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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[剣奉る巫女] EPISODE4
えーといつからカノンの物語はギャルゲーと化したんでしょうか?
記憶にないなぁ……(遠い目)。
 
 
 

 アルティオはただひたすらに自分を責めていた。
 先頭を切って、彼の腕に自分の腕を絡ませて歩く少女に罪悪の文字は一欠片もない。当たり前だ。元はと言えば声をかけたのは彼の方。
 これで突き放したりした日には完全に悪者扱い……というかきっぱりと悪人である。
 加えて彼は目を輝かせて通りを歩く少女を放置する、好意を込めた目で自分を見上げて来る年端もいかない少女を切り捨てるなどという非情な真似が出来るような人間ではなかったし、上手く誤魔化せるような器用さを持ち合わせているわけでもない。
 ―――まあ、仕方ないか。
 しかしながら割り切ってしまえば、それほど悪い状況でもない。
 シリア並に変わった少女だが、美少女であることに代わりはない。何よりアルティオはそんな少女が楽しく笑っているところを見ているのが好きなのである。
「アルティオさん?」
 どうかしましたか? というニュアンスを込めてステイシアが顔を覗き込んで来る。
 それににへら、と引き締まらない笑顔を向けた。
「いや、何でも。それよりサンキューな、カノンを助けてくれて」
「私は大したことはしていません。重傷のカノンさんを運んだのはレンさんですし、治療したのはうちの先生です」
「……」
 恋敵と書いて『ライバル』と読む。
 何故、現場に居合わせたのが奴だったんだ。確かにカノンがいないと解ったときに真っ先に飛び出したのはあいつだったけど、俺だって町中駆けずり回っていたのに。
 いや、それ以前に何であいつなんだ、カノン。別にお前は顔で人を選ぶ人間じゃないだろう? 確かに悪い奴じゃないし、いざって時になんだかんだで頼りになってるのはあいつだし、そりゃ冷静な目で見て人間的に出来てるのはあっちで、ああ非が見当たらねぇじゃねぇかド畜生。
「ど、どうしたんですかッ? しっかりしてください、アルティオさんッ!」
 萎れていく大男をステイシアは慌てて揺さぶった。アルティオはそれを見てはっと気がつく。
「なあ、ステイシア」
「はい?」
「俺のこと好きか?」
「ええ」
「何でだ?」
 涼しく答えた彼女は、首を傾げた。理由はさっき言っていたのに、という顔だ。
「いや、そうだけどあれはちょっと……」
 頑丈だ何だというのではあまりにあまりな気はする。大体、レンくらいなら捕まれるより前に固めるか何かして防ぎそうだし。
 そういえばこの少女はレンには見向きもしなかったのだろうか。
「そういうのが理由ならレンでもきっと大丈夫だと思うぞ」
「う~ん、でも」
 ステイシアは小首を傾げて、少し困った笑顔で肩を竦める。
「あの人がどこを見てるかなんて初対面の私でも解りましたし。かなりの剣幕で詰め寄られましたから、ああと思って。正直そんなこと考えが及ばなかったですね」
 ああ、なるほど。
 思わず納得してしまうアルティオ。後で女の子に詰め寄ったりするなよ、と言って置こう。いや、どうせ聞かないだろうし、その状況下では仕方がなかったのかもしれないが、(というかその状況に自分がいても同じことをした可能性は否めない)この娘の精神衛生上良くない。
「じゃあ、何で俺なんだ?」
 最も聞きたかった問いを口にする。
 彼女はうーん、と唸ってから何かを探るような目でこちらを見た。上目遣いできゅ、と眉間に皺を寄せる。
「……怒りません?」
 そう言われても何を? と問うしかないアルティオは言葉を詰まらせる。
 ステイシアは疑問符を浮かべたままの彼からぱっ、と離れた。それなりに流れている人波の中の数歩先を行く。見失ってはぐれてしまわないかと不安になったアルティオは、慌ててその小さな背を追った。
「誰でも良かったのかもしれません」
「は?」
 ますます理解に苦しむその返答に、今度こそアルティオは間の抜けた声をあげた。
 それは何か。寂しそうな顔の人間なら誰でもいい、とそういうことか。それならこれより傷つく事はない。ある意味、ただフラれるよりも苦痛である。
 いや、ナンパというのは総じてそういうものなのかもしれないが、少なくともアルティオは一定のモットーのもとに女の子に声をかけているのだ。
 アルティオの思考を汲み取ったのか、ステイシアは慌ててぱたぱたと手を振った。
「ご、ごめんなさい。えっと、そういう意味ではなくてですね」
 えっと、えっとと詰まりながらも空を見て言葉を選ぶ。アルティオは少女が言葉を選ぶのをじっと待っていた。
「アルティオさんは旅の方、ですよね?」
「まあ……」
「もし私が旅なんかやめてこの町にいてください! って頼んだらどうします?」
「それは……」
 唐突な問いに答えが途切れる。
 アルティオが旅を続けているのはカノンについて行くためだ。アルティオがどこかに留まる、と言えばそれを咎める人間は今の面子にはいないだろう。
 それはお互いに全員が全員、個々を持った人間だと認めあっているからである。
 皆、アゼルフィリーの野を駆けずり回っていた頃とは違う。それぞれに大人なのだ。それぞれの決断にはそれ相応の敬意を払う。
 だが、今現在、アルティオのカノンへの恋心が失せたわけではない。カノンが他に誰一人、と決めたわけでもない。
 それに、たとえそうであっても、アルティオにとって気心の知れた彼女らといるのはとても心地良いものだった。
 その案寧の場を、つい先程出会ったばかりの少女と天秤にかけろ、というのは……
「困りますよね?」
「そりゃあ……」
 アルティオが何とか答えを絞り出すより先に、少女が答えを言ってしまった。ソフトな言い方だったが、その通りだ。
 ステイシアは少しだけ寂しそうに、しかし華やかに笑う。
「ええ、わかってます。カノンさんの怪我が治ったらさっさとこんな小さな町、出ていっちゃうんだろうなー、と思います。
 だからこれは私のわがままなんですが」
 言葉を切って彼女はぴしっ、とこちらに向き直った。子供の頃、騎士ごっこなんてことをしたのを思い出す。幼い彼女が背を伸ばして敬礼をする様は、その想い出を彷彿とさせた。
「アルティオさんならそういうわがままにつき合ってくれるかなー、と思いました」
「はい……?」
 今だ疑問符の取れないアルティオに、ステイシアはくすくすと、声を漏らしてまた笑い、やがて可愛く困ったようにうなった。
 ふ、と息をついて何か決心したように顔をあげる。
「お笑いになると思うんですが」
「?」
「その……私、恋愛ってものをしたことがないんですよ」
 ひたり、とアルティオは動きを止める。目を瞬かせて彼女を見、そして眉間に皺を寄せた。
 おそらく齢十七は数えるだろう少女が、それもカノンやルナのように特別な仕事に従事していたわけでも、高貴な家柄というわけでもない、だろう、おそらくは。
「だから、えっと、そのしたことがないっていうか、説明が難しいんですけど……」
 初恋、というのははしかと同じだ。生きているうちに余程奇特な人間でない限り、体験する。実るか実らないかの差はあるが、それは少なからず経験値になる。
 ……その経験値が致命的に足りて無いからカノンはああなわけで。
 ともかく、何となくだが事情は察せた気がする。
「……ははッ」
 乾いた笑いを漏らす。
 何のことはない。要するにあれだ。彼女はそう、今時珍しい『恋に恋する乙女』というやつで、恋愛をしてみたくてしてみたくて仕方がない子なわけだ。
 それで自分がいろいろと夢想して、こう! と決めた条件にアルティオが当てはまってしまい、尚且つそんな『ごっこ遊び』に付き合ってくれそうなお人よしな顔をしていた、と。
 加えて旅人ならば、別れも後腐れなく済む。どちらが悪いわけでもないからだ。
 そういうことなんだろう。
 ―――まー、一目惚れって響きにもちょっと憧れてたんだけどなー。
 思って苦笑する。
 だが逆にすっきりした。どうせカノンの怪我が治るまでは足止めなのだ。
 けれどこの幼稚な少女に付き合うのも悪くない。自分から振って置いて放置、なんてその方がカノンや仲間の反感を買ってしまうだろうし。
 ―――って、俺も悪人なんだなー……
 こんなときも打算が働くなんて。
 アルティオは空笑いを漏らしてから、今だもじもじと恥ずかしそうに俯く彼女に近寄った。少し考えてから手を取って歩き出す。
「え?」
「ほら、行こうぜ。あんまり遅いと、仕事もあるだろうし、色々まずいだろ? な、ステイシア」
 極フランクに、アルティオは彼女を呼び捨てて促した。その意図は彼女にも伝わったのだろう。
 ステイシアはマメと硬い皮だらけの大きな手を、痛いほど握り返した。というより、
「痛ッ! ち、ちょっと待て、痛いってッ!」
「あッ、ご、ごめんなさいッ!」
 思いの他、彼女が力持ちだということを忘れていた。アルティオの情けない悲鳴に反応して、慌ててステイシアは手を緩める。
 肩を下ろしてもう一度大げさに痛がるアルティオに、ステイシアはしばし申し訳なさそうに俯いたが、彼がへらり、と笑ってみせると、やがてくすくすと声を上げて笑ったのだった。

 ああ、やっぱり可愛い女の子には笑顔が似合うな。
 アルティオが己の主義を再確認した瞬間だった。


 町行く人波に紛れる彼らを。
 またくすくすと笑いを漏らしながら眺めていたモノがいた。
 彼は確かにそこにいるのに、誰もその異様な姿に指さえ差そうとしない。晴れた青空と澄み切った森の空気にそぐわない、闇を一角だけ切り取って張り付けたような。
 そんな違和感を撒き散らしながらも、誰も彼の気配には気が付かない。
 いつも通りに陣取った高みからの景色。俯瞰の視界にその仮初の恋人たちを見つけて、笑う、いや、嘲笑[わら]う。
 その傍らに不満そうに胡坐を掻いていた少年は剣呑とした眼差しで主を見た。
「なーにが楽しいんだよ。あんな小芝居、虫唾が走るだけだろ?」
「さてね。何事にも小芝居は重要だよ。
 着飾ることで本質を隠す。まあ、一般には綺麗事、なんて嫌われていることだろうけど。
 これがまた、いろいろと便利なんだ」
「はぁ?」
 さっぱりわからない、と言った目で少年は黒い影を見上げる。いつもこの人は訳の解らないことを言う。こちらが理解しようがしまいが。
 理解できないのは悔しい気もするが、少年にとって重要なのはそんなことでない。如何にしてその笑いの後に出される指示を完璧にこなすか。
 一を言われれば十を、十を教えれば百を実行しろ。
 それが理想。けれど、昨日も叱られたばかりだ。やり過ぎだと怒られてしまう。なかなか上手くいってくれなくて、正直イライラする。
 その機微が伝わったのか、不意に彼は少年の頭に手を伸ばし、ぽんぽんと軽く叩く。
「そう剥れないで。僕は君の能力を高く買っている。万が一にも無駄にしたりはしないさ」
「……」
 子供扱いされている気分にもなるが、その言葉は少年にとって叱りの言葉を受けたことを差し引いても余りあるものだった。この人の言うことがすべてだ。この人の言う通りに動く。それは無償の全幅の信頼だった。
 だって、こんな言葉をこの人からもらえる奴なんて、他に数えるほどしかいない。
「そろそろ行こうか」
「おう。今度はちゃんとした仕事なんだよな?」
 笑みを絶やさずに立ち上がった彼を、少年はそんな言葉を吐きながら、追った。


 額の辺りがくすぐったい。柔らかくて、少し硬い無骨な、そんな不思議な感触が前髪を梳いている。
 熱は大分、収まったようだがまだ頭はぼんやりと霞がかかっている。それともこれは単なる寝過ぎか、薬の副作用か。
 頬の下には枕の柔らかさ、額には何だか懐かしい温もり。
 ……懐かしい? 違う、しばらく接していなかったせいでそう思うだけで、実は馴れた温かさだ。
 ああ、そうか。これは……
「ん……」
 喉の奥から声が漏れる。意識が覚醒して、最初に知覚したのがそれだった。その声にひくり、と反応した指はふと動きを止める。
 全身を襲う気だるさを堪えて、ゆっくりと少しずつ瞼を押し上げる。薄く、朧に開いた視界に黄昏色の髪が逆光に煌いた。
「…………レン?」
「……悪かった。起こしたな」
「ううん、平気」
 そう答えると、添えられていた手は前髪を押し上げて額を覆う。少々、冷たい体温が気持ちいい。
「レン、少し冷えてる?」
 なんてことを言ったらぺち、と額を叩かれた。
「……何すんの」
「馬鹿なことを言うからだ。俺の手が冷えているんじゃない、お前が熱いだけだろう。大人しく寝ていろ」
 すっ、と手を引いた彼は朝方はルナが腰掛けていた椅子を引き寄せて座った。傍らの看護用サイドテーブルに備えられた水差しでタオルを濡らすと、そのまま額に乗せてくれた。
 ―――きもちいい……
 タオルが落ちないように窓に目をやる。確認が済むより先に、『もう夕方だ』という返答が返って来た。確かに窓の外はもう青い空は見えなくて、代わりに紅い日の光が差していた。部屋の中もまた然り。
 部屋を見渡すと、隅に積まれた荷物と衣服、武具がある。アルティオたちが持って来てくれたのだろう。
 ………部屋の外が何だか『離しなさい、ルナこんな…』『いーから時と場合を弁えなさい』とか何とかやたら五月蝿いのは熱による幻聴だとして置こう、うん。
 ―――ってかここ病院だぞ、こら。
「具合は?」
「うん……朝より大分いいかな。我慢すれば身体も動かせそうだし」
「我慢して動かすな。それだけ治りが遅くなる」
「ん」
 何だっけ、言わなきゃいけなかったことがあった気がする。眠りに付く前、数時間前に話したことだったのに。
「レン……」
「何だ」
「その、怒ってないの?」
「……」
 恐る恐る問いた科白に、レンは切れ長の目でじっとカノンの顔を凝視する。睨まれているようにも見えるし、そうでないようにも見える。
 気恥ずかしさと緊張に耐えられず、視線を逸らすとちょうど彼は息を吐いた。
「無論、苛立ちもする。説教どころか、怒鳴りたい気分だ」
 ―――う゛……
「だが熱を出している怪我人相手に怒鳴り散らすほど考えなしのつもりはないのでな」
「うん……ごめん」
「治ってから改めて怒鳴る」
 ―――うう゛……
 さすがレンだ。一切の妥協を許すつもりはないらしい。
「まったく、あんな目にあって置きながら……。俺が間に合わなかったらどうするつもりだったんだ。狙われているという自覚を持て」
「だって……」
 解っているのに、悪いのは他でもないカノン自身だ。一人で突っ走った結果だ。
 相手がどれだけ許せない相手だったとしても、判断を間違ったのは明白。だから全面的に悪いのはこちら。だってもかももない。
 それでも、口を吐いて出たのは言い訳の言葉。
 ―――やだ、あたし、やな奴だ……
 助けられて置きながら、なんて可愛くない。
 レンは先程より深い、深い息を一つ吐いた。
「……過ぎたことだ。しかし、二度とあんな真似はするな。気持ちは解らなくもないが、本末転倒だ」
「わ、解ってるわよ……、結構……やばいことになってたみたいだし……」
 取り繕うつもりでそう言うと、彼の表情が唐突に歪んだ。普段から穏やかとは言えない表情を、さらに険しくさせて、そう、言うなれば苦虫を噛み潰したような、そんな表情だ。
 眉間に皺を寄せて、奥歯を噛み締めて。何かに耐えるように、瞑目して肩で一つ、呼吸する。
「……レン?」
「……」
 頭痛を抑えるような仕草で眉間に指を押し当てる。何か嫌なものを見てしまったときの、彼の良くする癖だ。
 そこまで考えて、ふと思い出す。そうだ、自分のその醜態を、傷だらけの身を間近にしたのは彼と医師、それにステイシアだけだったっけ。
 それを思い出したんだろう。人間の手足が取れかけて、骨を砕かれ、血に塗れた姿など、気持ちのいいものじゃない。カノンだって出来ればそんな姿は見られたくなかった。
 硬い瞑目を、深呼吸と共に解いて、ゆっくりと瞼を開く。
 それでも顔を顰めてこちらを眺め、不意に訓練で固くなった手で再び前髪を梳かれた。
 突然の所作に、目を瞬いていると、
「………まえが」
「?」
「無事で良かった」
「……」
 小さく漏れた本音に、自然と目が見開いた。はっとしてもう一度、彼の顔を見る。
 苦痛に歪んだ表情。普段、滅多に表情なんて作らないから、その変化はきっと普通の人から見たら『少し顰めれた』だけに見えるかもしれない。
 けれど、伊達にこれまで共に旅をして来た仲じゃない。だから解る。本当に辛[から]い、重いときにしか、その背中の傷が疼くときくらいにしかこんな表情はしないのに。
 罪悪感と、何故だろう、ほんの少しの優越感。
 ああもう、これじゃああたしって本当に極悪人じゃないか。
「……ごめん。……もうしない」
「当たり前だ」
 俯いてそう言った瞬間には、彼の表情はすぐに元の無表情に戻っていた。安堵感と、ちょっと残念にも思うのは何故なのだろう。
 彼は軽く首を振って、しきりに『まったく』と呟いている。
 肩を下ろして懐を弄って、何かを引き出すとカノンの首元へと手を伸ばした。
「まったく、それでは高い買い物をした意味がないだろう」
「へ?」
 ちりん。
 どこかで聞いた金属音が耳につく。首に触れた感触は、ここ半年ですっかり付け慣れてしまったものより、ほんの少し太い……やや冷たく感じる細い鎖。
 かちり、と別の金属音が耳元で鳴る。ちりん、とまた鳴る―――透明な鈴の音色。
 ばっ、と身を起こそうとして、そういえば体が動かないのを忘れていた。貫いた痛みに悶絶していると、『何をやっているんだ、馬鹿かお前は』と呆れながら身体を正され、毛布を掛け直された。
 ……何でそう、一言多いのだろう。
 じゃなくて。
「レン、これ……」
「誰かが盛大にぶち壊していったようだからな。小さな町だから直せる職人を見つけるのにも苦労した」
「ふぇ?」
 ―――えっと、えっと……?
 カノンの中で朝方聞いた情報と、たった今本人の口から聞かされた科白の意味が交錯する。
 だから、つまり。
「あの、じゃあ、レン。今日朝いなかったのって、っていうか今まで顔見せなかったの……
 もしかして、これ直しに行って……」
 ―――って、何で訊いてる方が照れなきゃいけないのよ!
 さらに熱が集まってくる顔。逆流する血液に、叱咤してカノンは椅子に腰掛け直した彼を見る。彼はその視線をややジト目で受けながら腕を組む。
「それなりに気に入っているものだと思っていたからな。直し損だったか?」
 咄嗟に言葉が出て来なくて、代わりにぶんぶんと首を振った。高揚感が心臓の辺りから込み上げる。ああ、何かやだ、目尻が濡れてきたじゃないか、みっともない。
 通されたリングとベルを動く左手で持ち上げると、またちりん、と鳴る。
 その何でもない音が何だか嬉しくて、思わず何度も鳴らしてしまった。とびきりお気に入りの玩具を貰った子供のよう。それはそれで子供っぽいということなのだから、恥じるべきことなのだが、はしゃぐ高揚はなかなか収まってくれない。
 ふと、もう一度、黙したままの相棒に目をやる。眠そうに眉間を押さえ、時折目を拭うように擦っていた。
 当たり前だ。昨日、あの時間にカノンを探していて、朝方までついて、その上今日は町に出ていたなら殆ど寝ていないはず。
 そう考え付くと、先程は出て来なかった、言わなくては言わなくてはと思っていた言葉がするすると紐が解かれるように口をついた。
「……レン」
「何だ」


「その……ありがとう」


 それでもまた照れくささは拭えなくて、何となく、宙を見ながらそう言った。



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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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