しむ! それがするべきことだろ?」
「……くす、そうですね」
 ステイシアは目を拭って、元気に返事を返す。彼女もまた胸を張る。寂しさに、俯いてしまわないように。
「それに今生の別れ、ってわけでもないだろ。旅してるなら、またこの町を通ることもあるかもしれないし」
「そうですね。その頃には、私もアルティオさんよりずっと素敵な人を見つけてるかもだし」
「あたたた、そりゃ厳しいなぁ」
「あははは、でもその頃、アルティオさんがカノンさんにフラれてたら、ちゃんと慰めてあげますから」
「……それもそれで厳しいぞ……」
 アルティオは苦笑混じりに答える。
 彼女は改めて花壇を見渡すと、肩を竦めて笑った。
「……前の伯爵様は外交が多い方だったそうで。奥様はその帰ってくるときの目印として、この花壇にネリネの花を植えたんだそうです。
 ネリネの花言葉、知ってますか?」
「いいや、何て言うんだ?」
「そうですね……。アルティオさんがまた、この町に来てくれたら教えてあげます。
 町に来る楽しみが増えるでしょ」
「そりゃ名案だ」
 くすくす、と笑いながら楽しそうにステップを踏む。アルティオはそれに目を細めながら、日の沈む山の稜線を確認した。
「……そろそろ帰ろう。もう暗くなるし」
「そう、ですね……」
「また連れて来てくれよ。明日は仕事どうなってるんだ?」
 ステイシアはきょとんと首を傾げる。これまで誘うのはもっぱら彼女の方で、アルティオの方から予定を口にすることはなかったのだ。
 一拍遅れて、あわあわと返事をする。
「えっと、えっと、あ、明日はお昼から夕方に……」
「じゃ、その時間な。また診療所の前で待ってるから」
「は、はい!」
 あたふたと、差し出された大きな手を掴む。マメだらけで、皮も厚い、無骨な手だ。
 けれど、ステイシアはその手が、とても優しいことを知っている。
 あと少し。
 あと少しだけ。
 この手に甘えていよう。
 大丈夫、それくらい、神様も、許してくれるはずだから……。


 診療所の前でステイシアと別れて、アルティオは病室へ足を向けた。メンバーはもっぱら宿で寝泊りだが、最低でも一人は大方カノンに付いている。
 ステイシアのことがあったアルティオは、その役目を負うことが少なかった。彼女に気を使う意味もある。ステイシアは何でもないように言うが、ごっこでも恋愛している最中に、頻繁にカノンに会いに行くというのはやはり気が引けた。
 別に浮気でも何でもないのだが。
 カノンへの気持ちは変わっていない。だが、ステイシアを気遣ってやりたい気持ちも本当だった。
 だから、会いに行くかどうかは迷ったのだが、怪我の容態も気になるところではある。ステイシアは心配ないと言っていたが、自分の目で確かめたい。
 意気揚々と病室に向かい、
「あれ?」
「……はーい」
 ドアの前で、いつもよりやや覇気のないこえでアルティオを出迎えたのはシリアだった。
「どうしたんだ、珍しいな」
「こっちはこっちでいろいろあったのよ。楽しそーにデートに行っていた人にはわからないことが、ね」
 ―――う゛。
 彼女の言葉が刺々しい。付き合いがそれなりに長いから解る。
「レンを追っかけてなくていいのか?」
「今はお姫様のお守りなの。ったくぅ、なぁんでこの私が……
 まあ、それはともかく」
 彼女は豊満な胸を揺らし、ぴ、とドアに指を向け、
「……中でおじょーちゃんが待ってるわ」
「へ?」
「話があるって」
 ―――カノンが話?
 常時なら、調子付いた妄想をするところなのだが。
「そういう話じゃないようよ?」
 先に釘を刺された。
「人の一縷の望みをのっけから壊すなよ~……って、どうしたんだ?」
「……」
 いまいち、彼女のノリの悪さに気がついて真顔に戻る。シリアは無言で答えた。普段、絶対にしない渋い顔。跡が残るからから、と滅多に眉間に皺を寄せたりしないのに。
 じろじろと顔を観察されてうろたえる。
「貴方……」
「へ?」
「あのステイシア、って娘、好きなの?」
「い、いや、そりゃ……」
「カノンとどっちが?」
「って、何の話だよ!」
 さすがに頭に血が上って怒鳴り返すと、意外にあっさりシリアは身を引いた。自慢の黒髪に手をやると、何とも曖昧な表情で、
「……まあ、いいわ。そろそろ郷を煮やしている頃だわね。入りなさい」
 と、道を開ける。
 シリアは背を伸ばしたまま促すだけで、それ以上を言おうとしなかった。
 仕方なく、アルティオは居心地の悪さを感じながらドアを開けるしかなかった。
 相変わらず薬の匂いが立ちめる部屋に足を踏み入れて、

 びゅんッ!

「どわったぁッ!?」
「あ、ごめん」
 唐突に眼前を行過ぎた剣鎌の、鎌の切っ先に肝を冷やす。普段なら、軽く岩くらいを粉砕するその威力は推して知るべし。
 そんなものが顔に叩きつけられたらどうなるか。
「か、カノン! 何やってんだ!?」
「いやー、一応どれくらい振れるかなー、ってさ」
「振れるかなー、で人を殺す気かッ!」
「まあまあ」
 ふと気がつけば彼女はここ最近、来ていた患者服ではなくいつもの格好からコートを取っただけの姿だった。
 病院の中でいいのか? と目を向ければ、隅の方に小さく荷物が纏めてある。
「カノン……それ」
「ああ……。ちょっとね、明日にでも退院しようかと思って」
「そ、そうなのか……」
 何故か面食らった。それは彼女の容態が申し分ない、ということでむしろ喜ぶべきことなのに、そこはかとない寂しさがふい、とかすんで通る。
「じゃあ、もう身体はいいのか?」
「フェルスさんにはもうしばらく入院してろ、って言われたけど。
 ……そうもいかない事情が出て来ちゃったし」
 なら大人しくしていればいいのに、と言いかけて言葉を留める。事情が出て来た、と彼女は言った。
 カノンはかたん、と剣鎌を収めてベッドに立てかける。その隣には新調したクレイ・ソードが置いてあった。
 ベッドに腰掛け、じっとこちらを観察するような目で見上げて来る。
「ステイシアはどう? 元気?」
「うん? いや、元気だぞ? 普通に」
「そ」
 カノンらしくない溜め息が漏れた。瞑目し、むず痒い、何とも複雑な表情をする。
 苦さを堪えるような、そんな表情。さも、これから言いたくないことを口にしなければならないと訴えかけているような。
「カノン……」
「…………アルティオ」
 幾分、硬い声で名前を呼ばれる。決意を含んだ言葉を浮かべるより先に、彼女はもう一度、短い溜め息を吐いた。
 軽く首を振る。
 固まった決意を、無為にしないために。
 そして言う。

「これ以上、彼女に関わるのを止めた方がいいわ」

「・・・え?」
 一瞬、何を言われたのか解らなかった。
 それはそうだ。つい、二日前まで、カノンは彼女と仲良くしてやれと言外に言っていた。世話をしてくれていたステイシアに、少なからず好意を持って接していた。
「か、カノン、悪い……もう一度、言ってくれ……」
「だから。もう、これ以上、ステイシアに関わるのを止めろ、って言ったのよ」
 無情なことにそれは聞き間違いではなかった。だが、理解が出来ない。
 二日前だったら、カノンが嫉妬しているのだとふざけることも出来た。けれど、今この状況のカノンの声は、笑い飛ばせるような雰囲気をしていなくて。
 それははっきりとした警告の響きをもって、アルティオの鼓膜を打った。
 それを理解した瞬間、乾いた声がついて出る。
「は、ははは、い、いきなりどうしたんだよ、そんなマジになって。だってお前だって……」
「……ステイシア=フォーリィ」
 ぽつりと、アルティオの目を睨んだままで、カノンが言った。
 アルティオは息を飲む。
「十七歳、この町から十キロほど離れた小さな村の生まれ。行商に出た父親について、この町に来る際、盗賊に襲われた」
「なんで……」
 喉の奥が急速に乾いていく。
 ステイシアが記憶を失っていることは、シリアから聞かされた。フェルスからは彼女が郊外で倒れていたことを聞いた。
 しかし、何故カノンが記憶を失って、誰もその情報を持つ者がいないはずの、彼女のフルネームを、そして境遇を知っているのか。
 鳥肌が止まらない。
 言葉を失ったアルティオを見上げ、カノンは押し殺した声を絞り出す。口の中が乾いているのは、カノンも同じだった。
「……アルティオ、たぶん、いや、絶対に信じられないけど聞いてちょうだい。
 あたしはあんたを利口な男だとは思ってないけど、それなりに常識的な判断は付けられると思ってるわ。だから冷静に聞いてて」
「……」
 アルティオの逆流してくる血液を押しとどめるかのように、カノンは両手を広げて床へと向ける。
 長い、おそらくは深呼吸をして。
 彼女は、こう、言ったのだ。






「あの娘はね、ステイシア=フォーリィはもう一年も前に死んでるの。
 あれは、この世にいるはずのないモノなのよ」








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HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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