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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[剣奉る巫女] EPISODE6
ささやかな幸せの風景の傍らで、だんだんと黒い華は咲き誇る。
 
 
 

「……通り魔事件?」
「ええ、そうなんです」
 やたらと物騒な単語にカノンは眉間に皺を寄せる。翌日、二度目のリザレクション治療が終わった直後のことだった。
 顔色が悪いフェルス医師にカノンが頭を下げた後、苦々しくその口から零れた言葉がそれだった。話すつもりはなかったようだが、ぽろりと補助についていたステイシアが漏らしてしまったのだ。
 ごめんなさい、と頭を下げるステイシアはついさっき、フェルスに言われて部屋を後にした。
 気落ちした、というよりも『午後からは予定があるのでしょう』という医師の言葉に反応して、だ。
 異様なまでに声が弾んでいたからまたアルティオと何か約束でもしたのだろう。静かでいいけれど。
「てっきりカノンさんも被害に会われたのだと思っていましたが……違うのですか?」
「えっと、たぶんあたしは……。
 けど、本当なんですか? そんな話」
 首を傾げて問いかける。町に来たときはそんな噂など耳に入らなかった、といっても滞在一日目であんな目にあって診療所送りになったのだからカノンの耳に入ってないだけかもしれないが。
 いや、しかし町に特に活気がない、ということもなかった。にわかには信じ難い。
「まあ、大事にはなっていませんからね」
「というと?」
 フェルスはうーん、と人の良い笑みを浮かべたままで唸った。伝えても良い情報かどうか迷っているのだろう。
 やがて息を吐いてから、
「最近、怪我をする患者さんが多くて。夜に、それも剣か何かで斬りつけられたような傷ばかりなんです」
「ちょっとちょっと、それって大事じゃないの?」
「致命傷を負った人はいません。それどころか、実質的な被害にあった方はいないんですよ。
 皆さん、一度の魔道治療で回復なされるような傷ばかりで……」
「どこを怪我してるんです?」
「バラバラです。腕だったり、足だったり。傷口は大きいので出血はありますが、死に至るだとか、部位が損傷して動かなくなるなんてレベルではないんです。
 ただ血が出て、痛みで動かせない程度で……普通の治療を施して三日もすれば問題なく動かせるものでしょう。
 なのでカノンさんが運ばれて来たときは、急にエスカレートしたのかと思って驚いたんですよ」
 それはそうだろう。
 大した怪我を負わせなかった通り魔が、いきなり腕が取れるほどの暴行犯になったとしたら。
 カノンのような怪我人がいきなり増えてしまうことになる。医師としても、この町に住む住人としても気が気ではないだろう。
 新しく包帯の巻かれた身体を法衣で隠しながらふと思う。
「……そんな非常時に、憲兵も政団も何もしてないって?」
「……いえ、既にこの町のウィルトン伯に連絡は入っているはずなのです。政団員がいらっしゃって、一度調査も行いました」
「その時期に事件は?」
「……起きませんでした。
 そのままずるずると、兵が駐屯することもなく来てしまっているのです」
 よくある腰の重い役人仕事だ。
 怪我人が増え、それを顔色を悪くするほど治療しなければならないフェルス医師にとっては大迷惑な事件だが、憲兵たちにとっては実質的な被害のない小規模の事件なのだろう。
 嫌な話だが、世の中には早期に解決しなければならない事件など山ほどある。あってはならないことかもしれない。だが、そのために小さな事件は黙殺されてしまうということが、これが結構あったりするのである。
 要するに愉快犯による気ままな小事件だ。放って置いても収まるだろう……
 そんな心理が面倒な役所への手続きや、遠征を行わなければならない憲兵や政団員の手足をさらに重くするのだ。
「町の人は何とも思ってないの?」
「……夜に家の中に閉じ篭っていれば良い話ですし、正直この事件はただの噂という扱いを受けているのです。
 被害に合われた方は深夜出歩いているような方々ですから、どうしてもお酒が入っています。
 酔った方がどこかで怪我を負う、というのも残念ながら多々あるものです。そして、よほど切れ味の良いものでない限り、刃物による切り傷かそれ以外の何か鋭利なもので傷付いたのか、判断できる素人の方はなかなかおりません」
 陰鬱な溜め息をついてフェルスは救急用具を片付け始めた。
 確かにそうだ。
 カノンのような特殊な職についていたか、もしくは傭兵や剣を握った経験のある者なら、その傷が何でついたものなのか、例え医者でなくとも判断がつくだろう。
 だが争いごととは無縁の市民ならば、それが刃物でついたものなのか、鋭い、例えば店先の尖った金属の看板でついたものなのか、判断がつかない。
 加えて深夜まで泥酔しているような人々はこぞって記憶が曖昧だ。
 そして刃物を持った何者かが自分を襲った、と考えるよりは酔った自分が転げてどこか鋭いものに引っかかって怪我をした、という方が遥かに現実的で想像が容易なのだ。
 仮に正確にそれを記憶していた人間がいたとして、周りの人間が泥酔した人間の言うことを信用するだろうか。
 『そんなことあるわけない』『夢でも見たんだろう』、そう矢継ぎ早に言われ、酔っていた自覚がある人間は、煙に巻かれずにいられるだろうか。
 誰だって誰かに襲われた、なんて恐ろしい妄想よりも楽観的な想像に身を任せたくなるのが通りだ。
 だからこの小事件は、怪我が明確で診療所に通う人間と、その傷を冷静に判断できるフェルスの胸に留まるだけになる。
 怪我を負う人間の数が『偶然』を許容できる範疇を超えるレベルにないのだ。
 カノンは知っている。こういう愉快犯は、周りの反応に乗じて行動をエスカレートさせる。
 周りの人間が気づいたときにはもう遅い、本人が不毛さに気づく頃にはもっと遅い。
 しかし、カノンに今、この事件に感けられる余裕などなかった。カノンが対峙しているのは、面白紛れの愉快犯ではなく、あの漆黒の闇衣の―――"モノ"なのだ。
 善悪の大小を説くのではない。それならば腰の重い役所人と何も変わらない。
 しかし、傷付いて自身の身を守ることさえままならない状態のカノンに、手の中にあるもの以上の荷を持つのは明らかに酷で向こう見ずな話だった。
 だからカノンは苦虫を噛み潰しながら、こう言うしかない。
「……これでも政団では多少の顔が利きます。仲間内でも精通した人間がいますから、治療代も含めてどこかの町で話は通して置きましょう」
「……ありがとうございます」
 フェルスが話をしてくれたのはきっと、どこかで戦士風な自分たちが事件を解決してくれるかもしれない、という打算があったせいだろう。
 しかし、患者で怪我人で、しかもその傷は他人に受けたもの。深くは悟れなくとも、こちらが誰かに狙われているのだ、ということくらいは薄々感じ取っていてもおかしくはない。
 だからフェルスは曖昧な笑顔で、色の悪い顔を下げた。
 無理なリザレクションを強いたことに、再び罪悪感が働いて、もう一度詫びるが、やはり彼は微笑を浮かべて『気にしないでください』と手を振った。
 フェルスがワゴンを押して病室を出て行く。
 一人になったカノンはふぅ、と息を吐いてベッドにもたれかかった。
 怪我を負ってから一日、一人の時間は格段に減っていた。再度の襲撃があると仮定するなら、一人でいるのは好ましくない。病室には常に誰かがいるようになった。
 今は診察の時間で席を外していただけで、もう少しすればレンかルナかシリアが帰ってくるだろう。
 アルティオはどうせステイシアに振り回されているんだろうから除いて置く。
 それまでこのわずかな時間を堪能して置くに限る。
 ―――に、しても辻斬りの愉快犯、ねぇ……
 物騒な話であることに変わりはない。どこの誰が犯人であれ、中途半端に狡猾だ。わざと被害を極少に抑え、憲兵たちに『大したことはない』と思わせる。
 役所の本腰を避ける常套手段。
 記憶が曖昧な獲物を選ぶ狡猾さ。
 ……突発的な蛮行ではなく、ちゃんとものを考えられる人間の犯行だ。普段なら、そりゃあ貰うものは貰うけれども首を突っ込んでいて不思議はないのだが。
 二度の猛進でさすがのカノンもそこまで無謀にはなれなかった。
 まあ、でもこんな小さな町だからか。町人も結構、能天気なものだ。事件に過敏な町とそうでない町がある。反応が薄い、ということはそれだけ普段の治安が良いということなのだろうが……
 しかし……
 何だって……

「・・・え?」

 ざわり、と。
 寒気のような悪寒のような。
 温かな毛布とシーツが、急に自らの温度を下げたような。そんな、怖気。
 ―――ちょっと、待って……それ、一体……
 噂でのみ存在が把握されている事件で。
 公的な機関は手を下せていなくて。
 唐突なエスカレートを予見させる……?
 それはどこかで聞いたワードじゃなかったろうか?
 昔なんかじゃない。つい、最近、忘れようもなくて、それに加えてそれにはこの怪我を喰らわせてくれたあの影が、深く関わって……
「あ……あ、あ……ッ!」
 ベッドのもたせていた背を、カノンは音さえ立てて持ち上げた。
 そう、公的機関を手玉に取って。
 それまで当事者以外は嘲笑えるような、つまらない事件だったのに。
 そう、急に、第三者がすべてを狂わせて、露呈した。そして最後は、
「―――ッ!」
「まったく面倒臭いわねぇ……。で、カノン調子は……」
「シリアッ!!」
「な、何よ……」
 寝起きなのか、いつもと比べて数段に顔色の悪い色ボケ魔剣士に鋭い声を叩きつける。
 乱れた髪を正しつつ、頭を抑えて入って来た彼女にカノンは眉を潜めて、
「うっわ、酒臭ッ! あんた、昨日何してたのよ!?」
「うるっさいわねッ! 私のせいじゃないわッ! あの子がやたらと強いのが……いたたた……」
「二日酔いかい……。
 状況がわかってないっていうか、ただの阿呆っていうか……。
 もー、いいッ! いいからレンかルナを呼んで来てッ! 早くッ!!」


「へぇ、そんなことがあったのか」
「はい……」
 メインストリートを肩を並べて歩きながら、アルティオは彼女の話に適当な相槌を打っていた。
 ステイシアは先程の治療で吐いてしまった自分の失言を責めていた。責める、というか余計なことを言ってしまった、と落ち込んでいるわけなのだが……
 アルティオはカノンの性分をよく知っている。
 そんな瑣末なことで気を悪くするような器の小さい女ではない。それにステイシアは誤解しているようだが、カノンの傷はけしてそんな生半可な愉快犯につけられたものではない。もっと狡猾な、化け物だ。
 むしろ心配なのはそんな噂を聞いて、彼女が妙なことに首を突っ込まないかだが、彼女も馬鹿ではない。余計なことに感けているような場合でないことは理解しているだろう。
 ―――……ん、待てよ? 人の噂……?
 アルティオの眉間に皺が寄る。だがかすかな違和感が輪郭を作ることはなく、ステイシアの今にも泣きそうな表情を見た瞬間に吹き飛んでいた。
「アルティオさん……怒ってませんか?」
「へ? 何で?」
「だ、だって私……カノンさんに無神経なこと言っちゃいましたし、その……」
 アルティオはああ、と頷く。
 カノンが傷付く、というのは確かにあるティオにとって最も歓迎できない出来事だ。だがそれしきのこと、カノンがいつまでも気にかけているとは思えないし、憎むべき敵は他にいる。
 ここで彼女を責めるのはとんだお門違いだ。
「大丈夫だって、そんなこと。カノンだって気にしてないさ」
「そうでしょうか……」
「そうそう。それより看護する側のあんたが不景気な面してる方を気にするだろうさ。
 もしかしたら一緒にいた俺が怒られるかもしれねぇな。何、女の子泣かしてんのーッ! とかな」
 似ていないモノマネまでして言ったアルティオに、ステイシアは目を瞬かせた。何度もぱちくりと瞬きをする彼女に、アルティオはつとめて朗らかな笑みを浮かべ、
「だからさ、笑っといてくれよ。俺の身を守るためと思ってさ、な?」
 しばし、ステイシアはそのにへら、とした笑みを眺めていたが、その一シーンがリアルに想像できたらしい。やがて小さく吹き出してくすくすと笑い声を上げた。
 アルティオの方はそれで満足したのか、視点を彼女に合わせるのをやめて止まっていた足を進め始める。
 ステイシアはそれを慌てて追いかけて、高い位置にある男くさい顔を覗き込む。
「あの、聞いていいですか?」
「ん?」
 快活な彼女にしては珍しく少しだけ睫毛を伏せて、言葉を選んでいる。そんなものだから、アルティオは何を聞かれるのか大体の予測がついてしまった。
「あの……アルティオさん、何でカノンさんのことが好きなんですか?」
「……あー」
 やっぱりそう来たか、と呟きながらぽりぽりと頬を掻く。唸りながら宙を見て、言い難いというよりもどう説明しようか悩んでいるようだった。
 しばらくそのまま空を眺めて、彼は不意に視線を下げ、何かを懐かしむように、
「んー……今からすると想像し難いと思うけどさ」
「はい」
「あいつ、昔は本っ当に笑わない奴だったんだよ」
 ステイシアは再びきょとん、として目を瞬かせる。
「……カノンさん、ですか?」
「ああ、レンもびっくりの無愛想だった。いや、違うかな。レンの場合はただの無愛想だったけど、あいつの場合は無愛想っていうか無感情……っていうのかなぁ」
「無感情……?」
「ほら、レン。あいつさ、愛想はないけどちゃんと怒ったり何だり出来るだろ? 時々、マジでおっそろしいときとかあるし」
 言われてステイシアは彼に初めて会った際、血相を変えて詰め寄られたのを思い出す。
 なるほど、言われてみればあのときの彼は確かに焦っていたし、苛立っていた。後からやたらと落ち着き払った姿を見たとき、少し驚いたほどだ。
「でもなー、子供の頃のカノンは……何てーか、突付いても叩いてもびくともしない、っていうか。笑わない、っていうよりは笑うことを知らないって感じでさ」
「何で……」
「んー、まあ……複雑な家庭環境だったからなぁ……」
 まさか説明するわけにもいかず、アルティオは曖昧に笑って見せる。
 よくは知らないが、彼女が物心つく頃には彼女の肉親は祖母一人だけだったそうだ。周囲に讃えられていた母親へのコンプレックスと、期待から発せられる重責。将来を決定付けられた強制感。
 彼女が辺りからの干渉を避けるようになったのを、誰かに責められるはずもなかっただろう。
「でもさ、俺があいつに会ったときは、かなりときどきっていうか、滅多にはなかったけど、レンやルナ相手にはほんの少し笑うようになってたんだよなぁ……。
 それが異様に悔しくてさ。何とか笑わせてみたくって、いろいろやったもんだ」
 当時を思い出すかのように、懐かしげに肩を竦めて見せる。
「それで?」
「ああ、一回だけだけどな。俺相手にでも笑ってくれたんだよ。
 それが嬉しくってさ、いつのまにか、な。笑ってる方が可愛かったし、ああ、この娘には笑ってて欲しいなー、と思うようになったんだよ」
 照れたように俯いて笑う。頬と耳がわずかに赤くなっていた。少しだけ寂しそうに、『現在進行形で玉砕中だけどなー』とおどけて見せた。
 そうですか、とだけ答えてステイシアは目を伏せる。
「……羨ましいな、カノンさん」
「へ? 何か言った?」
「ううん、何でもありません!」
 頭を振って彼女はぱっと顔を上げた。胸を張り、すり抜け様にアルティオの腕を掴む。
「行きましょう! 今日はバザーがあるんですよ! 見に行きませんかッ!?」
「お、そりゃいいな! 案内してくれよ」
「はい、任せてください!」
 にっこりと、彼女は華やかな笑顔と共に足取り軽く走り始めたのだった。


 いつから目が覚めていたのか、それともずっと浅い眠りについていたのか。
 まどろみが身体をだるく、重くする。彼にとって眠りは悪いものでもないが、けして良いものとも言えなかった。
 夢から覚めたあとの重い現実感。これが嫌いなのだ。
 目が覚めたのは崩れかけた屋根の合間から差し込んでくる西日のせいじゃない。一つの気配に気がついたからだった。
 彼は気だるい身体に鞭を打って身を起こす。
 かつん、と皮のブーツの踵が鳴った。
「……良くもまあ、こんな酷いところで寝られるもんね」
 トーンの高い、まだ幼さを残す少女の声。彼はぼんやりする頭を振り払って、目の前の闇を凝視する。
 既に廃屋になった小屋敷の一室だ。以前は部屋を着飾っていただろう、絨毯も石の壁も、その壁にかけられたタペストリも、すべてが色褪せている。
 備え付けられたランプが機能しているはずもなく、長年の埃も相俟ってさらに視界は悪くなる。
 夕闇の最中に、小柄な少女の輪郭が浮かび上がる。
「……へぇ」
 それが記憶と一致して、彼はさも可笑しそうに唇の端を吊り上げた。
「……良くここを見つけたね」
「あんたみたいなのが普通の宿に泊まってるわけもないし。だからといって、人目につくところには行けないだろうし。
 なら、町の誰も立ち寄らないようなところを探すのは当たり前でしょ?」
 あからさまに期限の悪い声で彼女は―――刹戒の魔女とも揶揄される、幼い魔道師はふん、と鼻を鳴らす。しかし、答えたのはくすり、という余裕を含んだ微笑みだった。
 辺りにたむろする闇と同じ色をした少年は、服の裾の埃を払って古びたソファから立ち上がった。ばさり、と長いコートの裾が揺れる。
「まさか正々堂々、正面から来て頂けるとは思いませんでしたよ。それも単独とは」
「誰かに言ったらカノンの耳に入りかねないだろうからね。連れて来たくはないし」
「麗しい信頼関係で何よりです。それで、何かご用でしょうか?」
 白々しいのはお互い様だった。だからルナは余計な前戯など挟ませずに問う。
「聞きたいことは二つ。一つは『ヴォルケーノ』をどこから入手したのか、もう一つはあんたが何を企んであの娘たちを狙っているのか。それだけよ」
「いえ、企んでいるなんて」

 どんッ!!!

 言葉も半ばにルナの放った一条の閃光は、少年のすぐ隣の空間を抉り、背後の壁を容赦なく粉砕する。ぱらぱらと崩れる残り香の小石を、少年は目を細めて一瞥を送った。
「……これはこれは容赦のない」
「白々しいのは止めなさい。この町で起こってる通り魔事件、どうせあれにも一枚噛んでるんでしょう?」
「さて、何のことやら」
「今さらとぼける気? そうじゃなきゃ、あんたが中途半端にカノンを襲ったことへの説明がつかないのよ。
 ……この町には憲兵も政団員もいない。なら事件の詳細を説明出来る人間はそれを治療する医者しかいない。けど、普通に旅人として通り過ぎるだけなら、医師と接触する機会なんてないわ。
 あんたはその接触の機会を人為的につくり上げた。クオノリアでクレイヴを殺したときと同じように、カノンたちをこの件に関わらせるためにね。
 通り魔事件の被害者に見せかけるのは失敗したようだけど」
「あれは失敗でしたねぇ。もっと軽傷で構わなかったんですが。
 彼は優秀なんですが、感情の制御が利き辛くてね、僕も苦労しています。そちらのブレーンには悪いことをしました」
 言って肩を竦めるのは当然挑発以外の何物でもない。ルナはますます目尻を吊り上げて彼を睨む。
「……こんな事件を起こして、それにカノンたちを関わらせて、一体何のつもり?」
「素直に答えると思ってここに来たんですか?」
「……ッ!」
 宵闇の中、いっそ清々しいまでにこやかな笑みを浮かべた少年に、ルナの背に寒気が走る。目の前の少年は一歩足りとも動いていないし、何かを詠唱する暇などなかった。
 だが、けして平坦ではなかった半生で培われた勘が訴える。視覚とその勘と、どちらを信じると問われるなら間違いなく彼女は己の勘を頼る!

 どむッ!!!

 転がるようにして避けたルナの背後の壁が轟音を立てて砕け散る。酷い重力を受けたようにひしゃげた壁、その向こうにはだだっ広い廊下が剥き出しになっていた。
 ルナは我が目を疑う。
 今、少年は指一本として動かしていなかった。断言できる。怪しげな素振りがあれば、気がつかないはずがない。
 慌てて今一度、周囲の気配を探る。だが部屋に入って来たときと同じく、感じられるのは視界に写る少年の気配ただ一つ。
 ―――そんな……じゃあどうやってッ!?
 戦慄が全身を駆け抜ける。少年は包帯で覆われた額を軽く押さえ、頭を振る。困った子供を諭すような、そんな表情で、
「ちょっとやりすぎ、かな。普通の人間なら死んじゃうよ」
 溜め息混じりに呟くと、ふと右の手を天井へ掲げる。瞬時、申し計ったかのように指の差す石の天井にぴし、とひびが広がった。
「―――!」
 老朽化した屋根はその重さに耐え切れずに瓦解する。全身に冷や汗が浮く。後ろへ跳び退ると同時に、先程の倍の轟音を立てて崩れた石の天井が冷たい床に積みあがってゆく。
 砂と埃とを舞い上げて部屋の中が一瞬、白く濁った。たまらす口と鼻とを押さえて咳き込む。
 浮かんだ涙を拭い、何とか埃を追い出すと前方を見据える。が、
「!?」
「……単独で来られたことには敬意を表します。ですが少々焦りすぎですね」
 声は頭上から降って来た。はっ、として天井を仰ぐと件の少年は開いた天井の穴の上―――逆光の差す空を背景にして片膝を付き、こちらを見下ろしていた。
「ちッ! 本ッ当に高いところが好きな奴ね!」
「何とかと煙は高いところにいるものですよ。まあ、その勇気に免じて一つ、いいことを教えてあげましょう」
 轟音の後の沈黙に、くすくすと響く笑い声が腹立だしい。包帯に封印された半顔の脇の、かろうじてその封印を逃れている彼の薄い唇が吊り上がる。
「正面から切り込むのも悪くない。足早にチェックを重ねることが出来るでしょう。ですがチェックメイトには届かない。
 僕を落したいなら辿り着いた先の足元をもっと良く見ることです。
 ああ、それと、」
 睨み上げるルナの目線を受け流しながら、彼は寸分狂わぬ笑みを向ける。はっ、と気がついて彼女は浮遊の術を唱え始めるが、冷静さを欠いた遅足の詠唱に他ならない。
「意味を為さない希望的な観測と憶測に逃げることのはやめることをお薦めします。ご自分が傷付くだけですよ?」
「・・・ッ!」
 ルナの喉が詰まり、詠唱が止んだ。
 解ってはいた。この少年の最大の武器は不可思議な符でも、術でも、その身のこなしでもない。
 相手の心情を的確に抉る、言霊。それが真だろうと嘘だろうと、彼は確実に相手の胸中を貫いて、致命打を生む。人が抱える殻を突き破る最高のまやかし。
 だからそれに勝てなくては勝機はない。だが、彼女は詠唱を止めてしまう。それでも。解っていても。
「……健気でよろしい方です。では、また後ほどお会いしましょう」
「ッ! 待ちなさいッ!!」
 我に返ったときにはもう遅い。
 目の端から黒衣がふわり、と姿を消して、中断した詠唱をルナが終える頃には。
 宵闇の広がる空に、少年の黒影は跡形もなく消えていたのだった……。



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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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