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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[慟哭の月] EPISODE7
歩くR18の自由度が半端じゃない。
 
 
 

 どう考えても、不可思議だった。
 あの日から、あの黒い少女が街中を混乱させてからゆうに三日は経っていた。
 レンにしてみれば、ルナのことがあって、何日かの滞在が決まったと同時に何らかの襲撃があるものだと覚悟していたのだ。初日、あれだけ派手な歓迎をしてくれたのだ。それなのに、この三日、気を張り詰めるばかりで変わったことは何一つなかった。
 カノンもそれには首を捻っていた。シリアやアルティオも右に同じだ。いくら楽天的思考保持者としても、不穏に感じるところはあるのだろう。
 ともかくにも、ここ三日、忙しく動いているのはルナだけで、自分たちは思い思いに過ごしてしまっていた。
 意味もない焦りが、レンの中には生まれていた。嵐の前の静けさ、というか。まさか、こちらを休ませてやろう、なんて慈悲深い考えではないだろう。
 奴らは行く町々で周到な準備をしてくれていた。その"準備"とやらが、この町にはないのだろうか。だとしたら、初日のあれは、危険を感じてこの町を早く出て行かせようという工作……?
 いや、そうだとすれば尚更この三日間の間に、然るべき襲撃を受けていて良いはずだ。
 ならば、奴らが大人しいのは、何故なのか。
 そこでまた思考の壁に会う。
 メインストリートから一本はずれた通りで、煉瓦に背を預けながら、疎らな人波を眺めてレンは思考を巡らせる。
 ―――それとも。
 何か、彼らの計画が、どこかで狂ったのか。
 この町に着いてからの不確定要素は二つ。一つはラーシャ=フィロ=ソルト、と言ったか、彼らがレンとカノンに祖国の救援を求めて来たこと。一つはもちろん、ルナの旧友であるというあの男と少女。
 どちらも偶然とは言い難い。
 ラーシャたちはエイロネイアの視覚だと言及する"奴ら"に狙われた自分たちを追って来た。
 カシス=エレメントは薬の護衛中だとか言っていたが、その実は違うだろう。現に、彼らが口にした"お使い"をする二つの町のルートからこの街道は、わずかに外れている。
 おそらくだが―――彼がルートを変えたのだ。クオノリアで研究が漏れていることに気がついた彼が、その関係者の中にルナの名を見つけ、ここまで探してきた……というところだろう。でなければ、偶然にしては出来すぎている。
 ―――あの男は、最初からあれを疑ってきた、ということか……。
 それならば、一筋縄で説得も出来まい。三日経っても、彼を説得出来ずにいるらしいルナを責められるはずもない。
 ただ、彼を味方となった場合、漏れた情報を元に立ち回っている"奴ら"にとっては、裏をかかれる可能性が大きくなるだろう。彼はルナ以上に『月の館』で行われた研究に深く関わっている。
 もう一つ、ラーシャとデルタの、シンシア側の人間だという二人が同じ町の中に存在しているという事実が、彼らの行動を抑制しているのだということも考えられる。
 どちらが吉となっているのか、はたまたもしくはやはり嵐の前の静けさで、とうに凶が出てしまっているのか。
 ―――……堂々巡りだな。
 答えの出ないと解りきっていることを考えるのは、思いの他、疲れる。
 諦めにも似た溜め息をついて、レンは視線を爪先から上げた。
 ちょうど、そのとき、だった。
「―――ッ」
 人波の中に。
 ゆったりとした黒が、浮かんだ気がした。
 それはふい、と掻き消えて、一瞬でなくなってしまったけれど。
 レンの頭の中に葛藤が生まれる。追うべきか、追わざるべきか。逡巡して―――踏み出しそうになる足を堪える。脳裏に浮かんだのは、ランカース・フィルでのあの罠。
 レンはけして正義感のない男ではない。人としての感情も、あまり面に出さないだけで苛立ちと、黒の少年に対する疑惑、疑念は常に持ち続けていた。
 だが―――同時に、彼の相棒よりは導火線が長く、なおかつ、切り刻まれた少女の身体を覚えている彼は堪えて足を止めた。
 額に脂汗が浮いている。
 ―――なぜ、今……ッ!
 あれは前回のように誘いなのか。もしそうならば、やはり奴は……?
「あれ……?」
「ッ!」
 思考のためか、よほど厳しい顔をしていたらしい。振り向いた先にいた少女は、びくん、と肩を震わせた。
 それに気がついて、レンは己の情けなさに軽く首を振る。
 蜂蜜色の髪とどこかおどおどした榛色の瞳。地味なローブを纏っていて、やや涙目でこちらを見上げている。
 ……いつも強烈な個性を纏った女にばかり振り回されているせいか、こういった本当のただの少女に対してどう対処するかなど思いつかないのである。
「え、えっと、その……」
「ルナの旧友だったな。すまない、考え事をしていてつい警戒してしまった。気にするな」
「あ、あう、じゃ、じゃあ怒ってるわけじゃないんですね……?」
 ―――別に怒るような理由はどこにもないだろう……
 どうにも苦手意識が働いて、レンは胸中で頭を抱えた。そう考えると、女性に対して、いつでも誰にでも同じ愛想を振り撒けるアルティオは凄いのかもしれない。無論、褒めていないが。
 少女はほっとしたように、胸を撫で下ろす。
「えっと、間違ってたらすいません、レンさん、でしたっけ?」
「そうだ。そっちは確かイリーナ、と言ったか」
「あ、名前覚えててくれたんですね」
 にこり、と少女は笑顔を向ける。そういえば、宿屋で何度か訪問してくるのを見てはいたが、まともに会話するのは初めてな気がする。カノンやアルティオは比較的、会話をしていたはずだが。
「そういえば、こうやってお話するの初めてですね。ごめんなさい、ろくに挨拶もしなくて」
「気にしなくていい。それはこっちも同じだ」
「今日はどうしたんですか? こんなところで」
「いや……」
 別に言い難いわけでもないのだが、レンは答えに詰まる。言い難いというか、おそらく他人には理解出来まい。
「……少し五月蝿くてしつこい虫が出たんでな。あまり人目につくようなところは避けて、考え事をしていただけだ」
「???」
 案の定、疑問符を浮かべるイリーナに、レンはもう一度、「気にするな」と口にした。この疲労感は、不死身で頭の中身の足りていない異性に襲われる経験をした者にしか解らない。
「こんなところで、と言うがそちらこそどうかしたのか?」
「あー、お使いです。ちょっと医療系の魔道研究で使う薬の補充に。今度は先輩の」
「あの男か……」
 苦笑いするイリーナに、レンは挑発的なオーラを纏う件の魔道技師の男を思い出す。またいいように使われてるな、哀れなものだ、と心の中だけで思うと、彼女はそれを汲み取ったかのように、
「私、今日はお出かけする用事がありましたし。そのついでなんですけど、ちょっと迷っちゃって……この辺のお店なハズなんですけど」
「……」
 えへへ、と舌を出す少女にレンは思わず引き締めた顔を潜ませるところだった。
 大きな町、といってもこの町は比較的、道も整備され、標識も易しいものである。
「……帝都あたりに行くと完全に迷うな」
「あ、あう、た、確かに一回、上司のお供で行ったとき迷子になって何故か町の外に出ちゃったりしましたけど……」
 ぽつりと呟いてしまったレンの言葉に、しどろもどろになりながら、必死で弁明する少女。
 その様が思いの他、可笑しくて笑ってしまう。
「まあしかし、あんなとんでもない女を親友にしているのだからな。付き合うのには根性がいるだろう?」
「とんでもない、って、ルナちゃん、ですか?」
 他に誰がいる? と問い返す。イリーナは少しだけ悩む素振りを見せると、
「確かにルナちゃん、ときどきホントにハラハラしますけど。でも、私には優しいですよ。
 一番の親友ですから。私はルナちゃん大好きです!」
「……」
 虚をつかれたように、レンの表情がぴくり、と動く。よもやあの暴走魔道師について、そんな評価を聞く日が来ようとは。
「? どうかしましたか?」
「いや……」
 珍しく面食らうレンに、イリーナが首を傾げる。
「……それは本音か?」
「? はい」
「そうか……いや、気にするな。どうしてそう思う?」
「だって、私なんかよりずっと強いし、優秀だし。私はおちこぼれだったけど、それでも熱心に勉強教えてくれて。
 私なんかがプロジェクトチームに所属できたのも、ルナちゃんのおかげです。
 ちょっと素直じゃなくて、強情だけど」
 ―――ちょっと、というかかなりな。
 つい、出そうになった本音を飲み込んだ。
「レンさん、ルナちゃんとは仲良いんですか?」
「仲が良いかどうかは知らんが……まあ、付き合いが長いことは確かだ。奴とは子供[ガキ]の頃から顔を合わせていたからな。
 まあ、奴に対してそんな感想は抱けんが」
 イリーナはくすり、と笑う。
「でも、子供の頃からずっと付き合いがある、ってことは悪く思ってるわけじゃないんでしょう?」
「まあ、な……」
「ホントに、ルナちゃんはすごいです。それに比べて―――」
 少しだけ、少女は俯いた。眉根をぎゅ、と寄せる。
「それに比べて……。私は、ちっとも強くなんてないし、それに……」
 ……ズルいんです、私。とても」
「……狡い?」
「だって……」
 言っていくうちに言い難くなって来たのか、そのままの渋い顔で小さく俯いた。
 しばしの沈黙に、居心地が悪そうに顔をしかめる。別にこしらが何をしたわけでもないのだが、沈んでしまった少女へかける言葉を模索する。
 どうしようか、ふと視線を空に投げ、
「……ッ?」
「え?」
 小さく声を漏らしたレンに、イリーナも俯かせていた面を上げる。す、と眉を潜めているレンの視線を無意識に追って、
「あ」
 声を漏らす。
 人の合間から見える影。レンは眉を潜めたまま、無言でやや位置を移動する。つられてイリーナも半歩ほどずれた。
 見慣れた羽飾りがふらふらと揺れている。
「ルナちゃん……?」
 少女が呟く。小首を傾げているのは、その人物を見てなぜ目の前の男が隠れるような動作をしたのかが不可解だったのだろう。
 視線を男から戻して、イリーナはようやく気づく。
「あ、あの人……」
 ルナの傍らを歩いている人影に、イリーナも見覚えがあった。確かルナと再会した日も、彼女と共にいた。名前は何だったか。
 表情はルナ共々、何だか深刻そうだ。ちょっと声をかけづらくなってしまうくらい。
「……」
 レンは眉間の皺を深くする。
 栗色の髪と、蒼い瞳。凛、とした雰囲気は人波の中でも目立つ。ラーシャ=フィロ=ソルト。一歩後ろには、生真面目な顔をした、青紫色のローブを引き摺った少年が付いている。彼もまた、表情を強張らせていた。三人は剣呑な表情のまま、何かを論じているようだ。
 イリーナには無理だろうが―――
 狩人としての訓練を受けたレンの五感は、普通の人のそれよりはるかに優れている。そのレンの耳には、雑踏の中でも、彼女らの声が途切れ途切れに聞こえていた。
 レンの表情が、次第に険しくなっていく。
「えっと、その……?」
「すまないな。用事が出来た」
「え? え?」
「ちなみに薬屋ならあんたの目の前だ」
「あ゛……」
 二軒向こうの大きな看板を指しながら言うと、イリーナは引き攣り笑いを浮かべて看板を凝視した。
 じっとりと汗が浮かぶ。
「あ、えっとぉ……はい、ありがとうございま……?」
 お礼と共に振り返ったとき。
 そのときにはもう、群青のマントの、寡黙な男の姿はその場所から消えていた。


 数刻後。
 ―――?
 メインストリートを縫うように歩いていたカシスは、ふと歩みを止める。
 元来、人込みは好きじゃない。というか大嫌いなものの一つに入る。なかなか引かない人の波に苛立っていたために、それに気がつくのに一瞬、遅れた。
 目当ての魔道具店―――あのやたらと元気な金髪のお嬢ちゃんと会った店のベルがからん、と鳴って、慌てた様子の店主が何かを掴んで表へ出て来た。
 そうして通りの向こうを背伸びして見ると、がっくりと面を落とした。
「……」
 同じように通りの向こうを覗き見て、カシスは店主へ歩み寄る。
「おい、どうした?」
「へ? あ、ああ……この間の旦那……。
 いえね、今しがた来たお客さんがお忘れ物をなさいまして。そういや、旦那が来なかったかと聞かれましたよ」
「女だな?」
「へぇ、まあ。旦那のお連れさんですか?」
「まあ、似たようなもんだ。で、忘れもんてのは何だ?」
「はぁ、たぶん大したもんじゃないんでしょうが……」
 遠慮がちに差し出されたそれを見て、一瞬、眉間に皺を寄せる。
 だが、それは一瞬で。カシスは笑みの形へ口角を吊り上げると、店主の手からそれをもぎ取って歩き出した。


 苛立ち紛れに広場に出ると、噴水の淵に腰を下ろす。気を抜いた瞬間、どっとした疲れが襲って来た。広場には、屋台や物売りの声と、子供の笑い声が高らかに響いている。
 ―――まっずいなー……
 正午はとっくに回っている。
 昨日はあまり眠れなかった上に、今日は朝早くからラーシャと共にディオル邸に赴いていた。そのせいか、軽い眩暈がしている。そうでなくとも、最近はストレスの溜まることが多すぎた。精神的にも参っているのかもしれない。
 まずい、と思いながらもお尻に根が生えてしまった。
 ディオルは思った以上に手ごわい。ああ言えば、こう言う、すべての答えを最初から用意しているのだろう。考えてみれば当たり前だ、ああいう人間には敵も多いはず。ということは、押し問答は日頃から慣れているということなのだろう。
 それでも、ラーシャがエイロネイアの者だというあの黒の少年たちがいる限り、何らかのモーションを起こすものだと思っていたのだ、最初は。
 しかし、奴らは初日以来、何の行動も起こさない。ランカース・フィルのときのように、周囲への聞き込みも行ってみたが、以前より周到に姿を隠しているらしい、証言は得られなかった。
 ―――お先真っ暗……
 とりあえず、ラーシャは明日あたりに祖国へ伝令を送ると言っていた。デルタは裏側から調べを進めると言っていた。
 最悪は、ルナが政団のつてを使って、何か証拠となるようなものを探すしかないのだろうが、望みはけして高くない。
 ―――あいつもあいつで……、何考えてるかホントわかんないし……。
 カシスのこともそうだ。イリーナにはこの三日間、何だかんだで顔を合わせていたが、カシスとは一回だけ顔を合わせたきりだった。しかも、訪ねていって、相手は出掛けだったらしく、ろくな話も出来なかった。
 何を考えているか解らないのは昔からだが、本当に理解できない。
「話くらい、ちゃんと聞かせなさいよ……」
 自然と表情が歪む。人の心労を何だと思っているのか。何だか力が入らない。
 もう三日だ。これ以上、カノンたちを滞在させて、迷惑をかけるわけにもいかないだろう。ラーシャのことにしても、秘密裏で力を貸しているのだから、限度というものがある。
 何から片付ければ良いのか。ルナには、時間がないのだ。
 膝に肘をついて、頬杖をついたまま瞑目する。噴水の端だというのに、このまま眠ってしまいそうだ。
 その彼女を揺り起こしたのは、存外に粗暴な声だった。
「よう、ねぇちゃん、一人かい」
「……」
 ―――まったく、こっちが参ってるってのに空気読まないってか読めないってか、人の纏ってる雰囲気くらい察してきなさいよ、朴念仁。
 いろいろと悪態を吐きながら目を開く。
 金髪に、入ったメッシュはド派手なピンク。纏った服は黒を基調としているものの、派手な印象を受ける男。軽薄なオーラ、にやけた笑みはどう見ても偽物。まあ、ちょっとは顔のいいチンピラと大差はない。
「……何よ?」
「怖い顔すんなよ。そんなシケた面しない方が可愛いよ、あんた。
 なあ、気分悪いなら俺らと飲まねぇか? あっちで仲間も待ってるしさ」
 カワイイ云々はともかく、どうしてそこに繋がるのかが解らない。視線を傾けると、ガーデン式の酒場で昼間から樽酒をかっ喰らう男たちの姿が目に入った。
 ―――……なるほど、ある程度、顔のいい男で女の子釣るのね。
 嫌に冷めた思考が、そんな答えを導き出す。
 溜め息が漏れた。ルナは無言で立ち上がって、男の側をすり抜けようとする。無視を決め込んだ彼女の手を、ぱしっと男が掴んだ。
 汗ばんだ、気持ちの悪い感触に怖気が立った。
「何だよ、シカトすんなよ」
「……」
 気色の悪い猫なで声を発してくる男を、力いっぱい睨みつける。無言の圧力も手伝って、男は怯むが手を離そうとはしなかった。
 それどころか、一層力を込めて握ってくる。
「……ッ!」
「なあ、素直になろうぜー? あんただってそんな顔してたんだ、鬱憤晴らしたいだろ?」
 たとえ素直になったところで、あんたらと酒の席を一緒にしようとは思わない。
 生憎、気が長い方ではないのだ。怒鳴るか、それでもやめないようなら、軽い術で地に沈んでもらおう。
「ちょっと……、調子に乗るんじゃ……ッ!?」
 声を張り上げたときだった。
 ぐらり、と体が傾いで、目の前が暗くなる。足の力が抜けて、その拍子に男は腕を無理矢理に引いた。
 ―――く……ッ!
「何だ。 その気じゃんか」
 ―――そんな、わけ……ッ!
 にやついた笑みを睨みつけるも、足の力が戻ってくれない。仕方がない、と無理に口の中で呪を唱え始める。
 が、
「おいおい、ちょいと待て、そこのガキ」
「あぁッ? ッ、て、いでででッ!?」
「!?」
 唐突に、握られていた腕が自由になる。驚いて顔を上げると、今しがたルナの腕を押さえていた男の腕が、逆に捻り挙げられていた。
 その手首を捉えているのは、日に焼けた男の手とは真逆に、異様なまでに白かった。
 す、と細められた緋色の瞳が、こちらを射抜いてきた。
「カシス……?」
 ―――どうしてここに?
 眉を潜めるルナから視線を逸らし、彼は目の前の男を見下ろした。もともとつり目気味な、彼の切れ長の目は、それだけで威圧になるようで、男はひッ、と短い悲鳴を上げる。
「さて、その女にどんな用だ?」
「ハァ? あ、あんたにゃカンケーないだろ……」
「ああ? そうか?」
 にやり、と嫌な笑いを浮かべて彼は振り返る。
「なあ、ルナ。俺は関係ないそうだが、どうだ?」
「……な、わけないでしょ」
 飄々と言ってのける奴を睨み返す。ここで下手に言い澱んだりすれば、こっちがいくら力が入らなかろうと奴は自分を見捨てる。そういう最低なことを平気でする男だ、彼は。
「だ、そうだ。お前の出番はないとよ。大人しく消えな」
「な、なん……ッ!?」
 男はなお、何かを言い募ろうとする。カシスはそれに、すっ、と大きく息を吸い込んだ。
 ……思えば、このときから嫌な予感はしていたのである。既に。
 ただ、久しぶりすぎて、この男の歪んだ感性を忘れていただけで。
「やかましいんだよ、(差別用語)がッ!! 引き際ってもんを弁えろ、(放送禁止用語)て(暴力的表現)されてぇか、あぁッ!?」
 ドスの効いた声に、広場に集まっていた町人たちが思わず歩みを止める。ルナはその場で頭を抱えた。先ほどとは異なる眩暈に襲われた。
 ―――真っ昼間の天下の往来で、何を口走ってくれやがんだ、この男。
 ああ、突き刺さる周囲の視線がどうしようもなく痛い。
 視線を上げると、男はぽかん、と口を開けたまま茫然と脂汗を流している。あれは自分が何を言われたのか解っていない顔だ。無理もない。昼間の往来でこんな罵詈雑言を揚げてくれるような人間、他にいるものか。
 何も言わない、というか言えないでいる男の腕を、彼は乱暴に振り捨てた。
「っあ、あ、ぃひゃぁぁぁぁぁあッ!?」
 拍子に関節が妙な方向に曲がったらしく、顔を引き攣らせて腕を押さえながら七転八倒する。
 それを、何か汚いものでも見るかのような目つきで睥睨すると、カシスは逆の手でルナの手首を掴もうとして、
「……」
「な、何……って、へ、いや、ちょ……ッ、きゃあッ?」
 何かを思い直して、その細腰に腕を回すと軽々と持ち上げられた。
「うるせぇな。人気のない場所まで運んでやるから静かにしろ」
「じゃあ、注目浴びるようなことすんなッ! っていうか降ろせッ!」
「いいから黙ってろ、爆弾女」
「なッ!!?」
 担がれた状態ではろくな反撃も出来ずに。
 思いつく限りの罵詈雑言は叩きつけるのだが、それをものともせずに、結局はそのまま近くの小路まで連行されてしまったのである。


 人気のあまりない小路。その辺りの住民だと思われる人間が、ちらほらと歩いているだけで、広場とは対照的に極静かだ。
 一本隔てたストリートから、遠い喧騒が響いている。
「……ッ、あんたね! いきなり何すんのよ!?」
「ああ? 何が?」
 ―――何が、じゃないッ!!
 思い切り叫ぼうとして、先ほどの眩暈が戻ってくる。何とか踏ん張りながら、飄々とふんぞり返る赤眼を睨み上げた。
「あんなもん、一緒にいるこっちが恥ずかしいのよッ。いらん注目は浴びたくない、ってそりゃあ昔から何度も言ったわよね!?」
「俺としては、なけなしの良心からやったんだがね。大体、お前一人相手じゃあ、子供[ガキ]をおんぶしてんのと変わらねぇ、っての」
「あ・ん・た・ねぇッ!! あたしだってね! これでももう……ッ!!」
 怒りに任せて大声を上げてしまった。気がついたときには後の祭り。ふらり、と足元がぐらつく。
 ―――ッ……
 こいつにだけは無様な姿を見せるわけにはいかない。でなければ、また何を言われるか。
 しかし、人がせっかく体裁を繕ったにも関わらず。
「お前、阿呆か? その顔だと貧血だろ? 大方、飯でも抜いたか?」
「……」
「どうせ、余計なところまでがりがりに痩せてんだ。これ以上、痩せたら乾いたミイラと変わらなくなるぜ?」
 ―――殺スッ!
 決心して、握り締めた拳を振り上げたというのに。

 ぱしッ。

 あっさりと、眼前で受け止められる。
「くッ……」
「いつもの威力がないぜぇ? その状態で魔道使おうとした、ってんだから信じらんねぇな。
 静電気でも起こすつもりだったのかね」
「あ、あのねぇ……ッ!」
 一言どころか、二言も三言も多い口の悪さに、言い返そうと口を開いたとき、
 小さく、ルナの虫が鳴いた。
「―――ッ!」
「……ハァ、まあ身体ってのは正直なもんだな」
 真っ赤に顔を染めて拳を引く彼女に、嫌味なほどけらけらと笑いながら、拳を受け止めた手を下ろす。その片手を白の上着のポケットに突っ込んだ。
「とりあえず休戦、文句はその辺の飯屋でゆっくり聞いてやるよ。どうだ?」
「……」
 余裕の表情で提案する彼に、
 どうせ本当に聞くだけで反省は欠片もしないのだ、と知っていながら。
 しかし生理現象には抗えるはずもなく、
 ルナは顔を赤くしたまま、無言の肯定で返したのだった。



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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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