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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[ゼルゼイルの旅路] EPISODE19
――再逢・最愛・災逢?
 

 深夜の町の路地をいくつか抜けて、出た先は何の変哲もない町外れの水場だった。昼間は山中からポンプで引く清水を求める人々で溢れているそこも、こんな真夜中ではちょろちょろと水の音がするだけだ。積まれた薪用の木材が、風に軋んだ音を立てる。
 人気のない暗闇に、ぶるりと肩を震わせる。本当にこんなところに来て、甲斐はあるのだろうか。疑念と共に少年を見上げた。そのときだ。
「……!」
「……あ」
 がさり、と森へ通じる木々の合間から音がした。振り返ると、暗闇の中にカンテラが浮き上がって
 その心許ない光に、見覚えのある影が映し出される。
「やあ、お疲れ様……」
「っ!」
 舌打ちをした男は姿を現すなり、少年の胸倉を掴み上げた。平静から豹変した瞳には、あからさまな怒りが灯っている。
「……貴様。何のつもりだ」
「僕が望んだわけじゃあないよ」
 詰め寄られた少年は、しかし、しれっとした顔で答えた。表情に怒りを滲ませたまま、男はもう一度舌打ちをすると、やや荒々しく手を離す。
 少年は何事もなかったかのように襟元を正すと踵を返し、木材の上にランプを置いた。代わりにカンテラを持ち上げて、小さく笑う。
「それじゃあね。大体、30分くらいうろついたら戻って来るよ。……それと、」
 少年は自分より高い位置にある男の肩を叩くと、急に声を低くする。
「わかっているとは思うけれど……妙な気は起こさないようにね?」
「……わかっている。むしろそれは貴様の方だ」
 振り払うように男が肩の手を払うと、少年はくすり、と満足そうに嘲笑った。そのままこちらにひらひらと片手を振って、がさがさと茂みの中へ消えていく。
「――って」
 ――いきなり私だけ残して消えるか、普通っ!? そりゃ、会いたいとは言ったけど……!
 思い切り背中に怒鳴り声を叩き付けてやりたかったが、怒鳴ろうにも相手は既に夜の森の中だった。カノンは伺うようにちらりと男を盗み見る。
 男は少年の背中が完全に夜闇へ消えたのを知ると、呆れたように溜め息を吐いた。眉間に深く皺を寄せ、数秒何かを考え込んでから、ようやくこちらを振り返る。唇を引き締めたまあ、小さく唸ると、カノンの方を見下ろして、
「……何か、用か」
「え、ええと……」
 聞きたいことは山程あった。だが、前に会ったときは話すらしてくれなかったのだ。何から問えば答えてくれるというのだろう。
「え、う……ひくしゅっ」
「……」
 考えあぐねているうちに、肌寒さに負けた。男が何故かまた深々と息を吐く。だが今度のそれには、苛立ちや怒りはなく、ただ呆れているだけのようだった。
 ぱさりっ。
「……え」
 吹き付けてくる風が止んだ。いや、正確には薄着だった肌に風を感じなくなったのだ。
「夜中にそんななりで出て来る馬鹿がどこにいる。こんな状況で倒れたいのか」
「……」
 男の着ていた暗緑のコートが、肩にかかっていた。カノンには明らかに大きいコートには、まだ温もりが残っている。
 驚いて男を見上げると、彼はまた溜め息を吐きながらひどく無愛想に、しかし、けして無感情ではない目でカノンを見下ろしていた。しばらく見上げて気づく。その目には怒りも、憤りも、憎悪もなく――ただ呆れの中に純粋な好意があるだけだった。
「……う」
 村を出てから、いや、アレイアの家で目を覚まして以来、記憶を失って、不穏な空気に巻き込まれて。ぴん、と張り詰めた糸が、何故だかそのとき、ぷつん、と切れたような気がした。
「おい……?」
「う、あ……」
 ――な、なんで……
 いつのまにか、頬を滑り落ちた水が、ぽたりとコートを濡らしていた。やたらと温かな水だった。男は傍目に痛いほどきつく、唇を噛んだ。コートを脱いだ軍服の胸元を、抑えるような動作をしてから、ゆっくりと彼女の頭を撫でる。
「う……ひっく、うぅ……ふぁあああぁん……っ」
 切れた糸は戻ってはくれなくて、彼女は男のコートを掴んだまま、少しだけ、泣いた。


 カンテラの細い灯に浮かび上がった影に、少年はすっ、と目を細めた。どこか嘲ったように口の端を持ち上げると、対面する影は同じように笑って見せる。
「てっきり……木偶人形だけかと思いましたら」
「いえいえ、まさか。かの有名なエイロネイアの皇太子殿に、そんな無礼な真似はしませんよ」
 にやついた微笑を浮かべる影は、くすくすと喉の奥で笑って見せた。品定めするような視線が、少年の頭の先から足元までを舐めるように上下する。少年は失笑しながら息を吐いた。
「このようなところまで何用ですか、シンシア特別護衛長ヴァレス=ヴィースト殿」
「それはこちらの台詞ですよ、皇太子殿……。こんな人里の辺境に居られる方ではないでしょうに?」
「皇太子といえど軍人です。己の行動くらいは、己で決めますよ」
「ほう」
 すっ、とヴァレスの目が静かにつりあがった。ばさり、とどこかの闇の中で野鳥が羽音を立てて、甲高く戦慄いた。
 気味の悪い沈黙が、暗闇の中に生まれた。鳥が起こしたかのように、強風が少年のカンテラの火を消して、仄かな月光だけが互いの顔半分を照らした。
「人の子が生んだ悪魔の子。貴方、ご自分の父親が何をしているのか、ご存知ですか?」
「……ええ、それはよく」
「では、知った上で……"貴方は何を考えて、動いている"のでしょうか?」
「……」
 少年は不自然な笑顔のまま、答えるのをやめた。黒曜石の一つ目には何も映らない、灯らない。
「ヴェッセルに近づき、七人目[ザイン]を手懐け、私たちに引き渡さず――貴方は一体、誰の為に動くなんですか?」
「言ったはずですよ、木偶の王」
 ヴァレスのこめかみがぴくり、と小さく動く。辺りの闇が軋む音がした。
「己の行動くらいは己で決める、と」
「――失敗作の人形が、偉そうに」
 ヴァレスの手が高く翳された。少年は瞬時に反応して、脚をバネに背後の木上まで跳躍する。

 ぎどんっ!!

 たった今の今まで少年の立っていた地面が、綺麗に、容赦なく抉られていた。中心には暗い輝きを宿す紫の弓矢。火の消えたカンテラが、がしゃん、と音を立てて硝子の破片を撒き散らした。
 静かに面を上げると、肩越しの闇の中に不気味に輝く紫の矢を構えた少女。
「消えて頂きましょう。ヴェッセルにも、貴殿にも。――人の造りし悪魔」


 ひとしきり肩を震わせて泣いた後、カノンはいつのまにか倒れた大木の上に腰かけながらしゃくりあげていた。男はその間、ただ黙ったまま。一言も何も口にせずに、頭を撫でて、時折泣き声が激しくなるとあやすように肩を叩いた。それが嫌に懐かしくて、また胸に亀裂が走って、泣いた。
「……そろそろ泣き止め。きりがない」
「ごめ……っ、わかっ、って……る、けど……」
 袖で目元を拭ってから、唇を噛み締めて顔を上げる。男は短く溜め息を吐いてから、もう一度、金色の頭を撫でようとして、
「……」
 苦しげに、眉をひそめて、やめた。
「……?」
「何故、村を出た」
「……」
 低い声で問いかけられて、カノンは空息を呑んだ。眉間に皺を寄せた男は、責めることさえしなかったが、無言のままさらに問いかけてくる。
「……だって」
「別に、居心地の悪い場所でもなかっただろう」
「それは、そうだけど……」
「どんな判断が利口だったか、自分の身を考えれば、それで良かっただろうに」
「――っ」
 淡々と語る男にカノンは奥の歯を噛み締めた。握った手をさらに白くなるまで握り締めて、男を睨みあげる。
「じゃあ……じゃあ、自分の周りで起こってることもわからないまま、毎日、びくびくして暮らせって言うの!? 自分が殺されかけた、って知っててあの村にいろ、って!?」
「……」
「貴方だってそうよ! どうして何も言わないの? どうして、」
 カノンの表情がもう一度、くしゃり、と歪んだ。知っている。確かに沈んだ記憶は頭の裏でそう訴えて来ているのに、どうしても、もやがかかったように、一枚薄い壁が阻むように、何かが邪魔をする。
 歯がゆくて、悔しくて、苦しくて。
 絞り出すように言葉を吐いた。

「どうして、知ってて、何も言ってくれないの……っ」

 収まったはずの涙が、また身体の奥から湧いてくる。奥歯を噛み締めて堪えるのに、身体の震えが収まらなくて。縋りつきたくなる衝動を必死で我慢して。
 俯いたせいで男の表情は見えなかった。だが、頭の上にふわり、と少し硬くなった掌だけが乗って。それが余計に胸に痛くて。
 泣きたくないのに、泣かないと胸に刻んでいたのに、どうしてこんなものを抱えなくてはいけないんだろう。
「……すまない」
「……っく、ぅ、ふぇ……」
「……すまない、俺は、」
 男が言いかけた一言は、強風に煽られて掻き消された。

 ぞんっ!!

「っ!」
 森の入り口が裂けた。裂けた、というのが正しい。強風に煽られた瞬時、袈裟懸けに一瞬だけ見えた空の残像が、カノンの髪を乱暴に靡かせた。目も開けられなくて、硬く閉じた瞬間、
「レオンっ!!」
 切り裂くような少年の声がした。

 ドシュっ!!

 目が眩むほど目蓋の裏が明るくなる。ぐい、と手を引かれて、風を感じなくなるほど、厚い胸板の中に閉じ込められた。驚いて目を開けて、そして、
「・・・っ!」
「ぐ……っ」
 言葉の代わりに、カノンを引き寄せて、庇うように抱き締めた彼は口の端から赤黒い体液を吐き出した。鉄錆の匂いが、鼻をついて、べしゃりとカノンの頬を濡らす。ぬるり、とした感触が頬を伝って滑り落ちた。
 ずるり、と体勢を崩した彼の肩越しに、突き刺さる、紫の矢が見えた。
「――っ!!」
 カノンの声にならない悲鳴が辺りを奮わせた。またずるり、と赤い軌跡を描きながら男の身体が傾いで、倒れ込んだ。
 掠れた声が、最後にカノンの耳に届く。
「かの……ん、……」
「……っ、あ……あああああ……っ」
 ばさりっ、と木々を払う音がした。
「シャルっ!!」
 もう一度、少年の声が空気を劈いた。きんっ、と金属音がして、青い煌々が男の周りを走る。
 闇と赤い痕だけを残して、男の身体がふつりと消えた。目の前に迫る紫の光が何なのか、理解するより前に身体が攫われる。
 カノンを抱き上げて、少年はたんっ、と倒れた木の上に着地した。いつのまにか少年の傍らに、黒服の小さな少女が無表情で立っている。
「……滅びの化身、たかが廃棄人形に手を貸しますか」
「……」
 弓矢を構える女と、見た記憶のない黒服の男が、静かに立っていた。男が漏らした言葉に、少女は静かな殺気を漏らして、無言で答える。
「頼んだよ、シャル」
「……主様の御心のままに」
 傍らの少女にそれだけ告げると、少年はカノンを抱き上げたまま踵を返して駆け出した。
「ちょ、嫌……っ、待って、嫌あっ!!」
「落ち着いてください。彼は死んでない。安全なところに送っただけです」
「けどっ、嫌っ! ちょっと、待って、だって……っ!!」
 それでも声を抑えないカノンに、少年は嘆息すると、そのまま自分の唇で彼女の口をあっさりと塞いだ。
 唐突な感触に、カノンは目を見開いて、けれどそのまま意識が奪われる不可思議な感覚に抗えず、がくり、と彼女の身体から力が抜けた。
「……失礼。お詫びは後で致します」
 少年は淡々と袖で唇を拭うと、力が抜けて重くなった彼女の身体を抱え直し、跳躍と共に闇の中へ消えた。



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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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