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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[ゼルゼイルの旅路] EPISODE4
エイロネイア側が何故かギャグテイストになっている件について。
 
 
 

「……目的をはっきりさせましょう」
 重苦しい沈黙に、しっかりと腰を据えて。
 沈黙が造り出す重たさに、気圧されぬよう拳を固めて、カノンは立ち上がる。
 膝の上で小さく手を組んでいたシェイリーンは、その気配に顔を上げる。ティルスとレスター、ヴァレスも細い目を彼女に向ける。
 カノンは頬にかかった金の髪を払う。そうして、しっかりと碧い眼を見開いた。
「そっちの目的はあくまで和平条約の締結。でも、内部からも、当然外部からも圧力がかかってる。
 このままじゃ身動きが取れない。それはいいわね?」
「そうです……」
「このままじゃとてもじゃないけど和平なんか結べないわ。
 となれば、やらなくちゃいけないのは二点。
 一つは、議会内の説得。あるいは権力の獲得。でも、これはあたしたちの本分じゃないし、この国にとっては余所者のあたしたちが何とか出来るようなもんじゃないわ。
 シェイリーンの発言権を高めないとどうしようもない。
 けど、もう一つ。
 これが実現すれば、議会内でも発言権は高められるかもしれない」
「と、言いますと?」
 ティルスが疑わしい目付きで彼女を見る。軍人ではない彼女が、何を説くつもりなのか、値踏みしている目だった。
 それを真っ向から受け止めて、彼女は言う。
「エイロネイアとの戦力の拮抗を測ること」
 ティルスは眉間に皺を寄せる。出来るものならとっくにやっている、という顔だ。
「まあ、待ちなさいよ。
 軍人サンの方がこういうことは本分なんでしょうけど、言わせてもらうわ。
 和平条約を結ぶ条件、ってのはいくつかあるわ。
 大昔の大戦に倣うなら、ある国との他の国から戦争をしかけられた場合。でもこれは当てはまらない。
 もしくは致命的な内部分裂を生んでしまった場合。これはシンシアに当てはまる。でも向こうさんには当てはまらない。その状態で和平を頼み込んでも、向こうには何の利益もないからむしろ好機と攻め込まれるのがオチ。
 敵軍の戦力が自分の国を遥かに上回っている場合もこれに同じ。
 ……もう一つ。
 お互いに戦力が拮抗していて、消耗戦にしかなりえない場合」
「それは……」
「ゼルゼイルはそんなに肥沃の土地でもないわよね? 海を隔てた土地で、西帝国も東大陸も、正式には援助なんかしていない。
 消耗戦になれば、不毛な点がいくつも出てくる。
 可能性があるとしたら、これしかないわ。
 この状況を造り出すには、互いの戦力が常に拮抗していなければならない。
 でも、逆に言えばよ。今の絶望的な戦力差を埋めることが出来れば、要するに戦果を上げることが出来れば、シェイリーンの議会での発言力も増すだろうし、和平とまではいかないかもしれないけど、あちらさんだって戦争を停止する理由にはなるわ」
 「それは、そうですが……」
 そんなことは解っている。言外にそう含んでティルスは言い募る。カノンはさらに言葉を重ねた。
「このとき、間違っても相手の戦力を大幅に上回っては駄目。シンシアの、国内、議会内ののタカ派を煽る結果にしかならないわ。
 あくまでぎりぎりのところの戦力比を保つ。そうすれば、議会内にも、エイロネイアにも戦争停止を訴えるきっかけにはなる。
 まあ、いきなり和平ってのは難しいだろうけど、シェイリーン様。貴方の目的は、とりあえず今の戦争を止めたいと、そういうことなんでしょ?」
「ええ、それはまあ……」
「だったら、あとは政治手腕の問題。それをあたしたちにどうこうすることは出来ないけど。
 戦争を停止して、今まで戦争に回していた費用やら人件やらを国交にでも回せば、いろいろと事情は変わってくるでしょうよ。帝国でも味方につければ、万々歳ね。
 その世代のことは解らないけど、ともかくそういう筋書きを描くなら、必要なのは戦力拮抗。
 で、拮抗をどうやって導くか。
 これもまた二通りの方法がある」
「……自分たちの戦力増強、もしくは敵陣の戦力減弱、ですね?」
 カノンの提唱に、ヴァレスがふむ、と頷きながら答える。カノンはそれに頷き返した。対して、ティルスは憂鬱の溜め息を漏らした。
「で、それをどうやってやるんですか?
 言って置きますが、シンシアに余計な戦力はありません。先ほど、ご説明した通り、今の戦力で相手の戦力を削げるとも思えません」
「何で?」
「ですから……」
「要求されているのはあくまで拮抗。相手の戦力を上回れ、なんて言っていないわ。
 戦力を上回ろうとするなら、真似事じゃ無理。でも拮抗が目的なら、何も、こっちがやるのは二番煎じで構わないのよ」
「!?」
 ティルスの眼鏡を弄くる所作が止まった。耳慣れない、信じ難い言葉を聞いた気がした。
 それはラーシャもデルタも、またシェイリーンやレスターも同じだった。ライラは終始、無表情だがヴァレスは興味深げに息を吐いて、薄っすらと笑みを浮かべた。
「ちょ、ちょっと待てカノン!」
 慌てて彼女の言葉を止めたのはアルティオだった。
「お前、冗談だろ!? 自分が何言ってるか解ってるのか!?
 二番煎じ、って! 違法者狩りのお前が、死術[ヴァン]の力を力を使おう、ってのか!?」
 それはありえない矛盾だった。
 違法者狩りの任を請け負っていた彼女が、その違法者の元凶である死術[ヴァン]を利用する。そんなことがあっていいものか。 彼女は、しばらくだけ瞑目する。
「別に死術[ヴァン]を使おう、ってわけじゃないわ。
 そもそもその死術[ヴァン]は、このゼルゼイルの伝説や伝承を元に創られた、もしくはこの地に残っていた死術[ヴァン]が解放されたものと推測出来るんでしょう?
 後者ならあたしたちの本分、前者なら……」
 ふむ、と頷いて立ち上がったのはルナだった。
「やるしか、なさそうね……」
「ルナ殿?」
「ゼルゼイルの伝承ってのはね、大陸魔道師の造詣はあまり深くないわ。でも、あたしはいくつか知ってる。
 ……あの馬鹿が、昔話して、残していったからね。
 伝承、伝説を元に戦争の道具を創った。なら、それは何千、何万年前かもその元となる術や呪法は作動していた。にもかかわらず、現代では片鱗しか残されていない。
 ―――ってことは、伝説には付き物の『何者かに封印されて』、『何かに相殺されて』、っていう節が伝承にあるはず。そこを探れば、弱点が着ける」
「しかし、そんなに簡単に……ッ!」
「簡単にはいかないわ。でもやってみる価値は十分にある。
 ……それに、突き詰めれば、本当にエイロネイアと同じ手になるかもしれないけど―――。
 伝承・伝説から何かの武具や魔道具なんかを生成、もしくは発掘でもいい。そういうことが可能なら、十分利用出来る。
 そうぽこぽことは見つからないと思うかもしれないけど、『月の館』の大陸魔道師として言わせてもらえば、一般的にそういったものが見つからないとされるのは、上の連中が秘密裏に処理してるからよ。
 でも、ここに魔道師の上、なんてものは存在しない。けれど、ゼルゼイルにはまだまだ眠った魔道的な伝承が幾つもあるはず。 だからこそ、エイロネイアは半年でここまでの戦力を作り上げることが出来たんでしょう?
 シンシア領内にだって、手付かずのそういう伝承上の怪しい場所は存在する。
 ……やってみる価値はあるわ」
「伝説、伝承を洗い出し、対抗策を模索する。
 ……それが成功すれば、エイロネイアへの対抗策が練られると同時に、新しい戦力が手に入る」
 茫然と、シェイリーンが反芻する。同時にぎゅ、と拳を握り、
「でも、でも、それは本当に正しいことなんでしょうか……?
 死人や、獣を操って、人を冒涜する、エイロネイアと、同じにならないと、言えるのでしょうか……?」
 不安げに、紡ぐ。
 二番煎じ、それは二の舞にも通じてしまう言葉。一歩間違えれば、いや、その思想をすること自体が、自分たちが非難するエイロネイアと同じことをしてしまう結果になるのではないか―――。
 カノンは一瞬だけ、逡巡する。
 だが、すぐに口を開いた。
「……確かに、利用するものは同じ。やることも同じ。
 強い力を利用する、っていう点では、目的が違うだけでやってることはエイロネイアと同じなのかもしれないわ。
 強い力を利用するのも狂気。……かつて、その狂気を狩るために、強い力を求めたあたしたちも、同じく狂気なのかもしれない」
 カノンの言葉に、レンは腕を組んだまま、渋い顔で床を見る。そこにある感情がどんなものかは、図ることが出来ない。
「罵られてもいい。あたしも所詮は、強い力に溺れた一人なんだ、って。
 でも、でも、それで救えたものがあるんだ、ってあたしは信じてる。たった一人の人間でも、救うことが出来たんだ、って信じてる。
 このまま戦争が続いたらどうなの?
 命は数量じゃ計れないけど、でも、何人が死ぬの?
 あんたはそれが見たく無いから、和平を結びたいんじゃないの?
 ……力は強さだけが問題なんじゃない。そりゃ、強い力なんかない方がきっと幸せよ。無駄な戦いに巻き込まれたりしないし、謂れのない中傷を受けたりもしないし、戦争なんか起きないわ。
 でも、それはきっと人間がいる限り不可能ね。
 なら、一番大事なのはその力をどう使うか。どう守るか―――じゃないの?
 シンシア領にある伝承の種がエイロネイアに渡ったら―――
 このまま、歪んで生み出されたモノが戦争の道具に使われ続けたら―――
 どうなるのか、あんたはあたしたちよりずっとよく知ってるでしょう?」
 誰もが、シェイリーンのを"あんた"呼ばわりしているカノンを責めなかった。
 彼女は決断を迫っているのだ。
 新しい風は、シェイリーンが直々に求めたもののはずだった。その新しい風が、提唱したとんでもない策。
 一歩間違えれば、とんでもないことになるかもしれない。エイロネイアを非難する資格さえ、失うかもしれない。
 けれど。
 その汚れた痛みを知らずして、一体何が救えるというのか。
 目の前のカノンという少女は、たった一人の人間を救ったと言った。シェイリーンはその何倍もの人間を救わなければいけない立場にいた。
 だから、彼女はカノンよりも、何十倍も心を痛めなくては、ならないのだ。
 ならば―――
 シェイリーンは大きく息を吸った。瞑目した瞳が、決意に染まる。そして不意に面を上げて、アメシストの瞳をかっと見開いた。
「……解りました」
 ラーシャが、デルタが、ティルスが、レスターが、固唾を飲み込んだ。
「ティルス、レスター。至急、魔道部隊の隊長クラスを集めてください。私では、ゼルゼイルの魔道的伝承をカバーすることは出来ません。皆の協力を得なくては」
「はっ」
 ティルスが最敬礼を構える。レスターも椅子から立ち上がると右に倣った。
「ラーシャ、準備が整うまでの前線指揮は任せます。これ以上、南方との境界線を譲るわけにはいきません」
「はっ」
「それと、ルナ様」
 シェイリーンが立ち上がったままだったルナへ目をやる。
「どうやら貴方は、そちらの魔道学において、かなりの造詣が深い方のようです。
 ……願わくば、こちらの魔道師陣に、その手腕、授けていただけますか?」
「……私のような未熟者の腕でよろしいなら、ぜひ」
「でも、いいの、ルナ?」
 傍らからシリアが横槍を入れる。
「伝承を集めて、それを戦争に使う―――シンシア側で。
 それって、つまり、」
「いいのよ」
 ルナは皆まで言わせなかった。
 シンシア側で、エイロネイアと同じ策を実行する。その中心に身を置く。それはつまり―――
 エイロネイアと、敵側の魔道師であるカシスと、真っ向から対決するということだ。
 彼女は重い息を吐き出す。だが、それは憂鬱ではなく、小さな決意の前戯だった。
「―――覚悟は、決めてる。闇雲に会いに行ったって、あいつは人の話なんかこれっぽっちも聞きやしないわ。
 だったら―――同じ土俵に上がる。それだけよ」
「……そう。だったら、何も言うことはないわね」
 がたん、と椅子を蹴飛ばして彼女もまた立ち上がった。
「なら、さっさと手をつけましょう! さっさとあのお坊ちゃんの鼻の頭を明かしてやらないと、私は腹の虫が治まらないわ」
「同じく! 上等だ! 死人だろうが獣だろうが、敵じゃあねぇぜ! 返り討ちだぁ!!」
 興奮気味のアルティオが双剣を担いで立ち上がる。
 カノンはそれに呆れた息を吐いた。本当にもう、うちの連中はどうしてこう、揃いも揃って馬鹿ばかりなんだろうと。
 息を吐いて。
 相棒の姿を目に留める。
 同じように、立ち上がった連中へ呆れた視線を送りながら、だがしかし、口元にはほんの僅かな笑みが浮かんでいた。
「本当に、頼もしい方々ですね」
 くすくすと、笑いながらシェイリーンは口にする。ラーシャが同意するように微笑んだ。
 ルナがふと、てきぱきと書類を用意し始めていたティルスに目を止める。
「ちょっと聞きたいんだけど―――」
「?」
「シンシア領の、遺跡だの何だのまで描かれた地図、ってある?」
「ええ、御座いますが。何か?」
「ルナ?」
 唐突な申し出に、カノンは首を傾げた。伝承を調べる、ということはそういう場所も調べなくてはならないだろう。
 その土地の伝承を把握するのに、歴史的な遺跡や遺物を探索するのは定石だ。
 けれど、彼女の問うたその言葉は、何か別の意図があったような気がした。
 ティルスが棚の後ろから引きずり出した、古びた地図を受け取ったルナは、こちらに―――カノンとレンへ振り返って、視線を寄こす。
「ルナ?」
「……伝承と死術[ヴァン]を机上で調べるのなら、軍内の魔道師にも出来る。
 だから、カノン、レン。一つ、提案があるんだけど……」
 その地図を広げながら。
 決意を秘めた魔道師は、緑青の瞳を上げた。



 がらがっしゃん!

「……」
 背後から聞こえた粗暴な音に、カシスの額に血管が浮く。
 その音にも、目の前でぐにゃりと曲がってしまった、たった今細工していた魔道具の基となるはずだったバングルにも。
 その元凶にも、勿論。
 砦の最奥にある、大して広くもない部屋に物が詰め込まれているのだ。背後にある惨状を想像するのは難くなく。
 背後で聞こえる「いつつ……」という声にも振り向かない。彼は机上に上げていた、膨大な数の蔵書中でも、もっとも重そうなものを手に取った。
「こんの……くそガキがぁッ!!」

 どすッ!! ばささッ!!

 分厚い本の角はそれだけで凶器になる。にも関わらず、遠慮も何もなく放った蔵書は、放物線を描いて、その場にへたり込んでいた少年の、薄炎色の頭にクリーンヒットした。
 凶器紛いの塊から受けた痛みに、エノはたまらずに蹲る。蹲るが、頭を押さえながら上げた顔は、カシスに負けず劣らずの怒りの形相だった。
「いってぇな! 何しやがるんだ、若年寄りッ!!」
「黙りやがれこのくそガキ、この髪は生まれつきだッ! 俺のいる部屋でがたがた騒ぐんじゃねぇって何度言ったら理解出来る、低脳がッ!! そこら辺のモンやたら滅多に触るんじゃねぇ、てめぇの一生分の給料の何倍すると思ってんだ、あァッ!?」
 耳を劈くような柄の悪い声を上げて、カシスは少年の胸倉を掴み上げる。エノは目を血走らせながら、それを睨み返し、ぶら下げられた状態で拳を握った。
 だが、固められた拳が、その威力を発揮するよりも早く、乾いた拍手が二度、鳴った。それは賞賛ではなく、人を諫めるためのものだ。
 その手の持ち主が誰か、真っ先に勘付いたエノは握っていた拳を解いた。カシスは忌々しげな目をドアへと投げる。
「はいはい、そこまで。暴力沙汰は許可してないよ、二人共」
 ドアの向こうの、廊下の闇を背にして、黒衣を纏った少年が呆れた視線を向けている。腰元にしがみ付いた黒髪の少女は、脅えるような、しかし非難の眼差しを投げている。
 カシスはその姿に舌打ちをすると、どさり、と吊り下げていたエノを床へと解放する。
 尻餅をついたエノはわたわたと空を掻いて、少年の元に行く。傍らの少女と同じく、その背に隠れて、カシスを睨みながら、うーッ! と威嚇のような声を上げた。
「犬か」
「ンだとてめーッ!」
「エノ、少しは感情をコントロールすることを覚えなさい。カシスも。無駄に煽るのはやめてくれ。
 ……まったく、何で君たちはこう上手くやれないんだろうねぇ」
「冗談言うな、皇太子。どんな人間にも相性がある。俺にはどうもそこの、原始人のガキの行動が信じらんなくてね」
 カシスは溜め息を吐くと、彼によって撒き散らされた工具の山に座り込む。歪んでしまった幾つかの細工物を手にとって、大仰に二度目の溜め息を吐いて首を振った。
 常人から見たそれはガラクタにしか見えない。が、彼にとっては宝を造り出すための礎だ。それを理解できる人間は、あまりに少ないのだけれど。
 皇太子と呼ばれる黒の少年は、似たような溜め息を吐く。
「エノ。何度も言うようだけど、彼はエイロネイアにとって貴重なブレーンであり、協力者だ。
 あまり邪魔しないように」
「だって……ッ!」
「彼の研究はそのままエイロネイアの戦果に結びつく。逆に言えば、彼の研究が遅延すればするほど、戦力が低下する恐れがある。
 ……君は、エイロネイアの邪魔をしたいわけじゃないだろう?」
「……ッ!」
 さらりと向けられた正論に、反する術を彼が持っているはずもない。
 納得のいかない顔で、唇を尖らせながらも、押し黙ってしまった頭を皇太子はぽんぽん、と二度叩く。
「少し頭を冷やしておいで。そろそろ食事の時間だから、先に食堂に行っていなさい。
 僕は少し彼と話がある」
 少年は『食事』の一言にぱっ、と顔を上げた。うんうんと頷くと、先ほどまでの遺恨が嘘のように軽快に廊下へと向かう。
 慌しい足音を聞きながら、部屋の主はけっと唾を吐き出した。
「何だかんだでメシか。ガキ丸出しだ」
「子供がぐずるときは決まって眠いときか、お腹が空いているときだよ。大して難しいものじゃない。
 僕からすれば、君の方が余程扱いづらい」
「だったらさっさと手を切るか?」
「冗談。何のために膨大な軍費を君に渡してると思う?」
 はっ、と嘲笑うように吐き出すと、カシスはデスクへ戻る。普通だったら火気厳禁の場所だが、彼は平気な顔で煙草を取り出した。きな臭さが鼻をつく。
 加えて火をつけて、紫煙が昇るよりも先に、皇太子は口を開く。
「朗報だよ。シンシアの魔道師勢が動き出したようだ」
「へぇ?」
 煙草を加えたカシスの口元が、笑みの形につり上がる。
「で、目的は何だ?」
「君が睨んだ通り。シンシアもゼルゼイル内の魔道書に着手したようだね。おそらく、目的はこちらと同じだよ」
 ふーっ、と細い紫煙が吐き出される。煙たい匂いに、皇太子は僅かに顔を顰めたが、彼がそれに気を使うことはなかった。
「まぁなぁ……。その程度の発想はするよなぁ?
 シンシアも結局は同じ穴のムジナ、ってことか。世の中綺麗事で収まりなんぞつかねぇもんなぁ?
 ましてや、指揮が取れそうな魔道師を手に入れられたら尚更だ。くっくっく、あいつめ、俺と全面戦争する腹積もりか」
「たぶんね。まあ、戦争にまで持っていくのか疑問だけど」
「そりゃあ、そうだろう。シェイリーン=ラタトスはご丁寧にも、和平をお題目に掲げてる。戦力を上回ろう、なんて考えちゃあいねぇさ。せいぜい、あちら側は二番煎じで十分目的が果せるんだ」
「……正攻法なら、それでもいいんだろう。でも、それじゃ駄目なんだ、それじゃあ……」
 少年は細い顎に指を乗せる。「それじゃあ駄目だ」と繰り返し唱えながら、何事か思考する。
「……ルナ=ディスナーは、本当に君の思った通りの行動に出ると思う?」
「十中八九。まあ、元々あいつはインドアよりアウトドア派の魔道師だからな。全部、机上で済まそうとはしねぇはずだ。
 ましてや違法者狩りなんてものがいれば、死術[ヴァン]の発想は絶対にする。
 だったら、何を起こすか読むのは簡単だ」
「けれど、もし彼女がシンシア領の探索に乗り出したとしても、だ。
 その護衛にヴェッセルとザインが就く、というのは些か早計じゃないかい?」
「さて、そりゃあどうかな?
 軍隊内じゃあ、そんな早急に護衛なんぞ付けられねぇ。けど、事は急を要する。だったら仲間内から護衛を引っ張るさ。だったら、ベストなのは違法者狩りなんて経験持ってる奴を連れていくだろ。
 さすがに二人共引っ張っていくかは知らんがな。
 けど、あいつらはタッグ組みだろ? 戦い方を見りゃ解る。揃って戦ったときが一番、ベストの状態だ。だったら、普通の司令官なら組ませるさ」
「まあ、確かにそうだけど……」
 ふむ、と声を漏らして皇太子は頷く。しばし、思案してぼそぼそと独り言を繰り返すと、大きく息を吐き出した。
「……解った。その筋で行こう。
 一応、保険はかけておくけどね。シンシア内部の諜報員に連絡を取っておくよ」
「おいおい、ちょいと面倒な事態にならねぇか?」
「大丈夫だよ。どうにしろ、今の内部員もそろそろ潮時だ。引き際だね。最後に一仕事してもらう、くらいに考えればいい」
「尻尾切りか。くっくっく、怖ぇ怖ぇ……」
「人聞きの悪い事は言わないでくれるかな。最善手があれば、それに帰順する。限った話じゃないよ。
 それより、例の準備は終わってる?」
 問い返されて、カシスはふと笑いを止める。毒々しい赤い眼をきろり、と動かしてやや斜めの壁を見た。形の良い顎でくい、と指す。
 少年はそれに従って、彼の指す壁際に視線を向ける。
 一振りの、剣が掲げられていた。
 長さ、重量、共にバスタード並に見受けられる。刃は銀の鞘に閉ざされて、けして明るくない照明を紫に照り返す宝石を中心に、銀の蔦がすらりと伸びた柄に絡まっている。
 重量を感じさせる沈んだ輝き。触れれば、そのまま指先が凍りついてしまうのではないかと、錯覚さえ覚えそうな。
 視線で触れても大丈夫か、と問いかけると、「まだ起動させてない」という返答が返って来た。良い、ということだ。
 少年は剣の柄に手を伸ばす。どっしりとした重みが手にかかった。柄と、鞘とを支えて、壁から降ろす。不釣合いな重さに、少しだけふらついた。
「……結構、重いね」
「そっちの方が都合が良いと思ったからな。遠慮なくやらせてもらった」
「ああ、そうかもね。いい出来だ」
「ったりまえだ、俺を誰だと思ってやがる」
 青年の悪態に、皇太子はふ、と満足げに笑みを浮かべた。紫の、妖気を放つ柄を撫でると、ひやりとした感触が指先を走る。
「あー、いたいた。殿下ー……って、薬臭!
 ちょっと、どうにかならないの、この部屋ッ」
 呼ばれると同時に文句が飛んで来る。振り返ると、ドアの側に装飾を貼り付けた白い軍服の男と、紺のローブを纏った栗色の髪の女が立っていて、共に鼻を抑えていた。
 その来客に、カシスは天井を仰いで舌を打つ。
「え、エレメント中尉~……。こんなところでよく平気ですね……」
「カシスー、貴方そのうち中毒になるわよ。というよりもうなってるんじゃない?」
「余計なお世話だカマじじぃ。それと引っ込んでろ厚化粧」
「はぁッ!? あんた、今、言ってはならないことを言ったわねーッ! 表に出なさいこの若白髪ッ!!」
「ああもう……ッ。 カシスッ! 誰彼構わず、喧嘩は売らない。エリシアは買わないッ。
 頼むからこれ以上、僕の頭痛の種を増やさないでくれ」
 包帯の巻かれた額を抑えながら、覇気のない声で叱り飛ばす。さすがに彼にまで文句を垂れる気はないらしく、エリシアはふん、と鼻を鳴らしながらも腕を組んで黙す。
 リーゼリアは何か言いたげだったが、皇太子の手前、我慢することを選んだらしい。両手で自らの唇を押さえていた。
「それで、二人共、僕に何か用?」
「え、ええと……あの、港の警備体制のランクを下げたことと……。
 あと、あの、殿下当てに帝都から通達が……」
「通達? 誰から?」
「陛下からよ」
「…………ああ」
 言われて彼は、すぐにはその意を解することが出来なかったらしい。陛下。現エイロネイア皇帝ヴェニア=ロフェイル=エイロネイア。
 つまりは、彼の父親だ。
 しかし、答えた彼の声は甚だ無感情な相槌だった。
「大陸から帰って来て、帝都には行かないで直接こっちまで来たんですって? お仕事熱心なのはいいけれど、親子のコミュニケーションが足りてないんじゃなぁい?
 陛下、寂しがってるんじゃないの?」
「寂しがる? あの人が?」
 エリシアの言葉に、彼は小さく笑った。心底、可笑しそうに。それでいて、何故か少しだけ自嘲めいて。
「……冗談。あの人にそんな高尚な感情はないさ。
 大方、新しい種馬でも見つけたんだろうよ。適当にあしらって置いてくれ。僕はどうも、貴族間の性欲と野心旺盛なご婦人方は苦手でね」
「あらあら、陛下も報われないこと。早く孫の顔が見たいんじゃないの?」
「かもね。自分が生きているうちに、自分の遺伝子が受け継がれた証が見たいんだろうさ」
「殿下……そんなこと」
「……」
 リーゼリアが居た堪れない表情で、何かを口にする。だが、それは言葉にはならなかった。
 表情こそ変えないが、彼の腰元に張り付いたシャルも、哀れむように、くん、と彼の袖を引いた。笑いを漏らした彼は、優しく彼女の頭を撫でる。
「くすっ……大丈夫。ちゃんと半分くらいは冗談だ。
 まあ、でも今すぐには戻れないよ。これから、ちょっと大仕事がある」
「大仕事?」
 リーゼリアはこくん、と首を傾げたが、エリシアはひゅう、と口笛を吹いて、彼の手にある剣を、そしてカシスを見た。
 もっとも、カシスはそれに答えることなどせずに、ふと気がついたように近くの棚を漁り始める。
 さして間を置かず、人の頭ほどの大きさをした紙袋を取り出した。その袋の大きさに、エリシアがぴくり、と反応する。
 ふと気がついた皇太子が、袋を受け取ると、がさりと音がした。
「まあ一応、一ヶ月分だ。いつもと同じだな。中にそいつの使用書も入ってる。好きにしろ」
「……ありがとう。助かるよ」
 言葉では例を述べているのに、その声は何故だかひどく無機質だった。心配の二文字を顔に張り付かせたシャルが、もう一度、彼の服の裾を引いた。
 今度は、彼は小さく首を振るだけだった。
 彼は剣を両手で支えながら、袋を腰に吊り下げた。その場にいた三人の顔を見回して、頷く。
「……君たちは僕の代わりに一度、帝都に帰還してくれ。アリッシュにはこれからの動きのことを伝えてあるから問題ない」
「あの人、最近音沙汰ないけど。大丈夫なんでしょうねぇ……」
「大丈夫。それは古い付き合いの君が一番、よく知っているだろう? 彼のことだ。いろいろと事後処理をしてくれているんだと思うよ。
 心配はいらない。帝都に戻ったら歓迎の準備をして置いてくれ」
「歓迎……?」
「はーい、殿下ぁ。いってらしゃーい」
 リーゼリアの訝しげな声と、エリシアの軽快な声に見送られて、かの皇太子は意味ありげな微笑みだけを残し、一振りの重厚な剣を抱えたまま部屋を後にする。シャルと呼ばれる少女も、無感情な顔を下げた後、いつものようにその背を追って行った。
 リーゼリアは密かにそれに舌を出して、異性のくせに金の髪のやたらと美人な同僚を見上げた。
「エリシア様ー? ロレン様の言ってた『歓迎』、って何のことですかぁ?」
「あァ? てめぇ、何も聞いてねぇのか?」
「はい? エレメント中尉もご存知なんですか?」
「あらあら、リーゼちゃんてば遅れてるわねぇ。駄目よー、年頃の女の子なら速攻で流行を追わないと」
「それとこれとは関係ないですし、余計なお世話です。何の話なんですか?」
 自分だけ置いていかれたような気がして、少しむっとしながらリーゼリアが言う。エリシアはそれに笑みを返す。微笑みではない。朱を引いた唇の端を吊り上げて、何かを含んだような、楽しむかのような、嘲り笑い。
 くっくっく、と耳慣れてしまった不気味な笑いがその背後から漏れる。
 どうやら彼らにとっては、余程愉快なことらしいが、リーゼリアは首を傾げるばかりだった。
「何の『歓迎』かなんて、そんなの、決まっているじゃない」
 数秒の間を空けて、ようやくエリシアが答える。



「――― 七人目の、よ」



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HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
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