×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
DeathPlayerHunterカノン[降魔への序曲] EPISODE4
「と、いうわけであの屋敷は一連の事件と関係なかったみたいです」
「そーですかー、それは残念です」
―――オイオイ。
予想外にっさり頷かれて、カノンは頬に汗が浮かぶのを感じた。
森から帰還して一夜明け。ウィンダリアホテルの面接室に報告をしに来たはいいが……。
簡潔に言ったカノンの言葉に、ホテル主のクレイヴは間延びした声であっさりと首を縦に振ってくれた。
さすがにこの出方は予測していなかったカノンの方が、ややうろたえる。
「えーと……あの、聞いたりしないんですか?」
「何をですか?」
こくり、と小首を傾げるクレイヴ=ロン=ウィンダリア。
「だから、どこがどうでどんな風になってたとか。どんな感じだったとか」
カノンの答えに、彼はさらに首を傾げつつ、
「……聞かなきゃいけないんでしょーか?」
「……いや、貴方がいいなら別にいいんでしょうが、ふつーは聞かれるもんだと思ってましたから……」
「そーなんですかー……」
―――そーなんですかー、ってオイオイ……。
「まあ、別に細部が知りたいわけじゃないですからー……、あそこが異変の原因になっているかどうかを知りたかったわけであって」
―――そうは言っても……
何となく、釈然としないものを胸に抱きつつも、カノンにやれることといえば作り笑顔のまま礼金の袋を準備し始めるクレイヴを見守ることだけだった。
「んー……」
「どーしたんだ、カノン?」
嫌ににやけた顔を近づけてきたアルティオの顎に拳をくれながら、カノンは唸る。報酬と共に解約手続きを済ませたはいいのだが、やはり何か釈然としない。
正直、この件自体を押し付けられる覚悟くらいはしていたのだ。
他の街であっても十二分に大事だろうが、ましてやクオノリアは観光地。観光地というものは一度傷が付くとなかなか汚名を払拭するのは難しい。観光関係者、政団支部、店舗経営者、その他この町に住む殆どの人間が早期解決を望んでいるはずだ。それも一流ホテルのオーナーなら率先して事件解決に取り組むべきなのだろうが。
「どうも、何か消極的というか納得いかないっていうか……」
「まあ、この町のことはこの町の人間の問題だ」
ぶつぶつと呟くカノンを、ロビーのソファに腰掛けたレンが窘める。
「これ以上、依頼を受けて関わらない限り、な。依頼は終了したんだ。いらん危険に足を突っ込むこともないだろう」
「そりゃそうかもしれないけど……」
「そーよッ! いつまでもあんな変な生物に構ってる時間があったらしっかりレンと愛を育まなきゃ!!」
「いや、シリア、あんたの意見は心の底から聞いてない。
……っていうかルナはどこ行ったの? 見えないけど」
気が付けば、応接室に行く前にはあった彼女の姿がない。きょろきょろとロビーを見渡してみても、見慣れたブラウン頭は何処にも見つからず。
「ああ、やっこさん、さっさと依頼人のとこに行っちまったぜ。こっちも仕事だから、ってさ」
「ふーん、相変わらずね。
まあ、いいわ。とりあえずクオノリア滞在中はホテルでお寛ぎください、って」
「このホテルでッ!?」
「うわッ!!」
いきなりアップで顔を寄せてきたシリアを押し戻しながら、
「そりゃそーよッ! カウンターの者にお話しください、って言ってたし!! っていうか少しは落ち着いて話せんのかッ!」
「これのどこが落ち着いていられるっていうのッ! 天下のウィンダリアホテルでの宿泊、見たことのない俯瞰の景色、」
「はいはい、いいから。ここロビーだから。妄想は自分の部屋で孤独に誰にも恥かかせないようにやってちょーだいね……」
「ふんっ、そんなことを恥じているなんてやっぱりお子様はお子様ね。ま、お子様は夜の九時にぐっすり眠っているのが丁度いいんじゃないのぉ?」
―――殺ス。
側にころがっていた椅子という凶器の背もたれを握りつつ、得体の知れない力が細腕に灯る。高そうなソファが血で汚れるのを、クレイヴへ心の中だけで謝ってから片腕を持ち上げて。
「皆様、お揃いですかな?」
『・・・?』
ふと、呼び止められてカノンの手が止まる。
男の声だ。刻まれた年輪が、ただ声の中にも重厚に見え隠れする。
―――ちっ、邪魔が入ったか。
カノンは椅子を下ろす。カノンには見えていないが、対面に位置するシリアやアルティオ、加えてレンには後ろの人物の顔が見えているはずだ。そう思って視線を上げるとシリアは眉間に皺を寄せて背後を見ているし、アルティオは何やら驚いた顔でぽかん、としている。彼の反応が一番不明だ。
頼みの綱の相棒は、……ああ、大分渋い表情。カラスが生ゴミしょってやって来たようなときの顔だ。
―――こりゃ面倒ごとかな。
そのまま無視してしまいたくなるのを堪えて振り返ると、三人の表情に合点がいった。
撫で付けた銀の髪と眼光鋭い青い瞳。若い頃は結構な美形だったのではないだろうか、顔に刻まれた幾つもの皺が人の歴史を語り、ぴしっと伸びた背筋が精悍な顔付きと相俟って威厳を宿す。
紫のローブを纏った初老の男。ちらほらとひそひそ話が周りから漏れているということはそれなりの地位の人間なのかもしれない。
そのお供に付いていたのは二人。
一人は……おそらく、老人の息子か孫か、ともかく血縁を匂わせる同じ銀髪の青年。そこそこにハンサムで嫌味がない表情は好感触だ。着ているものは青いローブで、しっかりと止め布を巻いて何かの証章で止めているあたり、几帳面な性格が伺える。
そして問題はもう一人。何と無く不機嫌な、加えて戸惑うような雰囲気を混ぜ込んだ複雑な表情で立っているのは―――見間違えるはずもない。先程、立ち去ったはずのルナ=ディスナー。
なるほど、アルティオが茫然としてレンがあれだけ憮然としていた理由が知れた。
「カノン=ティルザード殿、でよろしいかな?」
「……ええ、まあ」
はぐらかそうかと思ったが、ルナがいて、クレイヴがオーナーのこのホテルに来て、尚且つ声をかけてくるということははぐらかすだけ無駄なのだろう。
「ホテルオーナーからお話は伺っている。あの館の調査をした者たち、だな?」
「本題に入るより先に名乗るのが礼儀、ってもんじゃないの?」
返した言葉に男は一瞬、渋い顔をしてから、
「失礼した。私はこの町のWMOクオノリア支部支部長ローランと申す者。こちらは私の孫のクロード、そしてそちらは今回の一件について助力をお願いした……」
「ルナ=ディスナーです。どうぞ、・・・・・初めまして」
「!」
ローランの言葉を遮って口にしたルナの言葉に唖然とする。
「お、おい、ちょっと何言って……」
ばきッ!!
―――ふぅ、椅子が役に立って良かった。
「あ、あの……」
「ああ、気にしないでください。ちょっとこっちのことですから」
引き気味で声を発したクロードに手を振りながら誤魔化すカノン。ついでにシリアの口も眼光で塞ぎながら身を正す。
WMO。正式名称を西大陸魔道機構という。もともとは政団の一部でただ、普通の政団員には手に負えない魔道と深く関わりのある事件を請け負うだけの部署、だったはずなのだが。
言うに及ばず、魔道というものはそもそもこの世ならざる力を扱うものであり、それを覚えたがる輩は大勢存在し、太古の昔から魔道に魅入られた人間が起こす事件にはきりがない。そうこうあって、結局魔道機関の肥大化は必然と起こり、ついには政団から独立した一つの機関として機能することになった。
というと、あまりいい印象を抱かない機関であるが、このこと自体は別にマイナスでも何でもない。政団内に縛られなくなったことで、WMOは独自の正式な魔道研究法や、施設を持てることになったし、尚且つ元は政治団体の名目で政団とも深い繋がりを有しており、結果的に法の独走を防ぐ一つの役目を担うことにもなった。
まあ、資金面やら政団への信用性やらマイナス要素もなくはなかったが、その問題ももう過去の話。現在の情勢として、一つの大きな機関として正常に動いているのだから特に問題という問題は無い。
年々、地方で不始末がどうの、と騒がれる時世もあるが、それはそれ、政団とて不始末はあるし、そう珍しくもない。きちんと相応の適切な処断は下される。
それが大まかなWMOの発祥。ルナの雇い主としても、頷ける。彼女は政団にもWMOにも色々な意味で一目置かれている魔道師だ。
しかし、今は別段、問題じゃない。問題は、
「で、WMOのお偉いさんが、あたし達に何の用です?」
「いいえ、大したことではない。
このホテルのオーナーから事件の調査を依頼された者たちがいる、と聞いてな。聞くと私が雇ったルナ殿ともお会いしたと」
「それがどうかしましたか?」
「単刀直入にお聞きしたい。貴方方が請け負ったのは"館の調査"か、それとも"事件の解決"か?」
「……っ?」
違和感が駆け抜ける。反射的にカノンはルナの方へ視線を走らせるが、彼女はこっそりと小さく肩を竦めて見せただけだった。
「それを聞いてどうするつもりですか?」
「それは私が決めることだ」
取り付く島はなさそうだ。ローランはまっすぐこちらをねめつけたまま、重厚な声を響かせる。
カノンはがりがりと後ろ頭を掻く。
何も言わなければ。
ローランは自分たちがまだ依頼を終えていない、イコール"事件の解決"に携わっていると思うだろう。ローランの目的はわからないが、どちらを疎ましく思うかと言うならおそらく"事件の解決"。
自分たちが事件を解決し、株の上昇を狙っているとか、どう見ても魔道的なこの事件をただの傭兵であるカノン達が解決したなどとなるとWMOとしての体裁が悪いとか。
……考えたくはないが、事件に直接・間接的な関わりがあるとか。
不安定な職業を営む身としては、信用問題に関わるのであまり依頼内容など喋りたくはないのだが。
だからと言って下らないことに巻き込まれて、休暇を丸潰しにされるのはもっと嫌だった。
クオノリアに来てからの溜め息の多いことと言ったらない。
「あたしたちが請け負ったのはただの館の調査です。もう仕事は終わってます。
ホテルにいるのは報酬の一部として宿泊させていただいてるだけです」
「ふむ……」
―――信用してる目じゃないし、このオヤジ。
「確かに疑われても致し方ないが……」
トーンの低い、静かな声がフォローをかけて来る。
「そいつの言っていることは事実だ。あんたが何を考えているのかは知らんが、WMOに反感を買ってまでもともと何の関係もない事件に巻き込まれるような酔狂者でもない」
「……なるほど」
―――あー、そうですか。レンの言葉は素直に頷きますか。どうせあたしは子供ですよ。
「何を剥れているのかしら?」
「別に。」
余裕染みたシリアの視線に心の底から腹が立った。
「別に。」
余裕染みたシリアの視線に何だか心の底から腹が立った。
「となると……貴方方がこれ以上、この件に関わることはない、と?」
「また誰かが依頼に来て受けない限りは、な」
「そうか……。いや、失礼した。我々の要件はそれだけだ。
不快な思いはさせてしまったろうが、このクオノリアはシエジアス領自慢の観光地。どうか楽しんで行ってくれ」
「……ち、ちょっと待てよ」
言うだけ言って去っていこうとするローランを、腫れた頭を抑えながらアルティオが呼び止める。
「言いたいだけ言ってさよなら、は無いだろ? 何でそんなこと聞かれなきゃいけねぇんだよ?」
「まあ、確かに……。逐一、動向を探られているようで、いい気分はしないわね。
私はこれから愛の絆を確かめるという重大な仕事があるのだけど」髪を掻き揚げながらシリア。さらりと言っているようで、実のところ目線はきっちりローランの傍らのルナを睨んでいる。
最も、彼女の方と言えばこれまたこめかみを掻きつつ、受け流すだけだったが。
ローランは皺の深い顔をさらに歪めて、品定めするようにこちらを眺めていたが、やがて折れたようだ。重い溜め息を一つ、改めて背をぴん、と伸ばしながら、
「私たちは件の事件について責任を負っている。公の場なので詳しいことは言えないが、誰がどう見ても魔道が絡んだ今回の件……WMOとしても見過ごせないものがある。
聞こえや体裁は悪いが……倫理観のなっていない魔道師がその力を示すために、度々ことを起こす事実に対しては言い訳が出来ん。
逆に言えば、そういった事件を我々正規の魔道機関が処理できなければ、魔道師というものに対する世論を悪くするばかりだ」
「つまり……この事件は自分たちが解決するから余所者は黙っていろ、ってこと?」
一瞬、ローランの眼光がカノンを射抜く。相手が怯まないことを知って、ローランは小さく首を振った。
「まあ……極論を言えばそうなる。だが、君たちもこの事件が目的でここに来たわけではないだろう?」
「そりゃあまあ……」
「ならば、煩わしいものは関係者に任せてしまうのが君たちにとっても良いと思うのだが?」
確かに。
クオノリアを訪れた元々の理由は休暇だったはずである。今回の依頼は、まあカノンたちにとっては"館の調査"という馴れた仕事かつ、意外に高い報酬という好条件に釣られたに過ぎない。
第一、好き好んでこんな事件に首を突っ込む理由はないのだ。
ひたすらに死術を追っては事件と破壊を繰り返していた、あのときとは違うのだから。
「元より」
不意に下りた沈黙を破ったのはレンが発した言葉だった。
「これ以上、この件に関わるつもりはない。余程のことがない限りな。
ただの一般市民として、安心して休暇が楽しめるように事件の早期解決を願うのみだ」
「異論ないわ」
生来の好奇心が多少疼くが、わざわざ休暇に来た意味がなくなる。それだけは避けたい。
ローランは満足げに頷くと、もう一度、浅くだが頭を下げた。そのまま背を向ける。供の青年もそれに習い、
「……」
ルナはこちらにやや困惑したような、申し訳なさそうな、珍しい表情を向けて謝罪代わりか軽く肩を竦めて雇い主を追ったのだった。
←3へ
「そーですかー、それは残念です」
―――オイオイ。
予想外にっさり頷かれて、カノンは頬に汗が浮かぶのを感じた。
森から帰還して一夜明け。ウィンダリアホテルの面接室に報告をしに来たはいいが……。
簡潔に言ったカノンの言葉に、ホテル主のクレイヴは間延びした声であっさりと首を縦に振ってくれた。
さすがにこの出方は予測していなかったカノンの方が、ややうろたえる。
「えーと……あの、聞いたりしないんですか?」
「何をですか?」
こくり、と小首を傾げるクレイヴ=ロン=ウィンダリア。
「だから、どこがどうでどんな風になってたとか。どんな感じだったとか」
カノンの答えに、彼はさらに首を傾げつつ、
「……聞かなきゃいけないんでしょーか?」
「……いや、貴方がいいなら別にいいんでしょうが、ふつーは聞かれるもんだと思ってましたから……」
「そーなんですかー……」
―――そーなんですかー、ってオイオイ……。
「まあ、別に細部が知りたいわけじゃないですからー……、あそこが異変の原因になっているかどうかを知りたかったわけであって」
―――そうは言っても……
何となく、釈然としないものを胸に抱きつつも、カノンにやれることといえば作り笑顔のまま礼金の袋を準備し始めるクレイヴを見守ることだけだった。
「んー……」
「どーしたんだ、カノン?」
嫌ににやけた顔を近づけてきたアルティオの顎に拳をくれながら、カノンは唸る。報酬と共に解約手続きを済ませたはいいのだが、やはり何か釈然としない。
正直、この件自体を押し付けられる覚悟くらいはしていたのだ。
他の街であっても十二分に大事だろうが、ましてやクオノリアは観光地。観光地というものは一度傷が付くとなかなか汚名を払拭するのは難しい。観光関係者、政団支部、店舗経営者、その他この町に住む殆どの人間が早期解決を望んでいるはずだ。それも一流ホテルのオーナーなら率先して事件解決に取り組むべきなのだろうが。
「どうも、何か消極的というか納得いかないっていうか……」
「まあ、この町のことはこの町の人間の問題だ」
ぶつぶつと呟くカノンを、ロビーのソファに腰掛けたレンが窘める。
「これ以上、依頼を受けて関わらない限り、な。依頼は終了したんだ。いらん危険に足を突っ込むこともないだろう」
「そりゃそうかもしれないけど……」
「そーよッ! いつまでもあんな変な生物に構ってる時間があったらしっかりレンと愛を育まなきゃ!!」
「いや、シリア、あんたの意見は心の底から聞いてない。
……っていうかルナはどこ行ったの? 見えないけど」
気が付けば、応接室に行く前にはあった彼女の姿がない。きょろきょろとロビーを見渡してみても、見慣れたブラウン頭は何処にも見つからず。
「ああ、やっこさん、さっさと依頼人のとこに行っちまったぜ。こっちも仕事だから、ってさ」
「ふーん、相変わらずね。
まあ、いいわ。とりあえずクオノリア滞在中はホテルでお寛ぎください、って」
「このホテルでッ!?」
「うわッ!!」
いきなりアップで顔を寄せてきたシリアを押し戻しながら、
「そりゃそーよッ! カウンターの者にお話しください、って言ってたし!! っていうか少しは落ち着いて話せんのかッ!」
「これのどこが落ち着いていられるっていうのッ! 天下のウィンダリアホテルでの宿泊、見たことのない俯瞰の景色、」
「はいはい、いいから。ここロビーだから。妄想は自分の部屋で孤独に誰にも恥かかせないようにやってちょーだいね……」
「ふんっ、そんなことを恥じているなんてやっぱりお子様はお子様ね。ま、お子様は夜の九時にぐっすり眠っているのが丁度いいんじゃないのぉ?」
―――殺ス。
側にころがっていた椅子という凶器の背もたれを握りつつ、得体の知れない力が細腕に灯る。高そうなソファが血で汚れるのを、クレイヴへ心の中だけで謝ってから片腕を持ち上げて。
「皆様、お揃いですかな?」
『・・・?』
ふと、呼び止められてカノンの手が止まる。
男の声だ。刻まれた年輪が、ただ声の中にも重厚に見え隠れする。
―――ちっ、邪魔が入ったか。
カノンは椅子を下ろす。カノンには見えていないが、対面に位置するシリアやアルティオ、加えてレンには後ろの人物の顔が見えているはずだ。そう思って視線を上げるとシリアは眉間に皺を寄せて背後を見ているし、アルティオは何やら驚いた顔でぽかん、としている。彼の反応が一番不明だ。
頼みの綱の相棒は、……ああ、大分渋い表情。カラスが生ゴミしょってやって来たようなときの顔だ。
―――こりゃ面倒ごとかな。
そのまま無視してしまいたくなるのを堪えて振り返ると、三人の表情に合点がいった。
撫で付けた銀の髪と眼光鋭い青い瞳。若い頃は結構な美形だったのではないだろうか、顔に刻まれた幾つもの皺が人の歴史を語り、ぴしっと伸びた背筋が精悍な顔付きと相俟って威厳を宿す。
紫のローブを纏った初老の男。ちらほらとひそひそ話が周りから漏れているということはそれなりの地位の人間なのかもしれない。
そのお供に付いていたのは二人。
一人は……おそらく、老人の息子か孫か、ともかく血縁を匂わせる同じ銀髪の青年。そこそこにハンサムで嫌味がない表情は好感触だ。着ているものは青いローブで、しっかりと止め布を巻いて何かの証章で止めているあたり、几帳面な性格が伺える。
そして問題はもう一人。何と無く不機嫌な、加えて戸惑うような雰囲気を混ぜ込んだ複雑な表情で立っているのは―――見間違えるはずもない。先程、立ち去ったはずのルナ=ディスナー。
なるほど、アルティオが茫然としてレンがあれだけ憮然としていた理由が知れた。
「カノン=ティルザード殿、でよろしいかな?」
「……ええ、まあ」
はぐらかそうかと思ったが、ルナがいて、クレイヴがオーナーのこのホテルに来て、尚且つ声をかけてくるということははぐらかすだけ無駄なのだろう。
「ホテルオーナーからお話は伺っている。あの館の調査をした者たち、だな?」
「本題に入るより先に名乗るのが礼儀、ってもんじゃないの?」
返した言葉に男は一瞬、渋い顔をしてから、
「失礼した。私はこの町のWMOクオノリア支部支部長ローランと申す者。こちらは私の孫のクロード、そしてそちらは今回の一件について助力をお願いした……」
「ルナ=ディスナーです。どうぞ、・・・・・初めまして」
「!」
ローランの言葉を遮って口にしたルナの言葉に唖然とする。
「お、おい、ちょっと何言って……」
ばきッ!!
―――ふぅ、椅子が役に立って良かった。
「あ、あの……」
「ああ、気にしないでください。ちょっとこっちのことですから」
引き気味で声を発したクロードに手を振りながら誤魔化すカノン。ついでにシリアの口も眼光で塞ぎながら身を正す。
WMO。正式名称を西大陸魔道機構という。もともとは政団の一部でただ、普通の政団員には手に負えない魔道と深く関わりのある事件を請け負うだけの部署、だったはずなのだが。
言うに及ばず、魔道というものはそもそもこの世ならざる力を扱うものであり、それを覚えたがる輩は大勢存在し、太古の昔から魔道に魅入られた人間が起こす事件にはきりがない。そうこうあって、結局魔道機関の肥大化は必然と起こり、ついには政団から独立した一つの機関として機能することになった。
というと、あまりいい印象を抱かない機関であるが、このこと自体は別にマイナスでも何でもない。政団内に縛られなくなったことで、WMOは独自の正式な魔道研究法や、施設を持てることになったし、尚且つ元は政治団体の名目で政団とも深い繋がりを有しており、結果的に法の独走を防ぐ一つの役目を担うことにもなった。
まあ、資金面やら政団への信用性やらマイナス要素もなくはなかったが、その問題ももう過去の話。現在の情勢として、一つの大きな機関として正常に動いているのだから特に問題という問題は無い。
年々、地方で不始末がどうの、と騒がれる時世もあるが、それはそれ、政団とて不始末はあるし、そう珍しくもない。きちんと相応の適切な処断は下される。
それが大まかなWMOの発祥。ルナの雇い主としても、頷ける。彼女は政団にもWMOにも色々な意味で一目置かれている魔道師だ。
しかし、今は別段、問題じゃない。問題は、
「で、WMOのお偉いさんが、あたし達に何の用です?」
「いいえ、大したことではない。
このホテルのオーナーから事件の調査を依頼された者たちがいる、と聞いてな。聞くと私が雇ったルナ殿ともお会いしたと」
「それがどうかしましたか?」
「単刀直入にお聞きしたい。貴方方が請け負ったのは"館の調査"か、それとも"事件の解決"か?」
「……っ?」
違和感が駆け抜ける。反射的にカノンはルナの方へ視線を走らせるが、彼女はこっそりと小さく肩を竦めて見せただけだった。
「それを聞いてどうするつもりですか?」
「それは私が決めることだ」
取り付く島はなさそうだ。ローランはまっすぐこちらをねめつけたまま、重厚な声を響かせる。
カノンはがりがりと後ろ頭を掻く。
何も言わなければ。
ローランは自分たちがまだ依頼を終えていない、イコール"事件の解決"に携わっていると思うだろう。ローランの目的はわからないが、どちらを疎ましく思うかと言うならおそらく"事件の解決"。
自分たちが事件を解決し、株の上昇を狙っているとか、どう見ても魔道的なこの事件をただの傭兵であるカノン達が解決したなどとなるとWMOとしての体裁が悪いとか。
……考えたくはないが、事件に直接・間接的な関わりがあるとか。
不安定な職業を営む身としては、信用問題に関わるのであまり依頼内容など喋りたくはないのだが。
だからと言って下らないことに巻き込まれて、休暇を丸潰しにされるのはもっと嫌だった。
クオノリアに来てからの溜め息の多いことと言ったらない。
「あたしたちが請け負ったのはただの館の調査です。もう仕事は終わってます。
ホテルにいるのは報酬の一部として宿泊させていただいてるだけです」
「ふむ……」
―――信用してる目じゃないし、このオヤジ。
「確かに疑われても致し方ないが……」
トーンの低い、静かな声がフォローをかけて来る。
「そいつの言っていることは事実だ。あんたが何を考えているのかは知らんが、WMOに反感を買ってまでもともと何の関係もない事件に巻き込まれるような酔狂者でもない」
「……なるほど」
―――あー、そうですか。レンの言葉は素直に頷きますか。どうせあたしは子供ですよ。
「何を剥れているのかしら?」
「別に。」
余裕染みたシリアの視線に心の底から腹が立った。
「別に。」
余裕染みたシリアの視線に何だか心の底から腹が立った。
「となると……貴方方がこれ以上、この件に関わることはない、と?」
「また誰かが依頼に来て受けない限りは、な」
「そうか……。いや、失礼した。我々の要件はそれだけだ。
不快な思いはさせてしまったろうが、このクオノリアはシエジアス領自慢の観光地。どうか楽しんで行ってくれ」
「……ち、ちょっと待てよ」
言うだけ言って去っていこうとするローランを、腫れた頭を抑えながらアルティオが呼び止める。
「言いたいだけ言ってさよなら、は無いだろ? 何でそんなこと聞かれなきゃいけねぇんだよ?」
「まあ、確かに……。逐一、動向を探られているようで、いい気分はしないわね。
私はこれから愛の絆を確かめるという重大な仕事があるのだけど」髪を掻き揚げながらシリア。さらりと言っているようで、実のところ目線はきっちりローランの傍らのルナを睨んでいる。
最も、彼女の方と言えばこれまたこめかみを掻きつつ、受け流すだけだったが。
ローランは皺の深い顔をさらに歪めて、品定めするようにこちらを眺めていたが、やがて折れたようだ。重い溜め息を一つ、改めて背をぴん、と伸ばしながら、
「私たちは件の事件について責任を負っている。公の場なので詳しいことは言えないが、誰がどう見ても魔道が絡んだ今回の件……WMOとしても見過ごせないものがある。
聞こえや体裁は悪いが……倫理観のなっていない魔道師がその力を示すために、度々ことを起こす事実に対しては言い訳が出来ん。
逆に言えば、そういった事件を我々正規の魔道機関が処理できなければ、魔道師というものに対する世論を悪くするばかりだ」
「つまり……この事件は自分たちが解決するから余所者は黙っていろ、ってこと?」
一瞬、ローランの眼光がカノンを射抜く。相手が怯まないことを知って、ローランは小さく首を振った。
「まあ……極論を言えばそうなる。だが、君たちもこの事件が目的でここに来たわけではないだろう?」
「そりゃあまあ……」
「ならば、煩わしいものは関係者に任せてしまうのが君たちにとっても良いと思うのだが?」
確かに。
クオノリアを訪れた元々の理由は休暇だったはずである。今回の依頼は、まあカノンたちにとっては"館の調査"という馴れた仕事かつ、意外に高い報酬という好条件に釣られたに過ぎない。
第一、好き好んでこんな事件に首を突っ込む理由はないのだ。
ひたすらに死術を追っては事件と破壊を繰り返していた、あのときとは違うのだから。
「元より」
不意に下りた沈黙を破ったのはレンが発した言葉だった。
「これ以上、この件に関わるつもりはない。余程のことがない限りな。
ただの一般市民として、安心して休暇が楽しめるように事件の早期解決を願うのみだ」
「異論ないわ」
生来の好奇心が多少疼くが、わざわざ休暇に来た意味がなくなる。それだけは避けたい。
ローランは満足げに頷くと、もう一度、浅くだが頭を下げた。そのまま背を向ける。供の青年もそれに習い、
「……」
ルナはこちらにやや困惑したような、申し訳なさそうな、珍しい表情を向けて謝罪代わりか軽く肩を竦めて雇い主を追ったのだった。
←3へ
PR
この記事にコメントする
★ カレンダー
03 | 2024/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
28 | 29 | 30 |
★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 最新記事
(08/16)
(03/23)
(03/22)
(03/19)
(03/11)
★ 目次
DeathPlayerHunter
カノン-former-
THE First:降魔への序曲
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11Final
THE Second:剣奉る巫女
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11Final
THE Third:慟哭の月
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 Final
THE Four:ゼルゼイルの旅路
1 2 3-01 3-02 4 5 6-01 6-02 7 8 9 10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 …連載中…
カノン-former-
THE First:降魔への序曲
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11Final
THE Second:剣奉る巫女
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11Final
THE Third:慟哭の月
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 Final
THE Four:ゼルゼイルの旅路
1 2 3-01 3-02 4 5 6-01 6-02 7 8 9 10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 …連載中…
★ カテゴリー
★ 最新コメント
[10/13 梧香月]
[10/11 小春]
[10/05 香月]
[09/29 ヴァル]
[05/23 香月]
★ 最新トラックバック
★ ブログ内検索
★ アクセス解析