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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[慟哭の月] EPISODE3
シャル VS ルナ2回戦。この2人の対戦は本当に難しいです。
 
 
 

 ルナは目の前の門を見上げながらひゅう、と口笛を吹いた。
「こりゃあ、またでかいわね」
「主人であるディオル=フランシスは、この辺一帯の商人を束ねる豪族らしい。最も、評判の芳しいものは聞かなかったが」
 嫌悪感からか、表情を歪めてラーシャ=フィロ=ソルトは吐き捨てるように言う。
 ぴしゃりと締められた黒の装飾も美しい高い門、外壁は軽く町の数ブロックを囲っており、門の向こう側にはやたらと丁寧に手入れされた芝生が広がっている。
「……こういう無駄に立派な屋敷を見ると、無意味に全壊させてみたくなるわね」
「いや、あの……」
「冗談よ、冗談。まあ、それはいいとして。何だっけか?」
「ディオル=フランシスには、エイロネイアへの武器の密輸の疑いがかけられています」
 いい加減、見上げるのに疲れてきた黒門を睨みながら、デルタが答える。
 内心焦りながら、門の内側をぐるぐると回っている警備員を見るが、特に反応がないところを見ると、聞こえてはいないらしい。
「武器の密輸、って……まあ、確かに隠れてやってるなら密輸にはなるだろうけど……
 あんたたちの国でそれ、犯罪として裁けるの? 勝手に港を占領して、利益を独占してる貿易、ってんなら、確かにこっちの国では裁けるだろうけどさ」
 小声で問いかけると、その意図を汲んだらしいラーシャが、同じように声を潜めて口を開く。
「……確かにエイロネイアは国として独立宣言をしたが、それは公式的なものではなく、ただの反逆の声明に他ならない。
 シンシアにとっては、今も両国はゼルゼイルという一つの国なのだ。
 国に隠れての非公式な危険物の貿易は犯罪以外の何物でもない」
「けどねー、エイロネイアは既に一つの国として機能できる財源やら国土やらを所有してるわけでしょ? シンシアにとっての常識が、エイロネイアや大陸人の常識と同じとは限らないわよ」
「では、不当な武具の取引が正当化されるというのですかッ?」
「大声出しなさんなって。ものの考え方次第ではそういう恐れもある、ってこと。
 実際、戦真っ最中のゼルゼイル内で裁くってのは難しいけど、帝国の中では立派に犯罪なんだから、帝国内で暴露すれば何とでもなるんじゃない? 証拠があればの話だけど」
「帝国内で、か……」
「要するにあんたたちは、エイロネイアが密輸で武器を購入して、戦力の増強を図ってるのを止めたいわけでしょ?
 なら、帝国を利用した方が大国からの信用も得られるわけだし。まあ、武器商人一人、捕まえた程度で戦争に加担なんて馬鹿な真似はしないだろうけど、物資の規制の緩和にくらいは繋がるんじゃない? どっちにしても、プラスになりこそすれ、マイナスになることはないわよ」
「な……なるほど」
 やや押されながらも、ラーシャは口篭りながら頷く。ルナはふぅ、と短く息を吐き、
「あんた……本当に軍人なのね。こういう仕事、馴れてないでしょ」
「う゛っ……」
 図星だったらしい。彼女は、うろたえながら呻いて、傍らのデルタはどうフォローしようか視線を迷わせている。
 やがてラーシャは言い訳を諦めたように首を振り、
「……すまない。どうも私は他人との交渉だとか、取引だとか、そういったものには不慣れでな。
 どちらかと言えば、前線で軍策を練って、切り込む役を負う方が多くて……」
「……まあ、それはそれで重要な役目なんだろうけど。よくこの任務、引き受ける気になったわね」
「今回は貴方方とコンタクトを取るのも重要だったからな。粗相のないように人選されたそうだが……どうにも馴れず」
「ゼルゼイルって国自体が閉鎖的な性格持っちゃってるんだし、仕方ないって言えば仕方ないけどね……」
「……しかし、いつまでもその性格を引き摺るわけにもいくまい。
 和平を締結した暁には、軍事よりもそちらの方が重要になってくる。和平締結はあくまで第一段階にしか過ぎん」
「ふぅん……」
 きっぱりと言い放った彼女に、ルナは感心したように息を吐く。総統のアイリーンとやらが、彼女を重んじて採用している意味が、ほんの少しだけ解った気がした。
 かちゃり……
 ルナが継いで言葉を発そうと口を開いたとき。
 小さな金属音が響いた。肩を強張らせて門を見ると、厳重に閉ざされていたそれがゆっくりと開いていくところだった。
 開く門の向こうには、やや血色の悪い貧相な顔の男。着ているものは似合わない執事服で、何かちぐはぐな印象を受ける男だ。
「ああ、すいません。私は―――」
「……ラーシャ=フィロ=ソルト様、ですね? お待ちしておりました……どうぞ」
「あ……」
 一方的にそう宣言すると、男は唐突に踵を返し、広大な庭を豪奢な玄関に向かい、歩いていく。ラーシャは眉間にしわを寄せ、問うような目でルナとデルタを見た。
 デルタは不快そうに男の背を眺め、ルナは小首を傾げて疑問、というよりは呆れの意味で肩を竦める。歓迎されていないのが丸解りだ。
 ―――随分、上等な対応じゃないの……こりゃ手ごわいかもな。
 一抹の不安を抱きながら、ルナは一つ、舌打ちする。妙に晴れた空を見上げてから、門をくぐるべく、足を進めた。


「……何事よ?」
 夕食の席に現れたルナは、開口一番、そう問いた。
 目を三角に吊り上げた不機嫌極まりない妹分が、テーブルについて普段の三割増し程度で料理を喰らい尽しつつあったからである。
 今日、彼女と共に行動していたはずのシリアに問いかけの視線を向ける。
 彼女は困ったように肩を竦めて、
「今日、道具屋に行ったのよ」
「知ってる。何、結局、剣鎌[カリオソード]、直んなかったの?」
「まあ、そこの店主は直せなかったわ。だから、ちょうどたまたま居合わせた腕のいい男の人に直してもらったんですって」
「なら、良かったじゃない」
「良くないわよッ!!」
 がしゃんッ、と両手を付くと共にテーブルの上の皿が踊る。アルティオが慌ててテーブルを支えて、レンはちゃっかり自分の分だけを保護していた。
 カノンは立ち上がり、ルナの鼻先へ指を突きつけながら、
「何の関係もない初対面の人間の、長年連れ添った相棒とも言える武具を取り上げたりする普通ッ!?
 いきなりよッ!? 何だか知らないけど、魔道技師ならそこら辺の戦士の矜持、ってもんを理解しておくべきじゃないの!? 直してくれたことには感謝するとして、何、あの態度! こんな状況じゃなかったら、セクハラで訴えてやろうかと思ったわよッ!!」
「……まあ、何だかわかんないけど。とりあえず、直してもらったはいいけど、そいつの態度が限りなくムカついた、と。で、そんな奴に借りが出来たみたいで尚更ムカつく、と」
「そうよッ!!」
 素晴らしい読解力で状況を読み取ったルナは表情を引き攣らせる。
 まあ、実際、いるのだ。世の中には。特に魔道師という人種は、引き篭もって研究をやっている者も数多くいる。魔道技師なんか特にそうだ。だから目で見ている世の中で狭くて、世渡りというものが上手くなく、依頼人やスポンサーとトラブルが耐えないといったケースはよく聞く。
 いくら腕が立っていても、名が知られていない魔道師や魔道技師が結構いたりするのはそういうことだ。旅の途中の魔道技師がそういう性格というのは、些か珍しいが。
 一息で説明を終えたカノンが、再びどすんッ、と席に着く。
「まあまあ、カノンちゃん、武器も直ったんだし、そうかりかりするもんじゃないわぁ。
 それにあの人、かなりの美形だったじゃない♪」
「まあ……確かにそうだけど」
「へぇ?」
 頷きながら、少し驚く。
 恋愛沙汰には限りなく疎いが、実はカノンの美形の判断基準はかなり高い。ここら辺は常日頃、共に旅をしているどこかの男が、軽く標準を上回っていることに起因するのだろう。大抵、カノンが『顔がいい』、と言った男は誰の目から見ても標準以上だったりするのである。
 珍しい話題に興味が惹かれないわけがない。
「確かに天は二物を与えないとは良く言ったもんだわ。顔はともかく、態度も性格もムカつくったらありゃしない」
「魔道技師としての腕がいいなら、二物というか三物を与えずになるんじゃあ……?
 まあ、いいや。それで、どんなヤツだったの?」
「……珍しい風体のヤツだったわよ。格好良い、っていうか綺麗、っていうか……」
「へー、あんたがそんなに言うなんて珍しい」
 からからと笑って吐きながら、注文のために近くのウエイトレスを呼ぼうと片手を上げる。
「私も見たけど、あれはモテるわよ。確かに珍しかったわ。髪は銀、っていうかきっと白ね。瞳は朱かったから、あれはきっと白子[アルビノ]、ってヤツよ。私も初めて見たけど、世の中にいるものなのねぇ……」
「・・・!」
 陶酔半分で言ったシリアの言葉に、上げかけたルナの片手が止まる。それを見て、レンがグラスから口を離して眉を潜めた。
「はッ! そんな男ッ! きっと中身は最悪に決まってるじゃねぇか! 男は顔じゃねぇ、中身で勝負だッ!!」
「だからさっきから性格は最悪だった、って言ってんじゃ……
 って、ルナ、どうかしたの?」
「……」
 完全に動きを止めた彼女に気がついて、カノンが声をかける。しかし、彼女は余所の空を見つめたまま、茫然と上げかけた手もそのままに、動こうとしなかった。
「ね、ねぇ、ちょっとルナ……?」
「………白子の、…………魔道、技師……」
「へ? る……」
 もう一度、名前を呼びかけて。
 カノンの声は本人によって止められた。胸倉を掴まんばかりの勢いで振り返った彼女は、身を乗り出して、先ほどとは逆にカノンに指を突きつけたのだ。
「どこの道具屋ッ!?」
「へ? えーっと、今日行ったのはメインストリートの割と大きな……」
「場所はッ!」
「時計台の近くで、隣はカフェでそこでお茶して帰って来たけど……」
「そいつ歳はッ!? どんな格好で、どんな風に直したのッ!? そしてその後どこ行ったのッ!?」
「えっと、職人にしては若くてたぶん、二十五出るか出ないかくらいで……、で、白い服着て、ものの十分、二十分で直して調整までやってくれて………さすがにどこ行ったかまでは……
 って、ちょっと待った待った待ったッ!! 何々、一体何ッ!? あんた、知り合いかなんかなのッ?
 何でそんな興奮してんのよッ? 落ち着きなさいって……ッ!」
 がっしりと肩を掴む手を、宥めながら外させる。ふっ、と力が抜けると、彼女はやはり茫然としたままで、両手をテーブルに着いた。
 体が、小刻みに震えている。
「る、ルナ……?」
「お、おい、ルナ……?」
「…………………シス」
「へ? あ、ちょっとッ!?」
 テーブルを押しのけて、彼女は唐突に立ち上がる。有無を言わさず踵を返し、カノンの静止の声も聞かずに表へ飛び出した。
 ばたんッ、とかなり大きな音を立てて店の扉が閉まる。
 止めるために伸ばした手をそのままに、カノンは茫然とその場で硬直する他なかった。
「な……何、一体……?」
「………」
「……追いかけましょ」
「へ?」
「この状況で放って置くわけにもいかないでしょ? どこから狙われるか解ったものじゃないんだし」
「そ、それはそうだけど……」
 いつになく、冷静にシリアが言う。秀麗な眉を潜めて、ルナが出て行った扉を見つめる。無言でレンも立ち上がり、立てかけていた剣を取る。
 その意味を図ることが出来ないカノンとアルティオは、狐につままれたような表情で顔を見合わせた。


 走りすぎて足がじんじん痛んでいることに気が付いたのは、つい先ほどだった。
 自分の情けなさに嫌気が差す。
 足の裏を苛む痛みに耐え切れず、側の花壇のへりに腰を落とす。時刻は既に夕刻で、メインストリートは昼間とは正反対に、帰り支度の町人がまばらに行き交うだけだった。
 高揚した後は、何故だか体が鉛のように重い。
 カノンたちが立ち寄っただろうと思われる道具屋に走り込み、店主に件の男について詰め寄ったのがついさっき。
 だが、目立つ風貌の男を覚えてはいても、今どこにいるかなど知り得るようなことじゃない。
 そんなこと、少し考えれば解ることなのに。
 ―――ほんと、馬鹿。
 自分が。
 大体、そんな風貌の男なんて、それは滅多にいないだろうが、世の中に一人だけ存在するわけじゃない。何の確証もないまま飛び出すなんて、カノンに何も言えた義理じゃない。
 ―――戻ろ……
 そうは思っても、足が動いてくれなかった。
 期待した自分が許せない。
 諦めたつもりだった。期待するだけ、無駄だと。世界はそうそう都合良く存在するものじゃない。
 いるはずが、ないのだ。こんな場所に。
「―――ッ!」
 苦い液体が、喉の奥まで上がってくる。それは体の熱を上げ、目尻に熱いものを呼んだ。
 馬鹿げている。
 そうだ、自分がここで生きているだけでも、奇跡なのだ。
 あのとき。
 ルナが二年の歳月を過ごした『月の館』は一瞬のうちに業火に包まれた。
 修練された魔道師が多々居る場所としても、外部のあちこちから放火されれば手は回らない。気が付いたときは、逃げ場無く、炎によって館内に閉じこめられた人間が殆どだった。
 そんな場所から生き残ったのも奇跡だし、その後はその組織にこき使われもしたが、カノンたちと再会し、またこうしてアゼルフィリーの旧友と過ごせているのも奇跡。犯罪組織のリーダーだったニードに囚われていた姉も無事で、今は両親と共に故郷で暮らしている。
 だから。
 なんという幸運。
 なんという奇跡。
 だから、これ以上、奇跡なんて起こるわけがない。
「―――」
 吐き出した息が、未練なく消える。
 今、生きて、カノンたちの輪の中にいられる。ルナ自身、居心地が悪い場所だとは思っていない。ルナは間違いなく幸運で、恵まれているのだ。これ以上、何を望むのか。望んでいる自分がひどく、浅ましい。
「―――……綺麗に、なったな」
 しばらく見ない間に、妹分の幼馴染は随分と女らしくなった。狩人の任から解き放たれて、そればかりに従事して生きていた身だから、些か心配していたがその心配も杞憂。
 当たり前か。狩人の宿命がなくなっても、相棒と、彼と共に生き抜いた五年間はなくならない。
「……羨ましい」
 吐露してしまった本音に、口を押さえる。
 ルナは知っている。
 そういった年月を重ねようと、日常的な幸せというのはある日、ぽっきり他人によってもぎ取られてしまうものだと。
 何も悪くなくても。
 どんなに努力を重ねても。
 そのときは、唐突に、いきなり来たりする。来て欲しくもないのに。
 だから、彼女が早く不動の幸せを手に出来るよう促した。余計なお世話と知っていても、自分なりに茶化しながら、出来る限り。
 一日も早く自分の気持ちに気が付かなくては駄目なのだ。
 そうしなければ、後悔する。自分のように。
 だから、たとえ、気が狂いそうなほど、羨ましくても。
「……戻らないと、ね」
 走ったせいでずれてしまった羽飾りを差し直す。触れた白羽根の柔らかさに、心臓が潰される。
「―――ッ!」
 水で目の前が歪む。幻惑の炎がちらつく。振り切るように、無理矢理目元を拭ってふらり、と立ち上がった。
 そのとき、だった。

 ぐらッ―――

「―――ッ!?」
 立ち上がると同時に体が傾いだ。体の変調、ではない。地震のように立っている石畳全体が揺らいだのでもない。
 何かが、空間そのものが、反転するような、そんな感覚。
 知らない人間なら、そんな表現はしないだろう。だが、激動を生きたルナは、その感覚を知っていた。
 広範囲に、何かしがの術がかけられた。
 その範疇にいるときに、たとえ標的となっていなくても、人間は本能的に異変と危険を悟る。
 魔道師であるルナは、その一歩先を読むことが出来る、というだけ。
「―――ッ、一体……」
 妙な感覚は一瞬だけ。後はすべてが元のまま、平常を保っている。だからこそ、不気味な空気を感じる。
 広がるメインストリートの石畳。まだ点灯していない街灯、CLOSEの札がかけられたカフェと花屋、夕食時で意気込んでいるはずの酒場。
「・・・?」
 人の声がしない。
 首を回すと、農作業の帰りなのか、くわを担いだ農夫と買い物籠を下げた婦人がふと歩みを止めた。
 何かに気が付いたわけでもなく、呼び止められたわけでもなく。
 そればかりではない。
 座り込み、たむろしていた青年たち、犬の散歩をしていた中年の女性、宿屋の前で呼び込みをしていた少年……
 そのすべてが動きを止めていた。
 時間が止まっている、なんて馬鹿げたことではない。ただ、動作を止めているのだ。震えることすらせずに。
「これは……」
 ルナの額に脂汗が浮かぶ。かつり、と一歩、誰かが石畳を鳴らした。
 刹那、
「ぅ…ぅ、ぅあ、ああああああああああああああああああッ!!」
「!?」
 たむろしてた青年たちの中の一人が、唐突に懐から抜いたナイフを振り上げた。ルナの背に、戦慄が走る。
 その刃は、同じくたむろしていた仲間へと、向けられていた。
「我望む、駆けるは無垢なる虞風の旋律、吹けヴァイオレントゲイルッ!」

 ごおおぉぉおんッ!!!

 間一髪、ルナの放った強風は青年たちをグループごと吹き飛ばし、すぐ側の宿屋の壁へと打ち付ける。軽い怪我くらいはしているかもしれないが、刃での流血沙汰より余程ましだ。
 胸を撫で下ろしたのも束の間、
「!?」

 びゅんッ!!

 背中越しの殺気に、ルナは咄嗟にその場に伏せる。
 その首があった場所を、鋭利に手入れのされたくわの刃が通過する。
「くッ!」
 片手を石畳につきながら、くわを振るった農夫へ足払いをかける。カノンやレンのように威力のあるものはかけられない。それでも戦闘などには縁のない農夫は、あっさり転がった。ルナは迷い無くその手からくわを掬って、脳天を蹴り倒す。
 昏倒した農夫が石畳に蹲る。
「ちょっと…何、冗談じゃないわよ……ッ!」
 青ざめた顔でルナが振り返ると、そこは既に戦場だった。
「ぁ、ぁぁあぁあああぁッ!」
「らぁぁぁああぁあああッ!!」
 血の気の多い青年たちが殴りあっているだけならまだ解る。割と何処にでも転がっている、思春期の暴走だ。
 しかし、目の前に広がっているのは、ヒステリックに叫びながら買い物籠を振り回す中年女性、三歩に使っていたハーネスを奪い合う女性と男性、意味をなさない殴り合いに興じる少年と少女。
 闘争心をむき出しに、何の関係も遺恨もないはずの町人たちが、意味も無く争い合う姿。
「な、何で……ッ!」
 考える間もなく、植木鉢が正面から投げつけられた。慌てて交わすと、今度は中途半端に固められた拳が襲ってくる。
「く……ッ!」
 相手は民間人だ。大怪我をさせるわけにもいかない。
 紙一重で交わしたルナは、拳を繰り出した男の鳩尾を狙い、蹴りを放つ。堪え性のない男の身体はころり、と地面に転がった。起き上がるより前に、首筋を叩いて昏倒させる。
 間髪居れず、襲ってきたハーネスの紐を掴んで放り投げると、ルナは高速で印を切る。
「我誘う、幽玄に奏でるは睡歌の調べ、眠れスリーピングッ!!」
 ルナを中心にして、一瞬、青の方陣が広がる。殴り合いを続けていた人々は、ぴたり、と動きを止めて、折り重なるようにその場に伏していく。
 あとは規則正しい寝息を立てるだけだ。
 肩で息を吐いて、汚れた服を払う。
「ルナ殿!!」
「!」
 見知った声が、後方から呼び止めた。振り返ると、夕刻、別れて来たばかりのシンシアの女性騎士が鞘に抑えられたままの剣を下げてこちらに走って来ていた。その後ろには従者の少年の姿も見える。
 だが、

 ばたんッ!!

「!?」
 視界を遮るように酒場の扉が開く。溢れるように飛び出して来たのは、闘争心に目をぎらつかせた粗暴な男たち。
 意識のない瞳が、ラーシャとデルタの姿を捉える。
「く……ッ!」
 民間人を、それも他国の人間を無用に傷つけるわけにはいかない。ラーシャは刃を鞘に収めたままで、男たちが手にしていた空瓶や長柄のモップを振り払い、あるいは割り落とし、
『スリーピングッ!』
 デルタとルナの声が唱和する。ラーシャは咄嗟に浮き上がった魔方陣の外まで引いた。
 どさり、と音を立てて倒れ伏す男たち。
「すまない、助かった」
「どういたしまして。ところであんたたちは何ともないの?」
「ええ、何とも……おそらく、王国から預かった防護の呪符のおかげだと思いますが」
 言ってデルタは胸に掲げた紋章を指して見せる。傍目からは解らないが、あれは呪符であったらしい。
「なるほどね……そりゃ、心強いわ」
「しかし、一体どういうことだ? 戦場ならばともかく、一般人がこのような……」
「たぶん、人間の感情のリミッターを狂わせる広範囲の魔法がかけられてんのね……。幻霊術が何かの応用だと思うけど、こんな質の悪いもんは並の人間じゃかけられないはずなのに……!」
 ひくり、とルナの眉が動く。それは何度か経験した感覚だった。
「伏せてッ!!」

 ご……ッ!!

 ルナの声が飛び、ラーシャとデルタが反射的にその場を離れたとき。
 視えない"何か"が深く、石畳を抉る。円状に広がる破砕の跡。ひび割れた石畳に、ルナの中に既視感が生まれる。
「な、何だッ!?」
「ちッ!」
 舌打ちをして、横っ飛びに逃れる。ルナの背後にあった街灯が、すっぱりと、鋭利な刃物に切り取られたかのように折れて轟音を立てた。
 ルナは通りの向こうを見やり、そして気づく。
 こつッ……
 小さな革靴の音。破壊の広がるメインストリートの真ん中に、いつぞやにように気配も無く、彼女は立っていた。
 まだ幼い、黒の衣装を纏った長髪の少女。
 見覚えがあるどころか、幾度か対峙し、そして破れなかった。その記憶は、忘れるには苦い思い出だ。
「子供……ッ?」
 ラーシャが茫然と声を上げる。だが、ルナは知っている。この少女が、見た目どおりの可愛らしいイキモノではないことを。
「……また、会ったわね」
「……です」
 ぽつり、と少女はルナの言葉を返し、ゆっくりと片手を挙げた。



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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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