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DeathPlayerHunterカノン[降魔への序曲] EPISODE11
『獣』は足を止めた。
目標がいない。
目の前が開けている。
最後の壁を破壊して広がったのは、ただ広い空間。外と内との境界を知らず知らずのうちに破壊してしまったらしい。
呻き声を漏らしながら、『獣』は瓦礫の山を押し退けながら外に出る。
すっかり日の落ちた夜空と、黒々と広がる森が視界を埋め尽くす。
刹那。
背後から気配。
「―――!」
ぎぎぃぃんッ!!
硬質化した腕と、銀の刃が噛み合って耳障りな協音を生む。束ねられた緋色の髪が翻って、鳶色の瞳が『獣』を射抜く。
「レンッ!」
呪文が完成するのを待ってレンは横に飛ぶ。
瞬間、
「吹けヴァイオレントゲイルッ!!」
ごおおぉぉおッ!!!
収束して吹いた烈風が、そのまま瓦礫ごと『獣』を外の空間へ吹き飛ばす。
烈風の名残を利用して勢いつけたレンがそれを追う。まともに体勢を崩していた『獣』、レンはその肩を狙い、
「覇ぁぁぁぁぁぁッ!!」
気合一閃。
ぎどんッ!!
『獣』の右腕が肩口から先が切り落とされる。緑色をした気味の悪い体液が跳ねて、がらんッ、と音を響かせて右腕が落ちる。
切り落とされた肩口から伸びる血管のような触手が蠢いて、瞬間的に『再生』を始める。
だが、ここは外。『ヴォルケーノ』が人間に作用しないよう、働いているのなら、合成獣のような強力な生命力を持つものいなければやはり即時再生は難しいらしい。
『獣』は痛みに叫ぶことなく後ろへと飛ぶ。
じわじわと、確実に、修復に伸びていく腕。先程よりは遅いが思ったより早い。
だが、それを待ってやっている義理はない。
レンはさらに踏み込んで、『獣』に刃を向ける。『獣』は四本の指の先から爪を伸ばし、それを受け止める。
ぎんッ、と金属音が耳を打った。
返す刀で剣を引き、『獣』の胴を凪ごうとするレン。『獣』はそれを交わし、横っ飛びに間合いを取って、
「!」
「覇ッ!!」
いつの間にか回り込んでいたカノンの剣鎌の刃を無理矢理、背中で受け止める。腕より背の方が装甲が硬いのか、カノンの刃は通らない。
彼女は刃を引いて『獣』との間合いを取る。
しかし、その間にも体勢を立て直したレンは『獣』へ切りかかる。難なく、これを受ける『獣』。
長い間合いを取って、カノンは短い呪を紡ぐ。
「疾く集え、地を這う哀れな者たちよ……」
ぎっ……
カノンの右手に重圧がかかる。
クオノリアに満ちる焦燥が、得体の知れ無いものへの恐怖が。彼女の元に集い、傅く。
空を裂く音。剣鎌の先端が黒に染まる。
「覇ぁあぁああぁあぁあッ!!」
レンが再び剣を振るい、『獣』の右腕へと刃を振り下ろす。破魔の力を受けた鋭い刃は易々と肩口へと食い込み、復活しかけた腕を再び切り落とす。
『獣』が彼を振り払うように身を震わせる。
はみ出た血管はすぐ様、修復を始める。が、
「カノン、レンッ!!」
飛んだ声にレンは構えを解かずに距離を取り、カノンはそのままじりっ、と後退する。
腕を一本、二本落としただけで勝てるとは思わない。ただ修復に手間をかけさせるだけの時間稼ぎ。
「我求む……」
ルナの翻した両手に眩い光が宿る。彼女の足元には稼いだ時間をかけて練り上げた魔道陣。
「破するは赤き閃光の槍……」
彼女と『獣』を繋ぐ空間に、一筋の赤い線が走る。力がその場に具現するための、いわば導火線。
ルナは拳を前へ突き出すように、最後の命令をそれへ叩きつける。
「撃てドラグーンフレアッ!!!」
赤い轟音が辺りを揺るがす。燃え上がる閃光を追うようにカノンが駆ける。
猛る熱量に『獣』の体が溶けて悪臭を漂わせる。剥がれるように落ちていく装甲。熱に負けてただれていく皮膚。
張りぼてと化していく胸の袂に、
「―――取った!!」
炎が止み、その胸に白い華を見つける。わずかな光を放つそれは、自らの姿を隠すように肉体の修復を開始する。
しかし、そんな暇をやる必要はない!
赤い線を縫って駆け抜けたカノンはそのまま剣鎌を白い華へと突き立てる!
「我が内に集えッ!!」
がぁあああぁぁぁあぁああぁあぁぁぁッ!!!
剣先と華が触れた箇所から黒い光が噴出した。
「……『ヴォルケーノ』の元は魔力と瘴気の塊。カノンの『魔変換』[ガストチャージ]は負と魔の力を取り込む能力。
それがあれば、」
カノンの持つ刃に広がる黒の瘴気が大きくなっていく。
噴出した瘴気は剣鎌の先端から先端を黒に染めた。華が修復を止める。カノンは刃を引く。そして、
「覇ぁああああぁぁあッ!!」
そのまま、瘴気を叩きつけるようにカノンは横薙ぎに、小さく縮まった華を斬り飛ばす!
ざんッ!!!
「『ヴォルケーノ』本体を吸収した力なら斬れるッ!!」
ぎぃいいいぃいあぁああぁあああぁあぁぁぁぁあぁッ!!!
カノンの黒い刃が華を散らすのと、『獣』が歪んだ断末魔を上げるのとは、ほぼ同時だった。
「カノンッ!」
「れーんッ!!」
華の復活がないことを確認して、カノンたちが肩を下ろしていた矢先。背後からいつもの黄色い声がかかった。
「シリアッ! アルティオッ!!」
「大丈夫か、カノンッ!? 嫁にいけないようなことされてないかッ!?」
「されてないわよ、そんなもん……。ってか何想像してんのよ、あんたはッ!!」
「でッ!」
着いて早々余計なことを口にしたアルティオの頭をしばく。
「れーん、大丈夫ぅ? この女に変なことされなかったぁ?」
「何をするってのよ、こんなときに……」
「それより、あんたたち町の方は大丈夫なの? ちゃんと全部片付けて来たんでしょうね?」
「いや、それがさ、何ていうか……」
「ちょっと、それはいいけど。あんたたち、ちゃんとクロードの尻尾を掴んでんでしょうね?」
『……』
シリアのその問いに。
カノンたちは揃って顔を見合わせた。
―――はぁ、はぁ……
自分の吐き出す息が五月蝿い。だらだらと血を流す右の足が、骨のいかれたあばらの脇腹が、歩を進めるたびにじりじりと熱を持った痛みを容赦なく放つ。
三歩、歩みを進めたところで吐き気を催して膝を付く。吐き出した胃液には多量の血が混じっていた。
上がった胃液が、折れた肋骨がどこの部位か知らない、体内を傷つけてまた血が噴き出す。
ずるずると、色の変わった服を引き摺りながら、どことも解らない草むらを歩く。
圧倒的な肉体の痛みに、もう声すらも出ない。
―――くそ、くそくそくそ……ッ!
こんなはずじゃなかった。
どこから計画が狂った? 破綻した? そうだ、元はと言えば、合成獣が一度ビーチで暴走したときから。
仲間にも、配下にもあんな命令は下していない。あんなはずはないのだ。誰が一体、あんな場所に『獣の華』を放った。
それにクレイヴのことも。奴が死ななければ、奴が雇ったあいつらが事件に酌みすることもなかった。あそこからすべてがうまくいかなくなった。
一体、誰が?
―――クソッ、まだ、まだ終わるわけには……
悪態を吐いたとき、前方の草むらががさり、と鳴った。びくり、と震えた瞬間に全身に走る痛み。それでも何とか堪えて面を上げる。
視界に入ったのは夜風に棚引く柔らかな黒の影。
わずかな新月の灯りに照らされながら佇む漆黒の闇。
「あ、あな…た、は……」
少しだけ、身体に力が戻ってくる。
「た、たす、助け―――」
吐き出した血を拭いながら、唯一の光明へ縋りつくように手を伸ばす。体液に塗れた指が伸ばされて、そして―――。
ぎゃぁああぁああぁぁぁぁぁッ!!
『!?』
支部の裏側に広がる林に轟いた悲鳴に、一同は一斉に顔を上げた。
黒々とした影で佇む林に、息を飲んだのは誰だったか。
「今のは……」
「行くぞ」
全員が顔を見合わせて頷く。石畳を駆け抜けて、整備された石段が途切れた先からがさがさと茂みに分け入って。
最初に足を止めたのはカノンだった。
「あれ……」
降り注ぐ星明りに林の木々はただ陰を描き、わずかに存在する梢の合間から漏れる光が辺りを照らす。だが、その光も今夜の新月で大分弱い。
そのほの暗い光の中で、その姿は一層闇に溶けていて。
殆ど気配を感じないほどに儚く。
だが、それ故に何故か強烈なまでに瞼に焼きつく。
"彼"はこちらに気が付いているのかいないのか、いや、きっと気がついてはいるんだろう。静かに木々の合間から新月を見上げる。
青白い新月と暗い夜空と、陰を作り出す夜闇の梢が、それの輪郭をわずかに霞ませる。
「……今日は新月ですか」
くすり、と笑ったのだろうか。
「友人は満月が駄目なんだそうで、でも新月も嫌うんですよ。
満月は眩しすぎる、新月は暗すぎるんだそうで」
振り返った"彼"は微笑みを浮かべて彼女たちを出迎えた。
「あんた……」
新月を背にしたその"人"は、艶やかな黒髪と白い肌の、黒のコートと巻きつけた包帯の、モノクロのコントラストを描く。
あの、少年だった。
新月を背にするその姿は、美麗な一枚の絵にも相応しく。
けれど、
その幻想に圧倒的に不釣合いなこの鉄錆に似た不快な香りは何なんだろう―――。
「……ぅ、ぁ、ぁぁぁ…」
「・・・!」
目を向けるのさえ忘れていた。少年の足の袂から聞こえた呻きに、カノンは視線を下ろして。
思わず肩を震わせる。
そこには人が倒れていた。
どこかで見た、血だらけの銀の髪、赤黒く汚れた白いローブ。くたびれたその体は、しかし、上半身と下半身が不自然に折れ曲がり、両腕には深く刺さった杭のような白い棘。
吐き気を覚えて後退る。
「あ、あんた、ま、まさか……」
口も聞けない他のメンバーに代わり、何とか言葉を搾り出す。
少年はたった今しがた気が付いたように、ゆらり、と足元の『人間』を見下ろした。
「あ……ぁぁ、……ま、……んさま、ご、ご慈悲を……」
足元の『人間』が何事か呻く。少年はまったく表情を変えないまま、
がッ!!
「!!」
「……貴方はお喋りが過ぎますね。誰も名前を口にしていいと語った覚えはありません」
後ろ首を踏みつけた足をどけながら、呆れたように吐き出す。
そのときになって、カノンは思い出した。
WMOに拘束されていたとき、クロードが"あの方"と溢していたことを―――。
「まさか―――」
「カノン?」
「まさか、そいつに、『ヴォルケーノ』を渡した奴って、まさか―――」
「……そんなことまで喋ったんですか、貴方は」
肩を落して、少年は足元を見下ろして……いや、見下した。『ヴォルケーノ』の単語に、ルナの肩がひくり、と震えた。
「あんた……『ヴォルケーノ』を、一体どこであれを見つけたというの……ッ?」
「まあ、別にあれでなくとも良かったんですが、ね。
それにしてもいろいろ喋りすぎですね。仕方が無い」
少年は不意に、包帯に塗れた右手を振り上げた。その手には符、ほの白い光が収束し、やがて杭の形を造り出す。
「! やめッ……!!」
どしゅッ!!
思わず目を逸らす。鮮血が、闇に舞った。
少年は、
彼は、やれやれと首を振って血だらけの背中から杭を引き抜いた。暗い中に滴り落ちる血液を振るって、杭を放り捨てる。
白々しい動作で肩を竦め、
「まあ……どうせこうなるとは思っていましたから、仕方が無い」
「そいつ、あんたの配下か取引相手だったんじゃないの!?」
「……ええ、取引相手、でしたね。正確には」
口元を押さえることで吐き気を抑えながら、何とか前方に視線を投げる。少年は無残なその残骸を前にやはり、微笑みを絶やさないままで、しゃがみこんで"それ"の頭を取った。
「噛ませ犬、という言葉をご存知ですか、お嬢さん[sister]」
ぐしゃりッ
「―――っ!」
「シリアッ!」
細い指が、引きちぎられた頭部に食い込み、無残にそれは散開した。肉と脳の潰れる音がリアルに響き、少年の腕に巻かれた包帯を伝ってぼとぼとと血液とも髄液とも付かない薄赤い灰肌色のどろりとした体液が地面へ広がる。
アルティオが失神したシリアを支え、レンのマントがカノンの視界を遮る。ルナはひたすら苦い表情を浮かべながらもその場から動かない。
いや、動けないのだ。
目の前の、秀麗な雰囲気を持つ少年と。
無慈悲に引き裂かれた悲惨な骸と。
同じ空間に存在するその二つがあまりに不釣合いで。闇と同じ色をした少年は頬へ飛んだ体液をやはり微笑を浮かべたまま、静かに拭う。
優雅、とも言える動作に不和が沸き起こる。
少年はまるで空き缶を捨てるような所作でまだ手の中にあった頭部の残骸を下生えの中へ放り投げた。
「つまりは……世界はそういうもの無しでは構築出来ない程度のものなんですよ」
血の池の向こうで浮かべた少年の微笑みは、やはり圧倒的な不和をその場に漂わせるだけだった。
「……お前は何が狙いだったんだ?」
「……」
しばしして、束縛の解けたレンが静かに、しかし、どこかに怒りを孕ませて問いかける。少年は空を見つめ、ふぅー、と長い息を吐く。
「クロードが噛ませ犬でしかない、というなら、お前は一体その噛ませ犬で何をしようとしていたんだ?」
「……おかしいと思いませんでしたか?」
直接的に答えようとはせず、少年は返す刀で質問を切り返す。
「合成獣の急激な凶暴化、それに伴ってのクレイヴ=ロン=ウィンダリアの殺害、……事実、貴方方はそれがあったからこの事件に関わった。
それと、ルナ=ディスナーさん、でしたっけ?」
笑みを向けた先で、ルナが一歩退く。
「貴方のところに、最初に依頼をしに来たのは誰でした?」
彼女ははっ、と少年の足元に目をやりそうになって、慌てて逸らす。
「彼女がWMOと関わっていたからこそ、余計に事件について気がかりだったでしょう?」
「まさか貴様―――そのために……ッ!」
ゆっくりと、彼が目を細める。
「『ヴォルケーノ』に関してはまだ試験データが欲しいところだったんですが……
まあ、上出来な方です。それよりも、僕にとっては貴方方の試験データの方が重要でしてね。」
「じゃあッ! まさか、ビーチに合成獣を放ったのも、クレイヴを殺したのも……
町中に合成獣を放ったのも、クロードの合成獣を暴走させたのも……」
段々と力を失うルナの言葉に、少年は信じられないほど綺麗に、穏やかに、そして優雅ににっこりと微笑んだ。
「ええ、僕です」
と―――。
「許せないわね……」
カノンはぽつり、と呟いた。
「自分を欺こうとしていた人間に対して、ですか。人情的なことですね」
「どこの誰かは知らないけど、自分の駒を動かすために人の迷惑顧みず、そんな危なっかしいことやらかす奴を放って置けるわけないでしょ」
言ってレンのマントを払い、カノンは剣を正剣に構える。
「大体、そんなものをやらかす奴に……」
カノンの言葉もそこそこに。
彼女とレンはその場から左右に飛び退いた。
ごうッ!!
その後ろから、白い残像を描いて飛ぶ光弾が"彼"へと向かう!
ルナが放った魔法弾だ。
それは間を置かずに、少年へめり込んで風穴を空ける。少年はほんの少し、驚いたような表情でそれを見ていた。
が、
「な……ッ!?」
くぐもった呻きが漏れる。
一瞬で笑顔に戻った少年の身体は、弾が直撃した箇所から黒い塵へと霧散して消えていく。少年は笑みを湛えたまま。
「……またお会いしましょう、お嬢さん方[Sisters]」
そう唇を動かして。
"彼"の姿は完全に夜闇の塵となって消えた……。
遠くから、数人の足音が聞こえる。おそらくWMOの人間たちだろう。
町の喧騒は届いて来ない。
急激に力が抜けたように、アルティオはシリアを抱えながら地面に腰を下ろし、ルナは何かを考え込むように目を閉じている。
レンは何か渋い顔で空を見ていた。
カノンはその空気の中で、ばりばりと後ろ頭を掻いて。
「……とりあえず、ジ・エンドって言いたいところだけど―――」
―――もしかしたら、エンドどころか……
不穏な予感を胸に抱きながら、カノンは東の空に目を向けた。
夜明けは、まだ遠そうだった。
←10へ
目標がいない。
目の前が開けている。
最後の壁を破壊して広がったのは、ただ広い空間。外と内との境界を知らず知らずのうちに破壊してしまったらしい。
呻き声を漏らしながら、『獣』は瓦礫の山を押し退けながら外に出る。
すっかり日の落ちた夜空と、黒々と広がる森が視界を埋め尽くす。
刹那。
背後から気配。
「―――!」
ぎぎぃぃんッ!!
硬質化した腕と、銀の刃が噛み合って耳障りな協音を生む。束ねられた緋色の髪が翻って、鳶色の瞳が『獣』を射抜く。
「レンッ!」
呪文が完成するのを待ってレンは横に飛ぶ。
瞬間、
「吹けヴァイオレントゲイルッ!!」
ごおおぉぉおッ!!!
収束して吹いた烈風が、そのまま瓦礫ごと『獣』を外の空間へ吹き飛ばす。
烈風の名残を利用して勢いつけたレンがそれを追う。まともに体勢を崩していた『獣』、レンはその肩を狙い、
「覇ぁぁぁぁぁぁッ!!」
気合一閃。
ぎどんッ!!
『獣』の右腕が肩口から先が切り落とされる。緑色をした気味の悪い体液が跳ねて、がらんッ、と音を響かせて右腕が落ちる。
切り落とされた肩口から伸びる血管のような触手が蠢いて、瞬間的に『再生』を始める。
だが、ここは外。『ヴォルケーノ』が人間に作用しないよう、働いているのなら、合成獣のような強力な生命力を持つものいなければやはり即時再生は難しいらしい。
『獣』は痛みに叫ぶことなく後ろへと飛ぶ。
じわじわと、確実に、修復に伸びていく腕。先程よりは遅いが思ったより早い。
だが、それを待ってやっている義理はない。
レンはさらに踏み込んで、『獣』に刃を向ける。『獣』は四本の指の先から爪を伸ばし、それを受け止める。
ぎんッ、と金属音が耳を打った。
返す刀で剣を引き、『獣』の胴を凪ごうとするレン。『獣』はそれを交わし、横っ飛びに間合いを取って、
「!」
「覇ッ!!」
いつの間にか回り込んでいたカノンの剣鎌の刃を無理矢理、背中で受け止める。腕より背の方が装甲が硬いのか、カノンの刃は通らない。
彼女は刃を引いて『獣』との間合いを取る。
しかし、その間にも体勢を立て直したレンは『獣』へ切りかかる。難なく、これを受ける『獣』。
長い間合いを取って、カノンは短い呪を紡ぐ。
「疾く集え、地を這う哀れな者たちよ……」
ぎっ……
カノンの右手に重圧がかかる。
クオノリアに満ちる焦燥が、得体の知れ無いものへの恐怖が。彼女の元に集い、傅く。
空を裂く音。剣鎌の先端が黒に染まる。
「覇ぁあぁああぁあぁあッ!!」
レンが再び剣を振るい、『獣』の右腕へと刃を振り下ろす。破魔の力を受けた鋭い刃は易々と肩口へと食い込み、復活しかけた腕を再び切り落とす。
『獣』が彼を振り払うように身を震わせる。
はみ出た血管はすぐ様、修復を始める。が、
「カノン、レンッ!!」
飛んだ声にレンは構えを解かずに距離を取り、カノンはそのままじりっ、と後退する。
腕を一本、二本落としただけで勝てるとは思わない。ただ修復に手間をかけさせるだけの時間稼ぎ。
「我求む……」
ルナの翻した両手に眩い光が宿る。彼女の足元には稼いだ時間をかけて練り上げた魔道陣。
「破するは赤き閃光の槍……」
彼女と『獣』を繋ぐ空間に、一筋の赤い線が走る。力がその場に具現するための、いわば導火線。
ルナは拳を前へ突き出すように、最後の命令をそれへ叩きつける。
「撃てドラグーンフレアッ!!!」
赤い轟音が辺りを揺るがす。燃え上がる閃光を追うようにカノンが駆ける。
猛る熱量に『獣』の体が溶けて悪臭を漂わせる。剥がれるように落ちていく装甲。熱に負けてただれていく皮膚。
張りぼてと化していく胸の袂に、
「―――取った!!」
炎が止み、その胸に白い華を見つける。わずかな光を放つそれは、自らの姿を隠すように肉体の修復を開始する。
しかし、そんな暇をやる必要はない!
赤い線を縫って駆け抜けたカノンはそのまま剣鎌を白い華へと突き立てる!
「我が内に集えッ!!」
がぁあああぁぁぁあぁああぁあぁぁぁッ!!!
剣先と華が触れた箇所から黒い光が噴出した。
「……『ヴォルケーノ』の元は魔力と瘴気の塊。カノンの『魔変換』[ガストチャージ]は負と魔の力を取り込む能力。
それがあれば、」
カノンの持つ刃に広がる黒の瘴気が大きくなっていく。
噴出した瘴気は剣鎌の先端から先端を黒に染めた。華が修復を止める。カノンは刃を引く。そして、
「覇ぁああああぁぁあッ!!」
そのまま、瘴気を叩きつけるようにカノンは横薙ぎに、小さく縮まった華を斬り飛ばす!
ざんッ!!!
「『ヴォルケーノ』本体を吸収した力なら斬れるッ!!」
ぎぃいいいぃいあぁああぁあああぁあぁぁぁぁあぁッ!!!
カノンの黒い刃が華を散らすのと、『獣』が歪んだ断末魔を上げるのとは、ほぼ同時だった。
「カノンッ!」
「れーんッ!!」
華の復活がないことを確認して、カノンたちが肩を下ろしていた矢先。背後からいつもの黄色い声がかかった。
「シリアッ! アルティオッ!!」
「大丈夫か、カノンッ!? 嫁にいけないようなことされてないかッ!?」
「されてないわよ、そんなもん……。ってか何想像してんのよ、あんたはッ!!」
「でッ!」
着いて早々余計なことを口にしたアルティオの頭をしばく。
「れーん、大丈夫ぅ? この女に変なことされなかったぁ?」
「何をするってのよ、こんなときに……」
「それより、あんたたち町の方は大丈夫なの? ちゃんと全部片付けて来たんでしょうね?」
「いや、それがさ、何ていうか……」
「ちょっと、それはいいけど。あんたたち、ちゃんとクロードの尻尾を掴んでんでしょうね?」
『……』
シリアのその問いに。
カノンたちは揃って顔を見合わせた。
―――はぁ、はぁ……
自分の吐き出す息が五月蝿い。だらだらと血を流す右の足が、骨のいかれたあばらの脇腹が、歩を進めるたびにじりじりと熱を持った痛みを容赦なく放つ。
三歩、歩みを進めたところで吐き気を催して膝を付く。吐き出した胃液には多量の血が混じっていた。
上がった胃液が、折れた肋骨がどこの部位か知らない、体内を傷つけてまた血が噴き出す。
ずるずると、色の変わった服を引き摺りながら、どことも解らない草むらを歩く。
圧倒的な肉体の痛みに、もう声すらも出ない。
―――くそ、くそくそくそ……ッ!
こんなはずじゃなかった。
どこから計画が狂った? 破綻した? そうだ、元はと言えば、合成獣が一度ビーチで暴走したときから。
仲間にも、配下にもあんな命令は下していない。あんなはずはないのだ。誰が一体、あんな場所に『獣の華』を放った。
それにクレイヴのことも。奴が死ななければ、奴が雇ったあいつらが事件に酌みすることもなかった。あそこからすべてがうまくいかなくなった。
一体、誰が?
―――クソッ、まだ、まだ終わるわけには……
悪態を吐いたとき、前方の草むらががさり、と鳴った。びくり、と震えた瞬間に全身に走る痛み。それでも何とか堪えて面を上げる。
視界に入ったのは夜風に棚引く柔らかな黒の影。
わずかな新月の灯りに照らされながら佇む漆黒の闇。
「あ、あな…た、は……」
少しだけ、身体に力が戻ってくる。
「た、たす、助け―――」
吐き出した血を拭いながら、唯一の光明へ縋りつくように手を伸ばす。体液に塗れた指が伸ばされて、そして―――。
ぎゃぁああぁああぁぁぁぁぁッ!!
『!?』
支部の裏側に広がる林に轟いた悲鳴に、一同は一斉に顔を上げた。
黒々とした影で佇む林に、息を飲んだのは誰だったか。
「今のは……」
「行くぞ」
全員が顔を見合わせて頷く。石畳を駆け抜けて、整備された石段が途切れた先からがさがさと茂みに分け入って。
最初に足を止めたのはカノンだった。
「あれ……」
降り注ぐ星明りに林の木々はただ陰を描き、わずかに存在する梢の合間から漏れる光が辺りを照らす。だが、その光も今夜の新月で大分弱い。
そのほの暗い光の中で、その姿は一層闇に溶けていて。
殆ど気配を感じないほどに儚く。
だが、それ故に何故か強烈なまでに瞼に焼きつく。
"彼"はこちらに気が付いているのかいないのか、いや、きっと気がついてはいるんだろう。静かに木々の合間から新月を見上げる。
青白い新月と暗い夜空と、陰を作り出す夜闇の梢が、それの輪郭をわずかに霞ませる。
「……今日は新月ですか」
くすり、と笑ったのだろうか。
「友人は満月が駄目なんだそうで、でも新月も嫌うんですよ。
満月は眩しすぎる、新月は暗すぎるんだそうで」
振り返った"彼"は微笑みを浮かべて彼女たちを出迎えた。
「あんた……」
新月を背にしたその"人"は、艶やかな黒髪と白い肌の、黒のコートと巻きつけた包帯の、モノクロのコントラストを描く。
あの、少年だった。
新月を背にするその姿は、美麗な一枚の絵にも相応しく。
けれど、
その幻想に圧倒的に不釣合いなこの鉄錆に似た不快な香りは何なんだろう―――。
「……ぅ、ぁ、ぁぁぁ…」
「・・・!」
目を向けるのさえ忘れていた。少年の足の袂から聞こえた呻きに、カノンは視線を下ろして。
思わず肩を震わせる。
そこには人が倒れていた。
どこかで見た、血だらけの銀の髪、赤黒く汚れた白いローブ。くたびれたその体は、しかし、上半身と下半身が不自然に折れ曲がり、両腕には深く刺さった杭のような白い棘。
吐き気を覚えて後退る。
「あ、あんた、ま、まさか……」
口も聞けない他のメンバーに代わり、何とか言葉を搾り出す。
少年はたった今しがた気が付いたように、ゆらり、と足元の『人間』を見下ろした。
「あ……ぁぁ、……ま、……んさま、ご、ご慈悲を……」
足元の『人間』が何事か呻く。少年はまったく表情を変えないまま、
がッ!!
「!!」
「……貴方はお喋りが過ぎますね。誰も名前を口にしていいと語った覚えはありません」
後ろ首を踏みつけた足をどけながら、呆れたように吐き出す。
そのときになって、カノンは思い出した。
WMOに拘束されていたとき、クロードが"あの方"と溢していたことを―――。
「まさか―――」
「カノン?」
「まさか、そいつに、『ヴォルケーノ』を渡した奴って、まさか―――」
「……そんなことまで喋ったんですか、貴方は」
肩を落して、少年は足元を見下ろして……いや、見下した。『ヴォルケーノ』の単語に、ルナの肩がひくり、と震えた。
「あんた……『ヴォルケーノ』を、一体どこであれを見つけたというの……ッ?」
「まあ、別にあれでなくとも良かったんですが、ね。
それにしてもいろいろ喋りすぎですね。仕方が無い」
少年は不意に、包帯に塗れた右手を振り上げた。その手には符、ほの白い光が収束し、やがて杭の形を造り出す。
「! やめッ……!!」
どしゅッ!!
思わず目を逸らす。鮮血が、闇に舞った。
少年は、
彼は、やれやれと首を振って血だらけの背中から杭を引き抜いた。暗い中に滴り落ちる血液を振るって、杭を放り捨てる。
白々しい動作で肩を竦め、
「まあ……どうせこうなるとは思っていましたから、仕方が無い」
「そいつ、あんたの配下か取引相手だったんじゃないの!?」
「……ええ、取引相手、でしたね。正確には」
口元を押さえることで吐き気を抑えながら、何とか前方に視線を投げる。少年は無残なその残骸を前にやはり、微笑みを絶やさないままで、しゃがみこんで"それ"の頭を取った。
「噛ませ犬、という言葉をご存知ですか、お嬢さん[sister]」
ぐしゃりッ
「―――っ!」
「シリアッ!」
細い指が、引きちぎられた頭部に食い込み、無残にそれは散開した。肉と脳の潰れる音がリアルに響き、少年の腕に巻かれた包帯を伝ってぼとぼとと血液とも髄液とも付かない薄赤い灰肌色のどろりとした体液が地面へ広がる。
アルティオが失神したシリアを支え、レンのマントがカノンの視界を遮る。ルナはひたすら苦い表情を浮かべながらもその場から動かない。
いや、動けないのだ。
目の前の、秀麗な雰囲気を持つ少年と。
無慈悲に引き裂かれた悲惨な骸と。
同じ空間に存在するその二つがあまりに不釣合いで。闇と同じ色をした少年は頬へ飛んだ体液をやはり微笑を浮かべたまま、静かに拭う。
優雅、とも言える動作に不和が沸き起こる。
少年はまるで空き缶を捨てるような所作でまだ手の中にあった頭部の残骸を下生えの中へ放り投げた。
「つまりは……世界はそういうもの無しでは構築出来ない程度のものなんですよ」
血の池の向こうで浮かべた少年の微笑みは、やはり圧倒的な不和をその場に漂わせるだけだった。
「……お前は何が狙いだったんだ?」
「……」
しばしして、束縛の解けたレンが静かに、しかし、どこかに怒りを孕ませて問いかける。少年は空を見つめ、ふぅー、と長い息を吐く。
「クロードが噛ませ犬でしかない、というなら、お前は一体その噛ませ犬で何をしようとしていたんだ?」
「……おかしいと思いませんでしたか?」
直接的に答えようとはせず、少年は返す刀で質問を切り返す。
「合成獣の急激な凶暴化、それに伴ってのクレイヴ=ロン=ウィンダリアの殺害、……事実、貴方方はそれがあったからこの事件に関わった。
それと、ルナ=ディスナーさん、でしたっけ?」
笑みを向けた先で、ルナが一歩退く。
「貴方のところに、最初に依頼をしに来たのは誰でした?」
彼女ははっ、と少年の足元に目をやりそうになって、慌てて逸らす。
「彼女がWMOと関わっていたからこそ、余計に事件について気がかりだったでしょう?」
「まさか貴様―――そのために……ッ!」
ゆっくりと、彼が目を細める。
「『ヴォルケーノ』に関してはまだ試験データが欲しいところだったんですが……
まあ、上出来な方です。それよりも、僕にとっては貴方方の試験データの方が重要でしてね。」
「じゃあッ! まさか、ビーチに合成獣を放ったのも、クレイヴを殺したのも……
町中に合成獣を放ったのも、クロードの合成獣を暴走させたのも……」
段々と力を失うルナの言葉に、少年は信じられないほど綺麗に、穏やかに、そして優雅ににっこりと微笑んだ。
「ええ、僕です」
と―――。
「許せないわね……」
カノンはぽつり、と呟いた。
「自分を欺こうとしていた人間に対して、ですか。人情的なことですね」
「どこの誰かは知らないけど、自分の駒を動かすために人の迷惑顧みず、そんな危なっかしいことやらかす奴を放って置けるわけないでしょ」
言ってレンのマントを払い、カノンは剣を正剣に構える。
「大体、そんなものをやらかす奴に……」
カノンの言葉もそこそこに。
彼女とレンはその場から左右に飛び退いた。
ごうッ!!
その後ろから、白い残像を描いて飛ぶ光弾が"彼"へと向かう!
ルナが放った魔法弾だ。
それは間を置かずに、少年へめり込んで風穴を空ける。少年はほんの少し、驚いたような表情でそれを見ていた。
が、
「な……ッ!?」
くぐもった呻きが漏れる。
一瞬で笑顔に戻った少年の身体は、弾が直撃した箇所から黒い塵へと霧散して消えていく。少年は笑みを湛えたまま。
「……またお会いしましょう、お嬢さん方[Sisters]」
そう唇を動かして。
"彼"の姿は完全に夜闇の塵となって消えた……。
遠くから、数人の足音が聞こえる。おそらくWMOの人間たちだろう。
町の喧騒は届いて来ない。
急激に力が抜けたように、アルティオはシリアを抱えながら地面に腰を下ろし、ルナは何かを考え込むように目を閉じている。
レンは何か渋い顔で空を見ていた。
カノンはその空気の中で、ばりばりと後ろ頭を掻いて。
「……とりあえず、ジ・エンドって言いたいところだけど―――」
―――もしかしたら、エンドどころか……
不穏な予感を胸に抱きながら、カノンは東の空に目を向けた。
夜明けは、まだ遠そうだった。
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THE Four:ゼルゼイルの旅路
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