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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[慟哭の月] EPISODE5
満ちれば欠ける――
 
 
 

「……まあ、つまり」
 緩い緊張感が漂う中、沈黙を破ったのはカノンの溜め息だった。レンとは視線で会話済み、話をややこしくしかけた馬鹿二人は制裁済みである。ラーシャとデルタにはプライベートということで席を外してもらっている。
 対面で居心地悪そうに肩を竦める友人へ、カノンは呆れた視線を送る。
「そちらの二人はあんたの魔道学校時代の『お知り合い』で。
 例の事件以来、この五年間、お互いに無事だと思っていなかったと……で、さっきの感動の再会になった、と」
「まあ……簡潔に言うとそういうことになるわね」
「なるほど。それには納得行ったけど」
 あえて視線を合わせないルナ。カノンはテーブルにゆっくりと両手をつき、逸らした目を無理矢理覗き込むように、
「それならそうと早く言いなさいよッ!! いきなりいなくなるもんだから混乱したじゃないのッ!!
 驚くのも解るし、飛び出した気持ちも解らんではないけどッ!」
「だーッ! うるさいわねッ!! こと一人で飛び出すことに関してはあんたに言われたくないわよッ!! あたしだって確証なかったしッ! ってか、むしろないと思ってたし!」
「だからってこんなときに場合が場合でしょーがッ! どんだけこっちが心配したと思ってんのよッ!? 現に間に合わなかったらどうする気だったのッ!?」
「いーじゃないッ、現に間に合ったんだしッ!!」
「あんた、自分が言ってる意味解ってないでしょッ!? 結果オーライ発言すんなッ! 前回あの後、あたしどんだけレンに説教喰らったと思って……」
「やかましい」

 ゴッ! ゴッ!!

「……ったぁ~…」
「ちょっと! 何すんのよ、あんたわッ!」
 拳骨がクリーンヒットした後頭部を抑えながら、カノンは背後に立つ相棒を睨む。同じく瘤を作ったルナは突っ伏しながら噛み付いた。
「喧嘩両成敗。冷静に話くらい出来んのか、お前らは」
「……くっくっく」
 それを呆れた目で見下ろしながら、レンは短く息を吐く。
 不意にその声を低い笑いが遮った。
「……あんた。いい加減、やめなさいよねその笑い方。いらない誤解招くだけだから」
 椅子の背もたれに寄りかかりながら、件の男が赤眼を細めていた。ルナはジト目でそれを睨みながら硬い声で返す。男は軽く鼻を鳴らしながら、
「した奴にはさせときゃいいさ。無駄に噛み付いて来たら潰すだけだしな」
「学校であんたの招いた誤解を必死で解いてきたのは誰だと思ってんのよッ!? あんたは良くてもあたしが大迷惑なのッ!」
「ま、まあまあ、ルナちゃん。久しぶりの再会なんだし、それくらいに……」
「イリーナ! あんた、こいつに甘過ぎなのよ! ちょっと奔放すると瞬く間に図に乗るわよ!?
 ただでさえわがままと自分勝手が服着て歩いてるもんなんだから!! いい加減にしろこのろくでなし人でなし地獄に落ちて罪を償えッ、くらいのこと言ってやらないと効きやしないわよ!?」
「……先輩にそこまで言える人、たぶんルナちゃんだけだと思うよ……」
 余裕の態度を崩さない男と、まくし立てるルナをどうにか慰めようと試みる少女。しかし、浮かべた笑みで火に油を注ぐ男にルナの激昂は収まらず、カノンとレンは互いに顔を見合わせる他なかった。
 少女はその彼らに気が付いて、ぱっと顔を上げてルナの服の裾を引いた。
「ね、ねぇ、ルナちゃん。ところでそっちの人たちは……?」
「あ、ああ……。そういえば、お互いに紹介してなかったわね」
 いくらか頭の冷えたルナがこちらを向く。
「……レン=フィティルアーグだ。それとは一応、幼馴染の腐れ縁だ」
「人をそれ扱いしないでくれる?」
「……あんた、本当に火に油を注ぐことしかしないわね」
 剣呑な眼差しを向けるルナを見て、カノンは疲れたように首を振る。ふと、こちらを眺める男の視線に気がついて、眉を潜めながら、
「……同じくカノン=ティルザードよ。さっきは世話になったわね。それといきなり問い詰めて悪かったわ」
「……ふん。まあ、一応の礼儀はあるお嬢ちゃんだ」
「―――ッ」
「あー、カノン。こいつの言うことにいちいち腹立ててたらキリないから、てきとーに流して聞いて置いた方がいいわよ。こっちの身が持たないから」
 カノンの額に浮かんだ血管を見て取って、ルナが男を睨みつける。無論、彼が椅子にふんぞり返った体制を変えることはなかったが。
「幼馴染……っていうことは、もしかしてお二人がルナちゃんが昔よく話してた……」
「へ? 何て?」
「……………………………………………えっと」
「あんた一体何て説明してるのよッ!? 絶対、まともな説明してないでしょッ!?」
「失礼ね。事実しか説明してないわよ!?」
「嘘付けぇッ!!」
「ま、まあまあ……。
 えっと、カノンさん、でしたよね? 私、イリーナって言います。イリーナ=ツォルベルンです。
 ルナちゃんと同じ教室で勉強してました。どうぞよろしく」
「あ、よ、よろしく……」
 男と反してあまりにも素直に右手を出してきた少女に、一瞬戸惑いながらも手を出す。利き手で握手というのは、普段好まない行為だが、変に断るのはルナにも悪い。
「えへへ……道具屋さんでは失礼しました。ちょっと急いでて……」
「ああ、まあ、気にしてないけど……。で、」
 ややムッとした表情でカノンは男を促すように見た。その視線に気が付いた男は、切れ長の真紅の目を実に面倒そうに歪め、ルナの方へぱたぱたと右手を振った。
「任せた」
「自己紹介くらい自分でしろッ! このモノグサッ!! 会話の流れを読めとあれほど言っとろーがッ!!」
「ああもう、ルナちゃん落ち着いてッ! え、えっとこの人はですね……」
 思わず手が出かけるルナをイリーナが抱きついて押さえる。冷や汗を掻きながら、説明を始めようとする友人の困った表情に、ルナは息を吐いて腕を組んだ。
 それにほっとしたように、イリーナは居住まいを正すと、
「えっと、こちらは私たちの先輩で、私たちの教室でも一番優秀だったカシス=エレメント先輩です。
『月の館』の史上の中でも先輩ほど優秀な方はいなかったそうです。
 頭脳明晰、成績優秀。先生方の中でも先輩以上に博識で才能のある方は居なかったと言われています。館内では『最初で最後の魔道師』とか言われたこともありました」
 まるで自分のことのようにイリーナはすらすらと笑顔で口にする。
「そうね、加えて人を馬鹿にした態度も品行も口の悪さも興味がないことへのモノグサも、超一流で右に出る奴はいなかったわねー。
 人との約束は守らないわ、平気でところ構わず相手構わずケンカをふっかけるわ。そのくせ、自分で責任取ったことはいっっっっっっっかいもなかったわねー。
 まあ、魔道師としては超一流、人としては三流以下って感じ?」
「る、ルナちゃん……」
「けッ、館一の手癖足癖の悪さを誇ったお前になんざ言われたくねぇな」
「やかましいッ! こっちだって裏から手ぇ回すだけ回して、生徒から教師から気に入らない奴は片っ端から潰してったあんたに言われたくないわッ!」
「えっと、えっと、その、だから……」
「ああ、うん。解った。もうなんとなく、どんな関係なのかは理解したわ……」
 突如、襲ってきた頭痛を堪えるようにカノンは眉間に手を置く。自分とレンの口喧嘩も傍から見たらこんな感じなのだろうか? 他人の振り見て我が振り直せ、とはよく言ったものである。
「は、はい…すいません……。それで、あの……」
 おずおずと、イリーナはひどく聞き難いことを口にするような表情で、そろそろと視線をカノンの後方に投げた。
 振り返ると、つい先ほどルナの稲妻が炸裂した焦げ跡に寝転んだ二体の黒い物体。
「あら、知らない?」
 眉間から指をどかしたカノンが、いっそ清々しいまでの笑みを浮かべて一言。
「あれはね、炭っていうの」
「……さすが、ルナちゃんのお友達だね」
「イリーナ、それどういう意味?」
「そうだ。半歩譲ってもそれのトモダチなんてものに貶められるいわれはないぞ」
「あたしにだって友達くらいいるし、失礼なこと言うな! つか半歩て短ッ!」
「くっくっく……」
 さらりとレンの吐いた毒に、怒鳴り返すルナを眺め、男は―――カシスはさぞ面白いように低く笑う。その嫌味な笑い声に、唇を尖らせながらも、ルナはふん、と腕を組み直した。
「なかなか愉快な知り合いじゃねぇか。お前も変わってなくて何よりだ」
「……あたしとしてはあんたはもうちょっと変わってて欲しかったけどね。まあ、期待はしてないからいいけど。
 で、何であんたたち二人が一緒にこんなところにいるわけ?」
「そりゃこっちも聞きたい。何で、お前がその幼馴染殿と一緒にこんなところをふらふらしてたんだ?」
 問い返されて、ルナは一瞬、答えに詰まる。
 それを見てカノンはふと思い出した。
 例のクオノリアの一件。すべての根源となったあの事件で不当に用いられた魔道結晶体『ヴォルケーノ』。
 他でもない、彼女が言っていた。あれは『月の館』で、自らが参加していたプロジェクトチームで創造されたものだと。
 渋い顔のまま、ルナは小声で答え出す。
「あたしはまあ……詳しくは後で話すけど。ちょっと事情があってね……しばらく行動を共にしよう、ってことになって。この町にいたのは偶然よ」
「成る程な。お前らしい答えだ。嘘じゃないが、本当でもない」
 ひくりと、ルナの片眉が動いた。
 いつものどこか掴めない、ひょうひょうとした表情から一転して、ルナはぎゅ、と眉間に皺を寄せる。組んだ腕の手の爪が、きつく自らの二の腕に立てられていたのに気が付いたのは、カノンだけだったろうか。
「まあ、いいさ……。俺たちもこの町にいたのは偶然だ。一緒にいるのも偶然会ったから、としか言いようがねぇな」
「偶然会った?」
「あ、あのね……。あれから私、政団内で薬とかを管理するお仕事に就いたんだ。それで、お届けもののお仕事があって……
 その途中で偶然、カシス先輩を見つけて」
「その届けるはずのウェルスティール薬をなくしてあわあわ言ってるところを妙な奴らに絡まれてたんだよな」
「……あんたもあんたで相変わらずね……」
「あ、あうあうあう……」
 ずけずけと言い放つカシスと、呆れた視線で疲れたように吐くルナに、イリーナは返せる言葉もなく、頭を抱えながらすん、と涙声を漏らす。
 短い溜め息を吐きながら、ルナは椅子にふんぞり返るカシスの方へ視線を移すと、
「それで、そのお届けものの薬ってのはどうしたのよ?」
「結局、見つからねぇからその場で調合したさ。で、その報酬を払ってもらうために帰路を同行中だ。以上」
「ちょうご……ッ!」
 素っ頓狂な声を上げかけたのはカノンだった。外から漏れた声に、ルナもカシスも、イリーナもそちらを向く。魔道師たちの視線に曝されて、カノンは古い記憶を頭から絞り出しつつ、おそるおそる、
「あの、間違ってたらあれだけど……
 あたしの記憶によればウェルスティール薬、って結構、調合が難しい魔道薬、だったような気がするんだけど。確か、召還系の魔方陣の効果を高めるために使うとか何とか……」
「ほう? そんなデカブツを背負ってる力強いお嬢ちゃんの割に詳しいな」
「デカブツは関係ないし、力も関係ない!! とにかく! そんなものどうインスタントに調合するわけッ!?」
 デリカシーのない一言に遠慮だとか、謙虚だとか、そんな人間として大切なはずのものが削ぎ取られた。白子の魔道師は懐から紙煙草の小箱を取り出しながら返答する。
「ま、さすがに完全なものは無理だわな。けど、そこら辺のちょいと大きな町に行けば売ってるような材料で似たような効果の薬は製造出来んだよ。
 ちょいと目が肥えた奴には解るかもしれねぇが、そこら辺で細々と小規模な研究をやってるような連中じゃあ、まず見分けるのは無理なくらいの、な。
 俺に言わせりゃウェルスティール薬なんて薬剤局の金儲けのためにある金食い虫だな。勿論、製法は企業秘密だが」
「……」
 ぱちんッ、と彼が指を鳴らすと加えた煙草に火が付いた。
 濁った煙が吐き出されるのをしばし、やや茫然としてカノンは眺め、やたらと機械的な動作でルナの方を振り向いた。
「……天は二物を与えない、って言うけど」
「?」
「二物しか与えない場合もあるのね」
「偉いカノン! あんた、上手いこと言うわねッ!!」
「おい」
「る、ルナちゃん、失礼だよ……」
 初対面お構いなし、という点では自分の相棒も相当なものだな、とレンは思った。
 あわあわ言いつつ、男の顔色を伺っているイリーナがほんの少し哀れだ。
「まあ、それはそれとして、だ。
 ルナ、ちょうどいい。聞きたいことがある」
「?」
 右手でその先がない左肩を押さえ、彼は浮かべていた笑みを消す。切れ長の瞳と、さらに鋭く尖らせて、睨むように彼女を見た。
 半歩、僅かにルナは後退った。
「……クオノリアとか何とか言う町で起きた事件は知ってるか?」
「!」
「……」
「知ってる顔だな」
 黙ってはいたが、肩に走った小さな震えまでは隠せなかった。カノンも、レンも顔を上げて彼を凝視する。イリーナは不安げな表情で、ルナの横顔を見上げ、ちらちらとカシスへ落ち着かない視線を走らせる。
「首謀者はMWO支局のぼんぼんだったようだが。
 街中の合成獣発生、なんてもんがほいほい出来てたまるかよ。道中、ちょいと調べさせてもらったが、これが不思議なもんだ。記憶にある事象がほいほい出てくる。
 覚えてるか? A級危険指定を食らわしたボツ研究があったろ?
 ……覚えてるよなぁ? しっかり政団の関係者リストにゃお前の名前が挙がってやがる。
 一体、誰が漏らしたんだろうなぁ?」
「……カシス」
 笑っているような口調で、その実、欠片も目は笑っていない。制止をかけるように、何事か逡巡したルナが彼の名を呼んだ。
「あたしを疑ってるの?」
「正確に言えばお前も、だな。正直な話、俺はプロジェクトチーム全員を疑ってるぜ?
 それに、お前、事件時にMWOに絡んでたそうじゃねぇか……。潔癖だと言うには拭えない状況証拠だろ?
 事実、お前はプロジェクトチームの中でもかなり高い位置に居た。ぶっちゃけて俺の次にな。
 お前なら『ヴォルケーノ』の詳細も理解してるし、それを他人に享受するなんてことは造作もねぇだろうよ」
 がたん、とカシスは席を立った。
 ルナはそれに身構える。思わずカノンも、そしてレンも身を固くした。イリーナは泣きそうな表情を彼に向けた。
 しかし、彼は予想と反して、彼女たちの脇を素通りすると、未だに倒れ込んだ二つの炭の塊の方に向かった。
「……ましてや」
 嘲った表情でそれらを見下すと、アルティオのでかい図体に足をかける。
「ぐぇッ!?」
「こんなもんを見たら尚更、な」
「ッ!」
 ルナの表情に焦燥が走る。
 彼が指したのは、アルティオの腰に結び付けられた二振りの剣―――ランカースフィルの惨劇を生み出した、あの忌まわしい剣だった。
「何ですか、それ? 私は知りませんけど……」
「だろうなイリーナ。この中で『これ』に絡んでたのは俺とルナだけだからな」
「え?」
 思わず声を漏らしてカノンは、ルナを見る。
 彼女はただ唇と噛んで、項垂れるだけだった。
「『ヴォルケーノ』ならまだどっかから漏れる可能性はあるさ。一時的とはいえ、文書にして残しといた時期があるんだからな。
 けどな、『コイツ』は違う。プロジェクトチームの中でも極限られた人間しか知らねぇはずだ」
「ちょっと……じゃあ、それもまさか」
「ああん? そいつに聞いてないのか? こいつはな、正式名称『ツインルーン』。お前らがどう呼んでるかは知らねぇが、一部の人間で研究中だった対で癒しと増強の効果を持つ剣さ。
 ま、最終的には一つの剣として機能させる予定だったが、その前に館の方が潰されたからな」
 カノンは、はっとする。あのとき、引き取った二振りの剣を、ルナは一日のうちに制御可能な、実用可能の魔法剣に修繕してしまった。
 カノンは魔法剣の製造法には詳しくない。そんなに簡単に修繕できてしまうものなのか、疑問には思ったが―――
 もし、彼女がこの剣の構造に最も詳しい人間だったのなら―――
 茫然とするカノンに視線を向けられず、ルナは俯いたまま無言だった。
 かつ、とカシスは靴音を鳴らして彼女に近づく。イリーナは彼女を庇うように前に出るが、有無を言わさない彼の雰囲気に、あっさりとどけられてしまった。
 ぐい、と細い彼女の頬を持ち上げて、上を向かせる。
「正直に話せ、ルナ。お前、どっかで誰かに『コイツ』の話を漏らしたのか?」
「……」
「チームで行われた研究に最も詳しい人間は俺を抜かせば、お前だ。お前だったら資料なんかなくとも、『ヴォルケーノ』や『ツインルーン』の詳細を伝えて同じものを造ることも可能だろ?」
「……」
 きりッ―――歯軋りをする音が、僅かに聞こえた気がした。
 カノンは唐突に我に返った。ルナの目尻に、かすかに、光るものが浮かんでいた。
「……あたしは…あたしはこの五年間、誰にも危険指定された研究のことなんか喋ってない」
「……本当か?」
「本当よ」
「……」
 カノンは彼女の顔を覗き見る白子の魔道師の瞳を凝視する。
 いろいろな人間を見て来た。裏切られて、ときには裏切ってしまった。だから解る。あれは、人を疑っている人間の目だ。

 だんッ!

「!」
「ッ! ……カノン…?」
 気が付けば、硬直したままの彼らの間に割って入っていた。
 やや驚いた表情の、彼の目を睨んで言い放つ。
「ルナは違う。それは、あたしが証明出来るわ。むしろ、彼女はその情報の出所を調べるためにあたしたちと一緒にいるの」
「……ふぅん?」
「……クオノリアの一件には黒幕がいる」
 カノンの昂ぶった感情を抑えるように、彼女の肩を押さえながらレンが言葉を継ぐ。
「首謀者とされている男に、『ヴォルケーノ』の情報を流したのもその黒幕。『月陽剣』も同じことだ。
 その黒幕の目的は……まあ、はっきりとは解らないが、俺たちにあるらしい。奴から情報を得るために、ルナは俺たちと行動を共にしていた。
 それだけだ。自分が流した情報の情報元を探るために、危ない橋を渡る馬鹿もいないだろう。
 あんたの気持ちも解らないでもないが、研究を横流しされて怒り心頭なのは彼女も同じだ」
「どうだか」
「あんたね! いい加減にしなさいよッ!? この娘がどれだけ……」
「カノン」
 眉を吊り上げるカノンの名を、当のルナが諫めるように紡ぐ。
「別にいいのよ。疑われても仕方ないから。
 カシスはプロジェクトチームのチーフをやっていた男なの。カシスにとってはプロジェクトの研究は自分の研究も同然。
 思い入れはあたし以上だろうし、自分の研究を横流しされて、黙っていられる魔道師なんていないわ」
「ルナ……」
 同じ魔道師として、気持ちを共有出来るのはルナだけだ。
 彼女は顔を上げ、改めて彼の方を見る。
「……宿を教えて。その話はまた、ゆっくりしましょ。今日は頭に血が上ってるわ。そんなに急いでるわけでもないでしょ?」
「……ま、数日なら、な。構わねぇさ」
 ふっ、と息を吐き出して、カシスの口元に余裕の笑みが戻る。くい、と顎で指すとイリーナが慌てて宿の名と場所を口にした。
「ご、ごめんねルナちゃん。こんなつもりじゃ……、せっかく久しぶりなのに……」
「いいのよ。あんたが悪いんじゃないし。仕方ないわ。魔道師の宿命、ってやつね。
 話さなきゃいけないことだったし、実を言うと会ったときから覚悟はしてた」
 何か、諦めたように言ってルナはイリーナの蜂蜜色の髪を撫でる。
 それを一瞥して、カシスは唐突に踵を返す。
「まあ、暇なときにでも来るんだな。こっちもそうしてやるよ。じゃあ……」
「カシス」
 最後の言葉を塞ぐようにルナは、その背に声をかける。
「……信じてるから」
「……」
 絞り出した一言に、彼は無言だった。ふん、と短く鼻を鳴らして歩き出す。
 ルナはどうしたものか、おろおろするイリーナの背を押して、行くように促す。彼女はすまなさそうに肩を竦めて、ぺこりとお辞儀をした後に宿を出て行った。
「……ルナ」
 彼らが去って、たっぷり十分は経っただろうか。ようやく立ち尽くしたままのルナに、声をかけることが出来た。
 ふ、と笑うような気配。
 そして、振り返った彼女は、唐突にカノンへ頭を下げた。
「な、ちょ……」
「ごめん。謝るわ」
「謝る、って何をよ!?」
「『ツインルーン』……『月陽剣』のことよ。黙ってて悪かったわ」
「あ……」
 次の言葉に迷う。しばらく瞑目してから、レンを見る。
 溜め息を吐いた後、彼は黙って頷いてくれた。
「顔上げてよ、ルナ。らしくないって」
「……」
「言いにくい気持ちは解るしさ。あのときは……その剣が、本当に事件に関わってるかなんて推測出来なかっただろうし。
 過ぎたことをぐちゃぐちゃ言っても仕方ないし。
 とりあえず、今は彼らのことを考えた方がいいでしょ?」
「……さんきゅ」
 小さく口にして彼女は面を上げる。何故だか、とても疲れていた。
「とにかく、今日はもう休んだ方がいいだろう」
「そーね。何かいろいろ混乱してるだろうし」
「……そうするわ。ごめん」
「もういいって。とにかく一度、頭ん中整理した方がいいんじゃない? その間にあたしたちもいろいろ考えて置くし」
「ん、さんきゅ。じゃあ、先、休むね……」
 どこかふらついた足取りで、踵を返す。それを見たカノンが慌てて駆け寄るが、それには及ばないと彼女は動作で断った。
 一瞬、カノンは迷ったが、結局は手を離した。誰しも、一人になりたいときはある。
 彼女が古びた階段で階上に上がり、部屋のドアの音が閉まる音が聞こえてから。
 カノンは長く息を吐く。
「……びっくりした」
「同感だ」
 ぽつり、と吐いた一言に、硬い声が返って来る。
「……ルナが泣いてるの見たのなんて、あのとき以来ね」
「ああ」
 あのとき。
 彼女が加担させられていた組織から、ようやく彼女を救い出し、身体に宿った魔族を倒して。
 それでも疲弊した彼女の心は、古の崩壊の呪を紡ごうとして。
 それが呆気なく失敗に終わって。
 それでも手を差し伸べた。
 それからは目覚しい立ち直りを見せて、贖罪を続けて、この二年。涙どころか、カノンにもレンにも、弱音一つ口にしたことはなかったのに。
「……大丈夫、かな」
「まぁねぇ、惚れた男にあそこまで詰め寄られちゃいくら打たれ強くても堪えるわよねぇ」
「あんたはまたそういう話を……って、わぁッ!? 生きてた!?」
「生きてるわよ! まったく、危うく死んだおばあちゃんに連れて行かれるところだったじゃないの!?」
「いや、あんたのおばあちゃん、確か現役でユニホックか何かやってた気が……
 まあ、いいや……っていうか、あんたはすぐそういう方向に話を持ってくわね……」
「あら、あながちハズレではないと思うけど。あの娘、ああいう趣味だったのねぇ。ちょっと意外だわ」
「あのね……」
 生還と同時にそんなことをのたまうシリアに、ジト目を送る。
「いてて……、尾てい骨が」
「安心しろ、男は子供を産まん。どうせなら俺が継いで粉砕してやっても」
「すんな馬鹿! しっかし、おっでれーたな。てっきり感動の再会になるとばかし思ってたのによ。
 あのにーちゃんも参ったもんだな。そんなに自分の研究の方が大事かよ」
 やんわりとは言っているが、苦い思い出がそうさせるのか、アルティオの声には苛立ちが見て取れた。カノンは逡巡して肩を竦める。
「まぁ……正直、あんなものがそうぽこぽこ流出したら、それこそ戦争沙汰になりかねないし。そうすると責任問題とかも出てくるだろうし……魔道師じゃないし、当事者じゃないあたしたちには詳しくは解らないけど……。
 魔道師には魔道師の矜持、ってやつがあるんだろうし……個人的には好きになれない人種ではあったけど」
「思っていることはルナもあの男も一緒だ。誤解が解ければ、そちらの方面では協力も仰げるかもしれん。……それには一仕事かかりそうだがな」
「……あのさ」
「何だ」
 椅子に腰掛け、痛む尻をさすりながら、ひどく言いにくそうにアルティオが口にする。寄せた眉間の皺が深い。
「ふと思っただけなんだけど。いや、疑ってるわけじゃねぇぞ? けど、その研究の情報を漏らしちまったのは、本当にルナじゃないんだよな……?」
「……」
 ぎろりとカノンに睨まれて、アルティオは釈明のようにぱたぱたと両手を振る。その様にレンは軽く首を振り、
「解らん。だが、行動を見ている限りでは考えにくいことは確かだ。
 それにもし、そうだとしても俺たちが究明することでもないだろう。それはそれで、あいつは自らの責任を果そうとしているだけだ。それはそれで構わんだろう」
「そう……だな。俺たちが信じてやんないと、な。悪ぃ」
「大体にして、あの男やルナの親友にしたって容疑者だ。それはルナもあの男も解っているだろう。
 同じチーム内にいたんだ。自分が関わっていない研究にしたって、耳にする機会くらいはあったろう。チーム内の人間は誰もが等しく容疑者だ。どんな経路であの黒幕の耳に入ったのかは知らんがな」
「……」
「ともかく! あの二人のことはよしましょ。私たちで考えたところでろくな答えなんか出ないじゃない。
 それよりも問題なのは、あの黒幕一派のお嬢ちゃんよッ! まったく、何考えてるのかしら!!
 あんな人の多いところでこんな……」
「……それなのよね」
 苛立ちながら言葉を叩きつけるシリアに、カノンがぽつりと漏らした。虚空を見上げて、眉間に皺を寄せる。
「それって何が?」
「今までに比べて、なんていうか、大雑把というか開けっ広げ、っていうか。
 ほら、今までは大規模なことを起こしたり、いきなり襲撃されたりはしたけど。けど町全体で大規模なことをするには、こそこそ裏から手を回してやってたし、襲撃だって目撃者の少ない時間帯を狙って来たわ。
 でも今回は大規模で、それもかなりの人間を巻き込んで、なおかつ、あっさり姿を公然と見せて。
 何となく手口が違う気がするのよね」
「……また別の策がある、ということか……?」
「さぁ、そこまでは解らないけど」
 もどかしい。
 あまりにも不明快で、頼りない推測。今まで、彼らの行動には何かしがの意味があった。ならば、この行動にも何かしがの意味があるというのか、もしくは霍乱のためか……。
「ともかく。ルナのことがあるんだし、数日は足止めを喰らうんでしょ?」
「……そうね。あたしたちはルナにとっては証人なわけだし。放っていくわけにいかないし」
「それに、奴らの手口の中では、その『月の館』の研究が二度使われた。三度目がないとも限らん。
 そうなった場合、あの男の協力を得られた方が奴らの裏を掻き易くなるだろう」
「……何か屈辱的だけど」
「仕方ないだろう、私情は抑えろ」
 むぅ、とカノンは息を吐く。
 ふと、冷えた窓に気がついて、暗い空を覗き見る。か細い星が暗い光を放つ中で、幾分欠けた月が煌々と夜空を照らしていた。



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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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