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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[慟哭の月] EPISODE9
嘘にはいずれ、終わりが来る。
 
 
 

「……」
 ―――ああ、面倒な。
 宿屋の扉を開けた瞬間、浮かんだ思考がそれだった。
 身体はぎしぎし軋むし、頭はずきずき、さらににわかに降り出した雨で服は湿っている。身体も精神も重かった。ぼろぼろもいいところだ。部屋に戻ってそのままベッドの上に沈み込もう、と思っていたのに。
「重々しい雰囲気ね……」
「……」
 とぼける気もなかったルナは、ぼそっと呟いた。真正面から睨んでくる幼馴染の視線を、ぼんやりとした視界で受け止める。
 宿屋の階下の食堂で、見知った顔が首を揃えている。
 正面に仁王立ちしているのは、眉間に皺を寄せて可愛い顔を台無しにしている幼馴染の少女。
 背後の椅子に腰掛けた旧友の男は、何とも言い難い表情―――歪んだ無表情を貼り付けながら、黙している。
 別のテーブルには、何か煮え切らない表情のシリアと、厳しく顔を引き締めたアルティオ。
 そして、また別のテーブルには、心底申し訳なさそうな顔をしたラーシャ=フィロ=ソルトと、やや俯いたデルタ=カーマイン。
 ルナは溜め息を吐く。
 カノンは無言で彼女を睨み続けていた。
「……まあ、言いたいことは解るけどね。ちょっと待……」
 言いかけた言葉は遮られて、がしッ、とカノンに腕を掴まれる。
 ああ、もう。何でこう、人の話を聞かない奴らばかりなんだ。
「―――何で?」
「……」
 唇を噛み締めて、彼女は問いて来た。
「……フィロ=ソルト将官から聞いた。レンも、シリアも、あんたが彼女たちと一緒にいるのを見た、って。シリアは……あんたが、ディオル=フランシス、とかいう豪族の屋敷に出入りしてるのも見た、って」
 ―――余計なことを。
 疲労でむき出しにされた感情が、暗い思考を持ってくる。
「……何で?」
 彼女は重ねて問いて来た。
 浅い深呼吸をする。こうなると、覚悟はしていたのだ。今さら、迷うことなどない。
「あんたには、いや、あんた達には関係ないことだわ」
「―――ッ!」
 胸倉を掴まれた。シリアとアルティオが、慌てたように立ち上がる。まっすぐに、こちらを睨んでくる碧眼が、歪んで、雫に揺れていた。その目は裏切り者を見る目なのか、またいろんな痛みがぶり返す。
「あんたね! 正気なのッ!? あたしが言いたいことも、本当に解ってるわけッ!?
 あんた、将官に全面的なシンシアへの協力を約束したそうねッ!? 大陸にいる間でもなく、あいつらを捕まえることでもなくッ!! 本気で、一人でゼルゼイルに行くってッ!?
 馬鹿じゃないのッ!? 何が悲しくて戦争なんかに身体張るのッ!?」
「……」
「あんたの気持ちも解らないではないわよッ! 自分の研究が違法に使われて、そのせいで昔の仲間に疑われてッ! 何とかしたい、って気持ちは解るッ!!
 でもねッ! 相手は一国なのよ、戦争がどんなもんか解らないものでもないでしょうッ!? それに首を突っ込んで、そんな危なっかしいことして何になるのッ!? 無駄に命削って、何が楽しいのッ!?
 せっかく、仲間とも会えたんじゃないッ! どんな理由があろうと、命無駄にする理由になんてなりゃしないわッ! 死んだらそれまでよ、仲直りも何もないのよッ!?」
「………」
「何で、何で何も言わないのよ……ッ! 勝手な真似するのッ!? そんなに、そんなにあたしらはあんたにとって信用がないわけッ!?」
「・・・ッ!」

『……お前にとって所詮、俺やイリーナはその程度の存在か。お前の"信じる"って言葉はその程度の効力か』

 ぎり―――ッ!
 掴まれた胸倉を襲う痛みが、吐き気を催した。全身を苛む痛みが、声を締め付ける。それでも平坦な、冷静に声を紡ぐ。
 まずは、この娘を黙らせなくては。
「……あんたには、関係のない話よ。あんたは剣士、あたしは魔道師。生き方も違うし、育ち方も違った。ものの価値が、違うだけ。それだけよ」
「な―――ッ!!」
「あんたがどう言おうと、これはあたしが決めて、受けた依頼よ。あんたに反故にされるいわれはないわ」
「―――ッ!!」
 彼女の顔がくしゃり、と歪む。目尻に浮かんだ涙と、紅潮した頬が、怒りに染まった。
 当たり前だ。それだけのことをしているし、言っている。彼女にしてみれば、何故、こんなことを言われているのか、解らないのだろうから。
 好き好んで、戦争に参加しようとするなど、正気の沙汰ではない。
 鍛えられた拳が振り上がる。ああ、痛いんだろうな、と茫然とした頭で考えた。
「カノンッ!!」
 アルティオの静止の声が耳に入る。だが、少女の手は止まらない。
 目を閉じて、それが与える衝撃に耐えようとした、そのとき、

 がしッ

「ッ!」
「……落ち着け」
 握られた拳を、手首を掴んで止めたのは、冷静な表情を張り付かせた少女の相棒だった。
 冷めた眼で、ルナはそれを見留める。だが、胸の中の苦く熱いものが反転するのは、次の瞬間だった。
 反動で、泣きながらよろけた少女の軽い身体を、無表情な男は無言で肩を押さえ、支えた。
 それだけ。
 いつものことだ。いつものことだから、ルナだって、その光景を捕まえてはからかっていたのだ。鈍い少女と旧知の悪友のために。
 たった、それだけのこと。
 それだけのことだった。
 だが、それだけで強烈な吐き気が喉元まで込み上げた。胃の中が、胸が焼け付いて、熱が、血が逆流する。全身の血液が、沸騰した。
「だって、レンッ!」
「逆上するな、と言ってるんだ。これでは話も何も……」
「……………ない」
「?」
 ふと、レンは面を上げて、小さく何かを漏らしたルナを振り返る。
 そこで目にしたのは、先ほどの相棒よりも激昂した目で、威嚇するように少女を、彼女にとっても大切な幼馴染であるはずの少女を憎憎しげに睨みつける彼女の姿だった。
「解らない……ッ! あんたなんかに解ってたまるもんかッ!!
 そうやって頼りきれる人間がずっと側にいるような、あんたには解らないッ!! 解るわけなんかないッ!! あたしの気持ちなんかッッッ!!!」
「―――ッ!」
 それは、きっと、ずっと隠してきた本音だったのかもしれない。
 顔を真っ赤にして吐き出した。吐き出した、同時に襲い来るのはぐちゃぐちゃな後悔と罪悪感。でももう遅い。
 信じられないものを見た、仲間の奇異の視線が突き刺さる。
 カノンは茫然と、涙を滲ませた目で拳を握った幼馴染を凝視していた。
 何を言われたのか、今、彼女が何に対して激情を吐き出したのか、理解するのに多大な時間を要した。
 ルナはじっと、足の爪先を見つめたまま耐えている。惨めさが、頭を、胸を、全身を、苛んだ。
 流してやるものか、と歯を噛み締めるのだけど、行き場をなくした瞳の雫は勝手に床を濡らしていく。耐え切れなかった。そんな姿を曝すのも、この惨めさを堪えるのも。
 気がつけば、踵を返していた。旧友の、名前を怒鳴るような声が聞こえた気がする。だがそれも、雨の煩わしい音に解けた。


 自分は、幸運なのだと思っていた。
 だから、どれだけの不満も我慢できたのだと思う。
 でも、いざ眼前に、求めたものがちらついた瞬間、衝動はさらなる欲を生んだ。人間は、ルナが思っていた以上に煩わしくて、欲張りな生き物だったらしい。
 それでも、認めたくなくて、あるいは認めることができなくて、あるいは認めてはいけなくて。
 すべてに嘘を吐いてきた。
 そうしてやっと気がついた。
 自分は欠片も、自分が幸運だなどと、謙虚なことは考えていないのだと。
 浅ましいまでに、自分は人間なのだと。
 そのがたがたに崩れた結果が、今、浮き彫りにされた気がする。
 取り返しのつかない言葉。戻せない台詞。取り繕うことが出来ない人間は、理性的にはほど遠い。
 ………もう嘘を吐き続けることに疲れたのかもしれない。
 仲間にも、友人にも、他人にも、




 自分の心にも。






 胸糞が悪かった。
 吸い込む煙が、それに拍車をかける。舌に広がる苦い煙を吐き出すと、煙は白い影を描きながら雨音の中に消えていく。服の裾が濡れているのに気がついた。が、注意を払う気すら起きない。
 胃がぎりぎりと痛んでいる。何で、こんな妙な痛みに苛まれているのか、理解出来ない。
 何も自分が感情的になる必要はないのだ。
 去るものは置いていく。要らないものは要らない。意に沿わないものは棄てる。逆に噛み付くようなものならば、最上の屈辱と決壊を。
 人間としてそれ以上、理想的な生き方はない。
 要るか要らないか。好むか嫌うか。愛するか憎むか。生まれた瞬間から宿っている、単純で原始的な本能だ。そのままに生きる。これ以上、簡単な生き方はない。
 ただそれだけの話なのだ。
 感情に踊らされるのは、その棄てられるか、否かのイキモノだけだ。選定する方が、選定されるものを躍らせるだけ。
 なのに、
「ちッ……」
 カシスはまだ長く残る紙煙草を投げ捨てて、踵で踏み潰した。踏み潰さなくても、この雨で勝手に消えるだろうが、苛立ち紛れだった。
 空を見上げる。
 こう曇天では、気分も晴れるわけがない。
 昔は雨に濡れるのも、それほど嫌いではなかったが、今は夜という時間そのものを忌まわしく思うようになっていた。
 昔、あれほど、雨に濡れるのを厭わなかったのは、一体何故なのだろうか。
 大昔は嫌いだったのだ。雨に濡れて、いいことなど一つもなかったから。たとえ、びしょ濡れになったとしても、カシスの髪に、肌に触れて諫める人間はいなかった。長雨で肺を患ったとしても、ベッドの上で耐える彼を労わろうとする人間は一人としていなかったのだ。
 だから、冷たいだけの雨は嫌いだった。
 ふと、昼間の馬車を思い出す。同時に、咳き込んだ自分を怒鳴り散らす少女の姿も。
 意に沿わない。あの程度で、何故怒鳴られなくてはいけなかったのか。馬鹿馬鹿しくて、逆に笑えてくる。笑えて、笑えて、腹は立たなかった。
 ああ、同じだと思ったのだ。
 昔、雨に濡れた自分を、初めて叱り飛ばしたあのときと、彼女は何も変わっていないのだと。
 ―――本当に、そうか?
 否。
 決定的な猜疑は、今さら拭えやしない。
 舌打ちをしたカシスは、降り止まない雨に踵を返し、そのまま宿屋の扉を開ける。
 ……振り返ったのは、ただの気紛れだったのだ。
「―――ッ!?」
 だがしかし、そこで彼は我が目を疑うことになる。
 雨の霞む中、ぴちゃり、とかすかな音を聞いた。雨が降っているのだ、そんな音は何処にでも響く。だから、その音を気に留めたのは、本当に気紛れだったのだ。
 水のために白く歪み、霞んだ視界に、ぼんやりと青い影が見えた。思わず目を凝らすと、その輪郭が見えてくる。汚れて、垂れ下がった白い羽が、ブラウンの髪にかかっている。その長く伸ばした髪も濡れそぼって力なく、身体に纏わりついていた。
 茫然と光のない瞳は、こちらを見ているのかどうかすら解らない。
 くしゃくしゃに歪んだ顔に滴るのが、雨なのか、それとも別のものなのかさえ。
「………ルナ?」
 問いかけるように声を発する。彼女は答えなかった。ただびくり、と一瞬肩を震わせただけだ。
 来い、と言ったのは自分だった。ただ解せない。何故、こんな雨の中、そんな体たらくで茫然と立っているのか、どうにも解せない。
 呆れるとか、それ以前の問題だ。
「何、してる……」
「……」
 声をかけると、またそのあどけなさを残す童顔な顔が歪む。歯を食い縛って耐えているのは、まさか寒さではないはずだ。
「か………し、す…」
「……」
 名前を呼ばれた。
 身体が弱いくせに、無駄に雨に濡れるなと、怒鳴り散らした彼女への幾つもの皮肉が頭をついて出る。けれど、それが口の端に登らない。
 何故か。
 ぴしゃり、と彼女の身体が傾いだ。正確には、こちらに一歩、踏み出したのだが、緩慢な動きと生気のない表情が、ただ傾いた、というふうにしか見えない。あまりにも弱弱しすぎる。
 何のつもりだ。ああ、もう面倒だ。見たくもない。無駄なことを聞きたくもない。
「解った」
「…ぅ、……ぅう………」
「解った。解った、面倒だ。いいから、」


「来い」


 ぷつん、と糸の切れる音。
「ふ、ぅ、ううぅ、……ぁ、うぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 雨音を劈く決壊の声。継いで来た衝撃に、カシスは後ろにたたらを踏む。濡れる服も構わずに、ずぶぬれの身体を白の上着の中に沈めて、彼女は縋るように泣いた。
 濡れた髪が、服が、涙が、湿っていただけの自分の身体を濡らしていく。
 だが気にも留めず、カシスは昼間もそうしたように、彼女の身体を腰から抱え上げた。
 たぶん、意識は朦朧としているのだろう。抵抗さえせずに、彼女はそのまま体重を乗せてくる。
 弱弱しい、あまりにもか細いその肢体に。
 カシスはくすりと、口の端で、嘲笑[わら]った。

 ああ、脆い。
 人間は決まって、愛情と孤独には勝てないのだ。



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★ プロフィール
HN:
梧香月
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性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
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