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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[剣奉る巫女] EPISODE11
それはただの幻想。理に逆らえはしない。逆らえば後は堕ちるだけ。そう、それがたとえ――
 
 
 

「…………………何故、だ―――?」
 カノンは剣を横薙ぎに振り、少年が一旦引くのを待ってから、その力の無い声に顔を上げた。
 がっくりと、フェルスが項垂れて、ベッドに傅くように膝をついている。茫然と、ベッドの上を、広がる赤い髪を眺め、懇願するように目を血走らせて。
 しかし―――
「・・・?」
 ベッドの上の婦人は、今だ固く瞳を閉じて、微動だにしていなかった。真っ白な血色も、力無く投げ出された手足も、ぴくりとも動く気配はない。
 閉ざされた翡翠の瞳を、暗い闇の底から目覚める彼女を、誰よりも焦がれ、待ち続けた。
 その美しい瞳が開かれるのを、今か今かと待ち続けていた。
 けれど、
「何故、……何故だ、ディティ―――。何故、私の言葉に答えない―――?」
 彼女が、目を覚ます気配はない。
 絶望を滲ませた声が、閉鎖された空間に悲しく響く。ぶるぶると震える声と腕、ベッドの端を掴んで拝むように慟哭する。
「何故だッ!? 私はッ、間違ってなどいないッ! ディティ、何故帰って来てはくれぬッ!!?」
「……」
 カノンは掲げられた剣を仰ぐ。それは相変わらず、青く、淡い光を放ちながらそこにあった。
 ぎらり、と、フェルスの瞳が剣呑な狂気を叩きつけてくる。
「そうか、ディティ―――ッ、血が、血がまだ足りぬというのか……ッ!」
「ッ!!」

 ガツッ!!

 フェルスの携える陽の剣が、鈍く石段を叩く。起きた轟音はカーテンの無い部屋に、軽い衝撃さえ与えながら響く。
 振られた重い剣が、びゅん、と風を切る。
 刃を向けた先は、フェルスの声が発せられてからじっとそれを眺めていた、すぐ側に佇む、あの黒髪の少女だった。
 少女はぴくり、と肩を震わせた後、半歩後退る。
 年の頃は遥かに幼い、十二歳ほどの少女。それでも、フェルスは容赦なく刃を向ける。……両目は開いていても、実はもう何も見えていないのかもしれない。
「……死んでくれ、私の、私の贄と―――ッ!」
 カノンは迷う。紛れも無く、少女は敵だ。しかし、何も見えていないフェルスの刃に触れさせる意味は、果たしてあるのだろうか。
 フェルスは、その僅かな合間にも重心を傾けて、石床を蹴ろうと……

 びしッ!!

「・・・ッ!?」
 その、フェルスの、剣を握り締めていた右手から―――
 大きく、裂傷が走った。
「ぅん、ぅ、な………」
 何が起こったのか、理解できる人間はそこに一人としていなかった。当のフェルスでさえ、その、二の腕まで走った裂傷と、そこから噴き出す夥しい鮮血を、ただ茫然として眺めていた。
 しかし、溜まった血液が重力に耐え切れず、ぼたり、と石床に斑紋を描いた、刹那。
「あ、ぁ、ぁあ、あ、ああああああああぁぁああぁあああぁぁぁあああああッ!!?」
 狂った叫びを上げて、空いた手で裂傷を抑え、フェルスはその場に無様に転がった。良く見ると、左の手にも同じような裂傷が、赤い線を描きつつあった。
 取り落とされた陽の剣が、がらんッ、と石床との間で重い不協和音を奏でる。
 びしゃり、と暗い床に撒き散らされた血液が、だんだんと、染みを広げていく。
「う、あ、あぅ、ひぃッ……あ、あ、でぃ、でぃて………ひぃいあ、あ………」
 縋るような、無数の裂傷を帯びた手が、染み一つ無いシーツを掴み、だが握る力も無くずるり、と皮をなすりつけて下に落ちる。
 まるで、伸ばした手が嘲笑らわれるかのように。
 その腕は短すぎた。
 絶句する一同を尻目に、まず動いたのは薄炎色の少年だった。ざっ、と身を翻して、フェルスの袂へ向かう。
 転がったままのフェルスの、『ヒッ』という短い悲鳴が漏れた。
 そのまま垂直に拳を振り上げて―――
「待った、だよ。エノ」
「!!」
 頭上から降って湧いた声に、少年が落としかけた拳を開く。不満を顔に張り付けて、天井を仰ぐ。
 その視線の先に―――
 いつからいたのだろうか。いや、ひょっとしたら、最初から最期まで、ずっといたのではないだろうかと錯覚さえ起こしてしまう。それほどまでに、闇の腕へ溶け込んだ白い顔の少年が、天井の梁の上に優雅に腰掛けていた。
「あ、あんた……ッ」
 掠れた声で叫べば、彼はばさりっ、と黒衣を揺らして倒れこむフェルスの真正面へ着地する。
 エノ、と呼ばれた少年は不服そうにしながらも、彼に一度、ぽん、と頭を叩かれて引き下がった。ふい、とそっぽを向いて唇を尖らせている。
「あぁ……あ、あ、あ……あああ………あなた、は………」
「ご苦労様でした、フェルス=ラント。貴方の役目は終わりです」
「な、なぜ……なぜ、でぃてぃは………あなたが、あなたが、もうまにあわないと、言われた、から………
 患者でさえも、贄にあげた、というのに……どうして、どうして、私は、……こんなじべたに這いずって…いるのですか……
 すべて、あなたが、あなたが妻を、でぃてぃを救ってくれると……」
 はっ、としてカノンは、打ち捨てられた入院服を着た男の方を見る。既に事切れていた男は、四肢を曲げながら奇妙な格好で沈黙しているだけだった。
 くすり。
 包帯で隠された少年の口元に、嘲笑うかのような笑みが、讃えられる。
「………ええ、月陽剣は、完成していますよ。ご安心ください。
 ただね……人の魂と血を吸うだけ吸った今の月陽剣は、人間にとって毒にしかならないんですよ。人には邪魔な、許容量というものがありましてね。
 未完成状態ならともかくとして、そのままの状態ではとてもじゃないけれど、込められた魔力値が高すぎて人間に扱えるような代物にはなり得ないのですよ。
 そんな人の身に過ぎたものを扱おうとすれば……どうなるか。
 その証拠がほら、ここにあるでしょう?」
「そ、そん、な……」
 もうほとんど声になれていない声で、フェルスの赤い体液の漏れる唇が空を切る。裂傷はじわじわと身体の内部へと割り込んで、劈くような苦痛を彼に与え続けていた。
「ぁ、あああ、あ、く、ぅあ、あ、あ……!」
「それともう一つ、いいことを教えてあげましょう」
 黒衣の少年はにっこりと、穏やかに、美麗な顔を何よりも綺麗に映しながら、言う。
 人を奈落へと叩き落す、とどめの一言を。
「貴方の奥方は、既に死んでいます。月の剣の功名で、腐敗は免れていたようですが……。
 つい、二年程前に息を引き取っています。
 それを、貴方が己の我侭で、強引に自分の頭の中でだけ、この世に引き止めていただけです。
 そして、月陽剣は癒しの力は持っていても、死人を蘇らせられるような代物ではありません」
 フェルスの両眼が、みるみるうちに開かれる。信じられないものを見る目で、目の前に佇む歳若い少年を見、そしてがくがくと震える。
 がちがちと、かみ合わない歯が小刻みに音を立てた。
「う、そだ……」
「嘘じゃあ、ありません。信じるも信じないも勝手ですが。
 貴方のしたことは、死人を利用して死人を蘇らせようとする―――そんな愚かで、ナンセンスなことなんですよ。
 安心してください。貴方が完成させてくださった月陽剣は、丁重に研究材料としてこちらに引き取らせていただきますから」
 微笑みながら言った彼の言葉は、伏して最早、指一つ満足に動かせないフェルスに、果たしてどう映ったのだろうか。
 月陽剣を授けられた歓喜が見せた、幻想の天使の笑顔とは裏腹に。
 絶頂から奈落へと一気に叩き落す、悪魔の微笑。
 その場に佇むのは、一体何者だったのか。
 フェルスは、降りかかる絶望に、何も発することなど出来ず、二、三度ぱくぱくと口を開いた後―――
 がくん、と血の海へ項垂れた。
「………もういいよ、エノ」
 静かな声で、彼は退屈そうにしていた少年へ命令を、もしくは許可を発する。
 その意味に気がついて、カノンは慌てて剣を向ける。が―――

 どしゅッ!!!

 二度目の、鮮血がベッドのシーツに斑紋を描く。少年の、紫がかった瞳が堪えきれない快楽に揺れて、きひひッ! と狂笑が響く。
 思わず目を背けた。
 少年はまだらに飛んだ返り血を乱暴に拭い、唇に付いた分はぺろりと、まるでクリームでも舐めるかのように舐め取った。
 ぼたぼたと、汚らしく朱を垂らす爪と拳。それをぶんぶん振って、雫を落す。その雫がまたシーツを、眠る婦人の頬を汚した。
「ははーッ! すっきりしたぁッ!! ったく、この間っから誰も彼も殺しちゃだめ、殺しちゃだめ、ってよぅッ!! 身体がおかしくなっちまうよ」
「そのために残しておいたんだ。またしばらくは温存だよ、エノ」
「げーっ」
 事も無げに返して、少年はまるで大好物を取り下げられたかのように、頬を膨らます。
 動作だけは歳相応だというのに、この不和は、違和感は一体何だというのか。
 二人の間にある、赤みどろの、骨を砕かれて崩れた人の残骸だけが、その圧倒的な違和感を造り出していた。
 "彼"はそれを蔑むように一瞥し、それでも足蹴にしようとするエノを言葉で窘めた。
 思い出したように少女がぱたぱたと黒衣の少年に近づいて、腰元に顔を埋めた。彼はその小さな頭を軽く撫でてから、初めてこちらを振り返った。
「………多少の予定外もありまして、冷や冷やさせられましたが。まあ、及第点、というところでしょう。
 さて、それでは……」
「………………許さねぇ」
「―――ッ」
 背後でぽつり、と呟かれたかすかな声に、カノンは振り返る。それは警戒を崩さなかった他の面子も同じで。
 黒衣の少年もまた、少々ばかりの驚きを含ませて、そちらへと視線を向ける。
 ほぼ全員の視線が向けられた中で……
 ずっと、項垂れたまま、唇を噛んでいたアルティオが立ち上がる。
 きんッ、と握り締めた双刀が石床を叩く。
 切ってしまった唇から垂れる、一筋の血をぐい、と拭って。
 上げた面で、ぎろりッ、と正面から鷹揚に佇む少年を睨んだ。誰も、彼のそんな目を、これほど憎しみを込めた敵意の視線を、見たことはなかった。
 偽りと知っている、無意味な恋愛ごっこに付き合ってしまうほど、大らかなでお人よしな性格だった彼だから。
 だから、こんなにも、鋭い目付きの出来る人間だと、誰も知らなかったのだ。
 おそらくは、本人さえも。
「お前だけは、絶対に、許さねぇッ!!」
 すぅ、と何か楽しそうな玩具でも見つけたかのように、少年の瞳が細められる。
「これだけ人を利用して、苦しめてッ! ……殺しておいてッ!!
 それを何だ、キュウダイテンだとッ!? てめぇ、人の命をなんだと思っていやがるんだッ!!?
 人間てのはなッ!? 摘んでも生えてくるもんじゃねぇんだよッ、ススキみてぇにひょいひょい生えてきちゃ来ねぇんだよッ!! 機械のネジみてぇに壊れたら代わりのもん持ってくるわけにいかねぇんだよッ!! おふくろさんの腹を死ぬほど痛めねぇと産まれて来られねぇんだよッ!! ふざけんじゃねぇッ!!
 何人死んだ、何人てめぇのせいで死んだんだッ!?
 お前は人間じゃねぇ、赤い血が、あったかい血が流れてるはずがねぇッ!!
 許さねぇッ、お前だけはぜッッッたいにッ!!!」
 ぎんッ、と重なった二つの刃が重い音を立てる。
 少年はそれを見て、薄く微笑むと軽く腕を組む。
「………そう、ですか…」
 少年は一瞬だけ、ふっと、目を伏せる。
「それで、どうします? この場で僕を八つ裂きにでもしますか?」
「ああそうだな、とにかく、てめぇに思い知らせてやれねぇと気が済まねぇんだよッ! 命がどンだけ重いもんなのかッ、てやつをなッ!」
 アルティオが双剣を振り被る。そして、それに合わせるように、
「ふっ、同感ね」
 ばさり、とシリアが髪を掻き揚げる。
「別に私には関係のないことだけど………。貴方の行動はさすがに目に余るわね。こう見えて私は気の長い方じゃないの。
 アルティオ、幼馴染の好だわ。特別に私も協力してあげても良くてよ」
「シリア……」
「……あたしも、あんたには聞かなきゃならないことがあるからね……」
 以前に増して厳しく、剣呑な表情と声でルナが低く漏らす。睨みを利かせた目線は、当然のように少年を捉えていた。
 レンは、表情こそ変えなかった。
 だが、極短く嘆息すると、裂拍の気合を発して再度剣を引き抜いた。
 彼は激情家ではない。だが、それは激しい感情として表に出ないだけで、目の前の惨状に何も感じないほど愚鈍ではないのだ。
 応えてカノンもクレイソードを収め、剣鎌を振りかぶる。
「……あたしも、そのちびには借りがあるからね」
「ちびじゃねぇッ! 野郎ッ! 今度こそぶっ殺してやるッ!!」
「エノ、君は少し自粛するように。
 ………けれどまあ、ただで帰して貰えそうにはありませんし」
 少年はちらり、とベッドの真上に掲げられた月の剣を眺める。ふっ、と息を吐き、
「いいでしょう。少し、遊んであげますよ。……シャル」
「は、はい……」
 シャル、と呼ばれ、小さな少女がおずおずと何かを差し出した。ぴっ、と少年はそれを受け取って構える。
 それは真っ黒な、明らかに普通のそれとは違う、一枚の護符だった。

 ギッ、ぎちッ、きんッ

 重く鈍い音からんだ音が、段階的に響く。辺りの空気を揺るがして、次の瞬間、少年の手に握られていたのは、一振りの、漆黒の槍だった。
 装飾も何も無い、形だけを見るなら簡素なものだった。
 しかし、異様なのはその槍の刃から柄から、すべてが深い黒に塗りたくられていること。
 ひゅんッ、と軽く風を鳴らして少年は黒い槍を、事も無げに振る。
 そして、微笑む。
「さて、せっかくの一時です。存分に、楽しみましょうか」
「―――ッ、ふざけるなぁッ!!」
 吼えたアルティオの一言が、合図になった。


「おっらぁぁぁッ!!」
 歪曲した爪が振り上がる。高く掲げて放たれるそれを、カノンは左側へ重心をずらし、交わす。
 良くある伝承歌などなら、大振りに構えた敵の一撃を潜って、下段から止めを刺す、なんてシーンがあったりするが、そんな命取りな真似はしない。
 ちっ、と右側の髪の一房から、数本の髪の毛が切り取られる。
 カノンは低く石床を蹴って、少年の背後へ回った。ばさっ、と広げられた翼が起こす風に、バランスを崩しかけるが、それでも繰り出した一閃が、竜の片翼に浅い傷をつけた。
 カノンは石床に片手をついて、背後から足払いをかけ―――
 少年は、それを例の如く跳んで避けようとして、カノンは払おうとしていた足を引き、逆の足でそのまま少年の背を蹴り飛ばす!
「うぉッ!?」
 重心は乗り切らずに、軽い蹴り飛ばしとなったが、それでも少年は数歩、たたらを踏む。
 追撃をかけようとするが、屈んだ体勢からでは満足にいかない。少年は振るわれた鎌を間一髪で避けると、跳躍して間合いを取り直す。
 ざっ、と床へ着地し、少年はこちらを振り返る。
「てっめぇ、何しやがるッ!?」
「自分で突っかかっといて何て言い草よッ!?
 あんたの戦い方は一通り、見せてもらったからね。前と同じだと思うんじゃないわよッ!?」
 きんっ、とカノンの剣鎌の刃が、ランプのかすかな灯りに煌いた。


 無表情でこちらを睨む、黒髪の少女に、ルナは腰に手を当てて対峙する。
「……あんたね。前に廃墟で人のことを襲ってくれたのは」
「……貴方が、主様に、害を為そうとしたから…」
 抑揚のない声で、無機質な声を放つ。ルナはちらり、と槍を構えてアルティオと対する少年へ目をやる。
「主様、ねぇ……。そうまでしてあんた、あいつに従う意味があるの?」
「それは私が決めること、です」
 少女は問答無用とばかりに片手を振り上げる。ルナは瞬時に反応し、横っ飛びに身を転がした。

 どんッ!!

 思った通りに、背後の壁が無残に大きく抉られる。片足をついて、不敵な笑みを保ってはいるものの、額に浮く脂汗だけは隠せなかった。
 唇を噛む。
 残像も何もない攻撃。直感だけで避け続けるには限界がある。
 決めるなら、チャンスは一度あるかないか、それで確実に仕留める他、道はない。
 ―――そのチャンスを、上手く見極められるか……上等じゃないの。
 ルナは立ち上がり、照準にされないよう、右へ左へ立ち回りつつ、口の中で呪を唱え始めた。


 すらりッ、と抜いた大剣が、隣に立てられる。
「レン、」
「言っておくが、一騎打ちさせろ、なんて馬鹿な頼みは願い下げだ」
 口に出すより先に、静かな言葉が釘を差す。
「そうよぅ。相手が何者かも解らないんだから、これ以上、迷惑かけるのはよしてくれないかしら?」
「……すまん」
 シリアが片手で剣を抜き、一歩下がる。シリアが得意とするのは後方からの援護だ。いつものベストポジションに付き、ちらちらと周囲を確認する。
 アルティオは双剣のきっ先を少年へ向け、レンはいつでもフォロー出来るよう、大剣を下段へ構える。
 少年は―――
 黒い槍を脇に構え、また片手で手にするのは数枚の符。
「やれやれ、三対一とは、少々紳士的じゃあないんじゃないですか? まあ、構いませんが……」
「ほざけ、このッ……」
「アルティオ。挑発に乗るな。猪突猛進で勝てる相手じゃない」
 肩を怒らせるアルティオを諫めるレン。ゆっくり、目を細めて彼は半歩引く。
 アルティオの太刀が、すいっ、と一瞬だけ上下する。それを合図として正眼に繰り出される、二本の太刀。

 ぎんッ!!

 アルティオの目が見開かれる。
 アルティオが両腕の力をかけて、食い合わせている二振りの剣を、少年は袖から覗く包帯だらけの弱々しい腕と、手にした細槍一本だけで受け止めていた。
「もっと、力なんてないと思ってました?」
「!!」
 ひゅん、と少年の左手から護符が飛ぶ。それはアルティオの背後から追随しようとしていたレンの眼前で、爆縮する。
「ッ!」
 咄嗟に目を庇うレンの足が止まる。その足元に、もう一枚の護符が飛び、床に叩きつけられる直前で四散して、氷塊へ姿を変える。
「く……ッ!」
「レンッ!」
「余所見してる場合ですか」
 一度、ちらりと、後ろを振り返ってしまったアルティオの目の前に、白い紙が突き出される。
 この距離で、術など使えば自分も巻き添えを食らう。そんなことは解っていたはずなのに、その威力を見せつけられていたアルティオは、思わず食い合わせた剣を引いてしまう!
 くすり、と笑って少年は槍と符を引き、

 ひゅッ!

「ぅおッ!?」
 伸び上がるような垂直蹴りが、アルティオの鼻先を掠めていった。
 バランスを崩した彼へ、細身の槍が突き立てられようとしたとき、
「我放つ、貫くは勇なる炎華の矢、放てフレアアロー!」

 どんッ!!

 威力の抑えられた二本の炎の矢が、一本は凍てついたレンの足元に、一本はアルティオのすぐ脇を狙って放たれた。
 解けると同時に氷から足を引いたレン。少年はアルティオに向かって放とうとしていた刃で、その炎を払いのける。
 すっ、と背後に跳んで少年は間合いを取った。
 少年は、くすり、と笑いながら槍を一振りし、中段に構える。
「ほらほら、その程度? 君の悲しみは、君の怒りは三人かかっても槍一本折れない程度のものですか?」
「くそ……ッ!」
 ぎりっ―――奥歯を噛み締めて剣を構え直す。
 少年の表情が、一欠片も変わっていない。まるで片手で人を相手にするような。
 それが余計に、アルティオの逆鱗に触れる。

 きんッ!

 下段から入った一振りを、少年は槍で難なく弾く。続けて中段からもう一つの、逆手の刃が突きつけられる。
 少年はひょい、とその場に屈み込む。弾いた右手の刃が再び繰り出されるより先に、槍を反転させて長柄の腹で、アルティオのわき腹を打ち付ける。
 アルティオがよろめくのを確認してそのまま逆に、槍の刃を背後に振り上げる。その刃の煌きに、背後から迫っていた大剣の腹が受け止められた。
 当然、そのままでは体勢が悪すぎる。
 少年は符を、引いたアルティオへ放つと、刃を外して斬りかかって来たレンに迎撃体勢を取った。
 アルティオは放たれた護符から身を引く。それはぺたり、と床へ張り付いて、
「……私の手にその力を捧げよ。私は汝に与える―――」
 少年の静かな詠唱が響く。
「即ち―――『獣化』[ゾアントロピー]」

 ぎちッ!

 軋んだ音を立てて、護符が消える。その代わりに床から這い上がって来たのは、一つの異形だった。
 背丈は子供ほど。肉体は灰色、顔は無く、伸びた六本の手足には四本の指しかない。それが触れた石の床は不自然に黒ずんでボロボロと崩れていった。
「な、こいつぁ……ッ」
「引いて、アルティオ! 剣が解かされるわよッ!」
 詠唱を終えたシリアが声を飛ばす。
「我求む、地より誘うは永久の氷河、唸れ、アイシクルコーラムッ!!」

 ぴきッ、ぴきぴきぴきッ!

 床に手をついたシリアの手から、氷の蔦が床を走る。そして、

 …ぎどんッ!!!

「うぉッ!」
「!」
 唐突に部屋の中に張り巡らされた無数の、細い氷柱にアルティオは慌てて足を引く。
 氷が異形を包み込み、動きを止まらせる。アルティオは、はっ、としてその奇異な氷像に剣を叩きつけた。
 脆い像は、呆気なく崩れて、紙から生まれた異形はあっさりと霧散した。
 背丈は腰ほどの、短く脆い、細い氷の槍。だが、それでもたたらを踏ませる威力はあったらしい。少年がわずかによろけ、レンの剣が氷柱を貫いて肩口を捕らえる。
「……ッ!」
 少年は側の氷柱を折って、その眼前に投げつけた。咄嗟に剣でそれを払ったレンの太刀は遅れを生んで、その僅かな間に少年は体勢を立て直す。
 ―――くそ、埒があかねぇッ!
 心の中で悪態を吐きながら、加勢しようと地を蹴る。
 瞬間、少年がこちらを振り向いた。
「ッ!」
 たんッ、と少年がその場を跳ぶ。レンの刃は靡いた黒衣を僅かに裂いただけ。
 槍を振りかぶる少年。アルティオは防御のために、剣を正眼に構えて繰り出す。
 しかし、それが間違いだった。リーチは槍の方に軍配が上がる。そして、少年が狙っていたのはアルティオの心臓ではなく、

 ぎどんッ!!

「なッ!?」
 少年は直前で槍を引いて腰を落とすと、下から穿つように、交差されたアルティオの剣に一打を加えたのだった。
 重い音が響く。
 アルティオの、左に構えた剣の半分以上が切り落とされて、床にきんっ、と転がった。
「ちぃッ!」
 アルティオは残った右の剣を振るう。だが、それは少年の、肩を浅く抉っただけだった。
 少年は二人の男と距離を取るように引いた。
 アルティオは唇を噛む。噛んで、構えを直す。
 埒が明かない。このままでは不利なことは明白。おそらく、敵の槍の腕はレンよりやや劣る程度。だが、彼にはあの厄介な術がある。
 先ほどの異形にしても、大した相手ではなかったが、足止めに使われては二人で畳み掛けることも不可能になる。
 何か、
 何か、意表をつかねばならないのだ。
 ―――くそッ、くそくそッ、どうすれば……ッ!


「おぅッ!?」
 シリアの生んだ氷柱は、他の戦場にも影響を与えていた。唐突に足元に現れた氷の槍に、エノと呼ばれる少年はつんのめる。かすかにシリアの詠唱を耳にしていたカノンは、的確に槍を避けつつ、一気にその少年との距離を詰めた。
「ちッ!」
 少年は翼を盾にするように羽ばたいた。
 起こった風にカノンの髪が靡く。

 斬ッ!!

「く………ぅッ!!」
 伸ばしたカノンの刃が、少年の右の片翼を大きく袈裟懸けに切り裂いた。厚みの在る翼は落すことは出来なかったが、それでも大きく付いた傷からは、赤い体液が滲み出て、だらだらと床に染みを作った。
「……ぅ、う、ちくしょぉッ!」
「!」
 びゅん、と風を切って少年の爪が煌く。片翼に傷が付いても、少年の速度が落ちなかったことに驚きながら、カノンは屈んでそれを交わす。
「おりゃあッ!!」
「―――ッ!」
 もう片方の爪が、下段からカノンの頭を狙う。咄嗟に左腕を犠牲にしてそれを防ぐ。

 どしゅッ!!

「つぅ……ッ!」
 鋭利な爪先が、カノンの左の肩口をやや大きく抉る。古傷が開くかもしれない。
 その卒倒しそうな痛みに耐えながら、カノンは少年の膝へ鋭い蹴りを放つ。
 少年は飛ぼうとして、
「―――!?」
 バランスを崩して床に手を付いた。片翼の機能を失ったが故の代償だ。
 カノンはまともにバランスを崩した少年へ、刃を振るう。しかし、少年は腕の力だけで前方に転がってそれを何とか交わした。
「でんぐり返しで遊んでるつもりッ?」
「うっせぇッ! まだ負けたわけじゃねぇッ!!」


「我望む、切り裂くは烈風の残歌、唸れフォーンバラッドッ!!」
 圧縮された無数の空気の弾が、黒い少女を襲う。だが、それは少女に届く手前で霧散した。
「ッ!」
「無駄、です」
 少女が左手を鳴らす。ルナはすぐさま、その場を跳んだ。

 どんッ!!

「―――つぅッ!」
 爆発そのものは交わせたが、爆風に軽いルナの身体は呆気なく転がされた。
 少女の目の前に、数本の、目に見えない槍が浮かぶ。
 ―――早いッ!

 ずしゅッ!!

「ッあ!!」
 そのうちの一本が、慌ててさらに転がったルナの腕を掠めた。抉られて出来た裂傷を、抑えながら立ち上がる。
 ……呪文詠唱がやけに早い。いや、早すぎる。そもそもそんなものをしているのかどうかさえ、怪しい。ルナはまだ一度も、少女が会話以外で唇を動かしたところを見ていない。
「……まだ、やるですか」
「何、降参しろ、って言ってんの?」
「……主様は、無関係な方はなるべく傷つけたくない、と仰せです」
「よく言うわ、これだけ無関係の人間を利用して置いてね。恥を知れってのよッ!」
 少女はぴくり、と反応して肩を震わせた。そしてぶるぶると肩を怒らせる。
「―――?」
「……あの方は、………主様はそんな人じゃないッッッッッ!!!」
「!」
 少女の激昂と共に、彼女とルナとの合間で爆風が吹き荒れた。溜まらず壁に叩きつけられるルナ。受身は取ったが肩と背中がぎしぎしと軋む。
「つ、ぅ……」
「私はあの方の手足でいい。手足で在り続けるためなら、何人だって殺すッ! 何人だってッ!」
 少女が片手を翳す。
 シリアが氷を生んだのは、このときだった。
「!」
 床から生えた氷柱に、少女はたじろいで身を引いた。その僅かの間にルナは体勢を立て直す。
「くッ!」
 新たに呪を唱えるルナに、少女は再び片手を振りかざす。放たれた不可視の一撃を、しかし、ルナは難なく避けた。
「!?」
 その場に立ち止まり、印を描くルナへ、少女はもう一度片手を上げる。
 だが、ルナは二度、それを的確に、ぎりぎりの間合いで交わす。爆呪が砕いたのは脆い氷の柱だけ。
 三度、それを放ってやっと気が付いた。
「こ、これは……氷の、」
 ルナは、傍らに立った氷柱が小さく軋む音に気が付く。身体を軋ませた氷柱の数で、爆呪の範囲を悟っていた。
 もともとシリアの氷柱は、こちらのフォローのために生み出されたものだったのだ。
「こんな、ものォッ!!」
 少女が両の手を振り被る。びしッ、と少女を取り囲むすべての氷柱に白いひびが入った。だが、それが砕け散るより前に、
「!」
 少女の周囲に、無数の青い光が滞空する。
「我求む、途往くは銀の閃光、放たれるは抗魔の刹那、汝、無限より来たりて裁きを今、ここに……ッ」
 ルナの甲高い声が飛んだ。滞空する光はそのまま孤を描く。
「従え、シルフィード・レインッ!!」
「ッ!!」
 孤を描く銀の輝きが、軌道を変えて少女を襲う。声を放ち終えたルナの眼前に、再び違う魔道の陣が浮き上がった。
「我放つ、穿つは破壊の境界、砕けメガブラスターッ!!」
 降り注ぐ銀の雨に加勢するように、陣の中央から赤い導線が空間を貫いた。

 どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんッ!!!

 轟音が、丈夫な石の部屋を揺るがす。白煙と、赤光とが視界を塞いで、少女の姿をすっぽりと覆い隠した。
 ルナは構えたままその場を動かない。
 やがて、ゆっくりと白煙が晴れて、
「―――ッ!」
 戦慄に、ルナは奥歯をぎりッ、と鳴らす。
 少女は正眼に両の手を構えたまま、その場にしっかりと足をついていた。黒いゴシック服はところどころ焼け焦げているものの、その下の白い肌には傷一つない。
 べったりとした汗が、ルナの背中を覆う。
 防御魔道を唱える暇はなかったはずだ。仮に唱えていたとしても、それを破るために大技の印を二つ、切って置いたというのに―――ッ!
「く……ッ!」
 少女の手が振り上がる。一気に魔力の消耗した身体が、鉛のように足を引っ張るが、休んでいる暇などない。
 ルナはその場を跳び退ると、新たに陣を指先で描き始めた。


 ぎぎぃんッ!

 細身の槍と、大剣とがかち合う音は思いの他、鈍いものだった。
 一瞬散った火花を嘲笑いながら、少年は深遠の闇色の瞳を歪ませる。
「貴様、何のつもりでこんな真似をする?」
「……さてね。おおよそ、まだ君には知る必要のないことだ」
「何……」
 珍しく、レンの言葉に激昂が混じる。

 がきんッ!

 刃が外されて、長い槍の切っ先が、レンのわき腹を狙う。捻り様、繰り出した刃は僅かに距離が足りず、少年はあっさり引いた。
 そこへ、
「はぁぁぁぁぁッ!!」
 気合を込めたアルティオの刃を、紙一重で交わすと、少年は屈んだまま彼の手首を蹴り上げた。
 苦痛に顔を歪ませるアルティオ。その彼の腕へ、少年はさらに槍の腹を食い込ませる。
「―――っぁ」
「アルティオ!」
 彼が掴んでいるのは、折れた半端な長さの剣が一本だけ。
 勝負にならないと思ったのか、少年はくすり、と笑いを漏らして身体を反転させる。
 その動作が、一瞬だけ、止まった。
「……?」
 不意に虚空を見上げ、眉根を寄せる。
「……それは、どういう…?」
 呟いた声は、誰に向けてのものだったのか。それを判断出来る人間は、この場にはいなかった。
 しかし、
「主様ッ!!」
「!」
 少年は少女の声で我に返った。
 その、最大の隙の間に、アルティオは剣を拾い上げる。
 フェルスの放り出した、あの、呪われた赤い剣を―――ッ!
「……ッ!」
 初めて少年の顔に驚嘆が浮かぶ。動きが止まる。そして、

 ずしゅッ!!!

「・・・ぁ、く、ぁぁああああぁああぁあああぁああぁぁああぁああぁぁああああッ!!!」
 ……赤く染められた呪いの刃は、まともに、少年の右肩を貫いていた。




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梧香月
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執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


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