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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[慟哭の月] EPISODE14
満ちては欠ける。
消えてまた満ちても、それは元の姿にはありえない。
それが――慟哭の月。
 
 
 

「ッ……はぁ、…はぁッ……」
 黄金の光が止んで。
 がくり、とルナの膝から力が抜ける。半端ない魔力の消費。目の前に、黒く染まった小さな手鏡がかしゃん、と小さく音を立てて落下する。
 荒い息を吐きながら、視線を上げる。
 黄金の魔方陣が描かれていた場所に、ぐったりと、血だらけのローブを纏いながら小さな身体が倒れ込んでいる。
「はぁッ……くッ…、し、シリア……、お願い……アルティオも………
『月』の剣の癒しの力なら、はぁッ、多少、使えるはずだから……はぁッ………」
「ルナ!」
 ルナが途切れ途切れに言い放つより前に、シリアとアルティオは力なく伏した少女の身体に駆け寄っていた。
 膝をつきながらも、無理矢理立ち上がろうとするルナの肩を、慌てて近寄ったカノンが支えた。一歩遅れて逆の肩を、レンが無言で持ち上げる。
 その支えを、片手を挙げて断って。
 だが、カノンは彼女の肩を支えたまま、倒れ伏した彼女の元まで行く。
 ルナはふらつく足を叱咤しながら、イリーナの元まで歩く。アルティオは剣を構えて、額に脂汗を浮かべる。シリアは渋い顔をしながら、賢明に連続で浄療術を唱えている。彼女は下級ながら医療師の免許を取得している。その彼女が、これ以上ないほど渋い表情をしている。
 胸の出血は止まっているが、その出血量が半端ではない。さらに、少し見ただけでは身体の内部のどこが傷を負っているのか解らない。
 肺、気管支、もっと悪ければ―――。
 ぎりッ―――カノンは歯を噛み締める。その隣で、茫然と親友の哀れな姿を見つめながら、ゆっくりと、俯いた。握り締めた拳からは、もう既に血が滲んでしまっている。
 瞑目した瞼が、ふるふると震えている。
 その瞼から一滴だけ落ちた雫に気がついて、カノンが声をかける。
「・・・ルナ?」
「………ほんとにね。馬鹿ね。あたし……。
 こんなに、こんなに取り返しのつかないことになるまで……、つまんない意地、張ってるなんて、ね……」
「………?」
 それは諦観にも似た呟きだった。何か、含みのある言い方だった気がする。
 問いかけようと口を開くより先に、彼女は本当に、本当に小さな声で口にする。
「よくもまあ……ここまで上等にやってくれたじゃない………。
 イリーナを駒として使って、ディオル=フランシスを誘発的に殺させて。こんな、こんな面倒なこと、本当に良くやったものだわ……」
 ディオル=フランシスをあのような、不確かな殺し方をするのはまったく建設的じゃない。
 始末するだけならば、もっと確実に、もっと安全な方法でやれたはずだった。
 そう、わざわざルナを待ち伏せて、中まで誘導し、その上、屋敷に炎を放った。
 あれでは。
 あれではまるで、ディオル=フランシスを殺すためにルナを利用したのではなく―――

 彼女の、心的外傷[トラウマ]を抉るために、ディオル=フランシスを利用したような。

「本当に、考えなしだわね、あたしは……。甘いも甘い、どうしようもない、情けない女だわ―――」
「ルナ、あんた……」
 ばたばたと、遠くから二人分の足音が聞こえる。はっ、としてカノンが振り返ると同時に、洞穴の入り口方面から、髪と服とを振り乱して鬼気迫る表情をした女性将官と、後を走るのはその従者の、神衣を纏った緑銀の髪の少年。
「申し訳ないッ! 途中、連中の仲間と思しき少年に妨害を―――ッ!?」
 二人とも息を切らしていたが、一目、カノンたちの集まるその場の惨状に絶句する。
「る、ルナ殿、カノン殿……ッ! こ、これは、一体……ッ?」
「……ッ」
「ラーシャ、デルタ……」
 ルナを支えながら、どう説明していいものかカノンは眉を寄せる。
 その傍らで、顔を真っ白に、表情という表情を失って、ルナはのろのろと面を上げる。
 都合よく、イリーナに昨晩のことを目撃させることが出来たのも。
 ルナとラーシャの間の事情を知り、尚且つ、夕刻に屋敷の中で待ち伏せることが出来たのも。
 ………そんな人間は、一人しか、いない。
「さあ、役者は揃ったわよ……?
 ………どうせ、そこら辺にいるんでしょう? なら、いい加減出てきなさいよ―――」
 入り口とは別方向。今だ踏み入れていない闇の空間を、静かに睨む。そこにあった感情は―――当人でさえ、解らない。



「―――・・・カシスッ!!」



 その場にわだかまる、色のない闇が、高らかに哄笑を上げた。



 かつり、とブーツの音が鳴る。
 ふわり、と外からの風が彼の白い上着を軽くはためかせた。いつもように、喉の奥から小さな笑いを漏らしながら、ゆっくりと、見えない闇から見える闇へと、彼は舞台に上がった。
 天上から差しているのは僅かな月の光。半分ほどに姿を欠けさせたか細い月は、彼の白い糸を銀に照り返す。
 細められた朱の瞳が、鮮やかに嘲笑[わら]った。
 ようやく姿を認めることが出来るまで、闇を振り払った彼に、第一声を上げたのはずっと剣を翳していたアルティオだった。
「あ、あんた……。
 何で……、こんな、ところに………」
「……」
 対面するシリアも、治療の手は止めぬまま、しかし彼と問いたいことは同じだった。
 ラーシャやデルタも、あまりにも目の前で起こっている出来事が自分たちの予想とかけ離れていて、混乱を顔に張り付けている。
 カノンは眉間に皺を寄せ、睨むように彼の歩みを見ていた。
 彼女から見ればあまりに突発的で、直接的に推論することは出来なかった。が、この場になって今ここにいて、尚且つそのいつもと変わらぬ余裕ぶった表情が、カノンの頭の中に、最悪の想像を描いていく。
 レンも同じだっただろう。その証拠に、彼は収めかけていた剣を再度、抜いた。
 ルナは微動だにしないまま、ただ静謐に彼を睨み、いや、眺めている。感情が抜けてしまったような表情で、ずっと唇を噛んでいる。
 それを彼は一人一人眺め、最後に支えられながら何とか立っている形の魔道師の女を認めると、薄っすらと唇を吊り上げる。
「さぁてねぇ……そいつは、お前らの真ん中にいる女が良くご存知じゃねぇのか? 気になるなら問いただしゃあいいさ……まあ、まっとうな返事が返って来るかは知らねぇけどな」
 ぱちんッ、と左手の指を鳴らす。
 瞬間、気配が降って湧いた。
「ッ!?」
「ぐぅッ!?」
「シリア、アルティオッ!?」
 天上の穴から竜の翼を振るわせて、赤い髪の少年が二人に跳びかかった。呆気に取られていた二人は、避けるのが精一杯で、少年の生んだ風の圧力に床の上へ吹き飛ばされる。
 中心にいた少女の小さな身体は、ころころとその場で数回転して、漏れた赤い体液を撒き散らす。
 構えを取るシリアとアルティオに、しかし、少年は子供のように剥れながら起き上がって胸を逸らした。
「だぁーッ! たくよぉ、つまんねぇことに俺を使うな、つってんだろぉッ? 言っとくけどな、普通ならてめぇの命令なんか死んだって聞かねぇんだからな! 特別だぞッ!」
「言ってろ、喚くな、くそガキ」
「ンなッ!! てめー、てめーなんかなぁ……ッ!!」
 傲岸不遜に言い放つ少年の言を、カシスは涼しい顔で片付けた。良い文句が思いつかないらしい少年を放って、カシスはつかつかと歩みを進める。
 そして、倒れた少女の前で足を止める。
 呆気に取られて、彼を見上げるシリアたちを、彼はふんッ、と鼻で笑いながらちらりと喚き立てる少年を見た。
「……ま、こういうことだ。どんな頭の悪ぃ人間でも、いい加減解るだろ?」
「ッ!」
「てっめぇッ!! グルだったのかッ!?」
 アルティオが激昂する。ぎりぎりと歯を噛み鳴らして、怒りに頭に血を上らせる。その彼を嘲笑うように睥睨して、もう一度、正面に向き直る。
 ルナは何も言わない。言えない、と言った方が正しいのか。
 はっ、としたカノンが嘲る朱眼を睨み返す。
「どういうこと……ッ!? 彼女を、イリーナさんをたきつけたのも、あんただってこと……ッ!?」
「ま、直接的にではねぇけどな。ちょいとショッキングな場面を見てもらって、後はまあ、有能な雇い主に任せたさ。
 あれは人間の心を操るエキスパートだからな。正直、予想以上の成果だった。
 ああ、ついでに言うとラーシャ=フィロ=ソルト、だったか? そっちの女将官様よ」
「ッ!」
 名を呼ばれ、ラーシャは節くれだった剣を構える。その隣で、神衣の少年も構えを取った。
「あんたの敵―――ディオル=フランシスとかいう豪族の屋敷を燃やしたのも俺だ。
 正直、あいつは最近、自惚れが酷かったらしくてな。あんたの敵国にとっても、そろそろ扱い難い邪魔者になってたそうだぜ。
 そのおかげで気兼ねなく利用させてもらった。真面目で一本気なあんたの性格も役に立ったぜ……面白いように、思った通りに転がってくれたからな」
「―――ッ!」
 ラーシャは剣の柄を握りながら絶句する。その拳がぶるぶると震えていた。デルタが諫めるように彼女の肩に手を置く。
「さて、と。ルナ」
「……」
 名を呼ばれても、ルナはすぐには反応を返さなかった。静かに睨みながら、数拍の間を置いて、震えた声で問う。
「……最初に、街中であの娘を暴れさせたのも―――
 豪族であるディオル=フランシスの名が、カノンたちの耳に入りやすくするため、後々ラーシャの話を彼女たちが受け入れやすくするため、出来るだけ派手な事件を起こしたってこと、ね……」
「プラス、俺がこっち側の人間じゃないことをアピールするためもあったけどなぁ。まあ、こっちはさほど重要じゃない。
 何もしなくても、俺の素性はお前がきっちり解説してくれただろうからな」
 するすると、澱みなく言葉が紡がれていく。それが、妙に異様だった。
 奥歯を噛み締めながら、何かにずっと耐えるように、ルナは肩を震わせる。
 何がなくとも、これだけは聞いて置かなくては。確かめなくては、ならない。
「じゃあ……あの男に。あの男に、『月の館』の研究を受け渡したのも―――ッ!」
「……」
 カシスは言葉で応えない。
 しかし、沈黙と何よりまったく変わらぬ口元の笑みが、答えを雄弁に物語っている。小さく息を飲んだルナは、そのままがくり、と面を下げた。
 彼女を支えるカノンの手が、怒りにふるふると震える。
「嘘だろ……ッ! ふざけんじゃねぇぞッ! てめぇ何で、ンな……ッ」
「うッ……」
 小さな呻き声に、全員がはっ、と顔を上げる。カシスはゆっくりと足元を見下ろした。
 かすかにだけ意識を取り戻したイリーナが、極僅か、身動ぎをしていた。固く閉じていた瞼が、薄っすらと開いて自分を見下ろす朱眼の男を捕らえた。
「ぁ、ぅ……せ、ん……ぱ………」
「ああ、イリーナ。良くやったな。安心しろ……お前は最上の駒だった」
「せ、んぱ……わ、…わた、し………」
「本当に良くやった。安心していいぞ。安心して、」

「殺されろ」

「ッ! やめッ……!」

 ばしゅッ!!!

「―――ッ!?」
 一瞬だった。
 カシスの左手が、見慣れない印を描くのも。
 その印からまっすぐに伸びた白い残像が、イリーナの胸を、心臓部を、的確に打ち抜くのも。
 最期に、彼女が出来たことは、ありえないほど瞳孔を開いて、声にならない息を漏らすことだけだった。
 一瞬、反動で浮かんだイリーナの小さな身体が、スローモーションのように優雅に、静かに床板に沈み込む。神経だけが蠢いて、彼女の身体は二、三、痙攣し。
 そして、完全に、動かなくなった。
「ぁ、ぃ……ぃり…ぁ………」
 言葉にならない呻き声が、ルナの口から漏れる。そして、
「ぃ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 耐え切れずに、器の臨界点を越えた悲鳴は、堪え続けた涙と共に吐き出された。
「イリーナッ! イリーナぁぁぁッ!!」
「ッ! ルナッ、駄目ッ!!」
 半狂乱になって叫びながら、親友の亡骸に駆け寄ろうとする彼女を、カノンは必死にしがみ付いて止める。髪を振り乱し、彼女はしばらく、喚き散らしながら拘束を取ろうともがいていたが、唐突に、ぷっつりと。
 まるで操り人形の糸が切れたように。
 がくり、と膝をついて。
 瞼から涙を流しながら、それにも気がつかないかのように、彼女と共に感情も死んでしまったかのように、静かに、折れた。
 ぽっきりと。
 ぎゅ、と彼女の煤けた服の端を、カノンは掴む。
「………何で」
「?」
「何でッ!? どうしてッ!!?」
 動けない彼女の代わりに、激昂して叫ぶ。
「どうしてッ!? あんた、彼女たちと一緒に研究してた仲間なんでしょ……ッ!?
 この娘たち、あんたを慕ってただけじゃないッ!! 研究だって、ずっとずっと自分の胸にしまって一生懸命になって、守って……ッ!! 何で騙したのッ!? どうしてッ!!?」
「……」
 怒りをそのまま叩きつけるカノンに、彼は面倒そうな溜め息を一つ、吐いた。
 言葉には出していないが、レンも、アルティオも、シリアも。皆、同じような表情で、唇を噛んでいる。レンとアルティオは剣の切っ先を彼から逸らさない。
「騙し、ね。けどそれを言うなら、そいつだってどっこいどっこいだろ?」
「そりゃ……ッ!」
「ああ、解ってねぇか。だから"騙し"になるんだよ。なぁ、ルナ?」
 びくり、と砕かれた肩が弱弱しく震える。
「ルナ……?」
「お前が悪ぃんだぜ? 意地になっていつまでも夢物語を描くからこうなった。
 なあ、ルナ。
 確かに―――『ヴォルケーノ』は複数の人間が開発に携わった。『ベルフェゴール』を知る人間なんて、それこそ俺たちの範疇じゃねぇ
 だがな、『ツインルーン』だけは違う」
「………やめてッ」
 彼が言わんとしていることを察して、ルナは小さく抗議して首を振る。だが、あまりにも弱弱しすぎるそれは、彼の耳には届かない。
 ニィ、と笑った彼の唇が、徹底的な一言を放つ。
「くっくっく、何しろあれは俺とお前が独自に、秘密裏に開発を進めていたシロモノだからなぁ……ッ! 他の人間が知るわけはねぇ、だろう?」
「・・・ッ!」
 この言葉の意味を、カノンは瞬時に理解する。
 つまり、『ツインルーン』……アルティオが持つ双剣だけ、あの魔道具を知る魔道研究者は、彼とルナだけ。
 だから―――
 だから、
「ルナ……貴女、まさか、最初から……ッ?」
「……」
 シリアの茫然とした声に、ルナはさらに項垂れた。カノンは息を飲む。そして思い出す。
 宿屋での問答の後、去っていくカシスに、ルナがかけた言葉。

『信じてるから』

 ……カノンはずっと、衝突しても、いずれは分かり合えるのを信じている、という意味だと思っていた。
 けれど、違う。
 魔道具を知るのは、二人だけ。
 2-1=1。
 自分でないなら、相手しかありえない。
 ノイズの混じることのない、絶対的な方程式。
 けれど、人としての感情が混じったとき、それは致命的なノイズになった。
 彼女は……最後の、最後。この瞬間まで、信じることを選んだのだ。彼しかありえない。でも、それでも、違うと、彼ではないと否定し続けて、信じ続けて、そして、

 ……解っていながら、裏切られた。

「くっくっく……無様なもんだなぁ? 『月の館』でトップの魔力許容量を測った魔女も、やっぱり所詮は人間だ。だから甘い、って言うんだよ。2-1、そんな単純な計算式が解けなかった時点で、お前の負けだ」
「……」
 カノンは俯いた。怒りに手が震える。頭に血が上る。レンは、自分は導火線が短いと言っていた。でも、この圧倒的な怒りは、どんなに気が長い人間だって、打ち消せるような生易しいものじゃないッ!
「―――許せない」
「ん……?」

 じゃきんッ!!

 手元に置いていた剣鎌[カリオソード]が、音を立てて伸ばされる。全員の押し迫った沈黙を破るように、カノンは碧い瞳を余裕じみた表情を浮かべる魔道技師の男に叩きつける。
 澄んだ銀の刃が、真っ向から男と対立する。
 瞳に浮かんでいるのは、怒りと、そして込み上げる哀しい痛み。
「許せない……ッ! あんただけは、絶対にッ! 絶対に許せない……ッ!!」
「かの…ん……?」
 ふらり、とルナが弱弱しい面を上げる。黙っていた、騙していたのはルナの方だ。けれど、彼女の怒りは、激昂は、明らかに心底楽しそうな笑みを浮かべる男へと向けられている。
「人の好意を知ってて、全部利用して、ズタズタにして……ッ!!
 それで平然と、お前のせいッ!? っざけんじゃないわよッ!!
 許さない―――ッ! あんただけは、ぜっっったいに許さないッ!!!」
 衝動のままに、カノンは刃を振り上げて地を蹴った。脇にいた少年がムッ、として直線状に入ろうとする。が、
「ッ!」
「邪魔すんじゃねぇッ!! てめぇら纏めて、俺が説教してやるッ!!」
 背後から剣を振るったアルティオに、少年の足が止まる。その隙に、カノンは刃を振りかぶった。
 けれど、
「―――ッ!?」
 間に割って入った人影に、カノンの刃が止まる。その表情が、苦悶に歪む。
「ルナッ!?」
「……」
「あんたッ! 何でッ……」
「……カノン、やめて………お願いだから、もう、やめて………」
「……ッ!」
 ぎりッ―――カノンは唇を噛む。泣きながら、懇願するように両手を広げる彼女に、何が出来るというのか。
「! カノン、ルナッ!!」
「ッ!」
 彼女の肩越しに見えた光に、レンが声を飛ばす。カノンは横にそれ、一瞬遅れて気づいたシリアがルナを庇いながら倒れ込む。
 放たれた魔力光は、彼女たちを素通りし、レンの破魔聖に切られて消えた。
 放った当人は、俯きながら舌を打つ。
「……どいつもこいつも。がたがた、がたがた、うるせぇんだよッッッ!!!」
「!」
 吼えた魔道師の眼前に、白い方陣が描かれる。それに反応して身を起こしたカノンが、剣鎌[カリオソード]を振るった。その切っ先に、黒い闇が収束する。
 カノンは再び石床を蹴った。
「覇ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「我望む、放ち貫くは光神の無垢なる証、貫けセイクリッドデスッ!!」
 カノンの掛け声と、カシスの呪とが唱和する。黒の刃と満ち満ちた白い光が相対する。
 双方、互いが互いを貫こうと、それぞれの光を放つ!



 瞬時。



 どんッ!! ……ずしゅッ

 衝撃と、鈍い音が、同時に聞こえた。
 光の余韻が、空に擦れて消える。それを目にしたカノンの目が、驚愕に見開かれる。片やカシスは眉間にわずかに皺を寄せただけだった。
 カシスの放った白い魔力光は、カノンに届くより前に、現れた方陣に消し飛ばされていた。
 そして、カノンの刃は、
「……ぁ、ぅ…」
「……」
 カノンと、そしてカシスとの間に、突如として降り立った少年の左腕に、深々と突き刺さっていた。
 暗闇の中で、白い肌が妙に生える、さらり、と長い前髪の間から、少年は感情なく、二の腕に突き刺さった刃を見た。
 黒い気が呆気なく霧散する。
「……おや、お早いお着きで」
「……」
 茶化すような口調でカシスが言った。少年は無言で答える。
 カノンは動くことも出来ずに、その場に硬直したままだった。少年は、言葉を失う一同の顔を見渡して、小さく溜め息を吐き、カシスの方を見る。
「……君といい、エノといい、僕の配下には言うことを聞かない人間が多すぎる」
「くっくっく、そいつぁご挨拶だ、殿下」
 ずるり、と少年は刃から左手を引き抜いた。本来なら、体液が垂れるはずの腕からは、何も滴らずに少年は腕を懐にしまう。
 そして右手を振るった。
「ッ!」
「カノンッ!」
「カノン殿ッ!」
 それだけで、彼女の身体が宙に吹き飛んだ。石床に叩きつけられるより前に、レンが支えの手を出した。茫然と、カノンは唐突に姿を現した少年を眺める。
 だが、それ以上に茫然と、信じられないものを見たような目をしていたのは、デルタ=カーマインだった。
「でん、か……ですって?」
 カシスが口にしたのは、余りに耳慣れない言葉だった。
 通常ならそれは、王国の王族に属する者たちを指す敬称だ。その隣で、ラーシャも愕然とその言葉を反芻する。
 彼らは、エイロネイアの放った刺客。それは調査の上でも間違いはないと断定している。
 だから、つまり、殿下、というのは。
 その畏怖の視線に曝されて、少年は天を仰いではぁ、と乾いた溜め息を吐く。軽く首を振って居住まいを正すと、黒衣をばさり、と鳴らし、少年はこちらに向き直る。
 優雅に。
 一部の隙もなく、思わず見惚れるような、実に綺麗な礼を一つ。
「配下の者が粗相をしたようで、実に申し訳ない。
 ……こうして直々に名乗るのは初めて、だね」
 くすり、と笑いながら少年は面を上げる。
「我が名はロレンツィア=エイロネイア。本名はレアシス=レベルト=ロレンツィア=エイロネイア。
 ゼルゼイル南方統制帝国皇帝ヴェニア=ロフェイル=エイロネイア帝の第二子にして、次期皇帝。
 ……まあ、そちらの二人には巷で噂の現エイロネイア皇太子、と言った方が早いかな」
『な……ッ!?』
 全員の、くぐもった声が唱和する。するり、と少年は左手を滑らせると、その包帯の巻かれた掌には黒に金縁で描かれた紋章が落とされた。
 四対の翼を広げた  鴉。ラーシャたちにとっては、毎日のように目にしている、エイロネイアの王族紋章だった。
 それが、何よりも正確で、明確な答えだった。
「そんな……ッ! まさか、そんなまさか、ロレンツィア皇太子が直々に刺客としてなんて―――ッ!」
 デルタは冷静に、目の前の混乱を沈めようと懸命だった。その彼に、黒衣の少年―――エイロネイア皇太子・レアシス=レベルト=ロレンツィア=エイロネイアはにこり、と笑いかけながら答える。
「前線は他人に任せられない質なんだよ……これでもね。
 シンシア総統シェイリーン=ラタトスの懐刀。ラーシャ=フィロ=ソルト中将とデルタ=カーマイン大尉。
 くすくす、こちらこそ、こんな場所で初見するなんて思わなかったよ。シンシアから誰かしが人が派遣された、という話は知っていたけど。
 ああ、そうだ。ついでに紹介して置こうか……」
 ちらり、と彼は背後の白子の魔道師と、不貞腐れて頬を膨らませる竜の翼を少年を振り返る。
「エイロネイアの戦軍七つの柱。七つの要。軍内では『七征』と呼ばれている。
 その一片、カシス=エレメント中尉、ならびにエノ=ルーデンス曹長。
 以後、お見知り置きを」
「なん……ですって……?」
 やっと顔を上げたルナが、カシスを見上げる。しかし、彼がその視線に答えることはなく、聞こえたのは少年の小さな笑いだけだった。
「約束だったからね。君と会わせてあげる、って。彼は軍師としても非常に優秀だから助かってるよ。
 まあ、扱い辛さが唯一の欠点だけど」
「……」
 カシスは無言でふん、と鼻を鳴らす。
 それを静かに眺めながら、しかし、ラーシャは小さく肩を震わせていた。
「貴様が……貴様が、我が同胞を……ッ!」
「ラーシャ様……ッ!?」
 デルタが制止しようとしたときにはもう、ラーシャは剣を正眼に構えて走り込んでいた。刺突の構えで、まっすぐに、黒衣の少年へ向かって突進する。
 それを冷めた目で眺めながら、だが、ほんの僅か、少年の表情が憮然と歪んだ。
 瞬間、

 どんッ!!

「ッ!?」
「ラーシャ様ッ!」
 見えない衝撃破が、彼女を襲った。そのまま岩壁に吹き飛ばされて、沈黙する。
 少年の前の空間がゆらり、と歪んで黒いスカートが棚引いた。黒い髪、黒い服の少女が、いつのまにかそこに鎮座していた。
「……主様には、触れさせない、です」
「……ッ」
 カノンが肩を怒らせた。諫めるようにレンは肩を支える。それをちらり、と見た少年はふっ、と笑って天上を仰ぐ。
「さて、目的は済んだだろう、カシス。そろそろお開きだ。
 シャル」
「……」
 少女が目を閉じる。すぅ、と息を吸い込むと、黒く、柔らかな光がその場に広がった。
 はっ、と我に返ったアルティオが剣を構える。
「待ちやがれッ! 逃げんじゃねぇッ!!」
 駆ける彼を、冷たい目で見た少女は、無言で右手を突き出した。
「ぐッ!?」
 その小さな手に押されたかのように、アルティオの動きが止まる。数歩後退り、膝をつく。
 苦し紛れにシリアは炎の矢を放つ。だが、その炎はいずれもゆっくりと四人を覆っていく黒の光に阻まれて、呆気なく霧散した。
「おい、ルナ」
「……」
 黒の光に消える直前、白子の魔道師は、膝をついたままの彼女の名を呼んだ。
「俺が何故お前たちを裏切ったか―――知りたいか?」
「……ッ」
 唇を噛んで、ルナは溢れてくる涙を堪えて顔を上げる。
「知りたいなら追ってくるといい。まあ、今度は全力でお前を殺しに行ってやるよ……そのときまで、つまんねぇ死に方するんじゃねぇぞ」
「ッ!」
 拳を握り締める。その言葉を継ぐように、かのエイロネイア皇太子は、言う。
 天上のかけた月へ、膝をつく敗北者に告げるように。
「ゼルゼイルは悲運の牢獄。人が造り出した狂った王国。罪人が集う残虐な楽園。
 望むのならば、ぜひ、」



「美しく、鮮やかな絶望の世界へ。奈落の底へ、突き落としてあげましょう―――」



「ッ! 待ちなさいッ!!」
 叫んでルナは立ち上がる。黒い光に消えていく、人の姿に、白い影に手を伸ばしかけて。
 しかし、その黒の光は一瞬早く、その手を逃れるように渦巻いて四散する。それが散った後には、いつかと同じように、もう、何も残ってはいなかった。
 彼女は茫然と、天上を見上げた。そして、膝をついて、跪くように両手を床に押し付けた。
「ルナ!」
 カノンはレンの手から立ち上がって、彼女に駆け寄った。支えるように肩を抱く。
 ぽたり、ぽたり、と彼女の見つめる石の床が、透明な雫に濡れていく。噛み締めた唇は、もうとうに切ってしまっていて、血が滲んでいた。
 感情の消えた顔からは、もう何を考えているのか、はたまた何も考えられていないのか、読み取ることは出来なかった。
「…………たわ」
「え……?」
 ルナ? と名前を呼んで、小さく聞こえた声を促す。硬い声。感情の灯らない、か細い声。
「あんな奴………。裏切ってくれて、清々したわ……」
「……ッ!」
「デリカシーの欠片もなくて……、口は悪くて……、人のこと、何にも考えてなくて………
 あんなやつ……ッ、あん、な……く、ぅ、ぅうッ……ぅぅぅ……」
「……ルナ…」
「ぅ、ふ、…く、ぅ……ぅううぅ……うぅ、う…………
 うわああああああああああああああああああああああああああッ!!」
「……!」
 ふわり、と少女の髪に飾られた羽だけが、軽やかに棚引いた。長い間、堪えていた支えが決壊するように、一年と半年前のあのときのように、彼女は親友の胸に縋って、声を上げて、泣いた。
 空には少し前までの、満ちた姿から大分欠けてしまった酷薄な月が、悲しげに、雲に隠れながら淡い光を放っていた……。



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HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
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THE Four:ゼルゼイルの旅路
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