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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[慟哭の月] EPISODE2
カノン史上、最大のジョーカーの初登場です。
 
 
 

「さすがに大きな町だけあって、二、三軒はあるのねぇ」
「まあ、地方都市だし、中央に比べたら少ない方じゃないかしらね。いいデザインのものがあるといいんだけどぉ」
 そんな会話を交わしながら、カノンとシリアは人込み溢れる昼間のメインストリートを縫うようにして歩く。
 探しているのは道具屋だった。
 クオノリアでも、ランカースでも、少々武器を酷使してしまったせいか、折り畳み式である剣鎌のどこかの螺子が緩んでしまっていることに気がついたのがつい、先ほど。
 痛んだマントを買い換えると言うシリアも連れ立って、町中へと出て来たのだった。
 勿論、直前までシリアはレンを連れて行こうと引っ張ったが、容赦の無い鉄拳であえなく沈んだ。
「もう♪ レンてば恥ずかしがっちゃって、可愛いんだからv」
 宿屋を一歩、出てから彼女の吐いたその科白に、カノンは心底、感心したものだ。どこをどう見ればあの大男を可愛いなどと称せるというのか。
 下に恐ろしきは盲目の恋心である。
 ―――いや、まあ、それはとりあえず、どうでもいいんだけど……
 はぁ、とこっそり吐いたつもりの溜め息は、しっかりシリアの耳に入っていたようで。
「貴女、まだ昨日のことでうじうじ悩んでいるのかしら?」
「ん~……悩んでる、って程じゃないけど……」
 呆れたように言う彼女に、肩を竦めてそう返す。
 ラーシャの言っていたことを鵜呑みにするわけにはいかない。しかし、またその言動のすべてを否定するわけにもいかないのだ。
 例えば、クオノリアでのあの事件。
 クロードは合成獣を無尽蔵に生み出す『ヴォルケーノ』を秘密裏に製造し、兵器としてゼルゼイルへ輸出しようと画策していた。
 あの黒衣の少年が、彼女たちの言うように、ゼルゼイルの、エイロネイアの刺客だとすれば、別の土地で敵国に悟られないよう、自国の益のための兵器製造を行おうとしていた、ということになる。
 月陽剣についても同じだろう。何らかの、魔道実験を敵国の目に触れないところで実行しようとしていた。
 しかし、それを自らご破算にしてまで、不必要にカノンたちを挑発する、その理由は一体何なのか。
 はたまた、彼らはエイロネイアとは全く関係のない人間であるのか……
「いいじゃあないの。結局、相手が動かないと何も解らないのは一緒なんだから。
 どうにせよ、戦争なんかに加担する気はないんでしょう?
 だったらいい護衛が雇えた、と思えばいいじゃない」
「……あんたってほんと、羨ましい性格してるわね」
 シリアに諭されていると、何やら自分が相当情けない人間に思えて来て、それ以上、考えるのを止めた。
 相手が不毛と判断して、手を引いてくれるならば良し。そうでなければ―――そのとき、最善と思える道を選ぶしかない。
 今、出来ることは、それに備えて武器を整備しておくこと。それとなく、情報を集めておくことの二つ。
 ぱんっ、と頬を張る。まったく、考えに詰まるなんてらしくない。
 ここはもっとどーん、と構えているのがいつもの自分なのだ。
「あら、ここなんて良さそうじゃない。ほら」
 言ってシリアが、比較的大きな建物を指差す。白壁と、大きなウィンドウ。そのウィンドウに飾られた魔道具と、装備品を見た限り、上質な素材を使っているようだ。
「そーね。ちょっと見てみましょうか」
 ドアに手をかけて、押し出そうとした瞬間。

 からからんッ。

「うわッ!」
「きゃッ……」
 唐突に向こう側からドアが開き、小柄な少女が飛び出して来る。反射的に身を引くが、付いた勢いは止まらなかったのか、軽くぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさいッ!」
 やや外はねした、蜂蜜色の髪を振り乱して、頭を下げてくる少女。
 余程、急いでいたのか、カノンが声をかける前にあたふたと店を飛び出して行ってしまう。
「何だったのよ? 落ち着かない娘ねぇ……」
「さあ……よっぽど急いでたんじゃないの?」
 特に気にするでもなく、二人は店内に入った。お決まりの、「いらっしゃいませ」という言葉が耳を付く。
 店内はそれほど混み合っておらず、カノンたちの他には武具を物色する軽剣士の風体をした二人組みと、魔道具の棚を眺めている男が一人だけ。
 メインストリートの雑踏と戦って来た身としては、ほっとする。
「いらっしゃい、どのような御用ですか?」
「えーっと、ちょっと武器の修理が出来ないかと思って」
 真っ先に、ショールとマントの棚に走ったシリアを尻目に、カノンはカウンターに剣鎌を包んだ布をごとり、と横たえる。
 人の良さそうな顔をした、髭面の店主は、断ってから布を退けて包みを開き、目を見開いた。
「ほう……! 話には聞いたことがあるよ。剣鎌というやつだね……。
 いや、私も長く道具屋をやっているが、これを持ち込んだ人というのは初めてだよ」
 店主は新しい玩具を手にした子供のように、微笑んだ。
「それで、その……ちょっと、留め金が緩んでしまってるみたいなんですけど……直せますか?」
 嫌な予感と共におずおずと切り出すと、店主は白髪の混じり始めた眉を寄せる。数度、手に刃を持ち替えて、首を捻り、難しい顔で目を閉じた。
「うーん……残念だけどねぇ……。
 普通の剣なら、どこの店にも負けない自信があるんだけど。こんな稀少武器、私も実物を見たのはこれが初めてだからね。看ることは出来るが、直せる保障は出来ないな」
「そうですか……。
 誰か、この町で直せそうな人っていたりしません?」
 唸り始めてしまった店主に、カノンは頬を掻く。仕方が無い。よくあることだ。手当たり次第に探していくしかないか……?
 やがて店主はごめん、と素直に頭を下げてきた。肩を落としつつも、礼を言って差し出された剣鎌を受け取ろうとして、
 ひょい、と横手から入った手に奪われる。
「・・・へ?」
「ふぅん、剣鎌[カリオ・ソード]か……こりゃあまた、ンなところで、実際に使われてるのにお目にかかるたぁ、思わなかったぜ」
「ち、ちょっと!?」
 慌てて軽々と剣鎌を持ち上げるその手から、武具を引っ手繰る。
 睨みつけながらその手を辿り―――
 思わず息を飲む。
 目を引いたのは、血の色をそのまま映し出した真紅の両眼。次いで、店内の淡い照明に照らされて、銀に映える色素の極端に抜け落ちた白髪。そして病的なまでに真っ白な肌。
 話には聞いたことがある―――白子[アルビノ]、というやつだ。
 カノンより頭一つ分高い位置からこちらを見下ろす目には、他人を嘲るような薄笑いが浮かんでいて。おおよそ好印象とは言い難い面構えだったが、一瞬目を奪われるほど恐ろしく端整な、精巧に造られた雪人形のような青年だった。
 茫然として眺めていると、彼はくつくつ、と喉の奥で笑いを漏らす。
「何だ、お嬢ちゃん。そんなに見つめるほど俺の顔は魅力的か?」
「な……ッ!?」
「まあ、貸してみな」
 小馬鹿にした口調に、カノンが呆気に取られていると、男は再び彼女の手から剣鎌をすり取った。
 静止するより先に、男は鮮やかな手つきで緩んだ継ぎ目を見つけ、刃と継ぎ目の合間を覗き込む。
 それを見てカノンは初めて気がついた。その動作のすべてを、彼は右手一本でこなしていた。ふと、逆手の方を見て、眉を潜める。
 だらん、と垂れた七分丈の白い上着の袖。わざと腕を抜いているようにも見えない。
「……」
 しげしげと見ているのも悪い気がして、カノンは視線を逸らした。その間にも彼は刃を数度、回転させながら、剣鎌のあちこちをチェックしていく。
 やがて、男は短くひゅう、と口笛を吹いた。
「こりゃあ、なかなかの年代物じゃねぇか。
 よくもまあ、刃が持ってるもんだ。それも刃こぼれ一つねぇ」
「あ、当たり前じゃない。手入れは欠かしてないもの……」
「銘は入ってねぇが……どこのどいつの造ったもんだ?」
「へ、へ? さ、さあ……?」
「おいおい、自分の武器の造ったやつも知らねぇのか?」
「いや、だ、だって、元は自分の物じゃなかったし……二十年以上前の物だと思うから……」
「ほーう……」
 男はカウンターの片隅に腰を下ろすと、組んだ足の間に柄の箇所を挟むと、再び刃の継ぎ目を覗きながら、
「おい、オヤジ。ねじ締め貸せ。あと、ヤスリ」
「え、あ、は、はいッ! 少々、お待ちをッ……」
 カノンはそのあまりに傍若無人な態度に、あんぐりと口を開く。開いた口が塞がらないとはこのことだ。
 男の得体の知れない迫力に押され、道具屋の主人は可哀相なくらいあたふたと、カウンターの後ろの棚をあさり始める。
 やがて傍らに置かれた工具箱の中から、円錐形の工具を取り出すと継ぎ目に差してみせる。
「ち、ちょっとッ!?」
「まあ、いいからちょっと黙ってろ」
「黙ってろ、って……」
 いきなり正体不明の、初対面の人間に長年付き合って来た武具を弄られて、黙っていろとは、何とも無茶な話だ。
 しかし、実力行使に出ると、工具が継ぎ目に吸い込まれている以上、妙なことになりかねない。
 カノンは不安に表情を歪ませながらも、じっと青年の手つきを観察する。
 青年が数度、工具を回すと、かりかりと音が鳴った。一度引き抜いて、継ぎ目をこんこん、と叩く。それを何度か繰り返し、工具を置くとヤスリを当てて僅かに擦り、ふぅッ、と息を吹きかける。
 細かい砂のように砕けた金属が舞った。
 青年はそのまま、剣鎌の数箇所をこんこん、と工具の尻で叩いていく。ときどき顔を顰めて、継ぎ目に工具を差しながら、最後に一つ一つ、継ぎ目を覗き込んで、元のように折り畳む。
「ほらよ。応急処置だけどな。まあ一度、ちゃんと調整に出しとくんだな。あんた、剣筋、激しい方だろ?
 刃はともかく、柄の方が悲鳴上げてるぜ」
「・・・!」
 かしゃん、と折り畳まれた刃を伸ばしてみる。直っている。
 応急処置とはいえ、こんな短時間で処置から調整までやってのけてしまうとは……ッ!
「あ、ありがと……。あ、い、言っとくけど、法外な値段払ったりしないわよッ!」
「おや、先手打たれちまったらしょーがねぇ。まあ、いいさ。珍しいもん見せてもらった礼だ。
 オヤジ、クラオーネ鉱石とアズーラ製の鈎針、まあ安いやつで構わねぇ。カネはこのお嬢ちゃんから貰ってくれ」
「は、はいッ!」
 薄い唇を吊り上げた男に、せっせと包みを用意する店の主人。何だかやたらと圧倒されている。武防具技師として、今、この男は大変なことをやってのけたのかもしれない。
 言われた代金は、覚悟していたほど高額ではなかった。正規の修理代の三分の一ほどだ。
「決まったわぁ~v ……って、カノン、どうかしたの?」
 ラメ入りの、カノンに言わせれば趣味の悪いマントを引っつかみながらやって来たシリアが、カノンの煮え切らないような、むず痒い表情を見つけて小首を傾げる。
「別に何でも……。って、あんた、たまには普通の服にしたらどうなのよ……趣味の悪い……」
「んっふっふっふ、このマントの良さが理解できないなんて、カノン。本当に悪趣味な上にお子様……」

 ガツッ!!

 運が悪かったとしか言い用がない。
 普段なら聞き流すような戯言だったが、生憎、カノンの機嫌はかつてないほど最悪だった。
「ちょっと! 何すんのよッ!? 痛いじゃないのッ!」
「だぁぁぁ、うっさい! 親父さんッ、これ! 代金ねッ!」
「はいッ!」
 伸びやかな回し蹴りをシリアの側頭部に決めて、半ば押し付けるように店主に硬貨を渡す。返って来た簡素な包みを、傍らで何故か妙に楽しそうな苦笑いを漏らしている男に突きつけた。
「安く済んだことには礼を言うけど……貴方、初対面の人間と話すときくらい、もうちょっと遠慮ってもんを学んだ方がいいわよ」
「けっ、そりゃあ、余計なお世話をどうも。
 ついでに俺からも言わせて貰うけどな。いい歳した娘が、公衆ではしたなく股間開いてるもんじゃねぇぜ、お嬢ちゃん」
「―――ッ!!」
 絶句するカノンを尻目に、男はくつくつと笑いを漏らしつつ、踵を返す。
 頭を押さえながら立ち上がるシリアと擦れ違い―――
「………、アイゼンの香り……?」
「あん?」
「いえ、失礼。何でもないわ」
 ぽつり、と呟いたシリアに、男は不快な視線を送るが、彼女はさらりと首を振る。
 ふん、と鼻を鳴らして、彼はつかつかと店を出て行く。
「ちょっと、親父さん。何なの、あの男?」
 その背が完全に人込みに紛れて消えるのを待ってから、カノンは店の主人に食って掛かる。
 剣鎌を直してもらった礼は、礼として、断り無く武器に触れられたのが気に食わない。今時流行らない騎士道精神なんてものは持ち合わせていないが、それでも多少、剣士としての矜持はある。
 他人に、しかも初対面でいきなり、数々の戦いを共にして来た相棒に触れられるのは、あまりいい気分ではない。
 ……加えて人を見下した言動も、目線も何かムカつく。
「いやぁ……最近、って言ってもここに来てくれたのは、昨日と合わせて二回目だけどさ。
 昨日はただ商品見てただけだったから、あんな腕の立つ人だと思わなかったよ。やけに熱心に見る人だなー、とは思ってたけど……」
 どこでどんな人に見られてるかわからんねー、と呑気な口調で言う店主。
 復活したシリアが起き上がり、カウンターに肘を付く。
「何? 結局、剣鎌は直ったの?」
「まあ、一応……」
「なら、いいじゃあないの。何をかりかりしてるのかしら?」
「そう、……なんだけどさ」
 カノンは男が消えていった、店の前の人の行き交うメインストリートをガラス越しに眺め、肩を落して嘆息した。


 ―――熱い……
 間断なく、全身を襲う熱が、容赦なく皮膚を焼いてくる。
 息をする度に熱風に曝された空気が、肺の中に入り込んで、内部から熱を発してくる。なるたけ呼吸を抑えなければ、喉と肺の方が焼けてしまいそうだ。
 ―――はぁ……はぁ………
 吐く息さえ尋常ならざる熱を持っていた。それでも、歩み、いや、走りを止めることは出来ない。
 諦めてしまいたい、この空間から逃げ出したい欲求よりも、激しい衝動が重い身体を突き動かしていた。
 ―――早く……早く、しなきゃ……
 傍らの壁に手を付くことさえ許されない。
 手を付けば、一瞬で手の平の皮が壁に張り付くだろう。
 ―――くッ……!
 口と鼻を手で覆いながら、駆け抜けた廊下の先に扉が見える。断熱の扉は僅かに開いていた。
 その意味を解する暇もなく、彼女はその扉を開く。その向こうに―――


「―――ッ!」
「……!」
 肩に何かが触れる感触に、反射的に飛び起きる。漏れかけた悲鳴を飲み込んで、背後を振り返ると、
「あっ……と、何だ、レンか……」
「……」
 彼は無言で片手に持っていた毛布を隣の椅子へ放り投げた。その好意に、ルナは申し訳なさそうに肩を竦める。
「ありがと。毛布はいいや……寝るつもりじゃなかったし。しかし、いつになく気が利くじゃない」
「……いつになく、昼間から宿屋の隅で酔い潰れている奴を見かければ、な」
 声に含まれているのは、呆れだった。無理も無いかもしれない。
 店の中は、主人の他には見知らぬ客が一人、いるだけだ。静けさの最中、僅かな喧騒が、窓の外から聞こえてくる。
「別に。一杯しか飲んでないし。酔ってはいないわよ」
「こんな場所で寝ながらうなされて、脂汗を掻いていた奴のセリフじゃあないが」
 ルナの気配が急激に尖る。一瞬、剣呑な空気が辺りを包むが、その程度でレンの鉄面皮は動かない。
 素知らぬ顔で隣に腰掛けると、グラスを磨いていた宿屋の主人にコーヒーを一杯、注文する。
 鼻を鳴らし、グラスを掲げようとしたところで、冷水の入ったグラスポットがどん、と目の前に置かれた。カウンターからそれを引き寄せて置いた当人は、溜め息を吐きながら彼女を牽制する。
 頬を膨らませながらも、ルナはアルコールの匂いが残るグラスに、冷水を注ぐ。煽った水は不自然に苦かった。
「眠れていないのか」
「わざと熟睡しないようにしてる人に言われたくないけど?」
 手元に運ばれて来たカップの中身の黒い液体を眺めながら、ルナが言う。レンは、先ほどの彼女と同じように鼻を鳴らすと少しずつカップを傾ける。
「……胃、壊すわよ」
「結構だ。それくらいで済むならな」
 充血しつつある目元を揉むように、こめかみに手をやる。さすがのレンも、こう面妖な事件が続いているせいか、些か神経質になっているようだ。
「損な性分ね、つくづく」
「何がだ?」
「別に? そうまでしてあの娘を守りたいのかねぇ、って思っただけ」
「……今回の件に関しては俺も無関係ではあるまい。それだけだ」
「はいはい、いーねぇ、そこまで何かに必死になれる人、ってのは」
「……それは俺だけではないと思うが」
 ポットの中の氷が解けて、軋んだ音を立てる。
 言外に含まれた何かを察して、ルナは長身の昔馴染みを睨み上げた。
「……どういう意味?」
「大した意味はない。ただ、『昔、自分が手がけた研究がどこかから漏れていた』程度で、必死になっている人間のセリフではない気がしただけだ」
「……」
 ルナは表情を歪める。刺々しい空気が、周りの温度を下げた。
「『月の館』の公式的な記録はもう残っていない。どこからか危険な情報が漏れていたとしても、その責がお前に向けられるような事態にはならんだろう。
 昔の仲間を疑わなくてはならない状態は、気分のいいものではないだろうが、真実に蓋など出来ん。何らかの脅迫にあった、もともと研究を盗もうとしていた奴がいた、十分に考えられるだろう。
 あえてお前が追求しなくてはならないことじゃあない。逆に、」
「逆に、追求し無い方がいい場合もある。
 ……そう言いたいんでしょ」
「ああ、そうだ。
 お前のことだからな。その程度は理解できるだろう。それでもなお、そうまで奴らを追うのには、何か特別な理由でもあるのかと思ってな」
「何? それはあたしの心配? そんなわけないわよね?
 じゃあ、あれ? 『ヴォルケーノ』に関して、まだ何か隠してることがあるんじゃないか、……そう疑ってるわけ?」
「そのつもりはない。俺にその『ヴォルケーノ』の詳細を話したとなれば、お前とて昔の仲間からしては裏切り者になるだろう。この間、語ってくれたのが奇跡だと思っている。
 だが、他に何か知っていることがあるのではないかと、ふと思っただけだ」
「……」
 ルナは彼を睨んでから瞑目した。気味の悪い沈黙が下りる。やがて、かたん、と音がして、壁際に一人だけいた客が代金を置いて、店を後にする。
 それを横目で見送って、数刻。
「……昔の夢を見るのよ」
「?」
「眠れないのか、って聞いたでしょ。それで目が覚めるだけの話」
「昔の、夢?」
 気だるげに、ただ首を動かしたのが頷いたのか判然としない動作をする。普段は見開くように開いている猫目の瞳が、今は力なく、伏せられていた。
「……ニードの奴に、火ぃ付けられたときのこととか、いろいろ、ね……
 今も、その夢でさ。気づいたら汗びっしょりだし、気持ち悪い」
 ニード=フレイマー。五年ほど前、ルナの所属していた『月の館』に火を放ち、有能な魔道師を幾人も誘拐し、自らが頭目を勤める犯罪組織の駒としたA級犯罪人。
 もうこの世には存在しない、が、彼が残した爪痕は、今もこうして色濃く残っている。
「十三歳のときに入学したから、えーと、二年、ないくらい? 極短い間だったけど……。
 アゼルフィリーにいたときも、さ。あんたたちと遊びまわって、馬鹿やって、十分楽しかったけど。
 ……『館』でだって、あたしはそれなりに楽しんでたのよ。気心の知れた仲間だっていたし、親友だっていた」
「……」
「アゼルフィリーのことや、あんたたちといるのが楽しくない、ってわけじゃないのよ?
 けど、短い人生で一番楽しかったのはいつだー、って聞かれたら、もしかしたら郷里より『館』の方かも知れないわね」
「『月の館』か。確かローランが言っていたな。優秀なプロジェクトチームがいたとか何とか……」
「ん。そーね、あたしはそのチームのチーフ補佐をやってた。まあ、No.2ってやつ」
 カウンターに倒していた身を起こして、ルナは懐を弄った。無言で待っていると、取り出されたのは一枚の、皺と垢だらけになったぺらぺらの写真。
 見てもいいのか、と視線で問いかける。彼女は『悪けりゃ出さないわよ』と可愛くない言葉で答えた。
 写真に写っていたのは、若い男女四人。いずれも簡素なローブ姿。これが当時の正装だったのだろうと見当がつく。
 四人のうち、一人はルナ自身。無論、写真の中の彼女は今よりも多少、幼いが、そうと解らないほどではない。
「……お前、昔の方がまだ可愛げがあるな」
「突っ込みどころはそこかい。しかも、"まだ"って、あんた失礼な……」
 一人は赤毛のかかった栗色の髪の男子。どこか頼りなげな風体だが、愛嬌はある。
 ルナとは違う、もう一人の女子は、彼女より背が低く、蜂蜜色の髪を二つに結び、あどけなく、照れたように微笑んでいる。
 もう一人は彼女の傍らに立つ、目立つ風貌の男。
「チームのチーフをやってた男よ。偏屈者でね、でも頭は悔しいけど他の誰よりも切れた。
 女の子はルームメイトで友達だったんだけど、これがまたドジな娘でねー、危なっかしくて。もう一人はまあ、情けない奴だけど、気のいい、いい奴だった」
「……」
「まあさ、今さらぐだぐだ言うようなことじゃあない、って解ってんのよ。解ってるけど、ね……
 それなりに……思い出のある場所だったから。
 それを、いきなり崩されたような気になっちゃってね。そんだけ」
「……そうか」
 アゼルフィリーで築いたこの関係の他に。
 彼女には彼女の、別の世界があるのは当然の話。それなりに、などと言っているが、こうして写真など似合わない物を持っているということが、彼女にとって『月の館』がどれだけ思い入れの深い場所なのかを物語る。
 たとえ、もう存在しない世界だとしても、記憶に残るその世界を崩されて。
 怒りを覚えないはずがない。
「……邪推したようだ。思った以上に神経質になっているらしい。すまない」
「あんたが素直に謝るなんて逆に気持ち悪いっての。別にいいわよ、そう考えたくなる気持ちも解るし。いつまでも引き摺ってるあたしが馬鹿なんだしね」
 再びカウンターに突っ伏すように身を預けるルナに、写真を渡す。彼女はそれを受け取ると目を細めて眺め始めた。
 レンはカップの中身を一息で飲み干すと、席を立った。
「酒も感傷も結構だが、ほどほどにして置け。ダメージを食うのは自分だぞ」
「はいはい、ご忠告ありがとう。解ってるって」
 階上に向かう彼の背に、ルナはひらひらと手を振って見送る。群青のマントが消えるのを待ってから、カウンターに写真を置き、グラスに二杯目の水を注いだ。
「……本当に、こっちの気も知らないで、今どこで何をしてんだか」
 深い溜め息を吐いて、彼女は再び、写真に目を走らせる。
 吐き出したセリフと視線は、四人の中で最も目立つ容貌の―――銀に輝く白い髪と、真紅の瞳の青年へ向けられていた。
「さて―――」



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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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