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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[ゼルゼイルの旅路] EPISODE20
ここが、旅路の終着じゃない。
 

 目を開くと朝だった。
 眠りから覚めれば、じゃない。目は閉じていても、まったく身体も意識も眠っていなかった。
 カーテン越しに光は感じても、それを引く気力もなくて。蹲るようにベッドの上に横たわっていた。
「……っ」
 下手に記憶を探ろうとして、口元に感じる違和感と吐き気に咳き込んで、やめた。目の端に涙が浮かんで、袖口で乱暴に擦る。もう何回も繰り返したせいで、目元がひりひりしている。鏡を見たら、きっと赤くなっているに違いない。
 金縛りにあっているわけでもないのに、身体がベッドの上から動かない。
 ――っ!
 シーツを握り締めた瞬間、掌にぬるりと生温かい血の感覚が蘇って、また吐き気が込み上げる。仕方なく、のそり、と起き上がり、水桶の中に吐き出すけれど、昨日からもう吐くものさえ残っていなくて。酸い胃液が喉元を無意味に灼くだけだった。
 身体中が痛い。でも胸はもっと痛かった。

 ちりん。

 口元を拭うと同時に、胸にかかったネックレスのベルが小さく音を立てる。
「……レオン」
 少年が男に向けて吐いた名前を繰り返す。けれど、どこかしっくり来ない。飲み込めない大きな遣えが、喉元に引っかかっている。
 ――……違う。
 彼の名前は、そんな名前じゃない。
 知っている。知っているはずなのに、思い出そうとする度に、頭の芯が痺れたように機能しなくなる。
 ――思い出さなきゃ、いけないのに……
 何が起こっているのか、何をするべきなのか、見極めなくてはならない。何故、自分が殺されようとしているのか、その理由が知りたい。少年は彼は無事だと言った。けれど真偽が知りたい。自分の身を守る術が欲しい。
 けれど、そのすべてが意図せず封じられてしまっているようで。
「……」

『何故、村を出た』

 村を出なければ、こんな想いはしなかったかもしれない。けれど、カノンは一度、決断したのだ。その決断をさせたのは、他でもない。あの男だった。もう間違いない。あの人は、私を知っているんだ。
「おや、お出かけですか?」
「……」
 億劫な身体を無理矢理動かして、部屋を出ると、木造廊下の柱に少年が背を預けていた。口元は笑っているが、目が否応のない厳しさを語っている。
「……少し、一人になりたいの」
「……お気持ちはお察ししますが。あまり遠くに行かれると、こちらとしても知覚できませんので」
 もう少年は無関係だと主張する気もないらしい。されたところで嘘なのは、誰の目からも解るから、その必要もないのだろうが。
 超人的な戦闘能力、宿や村を無慈悲に焼き払うような連中と互角に渡り合える手腕。この少年もまた、一体何者なのだろう。……解らない。問いたところで返っては来ない。聞き出すような力も、今のカノンにはない。
 せめて、背中と腰にぶら下がった、剣の使い方だけでも覚えていれば。
「……わかってるわよ。すぐ、戻る」
 何も知らないまま、守られるしかできない身が、ひどく恨めしかった。


 メインストリートの喧騒を避けるように路地を歩き、賑やかなように見えても、どこか戦時の不安を煽るような不安げな人の顔に唇を噛んで。
 そのうち上を見ることさえやめて、ひたすらに人のいない方向へ歩いた。
 ゴミを漁っていた猫が、驚いて足元を駆け抜けていく。狭い路地を抜けた先は、石畳が途切れた村はずれの小さな水源だった。そこからちらり、と今しがた泊まっていた村を振り返り、また逆方向に歩き出す。
 逃げるつもりじゃあない。どこに逃げても、あの少年なり、暗殺者[アサシン]なりが追って来ることは解っている。それなら、
「……また、一人で安全地帯を抜け出してくるなんて、大層な度胸のあるお嬢さんですね」
「……」
 至極、丁寧な。けれど、毒のある物言いの男の声が、カノンの耳に届いた。形だけでも剣の柄に手をかけて、案外近くから聞こえた声に距離を取る。
 疎らに生えた木の影から、昨夜見たばかりの、ローブを纏った男が姿を見せる。女の方の姿は見えない。きっとどこかにいるんだろうが、今のカノンではそれを見つけることなど至難の業だった。
 じっとりと、手汗が柄を滑らせる。背中と肩に、同時に鳥肌が立った。
「お供の男の子はどうしました?」
「……わからないけど……。いずれ、ここに来るかもしれないわね」
「……」
「貴方に聞きたいことがあるの」
 声に走る怯えと震えを隠しながら、言う。
「何故、私を狙うの? ヴェッセルって何? 私を殺すために村や宿屋を襲ったの? 彼――あの男の子と旅をするようになってから、無茶苦茶をするようになったのは何故?」
「贅沢な方ですね。質問は一つに纏めるのが礼儀ですよ」
 仕草だけ、困ったように笑いながら、男は肩を竦めて見せる。
「それは、貴方のお供の男の子がよくご存知かと思われますが」
「……あの人は何も答えてくれないわ。だから、貴方たちに聞きに来たの。
 教えて。記憶を失くす前の私が、殺されなくてはいけないような罪を犯したというなら、受け入れなきゃいけないと思う。でも、何も知らないまま死ぬのは嫌なのよ」
「どうせ刈り取られる命なら、知るも知らぬもそれほど問題ではないように思えますがねぇ」
「……」
 カノンは唇を噛み締めて、男を睨んだ。ゆっくりと呼吸を繰り返しながら、己へ冷静を言い聞かせる。
「ヴェッセルはこの国の古い言葉です。"器"、という意味を持つと記憶しています」
「"器"……?」
「村や宿屋については貴方もよくご存知の通り。どうせ、燃やしてしまうなら、纏めて火を放ってしまった方が楽だし、始末もしやすいでしょう?」
「……私を始末するためだけに、あれだけ無関係な人を巻き込んだ、っていうの?」
「この国、国だけじゃあありません。世界全土に人間がどれほどいると思っています?
 少しくらい減った方が生きやすくもなるでしょう。現に今このときでさえ、脆弱な人間など星の数ほど死に絶えています。貴方、蝿一匹殺すときでさえ、いちいち胸を痛めているのですか?」
「……あんたたち、何かおかしいわ」
 爪が皮膚を抉るほど、拳を握り締めて。カノンは声を絞り出した。狂っている。この不和は一体、何なのだろう。カノンが持っている感情のすべてが、この暗殺者[アサシン]たちにはまるで通じていない。
「もう一つ――私の傍にいる彼は一体、何者なの? 貴方たちの仲間? 敵?」
「それを聞いてどうするつもりです?」
「彼が関わってからよ。貴方たちが無茶苦茶な手で私を殺そうとしたのは。
 だから思ったの。貴方たちは、彼が関わっているときに、躍起になって無茶な手を使う。
 最初にアレイアの村が燃えたとき、あの紅い髪の男を見たわ。昨日、あの男と彼が通じてるのを知った。……ひょっとしたら、あのとき、あの村に彼もいたんじゃないの?」
「……」

「貴方たちの本当の目的は、私を殺すことだけじゃない。私と、あの彼とを纏めて始末すること。違う?」

 男はしばらく黙ってカノンの言葉を聴いていた。不意に、その隠した口元がふっ、と笑う。
 拍手が、聞こえた。
「これはこれは。流されるだけの儚い身で、よくそこまで辿り着いたものですね」
「……」
 男がふと、首を傾けた。
 同時にカノンも気づく。遠くから、剣戟の音が響いている。段々と近づくそれが、耳を劈くようになり、男とカノンの合間をあの紫の矢の光が通り過ぎた。

 どんっ!!

 矢が突き刺さった古木が、落雷に打たれたように裂かれて倒壊した。ばりばりと、耳障りな音を立てて、燃えた葉を撒き散らしながら男とカノンの間を裂くように、横たわる。
 風を切るような音と共に、二つ分の影が頭上を過ぎ去って、一つがカノンの傍に、一つが男の脇に着地する。カノンを庇うように黒衣の影が広がり、男を庇うように紫の切っ先がこちらに憎悪を向ける。
 少年の黒曜の目が細められ、嫌悪にも近い表情で男を見る。
「……木偶の王」
「これはお早いお着きで、悪魔殿」
 揶揄するように男が言った。少年は嫌悪を露わにしたままで、刺すような殺気を込めて男を見下す。
「貴方ほど酔狂な王もいませんね。余計なお喋りが過ぎますよ」
 槍の切っ先を男に向けながら、少年は低い声で口にする。男は笑みを絶やさないまま、細い目を歪ませた。
「お嬢さん、先ほどの問いに答えましょう。
 その通りですよ。私たちの目的は、貴方と、この少年とを始末すること。
 私としては、纏めず、一人一人始末をしても何ら問題はないと思うのですが、……まあ、いろいろとこちらにも事情がありましてね」
 少年が小さく舌打ちをするのが聞こえた。ばさり、と黒衣の裾を払って、槍を下ろす。
「……貴方がたが彼女を狙ったのは、彼女を殺す目的が半分、僕を誘き出す目的が半分。
 彼女が流れ着いた村で、彼女を狙い、村を燃やし、僕に行動せざるを得ないように仕向けた。
 彼女が巻き込まれて死んだならそれで良し。もし、生き残ったなら、僕は彼女――ヴェッセルを保護するために表に出なくてはいけなくなる。
 貴方がたは本来、一を殺す為に百を犠牲にする。なのに、随分と丁寧な招待状でしたね」
「こんな身でして。派手に動けませんでね。人間とはかくも面倒なものです」
「本当に、酔狂だ。そして不毛です」
「不毛か否かは、我らで決めることですよ。人の造りし悪魔の子」
 ――……人の、造った?
 男の言葉に、少年は静かに眉を伏せた。ゆっくりと面を上げると、もう一度、槍を構え直す。呼応するように、男の傍らの女が無言のまま、矢を番えた。
「どうして、私たちを? ”器”、ってどういう意味?」
「それは答えられません。答える、必要もありませんからね」
 男の声色が、悪意に染まった。

 轟っ!!

「っ!」
 男の背後から、歪んだ音と共に、暗闇が立ち上った。灰色の影が、目の前を灼くように通り過ぎる。乱暴な風が、カノンの髪と服とを弄っていく。
 息苦しい風が喉を詰まらせ、寒気が背中を震わせて、轟音が耳元で騒ぐ。
 ざわめく音が止んで、ようやく恐る恐る目を開いて。そして、そのまま唖然とした。
「これ、って……?」
 周りの木々が、空が、灰色に染まっていた。
 木漏れ日も、風も、空も、音もない。梢の囁きさえない。すべての時間が止まったように、静謐な世界が広がっていた。目に届く範囲のものすべてが、生気を失っていた。
「なに、これ……」
「空間結界を張られましたね」
 得体のしれない世界に、しかし、少年はさほど驚きもせずに小さく嘆息した。不自然に歪んだ男の笑みに、冷たい汗が背中を流れていく。
「これ以上、逃げられるのも煩わしいだけですからね」
 嘲笑うように、男が言った。男の軍服の、至る所に括られている呪符が、妖しく光を放つ。
「いたちごっこは終わりにしましょう? 潔く、散っていくのが美しさというものですよ」
 男が張り付いた笑みのまま、そっと手を翳す。少女の構える矢から立ち上る光と同じ、紫の焔が男の指先を煌々と照らした。
 カノンは固唾を飲み込んで半歩後退る。この場に何が起きているかはわからない。けれど、今度はそう簡単に逃げられないのだろうことはわかる。
「……できるだけ、僕から離れないようお願いします」
「……」
「正直、木偶の王が本気になったら、貴方に気を配れると限りません。死にたくなければ、言うことを聞いてください」
「私……」
 自分の顔から血の気が引いているのがわかった。手汗だらけの手で剣の柄を握る。けれど、今のカノンではこんなもの振るえない。振るう術も知らない。せいぜいが、無いほうが逃げるときに身軽、というくらいのものだ。
 自分が殺される理由が知りたくて来た。それはどこかこの少年が、自分を庇うことを目的としているのに何となく気がついていたから出来たことだ。
 けれど、けれどこんな戦いは、カノンが思っていたよりも、遥かに――
「……彼は、何と言っていましたか?」
「え?」
「会いたかったんでしょう?」
 振り向きもせずに、少年が問いてくる。それが昨夜のことだと悟って、答えるよりも先に、

 ぞんっ!!

 ……少女が番えた矢が、禍々しく火を噴いた。



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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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