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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[降魔への序曲] EPISODE9

胸騒ぎがする。
 先刻から、相棒が図書館に行くと言ったきり、夕刻まで戻らない。各国の如何わしい、それこそ眉唾物の伝承やら都市伝説やら、言葉を悪くすればオカルトマニアな彼女のこと。
 一風変わった本に気を取られて、時間を忘れることは度々あるが、場合が場合だ。こんなときに、落ち合う時間を過ぎてまで熱中しているとは珍しい、いや、初めてだ。
 ―――最も……こんなときだからこそ、本に熱中している以外の理由も十二分考えられるがな。
「全く、どれだけトラブルに巻き込まれ易いんだ、あいつは……」
 柱につけていた背を離し、雑踏に混じってレンは歩き出した。
 図書館と宿屋のちょうど半分ほどの場所にある食堂。今朝、別れ際に帰りに本を持つのを手伝って欲しいから、聞き込みが終わったらここで待っていろと命じたのは一体誰だったのか。ゆうに半刻が過ぎている。
「レンッ!!」
 歩き始めたと同時に、進行方向から甲高い声が上がる。似たトーンだがまさか相棒と間違えるなどということはない。
 視線を上げると人込みを掻き分ける……いや、無理矢理押し退け、分け入るような格好で覚えのある少女が近づいて来ていた。頑張っているのは解るが、さすがに小柄な身体では全ての人を押し退けるなんてことは出来ずになかなか難儀しているようだ。
 速度を上げ、自らの身体で適当に人をあしらう。
「はー、助かった、さんきゅー……」
「息を切らせてまでどうした?」
 まだ約束の時間まで大分あるが、と続ける。ルナは息を整えてから面を上げ、
「クロードってもうそっちに行ってる?」
「いや、俺は聞き込みの後すぐ此処に来たからホテルの状況は知らん。だが、見てないな」
「そう、ホテル行くならここ通るはずよね……」
「いないのか?」
 自らが狙われている自覚があるなら下手に裏通りを通るなどと愚かな真似はしないだろう。WMOからホテルに通じる大通りはこの一本しかない。
「ちょっと、行く前に軽く声かけようかと探したんだけどどこにも、ね。スケジュール見てみたんだけど、今日はもう何も公務入ってないから。
 外に出たにしても狙われてるかもしれないときに何やってんだ、と思って探してたのよ」
「奇遇だな」
「は?」
「俺も人を探そうとしていたところだ。あいつを見なかったか?」
「あいつ、ってカノン?」
 頷く彼を見て、ルナは顎に手を当てる。
「午前中、図書館に行ったときに一回会って声かけたけどそれっきり。急いでたし、大した話してないわ。
 いないの?」
「待ち合わせていたはずなんだがな。半刻過ぎてもまだ、といった状況だ」
「けど、今あたしもクロード探すために図書館寄ったけどいなかったわよ。確かに広いけど、いたら気が付くと思うし。
 ……って」
 ふと思いついて言葉を止める。
「ねえ、レン。カノンて午前中からずっと図書館にいた?」
「さぁな。今日の大半はあそこで過ごすとは言っていたが。朝方、別れたきりだったからな」
「あの、ね。落ち着きなさいよ? 落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」
 頭に血が上ったこの男の恐ろしさはルナも十二分に理解している。あの五人の中では最も古い付き合いだ、何を触発すればこの滅多なことでは冷静さを欠かない男を怒らせることが出来るのかくらいは知っている。
 だからこそ。
 慎重に前置いた。
「さっき探してたときに、さ。派手に割れてる窓を見つけてね、気になったからちょっと見てみたんだけど……
 端っこがちょっと炭化してたのよね。たぶん、何かの魔法を喰らったんだろうけど。まあ、魔道師が多数出入りするんだから何かの呪文を口ずさんじゃった奴がいただけかもしんないけど。
 気になったから聞いてみたんだけど、昼過ぎに割れちゃったんだ、って。
 で、ね。図書館の入出記録って自分がするときに簡単に見られるんだけど、ちょうどその頃ってWMO権限で貸切になってたのよ」
「……」
「で、ね? あ、あのさ、これはあたしも今日情報収集してて初めて知ったんだけど。
 あそこの図書館て表向き公共だけど、WMOの司書施設と統合してて、資金は豊富なWMOがほとんど出してるから実質あそこの管理下っていうか統括っていうか……って、こらこらこらッ!!」
 話半分に歩き出したレンの腕を掴みながら声を荒げる。引き摺られそうになるのを何とか止めながら、
「だーかーらッ! もしもッ! 何かあったんじゃないかなー、って想像は出来るって話ッ!!
 本当は何も無かったのかもしれないし、クロードだってカノンだってどっか別のとこに行っただけのことかもしれないしッ!!
 全部、不確かなんだから短気に行動起こすんじゃないわよ、ホテルにシリアやアルティオだっているんでしょーがッ! クロードももしかしたらそっちに居るかもしれないんだしッ!!」
「誰が短気を起こしているんだ」
 呆れた息を吐き出し、彼はようやく足を止めて振り返る。
「何があったにしろWMO関連だろう? ローランを訪ねて少し穏便に聞いてやればいいだけの話だ。
 相手は俺たちがクロードに接触してることを知ってるはずだ。普通に知らないと返すか、白々しく受け流すかで白か黒が判断できる。万一、慌て出したんだとしても、それはそれで部下の暴走と判断できるだろう? つまりは誰に付くかの判断材料だ」
「あ、あぁそぅ……。びっくりした。あんたのことだからこのままローラン切り殺しに行くかと思ったわ……」
「……貴様、俺を何だと…」
「……誘発的自動辻斬り凶器?」
「……」
「いや、まあそれはいいや。けど、あんたもそのまま無事に帰してくれるか解んないし、あたしも……」
 言いかけて。
 ルナの言葉が止まる。レンもまた身を硬くした。
 殺気。
 ルナが呻く。その額には珠のように汗が浮き、赤みを帯びた頬を滴って落ちた。背筋がびりびりと震えた。
 しかし、それは一瞬のことで。
 レンとルナの動きを止めたとんでもないその強烈な殺気はしかし、次の瞬間には跡形もなく霧散していて。
 数秒のうちに掻いた大量の汗を拭いつつ肩を落とす。
「何……今の…」
「……」
 感じたことのない黒い殺気。冷えた空気が辺りに漂い、会話することも忘れた。
 しかし、

「きゃああぁあぁあぁぁぁッ!!」

 沈黙を劈いて、すぐ側の通りの向こうから重なった悲鳴が轟いた。はっとして顔を向ける。
「げッ!?」
 最初に声を上げたのはルナの方だ。
 視線の先に居たのは、通りの真ん中に陣取って奇声を上げる……二メートルほどのねずみ、もどき。
 汚らしい溝の色の身体に、どう見ても外骨格の、毒を持っていることを見せ付けるかのような八本の足。おったてた尻尾だけが白く長い。
「な、何でこんなところにッ!?」
「言っている場合か。行くぞ」
「お、おっけ……」
 明らかな動揺を張り付かせながら通りの向こうへ駆ける。逃げようと逆進してくる人の群れを何とか交わしながらルナは小声で呪を唱え始め、レンは腰に下げたショートソードの方を抜く。
 さすがにこんな人込みの中で大剣は使えない。
 割れた人込みの前に躍り出て、迫った足の一本を叩く。小剣ではさほどの威力は出ないが、傷をつけることは出来たようだ。

 き、ききぃいきぃッ!!

 甲高い奇声を上げて、憎しみの篭もった赤い目をレンへと向ける。その一瞬、他への注意は散漫になり、
「我求む、繰り出すは惨禍の刃、貫けレイジングソードッ!!」
 虚空に浮き上がった空気の塊が刃になり、ねずみもどきを貫いた。そのまま爆縮、派手な音を立ててねずみの身体が四散する。
 どろりとした体液が噴き出して、辺りを異臭が包む。その匂いに鼻を曲げながら、レンとルナは顔を見合わせる。
 そのとき、
「おーいッ!!」
 焦りを含んだ怒鳴り声が鼓膜を響かせる。振り返るとホテルの方角から、それぞれ剣を背負ったアルティオとシリアが駆けてくるところだった。表情に余裕がない。
「お前ら、一緒だったのか?」
「いや、たまたまそこで会ったら、こいつが出て来てね。それよりクロード見なかった? ホテル行ってない?」
「い、いや、そのことなんだけどよ、昨日捕まえたあの野郎が……」
「そんな話は後でも出来るでしょうッ!」
「いだッ!!」
 シリアの肘打ちがアルティオの背中にヒットする。いつも張り倒されている人間が別の人間を倒すと何となく違和感を感じる。
 まあ、それはどうでもいい。
「悠長にしてる場合じゃないわッ! ホテル近くにも出たのよ、あれがッ!」
「合成獣か?」
「そーよッ! 集まってるギャラリーとかホテルの従業員とかに襲い掛かろうとして……」
「ち、ちょっと待ってよ! 何でッ!? そんな違う場所に同時に、なんて今まで無かったじゃないッ! 何でいきなりッ!?」
「そんなの私が知るわけ……ッ」
 叫んだシリアの声を遮って、

 しゃぎゃぁぁあああぁああああぁぁぁッ!!

 一つ、外れた通りの向こうから、どこかで聞いたような奇声と多数の悲鳴が轟きあがる。
「ち、ちょっと……」
「まさか……」
 きりッ―――レンが歯を噛み鳴らす。明らかに青ざめた一同の、胸に浮かんだ、しかし口にするには憚れる嫌な予感をいやに断定的に下す。
 ありえない。正気を失った行動としか思えない。しかし、現実として起こってしまっているのだ。

「まさか、町中で合成獣が暴れてるというのかッ―――!?」


 町に狂騒が走っている。上がる悲鳴と咆哮、宵闇が落ちかけた夕刻のBGMとしてはあまりにも不釣合いな。
 昼の長いクオノリアとて、既に太陽は海の端に沈もうとしている。赤い夕べの映る水面の幻想さに対して、随分とこの喧騒は耳障りだ。
 やや涼しさを増した風が頬を抜ける。最も、その風を感じることが出来るのは、片方でしかないのだけれど。
「……」
 町を一望することの出来る時計塔の片隅で。
 少年は喧騒に塗れた町をただ静かに眺めていた。
 口の端にうっすらと微笑みさえ浮かべながら。
 黒い髪が、衣装が、風になびいて残像を残す。
「……さて、最終幕[ラストヴァージン]、いや、それともまだ始まりの章[オープニングセレモニー]かな。
 先鋭なる戦士諸君は一体、どう動く……?」
 まるで何かの享楽を見ているかのように。
 少年はくすり、とかすかに笑った。


 ざんッ!!

 一薙ぎしたレンの破魔聖が目の前の蜘蛛を両断する。背中に針を張り付けた、気味の悪い体が崩れていくのを見ながら、嫌悪の呻きを吐き出す。
「シリアッ、アルティオッ!」
 頭上から響いた声に、二人がその場を飛び退いた。それと同時に、
「我滅す、叫ぶは精美なる亡びの咆哮、唸れブレイズシェルッ!!」

 轟ッ!!

 真上から放たれた閃光の渦が、三体の異形を消し去って消え失せる。
 閃光が収まるのを待って、ルナは術を浮遊の術を解いた。
「どーなってんのよ、いくら倒しても追いつかないわ、こんなッ!!」
「私に八つ当たりすんじゃないわよッ! ともかくッ! 元を断たなきゃどうしようもないわッ!!」
「元って言ったってなぁ……」
「……少しは落ち着かんか、お前ら」
 揃うなり罵り合いを始めた要領の得ない連中を制しながらレンは剣に付着した体液を払う。
 軽く首を振り、青みを帯び始めた空を仰ぐ。
 ―――いかんな。
 まったくの夜になってしまえば、合成獣の姿も気配も感じにくくなる。いくら暑い気候とはいえ気温も下がり、冷えた汗は体温を下げさせて動きを鈍くさせる。
 良いことは一つもない。
 となれば、
「……シリア、アルティオ、お前たちはこのまま街中の合成獣を掃除しろ」
「へ?」
「ルナ、行くぞ」
「行く、って……」
「決まっているだろう」
「ちょっと、レン! まさか……」
「そのまさかだ」
 言ってレンはくるり、と背を向ける。視線の先には無論、黄昏を映してどこかの居城のように佇む巨大な建築物―――WMOクオノリア支部。
「ち、ちょっと待てレンッ!」
「この期に及んで何だ……急を要する件に馬鹿な苦情は」
「いや、とりあえず聞けってッ! 昨日のあいつが目を覚ました、って言っただろッ! でな、そいつが……ッ!!」

 どんッ!!

 その声を遮るかのように。
 通りから光と轟音が漏れた。振り返ると、光と炎に身体を焼かれた一匹のねずみが、霧散しながら地に伏せるところだった。
「何故、民間人がこんなところにいるッ!?」
 叩きつけられた声にプライドの高いルナとシリアの額に血管が浮いた。
 ねずみが倒れた向こうから現れた青い礼服を着た若い男たちが、焦燥を顔に張り付けながら立っていた。礼服と紋章には見覚えがある。
「あんたたち、WMOの……」
「民間人にはとっくに避難勧告が出されているはずだッ! 早く安全な場所に避難しろッ!」
 ぶちッ!
 鈍い音がレンとアルティオの耳だけに確かに聞こえ、響く。
「やかましいッ! こっちを何だと思ってんのよッ!」
「ほーっほっほっほ、大体にして今まで合成獣を喰い止めていたのは誰だと思っているのかしらッ!? 無礼な態度もそこまでにするのねッ!!」
「なッ……」
『何だとぉッ!?』
 男たち全員の声が唱和する。レンは呆れて肩を下ろし、
「……こんな状況で挑発する相手が違うだろう」
「その通りだ。お前たちも怒る相手を間違うな」
 はっ、と全員が顔を上げる。
 レンの声を継いだ重厚な言葉と声。聞き覚えがあった。いや、この状況下で解らないはずがない。
 男たちの動きを止めさせた、年輪の刻まれた声と精悍な顔。落ち着き払った表情だが、そこにはやはりわずかな焦りが見て取れる。
「ローラン……さん」
「……」
 宵闇を背にして立っていた彼に、ルナが掠れた声を上げる。
「えーっと、あの」
 罰が悪そうにルナはローランとレン達とを見比べる。ローランはそれに溜め息をついて首を振り、
「……もう良い。貴女がそこの者たちと何らかの繋がりがあることには気がついていた。しかし、今さらそれを問い詰めたところで何にもなりはしない」
「すいません……」
 敵か味方か、判然としない今でもそれでも雇い主は雇い主。一応の礼儀というものがある。素直に彼女は頭を下げた。
「もう良い。もう良いのだ」
「ローランさん?」
 違和感にルナは面を上げる。何故だろう。彼の口調から諦観というか達観というか。ともかく、何かの諦めのようなものを感じる。
 何故?
 彼が黒幕だとしたら、何故そんな諦めが湧いてくる?
 それともこれもまた部下の暴走が招いた憂いなのか、はたまた失策に終わったことを嘆いているのか。そもそも何故このような手段に……
「こうなるまであれを止められなかった私に非がある」
「はい……?」
「……」
 その言葉の違和感に、レンとルナが顔を見合わせる。
「あれ、とは?」
「……」
 レンの発した問いに、ローランは陰鬱な溜め息を吐き出した。
 空を仰ぎ、何かを悟ったかのように目を閉じて、何かを覚悟をしたかのように開く。
「貴殿らに頼みたいことがある」
「支部長ッ!!」
 事情を知る者たちなのか、男たちが慌てた様子でローランの肩を掴む。しかし、ローランはそれをやんわりと制した。
「良いのだ。どの道、我らにあれは裁けぬ。ならば、かすかな希望に縋る他あるまい」
「ですがッ―――」
 男が唇を噛む。宥めるようにローランは男の背を叩いた。
 苦々しくも男たちが首を縦に振るのを確認すると、再びこちらへ向き直る。
「……何でしょう?」
「この合成獣を、あれを止めなくてはいけない……。こうなったのは私の責任だ。
 身内だからと告発も出来ず、あまつさえ内輪で済めばとこうなるまで匿っていた私が悪いのだ」
「身内、って……」
 ルナの戸惑いに。
 ローランは肩を落して、どこか疲れたように、憂いを吐き出すように口を開く。
「貴殿らも接触しているであろう。
 あれ―――この合成獣を生み出したのは、私の孫……クロード=サングリットだ」


「なッ……」
 数秒してようやくルナの口から呻きが漏れた。
 沈痛な面持ちのローランは眉間に皺を寄せたまま。
 凍りつく空気の中でレンはアルティオの方へ視線を向ける。それに気が付いた彼はばりばりと短髪頭を掻き毟り、
「ああ、それを言おうとしたんだよ。昨日の奴が目を覚まして、あいつの名前……は、言ってないけど、『銀髪の若い男に頼まれた』ってさ。もしかしたら、って思ってお前らを探してたんだ」
「何故早く言わん」
「言えなかったんだよッ! つーか、何度も言おうとしてたしッ!!」
「というかこんな騒ぎになってまで何でカノンはいないのッ!? あの小娘、怖気づいて逃げたんじゃないでしょーねッ!」
「だから急いでいると言っている」
「はぁッ!?」
「待て待て待てッ! 短文で情報交換しようとすな、あんたらッ!!
 と、とにかく、ローランさん! それって本当のことなんですかッ!? クロードさん、いやクロードが黒幕ってッ!」
 好き勝手に会話とも言えない会話を飛ばす一同の首根っこを掴みながら、ルナが詰め寄った。
 ローランは力無く頷く。
「なるほどね。ようやくカノンがいなくなった理由が知れたわ」
 ルナの言葉に、レンの舌打ちが重なる。
「ち、ちょっと待てッ! 何だ、カノンがいなくなったってッ!?」
「文字通りの意味ね。懸念はしてたけど、これではっきりしたわ。
 たぶん、クロードの仕業よ」
「おいッ! 待てよッ! カノンが捕まったっていうのかッ!? 何でッ!? クロードはこっちを味方につけようとしてたじゃねぇかッ!」「タイムリミットが今日の夕方だったからよ。今日の夕方には、昨日捕まった奴が全部吐くと踏んで、カノンを攫ってこっちの足並みを乱した後に一網打尽、みたいに考えてたんでしょ。
 だからってこんな合成獣大量発生みたいなことをする理由はどこにも見当たらないんだけど……むしろ、今、こんなことを起こすなんて愚策としか思えないし……」
「ぐちゃぐちゃ考えてる場合かッ!! さっさとカノンを助けに行かねぇと……ッ!」
「……どこによ?」
「へ……?」
 鼻息荒く勇んだアルティオの勢いを、いやに冷静なシリアの冷たい声が凍らせた。
「まあ……。候補があるといえばあるが、この余裕のないときに無駄な場所に行くのは避けたいな」
 呆れた息を吐きながら、レンが視線を移す。切れ長の目を、さらに細め、睨むようにローランを見据える。
「あんたに直談判するつもりでWMOに行こうとしていたが、都合がいい。こんな事態になっているんだ。隠したところで何も得なことはない。
 知っていることは全て話せ」
「……私が悪いのだ。私は昔からあれにWMOに対する不平不満ばかりを言っていた気がする。
 あれが狂った野望を抱くようになったのはひとえに私の責任なのだろう」
「野望、って例のWMOを陥れて逆に実権を……ってやつ?」
 シリアが首を傾げて問いかける。ローランは迷いを見せながら頷いて、
「確かにそれもあろう……。だが、奴が企んでおるのはそればかりではあるまい」
「それ以外……って」
「あれは異常なほど魔道研究にのめりこんでいる……古今東西、過ちを犯す魔道師の動機は自身の実力を世に知らしめる場所を求めてのものだ」
「まあ……」
「間違ってはいないな」
「あれも同じこと。貴殿らも知っているだろう、そしてこのクオノリアにはそのための恰好の餌がある……」
 ローランが空を、海を仰ぐ。視線を辿る。その先にはただ、途切れることの無い水平線が不気味な青を宿しているだけだった。


 意識が回復して最初に感じたのは冷たい壁の感触。
 お世辞にも寝覚めがいいとは言えない。次に痺れた手足と走る痛み。
「う……ッ?」
「お早いお目覚めで、眠り姫[スリーピングビューティー]」
 芝居がかった声に意識が覚醒する。
 反射的に身体を動かそうとして、無駄だった。ぎり、と締め付けるような痛みが手首と足に走る。
 ―――って、またこのパターンか……
 意識の下に、木を失う直前の情景の記憶がゆっくりと戻ってくる。そうだ。確か図書館で……
 強制的に背伸びをさせられているような体勢だ。疲れることこの上ない。
 心の内でありったけの悪態を吐きながら、カノンはうっすらと目を開けた。暗い。ぼんやりした視界の向こうで、薄暗いどこかの部屋に、幾つかのおぼろげな光が見える。
 頭を振って視界を正す。
 反動で手首を縛る鎖がじゃり、と耳障りな音を立てた。
「案外、体力はあるんですね。ここまで早い目覚めだとは思わなかった」
「……こんな薄暗い場所に女を縛りつけて置くなんて随分といい趣味してるわね」
 あえて相手の言葉を無視して、辺りを見渡す。そこは以前、良く見かけたような魔道師のラボだった。死術狩りをしていた当時はこういった部屋を何度も見た。
 薄暗く、日の光は一切差してこない。今は何時ぐらいなのか? 強制的に眠らされていた今では、体内時計も狂っていて判別できない。
 石造りの壁と天井。居並ぶ何かしがの実験用具と何語か解らない文字で書かれた蔵書の載る机。
 そして、付き物なのが趣味の悪いインテリア。
 ―――しかし、まあ……
 渋い顔を作りながらカノンはそのインテリアを見上げる。合計十はあるだろうか。生命維持のための用水が入れられた三メートル大の巨大なケース。
 ほとんどのものが空だが、部屋の向こうには黒い影の映るケースもちらほら見える。
 魔道生物を眠ったまま保管する装置だ。
 自分の運の悪さを呪いながら、その部屋の真ん中でまるで天下でも手にしたように微笑む男に視線を向ける。
「体のお加減はいかがですか?」
「最悪」
 カノンは正直に答えた。その男―――嫌な笑みを浮かべて佇む、クロード=サングリットへ。
「で、何のつもりよ」
「割と冷静ですね」
「考えてみたら、ね。別にローランが犯人であっておかしくはないけど、あんたが犯人て聞くとそれもあー、なるほど、って思えちゃうのよ。
 随分と付け焼き刃でいい加減な策だとは思うけど……。
 昨日、話してくれてた動機だって別にローランじゃなく、あんたが抱いてても何の不思議もない理由だったし、それに昨日の夜、わざわざ椅子に座らないでドアの近くに座ったのも、窓側から襲撃が来ることを知ってたからなんでしょ」
「……」
「わざわざ自分が狙われてるみたいな演出まで凝らして、自分の祖父に罪をなすりつけようとした。
 聞けばあんた、ローランに邪魔されて上階級貰い損ねたって話じゃない。だから腹も痛まなかったわけ?
 ただ唯一の誤算は昨日のために雇った連中の一人が捕まっちゃったこと。なもんだから、逆に全部バレる前にあたしたちを始末しなきゃならなくなった。で、まずあたしたちの統率力を奪うためにあたしを攫った。
 まあ、そんなとこ?」
「貴女方の中心にいるのは貴女のような感触を受けましたからね。それに貴女は明らかに危険因子です。放って置いたら、いずれ真実に行き当たるでしょうし」
 ケースガラスに手を付きながら言う。浮かべられた穏やかな微笑に嫌悪さえ抱きながら、痛む腕を庇いつつ、
「クレイヴのこともやっぱりあんたが?」
「とんでもない」
 クロードは肩を竦めて白々しく首を振る。
「クレイヴさんに金銭面や貿易の面で協力願っていたのは本当ですが……あの方はまだ利用価値がありました。
 こちらとしても困っていたんですよ。まあ、下の者の暴走かもしれませんが、惜しい方を亡くしたものです」
「……」
「もっとも、最近は―――特にあのビーチの一件以来、すっかり脅えてしまっていたようですから、好都合だったと言えばそうなんでしょうかね。
 あの分ではいずれ誰かに口を割りかねなかったでしょうから」
 ―――そういう……ことか…
 あの夜のクレイヴが、フロント係からの伝言を受け取った後、何故あんなに蒼白だったか解った気がした。
 つまり、あれは脅迫だったのだ。
 何か喋れば命はない、とクロードからの。
「ともかく、彼を殺したのは僕じゃあありませんよ」
「……一般人の真ん中に合成獣なんてもの放り込んでくる奴のことなんかを信じろ、っていうの?」
 カノンの挑発に、クロードは初めて不快に眉を歪ませた。唇を噛み、ガラスケースに拳を押し付ける。
「そうなんですよ、僕もそれが知りたい」
「……?」
「一体、誰があんなところに『獣の華』を放ったのか。あの一件が起こってからです。全部、計画が狂い出したのは」
「何ですって?」
「一般人の目にあれが触れ、クレイヴが殺され……そして貴方たちというジョーカーが事件に絡んで来た。
 僕としても不本意なんですよ。そのせいであんな穴だらけの策を講じなくてはならなくなったのですからね。一体、誰が……」
 ―――こいつ、本気で言ってるのか?
 しかし、クロードの表情に浮かぶ苦いものは到底偽物とは思えないものだった。
 今までの合成獣を造り出していたのはクロード。
 ならば、この事件が露呈するきっかけとなった一連の事件を起こしたのは一体……?
 そこでふと、耳慣れない単語を拾ったことに気がつく。
「『獣の華』……」
「ああ、言っていませんでしたね」
 呟きながら、カノンの脳裏にビーチで拾ったあの欠片が掠める。真っ白な、花弁のような形状をしたあの石。
 まさか。
「これですよ」
「・・・!」
 言ってクロードが懐から取り出したのは大きさこそ違うが、あの白い鉱石とまったく同じ形をした石だった。
「貴女が図書館で言っていたでしょう。
 合成獣の形が滅茶苦茶だったのは、そうしたかったんじゃない、そうしなければならなかったんじゃないか、って。
 まあ、半分正解です。正確にはそうにしかならないんですよ、これはね」
「何なのよ……それ。あの合成獣たちは一体何なの?」
 気味の悪い光沢を放ちながら、彼の手で転がされるそれ。
 クロードはにやり、と口の端に笑みを、カノンはその笑みに寒気を覚えながら、真実が告げられるのをただひたすらに待った。


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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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