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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[剣奉る巫女] EPISODE7
直情的な問題児だけど、アルティオはいい男だと思う。そしてレンとルナとシリアのトリオは意外と恐ろしいという罠。
 
 
 

「んー……」
「動くか?」
「うん、何とか。剣鎌持つにはちょっと辛いけど……普通の剣くらいなら」
 包帯の取れた右腕をぐるぐると回しながら答える。足は軽く屈伸させてみる。痛みはない。
 フェルスの医師としての腕は伊達ではないようだ。むしろ賞賛に値する。リザレクションといえど三日でここまで回復出来てしまうとは大した腕だ。
 そんな優秀な医師が何故こんな小さな町医者に留まっているのか疑問だが……まあ、人には事情があるものだろう。
「そろそろ戻れ。リハビリと言っても無理をすれば余計動かせなくなるぞ」
「わ、わかってるわよ」
 言われて不満そうな表情を張り付けながらも、カノンは薄暗い廊下の手すりに手をかけて歩き出した。
 リハビリついでに病室の外に出ていたのだった。本当なら手すりなどいらないのだが、治りかけの足に負担がいくのを防ぐためになるたけ体重を預けながら歩く。
 後ろを付いて行こうとしたレンだが、不意に懐から愛用の懐中時計を取り出して時刻を確認する。短い溜め息を吐いて、一人で戻れるか、と聞いてきた。
「どっか出かけるの?」
「ああ……ルナが互いに情報交換したいと言い出した。ほんの少しだが抜ける。
 大分回復したようだし、ここの看護士には頼んで置いた。奴らもこんな白昼堂々来ることもないだろうが、用心して待っていろ。大人しくな」
「……噂が耳に入ってるんだったら教えてくれたっていいじゃない」
 憮然として唇を尖らせる。カノンがつい、昨日知った小さな事件の噂は、交代で町に出ていたレンやルナの耳には既に入っていて。
 同じ思考に辿り着いた彼らは、カノンが寝込んでいる間、シリアを抱き込んでいろいろと聞き込みを実行していたらしい。確たる成果はまだ上がっておらず、ステイシアに気を使ってかアルティオにも話していないらしいが(というよりは彼女の耳からカノンの耳へ入ることを恐れたのだろう)、それにしたって秘密でことを進めることはないじゃないか。
 レンは溜め息を吐いて、すっかり機嫌を悪くしたカノンに、昨日と同じ説明をしてみせる。
「昨日も言ったはずだ。お前の性分は導火線が付き易すぎる。なら火の気から遠ざけるのが一番だろう」
「むー……」
「そう剥れるな。もう少しの辛抱だろう。そう剥れるなら少しでも大人しくして回復を早めるんだな。
 それに、奴らの目的はお前を関わらせることだ。その延長上に何を企んでいるか解らん以上、ほいほい誘いに乗るわけにいかないだろう」
「わ、わかってるわよ……」
 ただ目的を逸らすだけならば、その件に関わらなければいい。
 だが、相手の標的が明確である以上、逃げ続けたところでいずれ同じようなことに合うだろう。奴がこの町にどんな種を撒いているか解らない以上、放って置くわけにもいかない。
 なら迎え撃って相手の尻尾を捕まえる他はない。
 金の髪を撫でてやると剥れた彼女は子供扱いを拒絶するように振り払う。彼はやれやれと呆れたように首を振り、すぐ戻る、と口にして背を向けた。
 ちょっとだけ後悔する。
 ―――素直に行ってらっしゃいくらい、言っても良かったかな……
 皆が思いやってくれていることくらいは解るのだ。それが理解できないほど子供ではないし、今、奴らと戦闘にでもなったらカノンはただの足手まといにしかならないだろう。
 だが、悔しさはどうやっても拭い切れずに唇を噛む。
「考えても仕方ないのは解ってるんだけどね……」
 これではただの八つ当たりだ。
 出歩いて少しは気も晴れたはずなのだ。おかえりくらいはちゃんと言おう。
 ぱん、と頬を叩いて顔を上げる。ふと、医療室―――フェルスが診療の合間に過ごす場所だ―――が目に入る。
「部屋のお湯、なくなってたっけ……」
 もののついでだ。貰っていこうとドアをノックする。返事がない。少しだけ迷ってノブを捻る。
 珍しく鍵がかかっていない。看護士の誰かのかけ忘れか、それとも中に誰かいるのか。
 そっと隙間から覗いてみるが、部屋の中に誰かの気配はない。
 意を決してドアを開ける。中に入ると、正面に所長用だろう、大きなデスクが陣取り、来客用なのか二人がけのソファが向かい合っている。だが、あまり使われていない証拠として張られた布に皺がない。
 後は水を引く円盤と本棚がその他のスペースを埋めていた。本棚、というよりはカルテと医療書を纏めておく棚なのだろう、おそらく中身を見てもカノンには理解出来まい。
「―――んー……」
 好奇心で侵入してしまったが、特に目を引くものはなかった。当たり前か、裏を返せば普通の診療所なのだ。それ以上でも以下でもない。
 踵を返そうとしたとき、ふと、ドアの脇に掲げられた小さな肖像が目に止まった。
「……」
 歳は三十に届くか届かないかというところだろう、赤い長い髪の婦人だ。優雅に腰掛けて、微笑んでいる。
 細められた緑の瞳は柔和で、絶世の美人というわけではないが愛らしさと優美さを兼ね備えた、温かな印象を受ける女性だった。
「……誰かしら?」
 よくある肖像だったが、カノンが目を留めたのには訳がある。
 棚にはところどころ埃がかかっていたのに、この肖像だけ磨き上げられたかのように綺麗に保存してあるのだ。
 思わずその絵に手を伸ばしかけ―――

 かたんッ …バサバサッ!

「きゃッ?」
 唐突に開かれたドアに後退り、後ろの棚に積んであったファイルの山を崩してしまう。
「あ……」
「か、カノンさんッ? な、何をしてるんですかッ?」
 狼狽したフェルスが、ドアに手をかけたまま茫然と聞いてきた。罰が悪いことこの上ない。
 冷や汗を掻きながら頭を下げる。
「す、すいません、お湯貰おうと思って来たんですけど、留守だったもので……」
「いけませんよ。ここには他の患者さんのカルテもたくさん、保存してあるんです。
 ささ、お湯でしたら看護士に持って行かせますから早く病室へ戻ってください」
 口調はいつも通りだったが、医者としての矜持なのだろう。有無を言わさぬ迫力が込められた言葉に、カノンはただ謝って頭を下げるしかない。
 フェルスは慌てて床に落ちたファイルを拾い集めた。
 他のものなら手伝うのが筋なのだろうが、それが他の人間のカルテならカノンが無闇に触るわけにはいかない。
 ただ黙って向いてしまった視線を逸らせて―――
「……?」
 ふと、視線を戻したカノンを諫めたのは笑顔を浮かべたフェルスだった。彼はドアを開いてカノンの肩をぽん、と叩く。
「さあ、まだ完全には治っていないのですから、油断しないでください。看護の者に送らせましょう」
「いえ、大丈夫です。もう一人で歩けますし……」
「いけません。それが医者としての努めです」
 生真面目な顔でそう説くと、廊下を通りかかった看護士に声をかける。中年の女性看護士は頷いて、カノンに肩を貸そうとしてくるが丁重に断って歩き出す。
 部屋を去る寸前、カノンは振り返って半開きになったドアを見る。
 だが、中を確認するより先に、そのドアは容赦なく締められてしまっていた。


「レーンv こっちよぉ、遅かったじゃないのぉv」
「よぉっす。どーぉ、お姫様の具合は? もう大分いいの?」
「身体はな。機嫌の方は最悪だが」
「あっはっは、そりゃー当然だ。大したことないわよ」
 目立つ長身を目に留めたルナは、グラスから口を離してからからと笑う。人の集まるカフェ、と言うにはやや客層の柄が悪い。溜まり場と称した方がいいだろう。
 がやがやと耳障りな喧騒の最中に腰を下ろしかけたレンは、隣に座る少女の傾けるグラスから漂う匂いに顔を顰めて取り上げる。
「何すんの」
「昼間からはやめて置け。止めはせんがここ三日、やけになりすぎだ」
「はいはい、この一杯だけよ」
 嘘なのは明白なのだがレンは止められずに小さく肩を竦める。
 強制勧告としてグラスの残りを一気に飲み干した。
 ルナは憮然としながらも、結局は何も言わずに居住まいを正す。
 レンとルナは五人の中では最も付き合いが古い。カノンのように相棒とは言い難いが、その仲には異性の区別のない旧友としての腐れ縁が根付いている。
 その分、互いに互いのやることに遠慮のない忠告を放つのが役目、というところが無意識のうちに出来上がっているのだが、その忠告もこればかりは甲を為さないらしい。
 最も、彼女はこんなに本来、こんな酒飲みではなかったはずなのだが。アルコールには強いが嗜む程度の酒しか口にしなかったはずなのに。
 クオノリアの一件が後を引いているのか、それともそれ以上の理由があってのことか。
 その暴飲は少なからず、レンを、そして同じく古い仲であるシリアを驚かせた。
 対面に座るシリアと視線を合わせると、彼女は困った表情で肩を竦め返すだけだった。
 同性の彼女には何か話しているのかもしれないが、それを聞くのは無粋に思えた。彼女の性格だ。問い詰めたところで余計意固地になるだけだろう。
 ―――まったく、難しい性格だ……
 レンは軽く首を振って席に着いた。
「で、カノンの方は? もう大丈夫なの?」
「……まだ全快とは言えんがな。剣鎌は操れんだろうが、普通の剣くらいは振れるだろう」
「へぇ、あのセンセ、かなりいい腕をしてるのねぇ……」
「それは一般論。で、保護者殿の目からしては?」
「保護者呼ばわりは納得いかんが、まだ動かしたくないところだな。下手に動かして神経がやられでもしたら洒落にならん」
「結構。ならそっちに従うわ。まあ、後のこと考えるとゆっくり養生してもらいたいしね。
 レンの方はおっけ。シリアは? 例の件、調べといてくれた?」
「ふっ、見くびらないで欲しいわね。私を誰だと思っているのかしら?」
 いつも通り、髪を掻き揚げて彼女は挑戦的な瞳を吊り上げた。さりげなくレンの方へと伸ばした腕は呆気なく叩かれるが、それに唇を尖らせながらも答える。
「率直に言って悪い噂は聞かないわぁ。誰も彼も、いい先生、いい先生、あの診療所に助けてもらってる、この町にいてもらわないと困る……そんなコメントばっかりね」
「……シリアにさ、あの診療所について色々と聞きまわってもらってたのよ」
 神妙な表情でそれを聞いていたレンに、ルナが端的に科白を挟んだ。
 カノンの入院を慮って評判を聞いた―――わけではない、無論のこと。
「……なるほどな。あれの目的は俺たちを事件に関わらせること。
 だが、診療所送りにしたのはそれだけじゃない、ということか。ただ事件に関わらせるだけなら、人目に触れる危険を冒してまで手を出す必要はない。
 ならばそうまでして手を下した理由がある―――それが、診療所そのものにある、と」
「あくまで推論よ。確証もないし、想像ですらない妄想だわ。
 深く事件に齧りつかせたいなら診療所の人間に関わらせるのが一番だった、ってだけかもしれないし。
 けど調べて損はないと思って」
 ルナの言う通りだった。
 聡明で狡猾な人間の先手を取る策は何か。突拍子もなくていい、わずかな気がかりを徹底的に調べ上げるに尽きる。
 ルナの促すような視線に応えてもう一度、シリアが口を開く。
「フェルスさん、だっけか? 昔は結構大きな町で大きな病院で、結構いいポジションで職に就いてた、って話なんだけど。
 良くある話、上司とトラブって辞めて、故郷のこの町で開業医なんてし始めたらしいのね。けどもう十年以上前の話だし、根に持ってるって話は聞かなかったわ。そんな人じゃないって。
 まあ、この町に越して来てからも住民といざこざがあったって話は聞かないし……普通のお医者様よ」
「気になってたけど一人身? あの診療所、住宅兼用ぽかったけど看護士さん以外見たことないのよね」
「ああ、数年前にね。奥さんが病気でお亡くなりになって。子供はいなかったそうだからそれから一人身だって。
 すんなり素性のわからないステイシアを引き取ったのも、やっぱり寂しい、って気持ちがあったんでしょうね……」
「……別に普通のお医者様、ってわけか」
「で、ステイシアの方なんだけど」
 ルナはおそらく、素性のはっきりしない彼女にも疑いの目を向けたのだろう。だがシリアはひょい、と肩を竦めて、
「拍子抜けに……割れちゃったのよね」
「割れた?」
「……昔から、本当にときどきだけど。この町に来てたみたいなのよ」
「は?」
 思わぬ返答にルナは間の抜けた声を漏らす。最も、声を出さなかっただけでレンも同じ心境だった。
 本人から、カノンから、ルートは別だがステイシアが記憶を失っていることは既に承知していた。未だに手がかりがない、と言われていることも、だ。
 シリアは本人も納得していないような顔で眉間に皺を寄せる。
「……よくはわからないけど、よく似た子がほんのときどき父親と一緒に交易に来てるのを覚えている人がいたのよ。一人だけ見つけたんだけど。
 目撃した人が他にいないはずもないし、何で言ってあげないんだって聞いたわ。けどねぇ……」
 彼女にしては憂鬱な溜め息を吐く。苦虫を噛んでしまったような表情で、首を振ると天井を仰いだ。
「……噂じゃね。噂、っていうかたぶんフェルスさん直々に言わないようにお願いしてたのかもしれないけど……
 ステイシア、実は街中に倒れていたんじゃなくて。
 外に倒れてたらしいのよ。盗賊に襲われて、ね」
「―――ッ」
 ルナの表情が歪む。レンは静かに瞑目して、しかし奥歯をきりっ、と噛んだ。
 レンたちにとって見れば、そこら辺にいる盗賊など片手で相手に出来るような、そんな代物だ。だが交易の商人なや一般の人間にしてみれば十分に脅威となり得る存在で、だからこそ護衛のために傭兵等を雇い入れる。
 それが郊外に倒れていた、ということは。
 ……どんな凄惨な状況だったのか、想像に難くない。
「その、父親の方は……」
 シリアは無言で首を振る。問いたルナの方も、結果を予測した上での差たる意味のない問いだった。
「なるほど、道理でフェルス医師がステイシアの記憶を取り戻させたくないわけね……」
 その場の詳細などここにいる人間が知る由もないが、もしもそのショックで記憶が飛んでいるのだとすれば、良い想像に至るわけもない。都合良く失っているなら、無理に思い出させたくはないと考えるのが大抵の人間だろう。
 別段、珍しいことでもない。喰らう側の人間がいれば、喰らわれる側の人間が存在する。ただそれだけのことだ。
 おそらくはこの広い大陸のどこかで同じようなことが、今も起きている。
 頭を振って嫌な妄想を振り払うと、改めてルナは面を上げた。
「……それで、ステイシアはどこか他の町か村の人間、てわけなのね?」
「たぶんね。けど詳しいことを知ってる人間はいなかったわ。まあ、知ってたら私たちが来るより先にどうにかこうにかなってるでしょうし……。
 私の方の情報はこんなものね」
「よくこんな短い間にそれだけ調べられたな」
 珍しく褒め言葉を吐いたレンにシリアの目が輝いた。
「そうなのぉ、もう大変だったのよぉv レン、使い回されてぼろぼろの私を癒して」

 ガンッ!

 跳びかかって来るシリアの軌道から一歩、身を引くとそのままその無体生物は木製のテーブルに真正面から激突する。
 普通の人間なら鼻骨くらいは折れていても不思議じゃない音がした。
「……良かったな、この町には優秀な医者がいて」
「シリアだし、バンソウコウでも貼り付けときゃ直るんじゃないの?」
「あ……貴方たち、ねえ………あら?」
 つっ伏した先で鼻を押さえながら顔を上げ、シリアが妙な声を上げた。彼女の視線は窓の外に向いたまま固まっている。
 無意識にレンとルナの視線もそちらへと誘導され……
 即座に反応したルナがテーブルの上からシリアを引きずり下ろした。
「痛いわね! 何するのよッ!?」
「やかましい! でかい声出すんじゃないわよ! そんな目立つところに陣取るなッ!」
「私のせいじゃないじゃないッ!」
 自覚の欠片もない科白を吐きながらも、シリアは心持ち身を低くして怒鳴り返す。その二人を呆れつつ眺め、レンは同じように窓の外を覗き込んだ。
 窓の外は雑多な露店や小さな店舗が並ぶ通りだった。メインストリートからはややはずれているが、それなりに賑やかな通りだ。その人波の中に、大男を引きずるようにして跳ね回る少女がいた。
「……見事に尻に敷かれているな」
「予想を裏切らない光景で何よりね」
 半分呆れ、半分同情。
 くるくると良く動く少女はあの華やかな笑顔を振り撒きながら、露店を渡り歩く。その姿は極普通の、幸せに暮らす年頃の少女そのもので。
 それを曇らせるくらいなら、と真実を隠蔽したフェルス医師の心情を痛いほどに理解する。
 アルティオの方も少女が逐一上げる歓声に付き合って、ときにおどけて見せて。一時の仮初であろうとも、そこにあるのは一つのカップルの理想形だった。
 それを悪戯にも壊すような真似は無粋になるだろう。
 さしものルナも軽く頭を振って深く息を吐き出す。
「しっかし、アルティオがねぇ……意外にしっかり彼氏役やれてるじゃない」
「……そーね」
「……何、機嫌悪くしてんの?」
「別に何もなくてよ。それよりこれからどうするつもり?
 フェルス医師もステイシアもこれといって怪しげなしがらみはなさそうだし、通り魔だってフェルス医師が持ってる情報以上のものを見つけるには時間と手間が必要よ」
「そうなのよね……。まあ、その時間と手間をかけるしかないんだろうけど……
 とりあえずダメ元で被害者にコンタクトを取ってみて……」
 窓の外の光景を視界から外し、ルナが思考の海へ浸ろうと俯いたときだった。
「お、おい……」
 どこか怯えたような、それでいて粗忽な声が一同にかけられる。柄のあまり良くない店だ。つまらない言いがかりでも付けられるのかと忌々しげにそちらを見るが、そこには何か腰の引けたらしくない小男が小さく震えて立っていた。
 身なりはそこら辺のチンピラやゴロツキと変わらない。だがその引けた腰だけが違和感を生んでいる。
「あ、あんたら、あの女を知ってるのか……?」
「?」
 男は青ざめた表情で窓の外を指差した。その指が差すべき少女の姿は既に消えていたが、今しがた交わしていた会話から誰のことかはすぐに割れる。
「……ステイシア、いや、今外にいた金髪の子?」
「そう、そうだ! あの女だ! あの子、……あの子は……
 …………い、いや、見間違いだ、何かの間違いだ……うん、か、関係ないよな、関係ない……」
 男はぶつぶつと『間違い』と『そんなわけがない』を繰り返す。三人の噛みあった視線の意図が見事に合致した。
 邪魔したな、と覇気なく去ろうとした男はそこへ投げ出された長い足に転がって床に突っ伏した。やや派手な音がするが、半分酔いが回っている他の客たちは気に留めようともしない。
「な、何す……ひッ!?」
 さすがに声を荒げて突っかかろうとした男の襟首を、レンの鍛えられた腕が捻り上げた。声を上げるのもままならずにぱくぱくと金魚のように口を動かす男を、彼は投げ捨てるようにして席に落す。
 追い討ちをかけるようにシリアの両手が男の両肩に置かれた。
「おにーさぁんv あの子について何か知ってるのぉ? 私ぃ、すっごく知りたいなぁ?」
 色香を漂わすその声に、しかし素直に酔えるほど男の神経は太くなかった。男と反して立ち上がったレンがだんッ、と音を立ててついた右手の下に入るテーブルのひびと、じわじわと心臓を苛む対面の少女の目線がしっかりと恐怖感を煽っていたからだ。
 青ざめていた男の表情が、さらに色を失って白くなる。
 それを悟り、ゆっくりと、ルナは口角を吊り上げた。


「じゃあな、仕事頑張れよ」
「はい! 今日も付き合って頂いてありがとうございます! すっごく楽しかったです!」
 夕刻が迫って診療所に戻って来たステイシアは、片手を上げて挨拶をするアルティオに深々と頭を下げる。
 昼間は特別に非番を貰ったが、夜はそうもいかない。ステイシアはここに寝泊りさせて貰っている身だ。やるべきことはやらなくては。
 アルティオは相変わらず頭を下げるステイシアに苦笑して、
「別に頭なんか下げなくていいって。俺だって楽しかったしさ。
 それに恋人って、デートしたからってお礼なんか言うもんじゃないだろ?」
「え、えっと、あぅ……は、はい……そう、ですね……じゃあ、なんて」
「俺はステイシアちゃんに楽しんで貰えたらそれで嬉しいし。楽しかった、でいいよ」
「は、はい、すごく楽しかったです……」
 頬を染めておろおろするステイシア。意地悪なことを言った覚えはないのだが、少々罰が悪くなる。
 下手に声もかけられずに言葉に窮していると、
「え、えっと、あ! アルティオさん、カノンさんに会って行かれたらどうですかっ? ここ三日、私にばかりつき合わせちゃいましたし、もう大分回復なされたようですから……」
「お、おう、そうだな……」
 本心というよりは間が悪くなったことを取り繕うものだろう。ステイシアはそれ以上、何を言っていいか解らずに『では、仕事がありますから』と背を向けた。
 ぱたぱたとその場から逃げるように診療所の更衣室に向かう。
 ―――う……何か変な子と思われたかな……
 狭い廊下を歩きながら、ステイシアは眉を寄せる。はぁー、と溜め息を吐きながら速度を落とした。
 ―――まあ、でも、アルティオさん、優しいから平気よね……
 自問自答して少しだけ気が晴れる。ここ三日、恋愛ごっこを続けて解ったのは、とにかく彼の人の良さだった。
 沈んでいるときはきちんと慰めてくれる、約束は忘れない、危険なときは―――ただ石ころに躓いただけでも心配して助けてくれる。
 人によってはお人よし、とか甘い、とか言われるのだろう。ルナ辺りは確かにそう言いそうだ。
 だが、その行為は確かに女の子を喜ばせるものだ。少なくともステイシアにとっては。けれどあれはステイシアに、ではなく、平等に女の子に、の行為なのだろう。確かにそういう見方ではフェミニストと言える。
 それに何より、彼とのデートごっこは文句なしに楽しいのだ。何かがあるたびに、例えば野良猫一匹見つけただけであの手この手を考えて、楽しませてくれる。笑わせてくれる。ときにそれが空回ることもあるけれど、愛嬌というものだ。
 まあ、欲を言えば通りすがった女の子に目を奪われないで欲しいものだけど。
 ごっこ遊びと解っているけれど、無意識に次の約束を楽しみにしてしまっている自分がいる。
 ―――女の子出来てるなぁ、私。
 記憶を失って、同時にそれまでの自分がどんな風だったのか、急に不安になった。
 何しろ、積み重ねたものがない、まったくのゼロになってしまっていたから。ちゃんと普通の女の子になれるのかどうか、下らない不安を抱いていた。
 だから今、ステイシアは素直に嬉しいのだ。
 ごっこと解っていても、ちゃんと普通の女の子としての感情を味わっているのだから。
「さて、ちゃんとお仕事しなきゃ……」
 気を取り直して浮ついた気分を取り払う。廊下の涼しい空気も一役買ってくれた。
 うん、と肩を上下させて改めて踏み出して……
 ―――う……?
 ぐらり、と目の前の風景が霞み、揺れる。だがそれは一瞬のことで、かろうじて彼女はすぐ側の手すりにしがみ付くことが出来た。
 頭部の後ろに走る痛みに、手をやる。
 はしゃぎすぎて疲れたのだろうか。
「いけない、いけない……」
 もう少し自重しなければ。
 一、二回もんでやると頭の痛みはすぐに引く。この程度なら気に留めることもないだろう。
 掛け声を漏らして立ち上がり、ステイシアはまた元のように廊下の奥へと歩き出したのだった。


 ノックの音がした。
 レンが帰って来たのかと面を上げて気配を探るが、どうやらそうではないらしい。すぐ、と言っていた割に遅い。何か込み入った話でも持ち上がったのだろうか。
 そんなことを考えながら返事を返す。
「どうぞー」
「ちっす。どうだ、身体の方?」
 顔を覗かせたのは予想通りのにやけた面だった。
「まあ、もう大分ね。普通の剣くらいなら振れそうよ。
 それより何? にやにやして……そんなにデートが楽しかったの?」
「……何でそれを?」
「そりゃあ、毎朝聞かされるもの、惚気話」
 うんざりした表情で返す。何故かアルティオの表情はそれに反して輝いた。嫌な予感がする。
「カノン……もしかして、それはやきもちかッ!」
「ンなわけあるかい」

 ごんッ!

 今しがた読んでいた本の角がアルティオの額にクリーンヒットする。
「い、ぃいってぇッ!!」
「……ったく、あんた、その脳みそあの子に露呈させてないでしょうねぇ……
 幻滅されて終わりになるわよ。ただでさえチンパンジーと互角勝負出来そうなんだし」
「そこまで言うかッ!? いやいや、そんなことはないぞッ!?」
 突っ込みながらも、どこかアルティオの声は安堵していたようだった。椅子を勧めると、それを断りながらカノンの包帯やギプスが取れていることに笑みを浮かべる。
「とにかく元気そうで安心したぜ。入院したばっかのときはパンチが足りないっていうか、まあ、心配だったしな」
「ん……と」
 顎に手をやって運ばれて来たばかりのときを思い出す。
「……あたし、そんなに落ち込んでた?」
「ん、ちょっとな」
「あはは、ごめん」
 敗北という苦さと、動かせない身体へのもどかしさ。さらにどうにも出来ない苛ただしさが重なっていたのだろう。
 感情に流されるなんて、狩人であった頃を考えればあってはならないことだった。
「謝んなよ、お前が悪いわけじゃないだろ」
 そこでアルティオの表情が歪んだ。あの、少年の姿を思い出したのだろう。軽く拳を握りながら、
「ったく、理解できねぇぜ。女の子をこんなにしやがってよぉ……」
「ま、気持ちは嬉しいけど今までやって来たことを考えれば、ね。大丈夫よ、そこまで女の子だどうだ拘ってないし」
「……そうじゃねぇよ」
 アルティオが珍しく溜め息を吐いて首を振る。テンションの落ちた彼に不審を覚えてカノンは小首を傾げる。
 アルティオにとってみれば、それは一番彼女から聞きたくない言葉だったのだ。
「お前、もう狩人は辞めたんだろ? もう、しなくていいわけだろ?
 レンもそうだけどさ、お前ら、囚われすぎなんだよ。もう義務で戦わなきゃいけないわけじゃないだろうが。それなのに、大怪我してさ。
 もう逃げてもいいんだぞ?」
 カノンは言葉を失う。
 今している戦いは義務じゃない。誰かがしなければならないこと、というわけでもない。
 だからつまり……
 逃れたいなら、逃れてもいいはずの戦い。
 アルティオにとってみれば、カノンは戦わずとも良い戦いで傷ついたことになる。そのことが、そしてそれを当然のように受け止めている彼女が、彼にとっては苛立だしかった。
 カノンは困ったように頬を掻く。
「確かに……そう、なんだけどね。でも、その気はなくても火の粉は降りかかって来るものだし。
 あたしは平気。これくらい、狩人時代を考えたらそう痛いもんでもないわ」
「……」
「アルティオ」
「……うん?」
「さんきゅ、心配してくれて。
 あの頃よりずっと味方は多いんだし、実はこれでも結構あんたたちには感謝してるのよ?」
 そう言ってカノンはからからと笑った。
「……本当に、昔から変わんねぇよなぁ」
「?」
「でも無理はすんなよな。俺、お前が寝込んでるとこなんてもう見たくないぜ?」
「……ありがと。努力するわ」
 応えてもう一度笑ったところで、ノックが響いた。カノンが声をかけると、遠慮なしにドアが開く。
 ドアを開いた彼女はアルティオがいることに多少、驚いたらしい。そちらを見て何とも複雑な表情を浮かべてから部屋に入って来た。
「ルナ? どうかしたの?」
 そのときから違和感は感じていた。あれだけ賑やかな性格をしている彼女が、大した言葉もなく入って来たのだ。
 ベッドの脇に立った彼女は唸って頬を掻く。ちらり、ときょとんとするアルティオへ視線を送ると、
「アルティオ~♪ ちょぉっとだけ出て行ってもらえる~? カノンと女の子同士の話がしたいんだけどなぁv」
「あだだだだだだッ!?」
 いつもの調子で、大分力の入った拳をアルティオのこめかみに当て……いや、のめり込ませる。
「いだッ! 痛いって、わかったからッ! しばらく出てればいいんだろッ!?」
「出来ればそのまま永久に帰って来ないでくれると助かる」
「酷ッ!」
 愚痴愚痴と文句を垂れながらも、カノンに『痛いところはないか』だの、『欲しいものはないか』だの、『寂しくなったら呼べ』だの、『夜九時には寝ろ』だの(一瞬、カノンの額に血管が浮いた)ひとしきり聞いた後、結局は業を煮やしたルナに強制退場させられた。
 ここが病院で本当に良かった。痣で済んでいるといいけれど。
「……で、どうかしたの?」
「……」
 ルナはアルティオに絡んでいたときこそ、いつもの通りだった。だが、部屋に入ってアルティオに目を留めて、こっそり吐いていた溜め息をカノンは見逃さなかった。
 加えてわざわざ事情を説明していないアルティオを遠ざけようとしたこと。
 それはつまり、聞かれたくないことをこれから喋ろうと思って来た、ということになる。
 彼女は急に表情を冷めさせて、椅子に腰掛けることもなくまず力なく首を振る。渇いた喉を揉み解すように、ゆっくりと、
「カノン」
 発された声はどこかぎこちなかった。硬い声のまま彼女は言う。

「信じ難い話だけど―――とんでもないことが解ったかもしれない」

 と。



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HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
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THE Four:ゼルゼイルの旅路
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