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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[降魔への序曲] EPISODE10

「それは……」
「あら、砂漠の花……にしては色が変ね。何かしら?」
「カノンが拾った、と言ってたものと同じだな」
 ローランが懐から取り出した白い石を見て、軽く驚いたらしいレンがマントの裏を弄った。グローブを一旦外し、取り出されたのは同じ形の、しかし大きさは違う花弁の鉱石。
 誰かが息を飲んだ。
「ルナ?」
「……」
 彼女の顔色が変わったのに気がついて、アルティオが声をかける。だが、彼女はそれにも気がつかずにまじまじと二つの石を見比べていた。
「おい、ルナ! ルナッ!」
「へっ、あ、ああ……」
「何してるのよ、顔色悪いわよ?」
「いや、別に……」
「それで、ローランのおっさん。それ何なんだよ?」
「……少し前、機密でクロードの部屋を捜索した際に、大量に押収されたものだ」
 『おっさん』呼ばわりにか、それとも孫の奇行に対してか、眉間の皺をさらに深くしてから何かを堪えるかのように目を閉じる。
 レンがそれを見つめ、手の中の石に目を走らせてから、後退るように腰を引いたルナを見る。
 彼女はその追及するような目から視線を外し、脂汗を浮かべながら拳を握る。
 何かに脅えるかのように。
 ローランがゆっくりと目を開ける。
「今回の合成獣の製造について、大きな役割を負ったものであることに間違いはない。元クロードに付いていた者によると、クロードはこれを『獣の華』と呼んでいたそうだ。
 が、我らの誰一人、これを解析出来たものはいないのだ。
 多量の瘴気を放っていること、何らかの魔力の塊であることは解っているのだが、こんなものどこの文献にも記されていない。前例が全くないんだ。クロードはどこからこんなものを……」
「そう、あの子がここ二日、図書館で調べようとしてたのはこれだったのね。でも、こんな代物でここまでの騒ぎを起こすことが出来て、実用可な魔道具なんて……実例がないわけ……」
 断定しかけたシリアの言葉に。
「……当然じゃない」
「……?」
 被せるようにして、覇気の欠けた声が発せられた。
「実例なんかあるわけないのよ……。
 それにソレは『獣の華』なんて馬鹿げた名前じゃないわ。正確には『生物活性化維持進化薬』。通称『ヴォルケーノ』。
 一つの何らかの生物に寄生させると、他の周辺の生物を喰らいながら同化し、全く別の生物―――同化生物を造り出す。薬自体は体の中で溶けていずれはなくなり、薬が溶けきったときにまったく別の新生物が誕生する……」
「な……ッ!!」
 その場に居たほぼ全員が呻き声を上げた。冷静にそれを聞いていたのはレンくらいのものだ。
 痛いほどの視線が注がれる中で、声の主は、彼女は握った拳にさらに力を込める。滅多なことでは震えない彼女の小さな肩が、怒りか、焦燥か、はたまた恐怖か、静かに揺れている。
 彼女はしばらく俯いていたが、やがてきっ、と面を上げた。
「つまりは、俗な言い方をすれば何かの生物に埋め込んでそこら辺に野放しにすると、生きている物を取り込んで勝手に合成獣を生成する危険な魔道薬。
 クオノリアで発生した合成獣がまちまちでろくな造りをしていなかったのは、製作者の失敗や無駄手間なんかじゃない。単にそれしか出来なかっただけの話よ……」
「ま、待てッ!! 待て、ルナッ!! 何でお前がそんな、WMOも解析できなかったもんのことを知ってるんだよ!?」
 アルティオの当然の詰問に、一瞬、ルナの言葉が切れる。
「そ、それは……」
「まさかお前、本気であいつに加担してたんじゃ……」
「じ、冗談じゃないわッ! あの程度の男に、ほいほいそれの研究を許して置くほどあたしは心の広い人間じゃないわよッ!!」
「じゃあ何でだよッ!」
「……、だ、だから……ッ!」
 彼女はしばらく言葉を探しているようだった。数段、険しくなったアルティオやシリアの視線に耐えかねて、しばらくしてからゆっくりと、諦めたように息を吐き出した。
「……自分たちが造ったもののことなんて忘れるわけがないでしょ……」
「……………は?」
 ―――今、とんでもないことを聞いた気がしたが……
 レンでさえ、一度ではその科白の意味を聞き取ることが出来なかった。軽く頭を振り払ってから、彼女に向き直る。
「ルナ、今何と言った? 悪いが聞こえなかったんだが」
「だーッ! だからッ! 『ヴォルケーノ』は昔―――あたしが『月の館』にいた頃に所属してた研究チームで造った魔道薬なのよッ!!
 最も、研究してたのは如何にして生物の進化を早く促すか、絶滅危惧種の進化を促して、生体的に強化した生物を造り出すことだったんだけど、その過程の失敗作が当時、危険指定されて廃棄されたはずの『ヴォルケーノ』なのよッ!!」
「な、」
『何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!?』
 シリアとアルティオの声がハモり、レンの頬を一筋の汗が伝う。
 ローランもこれには驚きを隠せなかったらしい。口を半開きにしたまま、ぽかんと喚きたてる彼女を眺めている。取り巻きの男たちも右に倣えだ。
「な、何でそんな危険なもんがこんなところにぽかぽか撒かれてんだよッ!」
「知らないわよッ! あたしだって何が何だか……ッ!」
 困惑とやり場のない怒りを吐き出すかのように腕を組む。
 ―――そういう、ことか……
 ようやく、クオノリアに着いてからのルナの行動に合点がいった。昔、破棄したはずの魔道薬にそっくりの事件が起こっている。となれば、彼女の性格からして何がどうなっているのか、真相を突き止めようとするだろう。
 だが、その騒ぎに巻き込まれて旧友である自分たちに何かあった日にはいくら何でも寝覚めが悪いし、合わせる顔もなくなろうと言うもの。
 そこに、罪悪感が働かないわけがない。
「ルナ」
 他の人間より、些か早く立ち直ったレンが声をかける。ルナは開き直ったのか何なのか、憮然と顔を上げた。
「ごたごたと追求するつもりはない。単刀直入に聞く、その『ヴォルケーノ』とは一体何なんだ?」
「……一言で説明するのは難しいんだけど……。
 これ自体は瘴気と魔力の塊なのよ。要は歪んだ状況、歪んだ生体をわざと生物の中に生み出してるの。ワクチンと一緒よ。あれもわざとウィルスを体内に入れて逆に病気を防ぐでしょ?
 当時、研究されてたのは逆にそういう状況を魔道的、意図的に作り出して生物の免疫機能を引き出すやり方で研究が進んでいたの。でも」
「何らかの誤作動で、瘴気が周りの生物を取り込んで強化していくようになった」
「そう。さすがにそんなもの世に出せないわ。下手すりゃ戦争よ」
「ち、ちょっと待ちなさいよッ!」
 青ざめたシリアが口を挟む。
「周辺の生き物……って、それ、まさか……」
 皆まで言われるよりも早く、彼女の懸念を汲み取ったルナが首を振って答える。
「人間……には作用しないように作られたわ。少なくとも当時の『ヴォルケーノ』はね。
 変な改造が施されてなければ、だけど、今まで出た合成獣を見た限り、そこまで悪質な手は加えられてないみたいね。あくまで今のところ、だけど。
 でも、シリアの懸念通り、一歩間違えれば強大な生物兵器になりかねないわ。
 だから厳重に緘口令を強いて、関係資料から試作品まで全部燃やすなり、塵に帰すなり……だからこれは既に地上から抹消された研究だったはずなの。
 あたし自身、この五年間、ただの一言だってこれのことを他人に喋ったことはないわ。
 ……チームの人間だって、これの完全なレシピを知っていた人間は少ないし、あの事件があって大部分の人間は亡くなったわ。今になってはそのうちの何人が生きてるのか……」
「何でそんな大事なこともっと早く言わねぇんだよッ!!」
 掴みかからんばかりの勢いでアルティオが身を乗り出す。さしものルナもじりっ、と後退りながら、
「あ、あたしだって信じられなかったのよッ! この研究は確かにあのとき、水泡に帰したはずだったのッ! だから……ッ」
「本当のことが解るまで黙ってるつもりだったのかッ!? それがこの様かよッ!
 お前がもっと早く言ってたらカノンは……ッ!」
「……ッ! それは、だ、だって……ッ!」
「やめろ、アルティオ」
「だ、だってよ……」
 頭に血が上ったアルティオを制したのはレンだった。納得の行かない顔を歪ませる彼に、
「事件が発生したのも、カノンがこの件に絡んだのもルナの責任じゃあない。
 それに、この件がその『ヴォルケーノ』のせいだと認めるなら、どこからそれが漏れたかという話になる」
「―――ッ!」
 アルティオは言葉を詰まらせてそれきり黙る。
 ルナは俯いて唇を噛むだけだ。
 『ヴォルケーノ』の出所を疑う、とはつまり、彼女に昔の仲間を疑えと言っているのも同然なのだ。
「……わ、悪ぃ、悪かった、すまん」
「ルナ、お前もだ。下らん妄想に足を取られるなどらしくない。
 お前たちがどれだけ抹消しようと、抹消段階で誰かの目や耳に入ったものが断片的にどこかに流れていたのかも知れんし、仲間の誰かを脅迫した奴が居たのかも知れん。
 いかな『月の館』でも人の口に蓋など出来ないだろう、ましてや片隅の人の記憶を抹消することなど出来るはずもないだろう」
「……解ってるわよ」
「……一昔前に『月の館』で稀に見る優秀なプロジェクトチームがいたと聞いていたが……。
 もしや、」
「たぶん……そうだと思います。あれほど功績を残したチームも他になかったでしょうから」
 ローランの呟きに、やや誇らしげに、しかし寂しげな色を消せずに答えるルナ。
 流れた感傷を、しかし、時間と状況は許さない。温まった空気を掻き斬るように、レンは剣を抜く。
「ルナ。一介の魔道師としての責任を持って答えろ。
 それの研究は今何処で、クロードはどこでことを起こしているんだ?」
 その問いに、ルナの表情もまた固く引き締まる。シリアとアルティオも継ぐように頷いた。
 彼女は数秒、逡巡してから、
「あれの研究にはね、莫大なとは言わないけどそれなりの設備と場所を喰うわ。
 あたしもクオノリアに来てから、そういったスペースのある場所を探してはこっそり調査してたけど、その中に当たりはなかった」
「何よ、それじゃダメじゃない」
 茶々を入れたシリアの鼻先に、ルナの指先が突きつけられる。
「て、ことはよ?
 部外者を確実に排除できる場所で、尚且つ、"研究"の名目で堂々と魔道具を弄れる場所で行われている、ってことよ」
「なるほどな」
 首を傾げるシリアの横で、レンは顎に手を当てる。そのまま視線を上げ、群青の空を、そして"それ"を眺めて、
「つまり……木の葉を隠すなら森の中、というわけか」
「そういうことよ」
 彼らの視線の先には、暗みを増した空を背景に佇むドームの居城―――WMOの支部が狂騒の町をただ知らぬ顔で見下ろしていた。


「……呆れたもんね」
 薬品の匂いが鼻を付く。クロードが先程から何の作業をしているのかは知らないが、どうせろくなことではないだろう。
 時折、背を向けて実験用具に向かう彼の影から細く立ち上るのは何の煙なのか。つん、と鼻孔を刺激する不快な匂いに顔をしかめる。
「WMOが気に入らない、ってだけでそんな下らないもんまで作って、あまつさえ自分を庇おうとしてた実の祖父に罪を着せようとする。そこまで立派な小悪党もいないわよ」
「何とでも仰ってくれて構いませんよ。
 それに……WMOが気に入らないという理由だけではありません。それだけでこんなリスクの高い真似はしませんよ。
 これは事業です。至極、正当なね」
「?」
 不本意だ、とでも言うようにクロードがこちらを振り向く。
「事業? 事業ってのは社会福祉と、ある正当な目的によって行使される社会活動が伴って初めて実現するもんよ。
 あんたが今、やってることのどこがをどうしたら社会に貢献してるって言えるのよ?」
「……少なくとも、魔道師社会に対しては」
「思わないわね」
「いいえ、カノンさん。貴女は魔道師というものを本当の意味で理解していらっしゃらない」
 低い笑い声が漏れる。クロードが何かの液体が入った試験管を傾ける。零れた液体を、別の手に持ったビーカーが拾い上げ、混ざり合った液体はしゅうしゅうと空気が漏れるような音を立てた。
「何か誤解があるようですが……。
 これを造り出したのは僕ではありません。僕はこのクオノリアという牧場を使って、発展的な研究を行っていたに過ぎませんよ。スポンサーの要望に応じて、ね」
 ――― ……スポンサー?
 カノンの眉がひくり、と上がる。
「何よ、そのスポンサーって……こんな馬鹿げた研究の成果をあんた以外にも望む奴がいる、っていうの? そこら辺に合成獣を生み出すような滅茶苦茶なもの、戦争でもやってるわけじゃあるまいし、誰が……」
 言いかけて。
 自分の言葉に凍りつく。
 背筋を冷たい汗が流れていく。
 ―――いや、まさかそんなこと……
 笑い飛ばしても良いような発想だった。大陸人で、誰が、そんなことを考えるはずがない。だが、ここはクオノリアだ。他の場所とは訳が違う。
 はっ、と振り仰いだクロードの冷笑を讃えた顔が、それを証明していた。
「まさか、あんた……」
「そう、そのまさか、ですよ」
 今、この目が届く範囲の世界で、戦争という言葉を聞いて出てくるのただの一つしかない。
 尚且つ、そこはクオノリアと大陸唯一の海路を持っている。
「ゼルゼイルへの生物兵器の密輸……」
「密輸、とは言葉が悪いですね。WMOが認め、これが公的な事業になれば正当な取引となります」
「どっちにしろ犯罪よ! あんた! 正気なのッ!? どこの世界にも尻馬に乗りたがる人間は必ずいるッ! 下手すればゼルゼイルだけじゃない、西、東を巻き込んでの闘争になるわよッ!?」
「いいじゃないですか。そうなれば願ったり敵ったりですよ」
「……ッ!」
 ―――こいつッ!
 きりッ―――カノンの奥歯が軋んだ音を立てる。クロードは半ば陶酔したような声で煙を吐き出す液体を茶色の瓶に詰めた。
「魔道師にとって何が至福なのか、何が欲なのか、解りますか、カノンさん。
 自分の研究が世間に認められ、讃えられることです。今の世の中、性能のいい合成獣を造って一体誰が讃えてくれますか? 強力な攻撃魔法を発案して、誰が認めてくれるでしょうか?
 ……平和な世の中とはね、僕のような魔道師にとっては生きにくい場所なんですよ。
 むしろ、硝煙の立つ戦場の方が力を鼓舞するのに都合がいい」
「……あんた…」
「……あの方が何を思って、何を考えて『獣の華』を僕に与えてくださったのかは解りません」
 ―――あの方?
 カノンの眉間に皺が寄る。だが、浮かんだ疑問を思考するより前に、近づいてきたクロードの手にあるものに思わず声を漏らす。
 何かの薬の小瓶。
 いい発想が働くはずが無い。
 日に焼けていない白い手が、断りもなしに首筋に触れた。駆け抜けた寒気に鳥肌が立つ。
「ですが。
 あんな方に認めてもらえるなど、人生で一回のチャンスだと思った。これでもう、僕は狭い檻の中でじっとしている必要などなくなったのですからね」
「そりゃ随分とおめでたい話ね……」
「……貴女は実に美しい身体をしていらっしゃる」
 嘗め回すような視線に嫌悪感が募る。瞳の奥に潜んだ狂気。何度も見てきてはいるが、なれるものじゃない。
 クロードの手が頬に触れる。振り払いたいのは山々だが、拘束具が邪魔をする。
「……合成獣の最低の条件、というものを知っていますか?」
「……術者の言うことに従うこと、ね」
「良くご存知で。しかし、従来の合成獣は己の創造主にしか従わないのが普通でした。
 僕は本来、その一歩突っ込んだ研究をしていましてね……誰にでも操れる、意志のある獣の研究をしているんです。
 ……どうすればそれが出来ると思います?」
「……」
「……もともと人の意志を汲み取り、動けるものを合成すること、です。
 例えば、人間とか、ね」
「―――くはッ!」
 カノンの背に戦慄が走った。
 締め上げられた喉から、空気が漏れた。
「ご安心ください。せっかくこんなに美しい身体を無骨なようにはしませんよ。
 それにすぐ、お仲間も参ります。寂しくは、ないですから」
 白濁していく視界の向こうで、クロードの低い哄笑が響く。歯を食い縛り、意識を繋ぐが、それも時間の問題だと知れた。
 胸のどこかで覚悟を決める。
 今一度、クロードの青黒い瞳を睨みつけようとした、そのときだった。

「従えシルフィードッ!!」

 きゅどどどど、ひゅんッ!!!

 ……いつもは疫病神に思えるその声が、今だけは天使の福音にさえ聞こえた。


 解放された喉にようやく酸素が入ってくる。だが、急激に離された喉はその痛みに耐え切れずに、何度か咽た。
 それを繰り返しているうちに、今度はきんッ、と軽やかな金属音と共に体が床に落ちる。
 と、思えば途中でひょい、と難なく受け止められて抱き上げられた。
「まったく毎度ながら、手間をかけさせるな」
「ごめ、けほッ、ごめん……」
 耳慣れたテノールに、咳き込みながら何とか答える。
 酸素不足でぼんやりとした頭を振って、顔を上げると予想通りの仏頂面が呆れた表情で立っていた。安堵感と抱えられた腕越しの体温が嫌に懐かしい。
「貴様ら……ッ! どうしてここにッ!」
 先の一撃はどうにか避けたらしい。少し離れた場所に、クロードが右足を押さえながら立っていた。抑えた足からは、少量の血液が石の床に染みを作っている。
 避けれはしたが、避けきれなかった、というところか。
「……あんたの配下が全部吐いたわ」
 かつん、とブーツが石床を叩く音。
 気がつくと、ランプの光がちらつく扉の前に緑青の瞳をした魔道師が立っていた。
「ば、馬鹿なッ! 何を弱気になって……ッ!」
「ま、確かに結構強情だったけどさ。さすがにね、町中に合成獣大量発生なんかやっちゃあね、知ってること吐いて、少しでも罪を軽くしようとするでしょ、誰だって」
 彼女の言葉に、ひたり、とクロードの顔色が変わる。
「ま、町中……だって? 何だ、それはッ! 僕はそんなことは命じてないッ!」
「誰がやったかは知らないけど、あんたが発端なのは確か。今さら言い逃れは聞かないわよ」
 ―――ルナ?
 何かを押し込めたような、硬い声。
「レン、あいつ、何かいつになく怒ってる……わきゃッ!」
 尋ねる途中でいきなり肩に担がれた。そのまま一足飛びに、彼女の立つ地点まで下がらせられる。
 間近まで下がって気づく。
 響く呪文詠唱。
 ―――ルナ……
 いつもの余裕が無い。唱えている呪文にも、何の容赦も無い。
 おそらくは、一撃で終わるだろう。
「まッ、まだだッ! 僕はまだ……ッ!」
「我放つ、跪くは悪しきを砕く砕光の末裔、貫けファンネイルッ!!!」

 どぉぉぉおおぉぉおぉッ!!!

 轟音を立てて、放たれた光と炎がラボ全体を埋め尽くす。反動で起こった風に、体ごと飛ばされそうになった。
 虞風に傾ぐ身体をレンに支えられながら、眩しい光を手で防ぎながらカノンはその光を生み出す彼女の方を見た。
「ルナ……」
「……ごめん。これだけは、許せなかった」
 光が弱まっていく。
 カノンは首を振って正面を見据え、そして。
 ―――ッ!!
 晴れていく視界の中にそれを認めて、驚愕に顔を引き攣らせる。
 影が、立っていた。
 人より数段大きなそれが、立ち尽くす彼を庇うかのように佇んでいる。薄闇の中で、不意に彼を庇うのに使ったのか、『それ』の右腕がぼろり、と崩れて炭と化した。
 人より頭三つ分は大きい。
 限りなく人に近い肉体。しかし、表面は人の肌のそれではなく、硬質化した鋼のような灰色の物質で覆われている。表情はなく、ただのっぺりとした仮面のような仮の顔が申し訳程度についていて、無事だった左腕が動かされるたびにぎしぎしと嫌な音を立てた。
 人に近い、しかし、明らかに人ではない痩躯。
「何、あれ……」
「人間に見えるようならお前の目を疑うな」
 こういうとき、彼は判断が早い。片手に携えていた剣鎌をカノンに放って寄こすと、自分は正面に剣を構える。
 崩れた腕の後ろから、服を焦がした、しかし傷一つ無いクロードが一歩、歩み出る。
「無駄な抵抗は止めた方がいいわよ」
「うるさいッ! 僕は、僕はこんなところで終われないんだよッ!!」
 吼えると同時に、"それ"の左腕が動く。

 がしゃぁぁああぁぁああぁんッ!!

 鋼の腕はすぐ側の、用水を湛えていたガラスーケースを粉砕した。中に見えていた黒い影が傾ぐ。
 が、それが白日に晒されるより先に、

 どしゅ……ッ!

 めり込んだ左腕が、その二メートルほどの影に突き刺さる。
 そして、
「―――ッ!?」
 目の前で起こった現象に、その場にいた全員が呻く。
 用水の中の影は痙攣を繰り返し、次第に小さく萎縮していく。その代わり、

 ずるッ、ズズッ……

 生々しい何かが蠢くような音。
 "それ"は数度、肩を震わせた後、右肩を振る。空を切る音が響いて、炭化したはずの腕が新たに生えた。
「な……ッ!?」
「ルナ、あれは何だッ?」
「知らないわよ! 『ヴォルケーノ』にあんな気色の悪い機能はないッ!」
「ヴぉ、『ヴォル』……?」
「カノン、後で説明する。今は目の前に集中しろ」
「ら、らじゃーッ」
 背中を叩かれて我に帰る。視線を戻した先で、クロードが低く笑っていた。
「……驚いてるみたいだけど」
 ―――驚くって言うか気色悪い。
 素直な感想が脳裏に浮かぶ。
「この魔道生物は『獣の華』を改良してで僕が生成したものでね……本来、合成が難しい魔物の類を合成可能にしてある。
 本来、体内で消えてしまう『獣の華』だけど、そんな勿体無いことがあるかい。
 こいつに埋め込んだ『獣の華』は体内に残り、周囲の生物の生命力を常に奪っていく。倒すのは不可能さ」
 カノンは改めて鋼の獣を見上げる。確かに、無くなったはずの腕が完全に再生してしまっている。ということは周辺に生命力を持つ生物が―――例えばネズミでもごきぶりでもいれば、それらの生命力を吸収すれば、無限に稼動し続ける……ということだろうか。
 ……無酸素空間でも作り出さない限り、生物のいない空間なんてこの世界中のどこにもないだろう。
「ルナ、何かないか?」
「あたしに聞けばどうにかなると思ってない? 無理よッ!」
「実際、あれに一番詳しいのはお前なんだろう?」
「そうだけど……」
 何やら騒ぎ立てる二人を尻目に、カノンは剣鎌を握り直す。右足を庇いながらも嘲笑を浮かべたままのクロードを睨み、今一度、『獣』の方へ目をやって、
 ―――?
 先程の術で焼け焦げて穴の開いた天井から、何かが落ちてくるのに気がついた。白い……小さくて、ひらべったい……
 それの正体に気がつくよりも先に、それは『獣』の頭上へと張り付く。
 こちらを見据えたままのクロードは、それに気がつかない。

 ぴきッ!

 かすかな、何かが割れ爆ぜるような音がした。しかし、クロードはそれが壁か天井が軋む音だと判断したらしい。
 ローブの裾を振るってこちらへと手を伸ばし、
「あいつらを片付けろッ!」
 自らの造り出した生命に、命令を下す。
 『獣』の体が揺らぎ、軋み、反射的に構えを取って、

「え―――?」

 ぎッ……がしゃぁぁあああぁんッ!!

『な……ッ!!』
 『獣』が振るった腕の一撃は、まともにクロードの胴を凪いでいた。


「がッ、かはッ……!」
 壁に叩きつけられ、ずるりと背中から床に落ちたクロードが胃液混じりの血液を撒き散らす。白い魔道服が赤黒い斑紋に染まる。
 あばらの一、二本はイカれているのかもしれない。
 そのまま失神したのか、がくりと頭を落して動きを止める。
「い、今のは……」
 こちらへ攻撃しようとして巻き込まれたようには見えなかった。そう、"こいつ"は明らかに創造主であるはずのクロードを"襲った"のだ。
 地響きのような『獣』の呻きがラボに響く。

 ぐ、ぁ、あああぁぁぁぁあああぁぁあッ!!

『ッ!?』
 雄叫びが上がる。
 ぶるッ、と『獣』の体が震えた。

 ばきッ、ぴき、びきびきびきッ!!

「な……」
「あれは……」
 金属の軋むような音が轟く。『獣』の体が揺れて、頭の上から黒い線が走る。まるで『獣』本体を侵食していくように、黒い線は『獣』の頭を喰らい、体そのものに幾筋も、幾筋も走り抜けていく。
 やがて、
 鋼と黒い影に構成された奇妙な生物が、そこに出来上がる。

 おおおおおおおおおおおッ!!

「これ……」
 茫然としたルナの呟きが、『獣』の叫びに掻き消された。


「シリアッ!」
「結するは氷結の陣秦、凍れダイナストフォースッ!!」
 シリアの一声に、その通りに陣取っていたヤドカリの巨体が氷に覆われる。
 氷の巨像を前に、アルティオが額に浮かんだ汗を拭った。
「ったく、何体いるんだよ。こいつら……」
「そんなもの私がわかるわけないでしょ。あっちが片付くまで、何とかこっちで始末していくしかないわよ」
「そりゃそうだろーけどなぁ……」
 町の喧騒は収まるどころか、一層高まっている。WMOと政団が共同で非難勧告を出しているようだが、もともとこのシーズンは人が多い。容易ではないのだろう。
 シリアが珍しく溜め息を吐いて腰に剣を収める。
「ともかく、早く片をつけてレンたちを追わないと……あの女、どさくさに紛れて私のレンに何するか……」
 さしものアルティオも呆れて突っ込もうと口を開きかけたときだった。

 ぎゃぃいぃあぁああああぁぁあぁッ!!

『!』
 ビーチ脇の椰子の陰から響く雄叫びが一つ。
 慣れてしまったもので、シリアが小声で呪文を唱え、アルティオが双剣を担ぐように構える。
 石段を飛ぶようにしてアルティオが駆ける。が、
「!?」
 現れた合成獣の動きが、急激にひたりっ、と止まる。
 そして、

 ぱんッ!!!

「!!?」
 やおら、乾いた音を立てて獣が破裂する。それは赤黒い体液を撒き散らすかと思いきや、黒い塵となって空に掻き消える。
 その最期は、あまりにも、呆気なさすぎた。
 降り注ぐ細かい黒の塵に、アルティオも足を止め、シリアは呪文を唱えることも忘れて、唖然と獣が一瞬で姿を消した空を眺めていた。
 しばらくして、最初に気がついたのはシリアだった。
 町の喧騒が、あれだけ響いていた喧騒が、いつの間にか嘘のように消え失せていることを。
 顔を上げる。
 その一瞬に、
「―――?」
 間近に立つ店の高い屋根の上を、黒い影が一つ、行き過ぎて消えたような気がした。


 がこんッ!!

 黒い筋の走る長い腕が、間近な壁を粉砕した。その煙に紛れてダッシュを駆ける。
 ―――まあ、つまりは逃げてるだけなんだけど……
「……で、その『ヴォルケーノ』については一通り解ったけど…」

 どがッ!!

 紙一重で交わしたすぐ頭上の天井が支えを失って落下して来る。前方に滑り込むようにして残骸を避ける。
「どーゆーことよッ! これッ! まるっきり凶暴化してるじゃないッ!」
「そんなこと知らないわよッ!」
 器用にも走りながら口論を続ける女二人に、併走しながらレンは後方を盗み見る。制御を失った『獣』は、破壊を繰り返しながらひたひたと、こちらを確実に追いかけて来ている。
 いくらWMOの建物が頑丈で、広いといってもこれでは、
「まずいな。あの調子ではいつ建物の軸を破壊するか知れんぞ」
「ちょっと! この中、証人がいっぱいいるんだからそれ困るわよ!!」
「困ると言ってもどうすればいい?」
「うぐッ……」
 問い返されてルナは返答に詰まる。
 クロードが『ヴォルケーノ』にどんな細工を施したかは解らない。何がこの暴走を引き起こしているかも解らない。
「加えてあの再生能力だ、生半可な術では効くまい。それとも町がクレーターになる覚悟でお前の大技を撃つか?」
「そんなこと出来るかッ! あんたこそ人に頼ってないで何か考えてよ!」
「人任せにするな。それにさっきから考えている」
「何かないのッ!?」
「人道に外れても構わないならあるだろうが……」
「だからクレーターは禁止ッ!」
 伸縮して襲い来る腕の爪を交わしながらルナが悪態を吐く。自分に絡んで来た爪を切り落としながら、(もっとも一瞬で元の長さに戻ってしまうので付け焼刃だが)レンは眉間に皺を寄せる。
 その視線がふと傍らを走るカノンに止まる。
「……」
「……何?」
「いや……。
 ルナ、『ヴォルケーノ』はもともと生物進化を促すためのものだ、と言っていたな?」
「そーよ!」
「あれは何で造られていると言っていたか?」
「だからッ、わざと歪みを与えて進化させるために……ッ!」
 言いかけて、彼女もまた気がついたらしい。ばっ、と身を翻し、カノンへ目を止めて。
「―――?」
「なるほど……なんとか」
「なるかもしれんな、おそらくは」


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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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