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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[ゼルゼイルの旅路] EPISODE7
後半になるにつれて思います。アルティオ、いい男だよ。
 
 
 

 黒毛の馬の顔を撫でてやりながら、ラーシャは小窓から真昼の光を見上げた。
 薄暗い厩から光を求めたのではない。現に、その目は光を追うためではなく、思案のためにどこか遠くを眺めるために彷徨っていた。
 今朝方、客将たちを送り出した。ラーシャも、あと少ししたら前線へと戻る。それが彼女の務めだった。そして、貴族院の説得のためにシェイリーンもまた、シンシアの都ゼルフィリッシュへと発つ。
 前門に虎、後門の狼。そんな言葉が頭を過ぎる。
 いや、虎や狼だったなら、爪と牙をもいでしまえば、それで終わりだというのに。
 ――いかんな。
 嫌な想像を振り払うように頭を振る。
 ルナの提示した策が、果たして打開となり得るのだろうか。ラーシャには解らない。解らないが、何らかの礎となるだろう。
 縋るものが藁一本でもいい。何かを、何かを掴まなくては、勝利も引き分けもありえない。
「……エイロネイアの、皇太子、か」
 彼が台頭してきたのは、わずか二年ほど前のこと。その二年で、戦場は激的な変化を遂げていた。
 ルナの話で、その圧倒的な力の片鱗を見せ付けられた気がする。
 大陸で見たあの少年。あれが、本物の皇太子だというのなら、一体彼は何者だというのだろう。戦場と、人の心を意のままに操る、化け物。
 斬りかかった一瞬に見た、暗い、ひたすらに冷たい眼差しが、頭から離れない。
 何故、彼にはあんな冷たい目が出来るのだろうか。
「……」
 馬の毛を梳く手が止まる。
 勝てる、いや、このゼルゼイルを平穏に導くことなど、出来るのだろうか。ラーシャにとって、戦争を止める事は、その入り口でしかない。
 けれど、彼女は、まだ道を歩むどころか、切り開けてもいないのだ。
 剣の柄を握る。立ちはだかる茨を切り裂く力が欲しかった。自身がこんなにも矮小なのに、立ちはだかる茨の壁はあんなにも冷たく、高い。
 策が上手く行くことを願い、剣と指揮を振るい続けるしか、今の彼女に出来ることは、ない。
「ラーシャ様ッ!!」
「?」
 厩の入り口から、やたらと切羽詰まった声が響いた。戦士の勘だろうか、ぞくり、とラーシャの背中を怖気が走り抜けた。
 向かい風が激しく、かといって背中から追い風が吹いているわけでもない。これ以上の逆風は、g面被る。けれど、その声を上げた兵士の顔は、明らかに真っ青だった。
「れ、レスター大尉が、き、帰還なされたんですが……ッ!」
「何……ッ!?」
 レスターが客将と出立したのは今朝方だ。一週間は戻らない予定だった。だから、それは不運の予兆だと、ラーシャの頭は瞬時に叩き出す。
 耳を塞いでしまいたくなるのをぐっ、と堪えて、ラーシャは先を促したのだった。


「な、何だそりゃぁッ!? ふざけんじゃねぇぞッ!? 馬鹿言うんじゃねぇッ!!!」
 会議室とは名ばかりの、石造りの小部屋に響き渡ったのは、レスターの胸倉を掴んだアルティオの怒鳴り声だった。
 相手に威圧を与えるというよりは、感情をそのまま叩きつけているという感じ。当たり前だ。威圧を与えようとして、怒鳴り声を上げるなど、そこまで彼は頭のいい人間じゃない。
 シリアは奥歯を軋ませながら、必死に頭の冷静な部分を引きずり出していた。耳元に当たるアルティオの怒声は、ほんの少しの安定感と、そしてその静かな作業の邪魔をしてくれる。
「カノンが、カノンたちがいなくなっただとッ!? どういうことだよッ!!」
 がりッ……
 アルティオの、先ほど聞いた耳が痛くなる報告の復唱に、シリアは伸ばした爪を噛む。
 胸倉を掴まれたままのレスターは歯軋りをしながら、同じ報告を繰り返すだけだった。
「……ガリア平原の林で、エイロネイアの皇太子を名乗る男に遭遇した。
 ……お三方は、そのまま、何処かへ姿を消した。男も、いつのまにか、どこかへ……」
「ンなバカなことがあってたまるかッ!! 何処だ、カノンは、レンはルナはッ!? あいつら、何処行ったってんだよ……ッ!!」
 シリアは爪が砕けているのに気が付いて、ようやく口元から指を離す。
 レスターの隣に立ったライラは、困惑を浮かべるでもなく、相変わらずの無表情を貫いている。それもまた、アルティオの怒りに火をつけているのだろう。
 シェイリーンは上座に座ったまま、束ねた髪を握り締めている。慌しくやって来たラーシャとデルタ、ティルスは、一時はアルティオをたしなめようとしたものの、無駄だと悟ってからは窓辺に立って唇を噛んでいる。
 ヴァレスは、普段通りの飄々とした態度で、ちっとも困っていない表情で困りましたね、と呟いていた。
「アルティオ様、あの……」
「……ッ」
 おずおずとシェイリーンが声をかけようとする。アルティオが、彼女にまで罵声を浴びせなかったのは、見上げたフェミニスト根性だと思う。
 けれど、そんな形相をしていては同じこと。
 シリアは冷静さを引き絞る。ここには、彼女に代わって冷静な言葉で彼をたしなめてくれる人間が、いないのだから。
「アルティオ、少し落ち着きなさい。怒鳴り声で女の子を萎縮させるのは、どう見ても貴方のスタンスじゃないでしょう?」
「シリア! お前、何でそんなに冷静なんだよッ!!」
 叩き付けられた大声に、シリアはしかし、溜め息を吐いた。一瞬の間の後に、形の良い眉を吊り上げる。
「あのね! 私だって今すぐここを出てレンを探しに行きたいわよッ!! 普段だったらとっくにやっているわッ!!
 でもね、貴方、あいつの話を聞いてたのッ!? 相手は大陸にいたあの男だったのよッ!?
 あいつが私たちの前でどれだけ面妖なことをやってくれたと思ってるのッ!?
 ……私やルナですら、理解不能だったのよ。それを、魔道やら何やらに何の造詣もない一兵士を捕まえて、どうにかなると思ってッ!?」
「ぐ……ッ」
 今度はシリアがアルティオの胸倉を掴み上げる番だった。シリアにも、アルティオにも、互いの焦りと怒りは十分すぎるほど理解できた。
 だから、その仲間からの声は、一番胸に痛く叩きつけられる。
 いざというときは、シリアの方が冷静だった。もしかしたら、こんなときは仲間内で最も冷静になれる人間かもしれない。だからといって、けして冷たい人間なわけではないことを、アルティオは知っていた。
「……悪ぃ」
「いいけれど。私も貴方のそういう直情的なところは嫌いじゃないから。
 でもね、今は短気に走るときじゃないわ」
 ふぅ、とアルティオの肩から力が抜ける。シリアの冷静さに、驚くと同時に浮き足立っている自分が情けなく見えたからだ。
「……お前のそういうところは尊敬するぜ」
「あら、全部が尊敬に値すると思うけれど?
 まあ、それは今はいいわ」
 真顔に戻ったシリアは、襟元を正していたレスターに向き直る。
「あの娘たちは、本当に突然消えたのね?」
「あ、ああ……。何というか……黒い霧、みたいなのが出てきて……。気が付いたときには……」
「……そこに、黒い服の、あの男の子がいたのね?」
「ああ。顔の半分を包帯で隠した……二十くらいの男だった」
 シリアはぎゅ、と表情を固くする。黒い霧。そんな風に表現できるものを、シリアたちは目にしている。何度も、とは言わないが、少なくとも数回は。
 頭を振る。今は彼女の代わりに、冷静に頭を動かしてくれる人間はいないのだ。
 冷静に、冷静にならなくては。
「……その場で、殺された、とかじゃないのね……?」
「ああ、たぶん……」
 自信なさげに口にするのは、おそらく、目にした現象が不可思議極まりないものだからだろう。死体を目にしていたのなら、そんな表現はしない。
 死体があったわけじゃない。その場で殺したわけでもない。
 ……ということは、まだ、彼らは――。
「シェイリーン様」
 シリアと同じ思考に辿り着き、声を発したのはラーシャだった。顔色を白くしながらも、生真面目な表情を保ちながら、
「彼らは大切な客将です。我らには、彼らの身の安全を確認する義務があります」
「……その通りです」
「すぐに捜索隊を組みましょう。隊の先頭には私が」
「いえ」
 言いかけたラーシャの言葉を遮って、シェイリーンは立ち上がった。ゆっくりと、面を上げた。
「……ラーシャ、貴方は戦地の頭としての責を全うしてもらわねばなりません。
 捜索隊の筆頭には、レスター、それから」
 唇を噛んでいたレスターに呼びかけ、そして苦い顔を見せているシリアとアルティオへ、紫色の瞳を向ける。
「シリア様、アルティオ様。捜索隊の副隊長として、立って頂けませんか?」
「!」
「お、俺たちがかッ!?」
「シェイリーン様!?」
 シェイリーンは俯いて、ぐっと目を瞑る。ぎゅ、と拳を握って石のテーブルに押し付けながら、口を開く。
「ラーシャをこれ以上、前線から離れさせるわけには行きません。かといって捜索をしないわけにも行きません。
 ……私はこれから貴族院との交渉のために北都に向かいます。ルナ様たちが失踪したと知れれば、交渉も不利となる。大掛かりな捜索は出来ません。精鋭で、迅速な対処が必要です」
「ンな……ッ!」
 憤りかけたアルティオの肩を、シリアの手が押さえた。その二人に、シェイリーンは居た堪れない、苦い表情を浮かべ、ゆっくりと頭を垂れた。
「……申し訳なく、大変失礼なこととは存じております。けれど、私たちは、貴方方が授けて下さった計画を頓挫させるわけには行かないのです」
「……」
 アルティオは歯を軋ませながら、それを見下ろしていた。どうすべきかが、判断出来ない。頭に熱が集まっている。
 彼ほどではないが、同じような表情で唇を噛んでいたデルタが、何事か言いかける。しかし、それよりも先に飄々とした声が遮った。
「しかし……。そんなことをして、皇太子は何の益にしようと言うのですかね……」
「……」
 何かを含ませたような声色に、シリアが柱に背を預けるヴァレスを睨む。だが、彼はそれはあっさりと受け流した。
「……エイロネイアが内部に密偵を送っているのだとしたら。シェイリーン様が貴族院に睨まれている状況を知っていてもおかしくありません。
 シェイリーン様の客将を捕らえることで、さらなる内部抗争を招くつもりか……。
 あるいは、こちらの計画を形振り構わず止めに来たか。
 ならば、なおさら計画を頓挫させるわけには行きません」
「ふむ。そうですね……。彼らにとって、この計画が何らかの痛みである可能性は高いでしょう。
 ですが、それだけならば、わざわざそんなややこしい方法など取らずに、一思いに殺せばいい。
 何故、それをしなかったのか、という話になります」
「それは……」
「後々、人質にでも使うつもり……でしょうか……」
 抑えた声で、デルタが口にする。はっ、として目を見開くアルティオだが、ヴァレスはゆっくりと首を振った。
「まあ、それもあるかもしれませんが――。
 私には別の目的があるように思えますがね」
「別の目的、ですって?」
「そう。例えば――
 捜索隊の結成自体が目的、ということは考えられませんか?」
 ティルスとラーシャ、シェイリーンの表情が歪む。少し遅れてデルタが声を漏らした。
 シリアも同じ発想に行き着く。
「自軍の将が生死不明という自体よりも、他の国からの客将が行方不明、という方が、重みがあります。信用問題に関わる話ですからね。捜索隊を設けないわけにはいかないでしょう。
 必然的に我々はそちらに戦力の多少を削がざるを得なくなる。ルナ嬢がいなくなる、ということは計画の遅延も意味しますから一石二鳥、ということではないですか?」
「エイロネイアは……また、いずこかへの侵攻を考えている、ということですか……?」
「そうは言い切れませんが。ともかく、我々は彼の術中に嵌りかけているのでは、ということです」
「じゃあ、何だ!? あの三人を見捨てろ、ってことかッ!? 捜索すんな、って言いたいのかよ!?」
 再び声を荒げるアルティオの手が、ヴァレスの胸倉を掴む。ラーシャとシェイリーンが慌てて駆け寄った。
「お待ちください、アルティオ様!
 ヴァレス! 貴方がどう言おうと捜索隊は結成せざるを得ません。たとえ、あの皇太子の思惑が働いていたとしても、それがシンシアとしての義務と彼らの権利です!」
「……」
 ヴァレスの細い目を真っ向から睨んで、シェイリーンは言い放つ。彼はひょい、と軽く肩を竦めただけだった。
「これは失礼。閣下のご命令に背くようなつもりはなかったのですが。貴方がそう仰るのでしたら、それに従いますよ。
 ああ、でも、捜索隊を出されるのでしたら、計画の先頭に立っていらしたルナ嬢を真っ先に保護すべきでしょうね」
「……? な、何でだ?」
 ヴァレスの意味深な口調に、不安を煽られたアルティオが問う。シェイリーンは何故か黙っていた。
 ヴァレスはそれに、僅かにせせら笑った。
「シェイリーン様、貴方もお気づきのはずですよ。彼女のかつての友人が、七征の中にいると知った時点で、考え付いたことがあるはずです」
「……何の話ですか」
「彼女のかつての知り合いは、七征の中でかなり重要なブレーンになっています。戦況を覆した要因と言ってもいいでしょう。
 ……以前も話しましたが、勝負を拮抗に持っていく方法は二通りあります。
 一つはルナ嬢が考案された通り、こちらの戦力を増強すること。
 もう一つは、相手の戦力を削いでしまうことです」
「……」
「その男が、エイロネイアの戦力の源であるのなら、話は簡単です。もいでしまえば、これ以上のエイロネイアの戦力増強は止まります。
 勿論、簡単ではないですよ? けれど、ルナ嬢とその男の関係を利用すれば、彼女を囮として何らかの策を練ることは可能だったはずです」
「な……ッ!?」
 アルティオが喉の奥から声を上げる。シリアはもう一度、爪をかりり、と噛んだ。
 ラーシャははっ、としてシェイリーンを、自らの主を見る。彼女は無表情のまま、ヴァレスを見上げていた。
 僅かの沈黙。そして、彼女が厳かにそれを破る。
「……可能、だったかもしれません。けれど、私はそれを選びませんでした。詮無きことです」
「確かにそうですねぇ。貴方好みではないですからね。
 ですが、彼女が何らかの形で切り札として使えることは確かです。人道的にも、非人道的にも。
 エイロネイア皇太子とて、それは悟っているでしょう。彼女がシンシアにいる、ということは彼にとっては不安材料になります。
 だから。
 不安材料は真っ先に、始末したくなるものじゃないですか?」
「……」
 シェイリーンは睨むようにヴァレスを見上げた。そのまましばし、睨みあったままで――
 やがて彼女は深い息を一つ吐く。
 そして振り返った。
「……ティルス、レスター。今すぐ、捜索隊の手配を始めなさい。事は急を要します」
「へ、へい!」
「はい」
「シリア様、アルティオ様。聞いての通りです。
 このような事態、申し訳なく思います。恥を忍んでお願いいたします。どうか――」
「……」
 額に汗を浮かべたまま、アルティオはシリアと顔を見合わせる。シリアは回答を求められているようで、憂鬱に目を伏せながら、こめかみを押さえた。
 そして考える。最善の選択を模索する。
 どうしたら、あの娘たちを救える? どうすれば、あの黒の皇太子を退けられる?
 思考をめぐらせる。そして、ゆっくりと面を上げた。
「……シェイリーン」
「……はい」
「……捜索隊の、副隊長に、ティルスをつけてちょうだい。彼が担ってた魔道師の収集と指示は、私が請け負うわ」
「シリアッ!?」
 思ってもみない決断に、アルティオが声を上げる。シリアの顔を見下ろし、しっかりと意志のある瞳に、今の言葉は冗談でも何でもないことを悟る。
「考えてもみなさい。ゼルゼイルって土地にまったく土地勘のない私たちが探したところで大した戦力になれるわけはないわ。
 だったら、土地勘のある人間に変わってもらった方がいいでしょう?
 私もここ数日で、ルナにかなりの知識を教え込まれたから……。地元の魔道師の助けがあれば、指示くらいは出せるわ。それに、皇太子が計画の頓挫を望んでいるなら、魔道師の集まっているこの砦を野放しにするとは思えないし……。
 ヴァレスさんはシェイリーンさんの護衛があるでしょ。少しでも、戦力があった方がいいじゃない。
 それに、何かの形で裏をかけるかも……」
「だからって……! お前、あいつらのこと、心配じゃないのかよ!?」
「勿論、心配よ。でも、私はあの娘たちの死体を見たわけじゃない。生きているなら、あの娘たちなら大丈夫よ。
 ――貴方だって聞いたじゃない。あの娘が、あんな顔して何が何でも生き残れ、って言ったのよ? 死ねるわけないでしょう?」
「……」
「私は、あの娘たちを信じるわ。自分の仕事を全うする。
 じゃなきゃあ……あの娘たちが帰って来たときに、合わす顔がないじゃない……」
 少しだけ震えながら、それでも胸を張って彼女は呟いた。
 触れれば折れてしまいそうな決意だ。想い人の命を、運に任せたくなどない、と言った彼女だ。その彼の命を他人任せにするなど、悔しくて仕方ないに違いない。
 それでも、自分の責がどこにあるか自覚して、道を選んでいる。
 アルティオは息を吐いた。これでは、自分が駄々っ子のようではないか。
「そういうわけだから、アルティオ。あの娘たちのこと、よろしく頼んだ……」
「ンじゃあ、俺も残るかな」
「!」
 さらりと言ったアルティオの返答に、シリアの形の良い眉が歪む。
「貴方、何を……」
「まー、確かに俺だって今すぐ飛び出したいけどさ。一人だけ抜け駆け、ってのもな。
 襲撃を考えるなら、俺もいた方がいいだろ? 頭使う方はちっと協力できないけどよ。無駄にうろうろして捜索隊の足手まといになるより、よっぽどマシってもんだ。
 それに、」
 言いかけて、彼は少しだけ苦いながらも、いつもの明るい笑みを浮かべる。
「こんな場所に仲間の女の子一人残してく、ってのも、俺のスタンスじゃないんでね」
「……」
 一瞬、意味が解らなかった。しかし、すぐに我に返るとシリアは仕方のない笑みで首を振る。
「仕方ないわね……。好きになさい」
「おう」
「シリア様、アルティオ様……」
 アルティオが答えると同時に面を上げたシェイリーンが、ぎゅ、と眉根を寄せて彼らの名を呼んだ。
 長いローブに、直らない皺をつくるほど拳を握っていた彼女に、彼らは、
「そういうことだから。貴方たちにとっても悪い条件じゃないでしょう?」
「そうですねぇ。効率を考えれば、コンチェルト少佐が捜索に当たった方が早く済むでしょう。
 それに、砦の護衛に付いてくださるとなれば心強い。私はシェイリーン様の護衛に当たらなければなりませんし、フィロ=ソルト中将には前線に出てもらわねばなりませんからね」
「しかし、お二方とも……本当にそれで良いのですか?」
 ヴァレスの分析に継いで、ラーシャが二人に問いかける。二人は視線を合わせて、深々と頷いた。
 シェイリーンの顔が、一瞬くしゃり、と歪んだ。
「ありがとう、ございます……。本当に……」
 涙声で呟いた後、彼女は一つ深呼吸をする。数日前もそうしたように、ぐるり、と周囲を見回して、
「レスター、ティルス。急ぎ捜索隊を結成してください。精鋭とはいえ、多少の人海も必要でしょう。私の護衛に付くはずだった兵士も使用して構いません。
 その代わり、ライラ、貴方もヴァレスと共に私の護衛をお願いします」
 こくん、とライラは無言で頷く。レスターとティルス、ヴァレスはその場で敬礼の姿勢を取った。
「ラーシャ、デルタ。貴方方は予定通り、前線指揮に戻ること。ただし、客人が戦場に巻き込まれていないかの確認をしっかり取ってください」
「はっ」
「承知しました」
「……シリア様、アルティオ様」
 最後に、彼女は二人の方へと向き直る。
「……心苦しいですが、この場を、どうかお願いいたします」
「……解ったわ」
「うっす」
「魔道師の収集がある程度、完了したなら場所を北都近くに移しましょう。その手はずはこちらにお任せください」
 シェイリーンの言葉に、ティルスが追加する。彼らが頷くのを待って、彼は何事かを傍らで肩を怒らせていたレスターに言った。
 そうして、真っ先にその辺に散らばっていた書類を集めて行動を起こそうとする。
 しかし、
「あ、あの……!」
 呼び止めたのは、同席していた、カノンたちと同行していた魔道師の一人だった。
「何ですか?」
「……」
 ティルスが問い返すと、真っ青な顔で俯いてしまった。同じく、真っ青な顔でいた隣の同僚の魔道師が、彼を下がらせて声を上げる。
「……信じ難いことですが……エイロネイアは、あの皇太子は、あの男は、もう既にとんでもない力を手に入れている可能性が……。
 あの場で、ルナ=ディスナー様との会話の内容が、本当だとしたら……」
 ティルスは視線でレスターに問いかける。しかし、知識に疎い彼は白い顔で首を振るだけだった。彼には、自分で見たものが何なのか説明が付けられない。今、この場でその説明が出来るのは、同行していた、知識を持つ魔道師たちだけだろう。
 かつり、と沈黙を破るように、シリアのヒールが鳴った。
「……ルナがいない以上、魔道関係の指揮は私が執るわ。貴方が見たもの、聞いたもの、全部教えてちょうだい」
 重い責が、両肩に襲い掛かるような、そんな痛みを感じた。


「アリッシュ」
 聞き慣れた涼やかな声に、男ははっとして振り返った。
 たった一月ほど前まで戦場だった場所を眺めて、少し意識が飛んでいたようだった。
 砂埃に汚れた白いローブと、長く伸びた水色の髪を押さえて、彼は目を細める。背後に立っていたのは、予想通りの――ゆったりとした黒衣に身を包んだ、顔の片側を包帯で隠している少年の姿に右恭しく頭を下げる。
 そのあまりにも綺麗な礼に、少年は息を吐きながら頬を掻いた。
「……エリシアやカシスの態度も問題だけど。君のその律儀さも問題だね……。
 別に僕はそんなに偉くなった覚えはないよ」
「殿下は、今は我が主です。敬うのは当然のこと。これは私の矜持にございます」
 少年はやれやれと首を振る。しかし、それは侮蔑ではなく、長い付き合いの友人の癖を窘めるような仕草だった。
 歳は二十半ばほどだろうか。水の色の長髪を、金の刺繍が施された白いローブの背に流し、胸元には無論八咫鴉の紋。
 精悍な、引き締まった表情が、彼の性格をそのまま表している。
 彼は面を上げると、自らの主を見、そしてまたその背後に目を止めて、少しばかり目を見開いた。だがそれは一瞬で、すぐに生真面目な顔へと戻る。
 少年は男の脇を素通りすると、風の吹く高い崖の上から、今しがた彼が見下ろしていた場所を同じように眺めた。
 眼下には深緑の木々がこんもりと森を作っていて、その先に唐突に砂塵の上がる荒野が広がっている。だが、そうしたことか、その砂塵が妙に濃い。
 理由はすぐに割れた。
 小隊ほどの規模の人の群れが、荒野を馬で乗り回しているのだ。
 どうやら群れ同士の抗争なのか、血気は荒く、砂塵のが、妙に赤い。甲高い悲鳴と掛け声が、離れた崖の上まで届く。
「先の戦で出た落ち武者たちの蛮族です」
「シンシアの? それとも自軍のかい?」
「両方です。敵も味方もありません。近隣の村や町で強盗や殺人を起こしているようです。その群れ同士の衝突でしょう」
「まだ規模は小さいようだが……捨て置くわけにもいかないな」
 ふむ、と少年は肩膝を付きながら頷いた。しばし、何事か思案する。
 そして、抗争を目に留めたまま立ち上がる。
「……初陣、というには些か役不足な気がするけど。
 せっかくだ。お願いできるね――?」
 そう口にしながら。
 彼は、背後を振り向いた――。


 部屋に入るなり、アルティオは小さく溜め息を吐いた。机に突っ伏したまま、こちらに背を向けて寝入る幼馴染の背中に気が付いたからである。
 灯りはランプ一つだけ。薄暗い部屋の机の脇を素通りして、奥の部屋へ行く。すぐに戻ったその手には、厚手の毛布が抱えられていた。
「ったく、うちの姫どもは皆して、どうしてこう手がかかるんだか……」
 呆れた声で呟きながら、薄手(薄手以前に布地が極端に少ない)の服の肩に毛布をかけてやる。そのときにちらりと見えた彼女の手元に軽く首を振った。
 膨大な書簡と魔道語の辞書と、アルティオには何が書かれているかまったく解らない書本。
 シリアは浄療術の初級認定を受けている。魔道については多少だが、詳しいはずだ。しかし、それは多少であり、ルナのように専門に研究しているわけではない。
 加えて一国の書簡を綴る、なんて経験もない。昼方、捜索指揮の傍ら、砦に顔を出しているティルスに指示されながら、物凄く不機嫌な顔で唸りながら書いていた。
 不慣れな作業ほど疲れるものはない。ルナのように器用にはいかない。それでも彼女は砦に集まった魔道師たちに指示を出し、各地での調査の調整を行っている。
 ――なっさけねー……
 アルティオは自分の馬鹿さ加減を知っていた。知識の足りなさも解っている。同時に下手に手伝うと、返って邪魔になってしまう自分の情けなさも。
「いっつも、こんなんだな……俺」
 思えば、ステイシアの事件のときもそうだった。何も出来なかった。一人では立ち直ることさえも、出来なかった。出来ないまま……一人の、女の子を、犠牲にした。
 アルティオはさらに激しく首を振る。駄目だ、忘れるのだ。痛みはいつかしかるべきときに思い出せばいい。
 朗報は来ない。あれから既に一週間が経過しているというのに、カノンたちの姿はおろか、目撃情報さえも一報すら入って来ない。
 ――やっぱり、エイロネイア、ってことなんかなぁ……
 エイロネイアの領内についても、密偵に依頼はしているらしい。しかし、先のエイロネイア皇太子の思惑もある。派手な動きは出来ない。
 カノンもレンも、ルナもいて、破れなかった、エイロネイアの滅法鬼神。皇太子。やはり、周到な人間なんだろう。
 知らず知らず、表情が強張る。
 嫌な想像を振り払うように、持ってきたマグカップを一気に煽った。
 この怒りを、このやるせなさを晴らせる場所は、いつか来るのだろうか。
「本当に……どこ行っちまったんだよ……カノン……」
 呟いた悔しさの塊は、カップの底に残っていたコーヒーの黒い雫に、溶けて消えた。



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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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