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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[慟哭の月] EPISODE4
その再逢は、果たして。
 
 
 

 がんッ!!

 カノンが鞘ごと振るったクレイソードが、屋台のポールを振り回していた男の脳天を捕らえる。衝撃に動きを止めた男は、間を置いてゆっくりと石畳に沈んだ。
「ったく、鬱陶しいわねー。どこでどう術がかけられてるか解んないし、どっかのおつむの弱い男は真っ先に洗脳されるし!」
「悪かったな!」
 苛立った彼女の言葉に、後頭部に巨大なタンコブを張り付かせたアルティオが怒鳴り返す。
「おっほっほっほ、様ないわねぇアルティオ。もうちょっと頭の方も鍛えたらどうなのかしら?」
「あんただってただ単に、たまたま防護の印持ってただけでしょ」
「しかし、こう来られるとキリがないな。精神力の高い人間は正気を保っているらしいが……それも保護しきれん」
 後ろ回し蹴りで近づいてきた男三人を同時に昏倒させながら、レンは眉間にしわを寄せる。殺気立った通りを改めて眺め、舌を打つ。
 死屍累々と横たわる町人たち。まあ、勿論、死んではいないが。
「四人がかりだって限界があるわよ。大体、町のどこからどこまでがこのわけのわかんない魔法の効果範囲になってるか知れないし!
 何の関係もない人間をここまで巻き込むなんて、やってること無茶苦茶じゃない……!」
 きり―――ッ!
 拳を握り、歯を軋ませる。
「仕方がない。何とか元を断つしかないだろう」
「どうやってよ!? どこから術がかけられてるかもわかんないのに!」
「落ち着け。俺たちが出来なくても、ルナ辺りなら魔力探査くらいは出来るかもしれん。
 とりあえず、あいつを探すぞ」
「まったく、こんなときに……ッ! どこに行ったってのよッ!!」
 悪態を吐いてはいるが、カノンの額に浮かんだ冷や汗が、最大限の焦燥を表している。
 ルナがこの魔法に囚われているということはないだろう。人並み以上の精神力の持ち主であると同時に、彼女も魔道師だ。防護の印くらいは持っているはずだ。
 しかし、だからこそ、戦い慣れしていないとはいえ、殺気立った一般人に囲まれて一人、という事態になっている可能性は高い。
 彼女の魔法は破砕力が高いものが多い。彼女自身、攻撃型の呪文を得意とする。だが、それをこの状況で行使することは出来ない。
 ―――早く見つけないと……!
 ばたばたと突進してくる男の顔面を蹴り倒しながら、カノンは通りの向こうを覗き、

「きゃあぁああぁあぁああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

「!」
 背後から聞こえた、耳を劈くような悲鳴。
 振り返ると、人だかりが見えた。いつもなら特に気にも留めないのだろう。しかし、今は場合が違う!
「あんの野郎らッ! 女の子をッ!!」
「あ、ちょっ、アルティオッ!!」
 得物を振り上げる男女の中心に、身体を竦ませていた少女を目にした瞬間に、剣の鞘を振り上げたアルティオが集団の中へと突進していく。
 頭を抱えながらカノンもそれに続いた。
「まったく、致し方ないな」
「面倒な奴ね、もう!」
 振り上げたアルティオとカノンの鞘の柄から逃れた男を、手刀が捕らえていく。早口で唱えたシリアの氷結魔法が、残った町人たちの足を止めた。
「大丈夫!?」
「は、はい……」
 魔道師風の少女だった。その顔を見て、ふと気づく。
「って、貴方、確か……」
「あ、あの、その……」
 少女は慌ててよろめきながら立ち上がる。紺を基調にしたやや地味な印象を受けるローブ、それにかかる柔らかな蜂蜜色のセミロング。歳はカノンとそう変わらないだろうが、ややあどけない可愛らしい顔つきで、うっすらとそばかすの名残が見え隠れする。
 見覚えがあった。
「あ、え、えっと、あの、有難うございます……ッ」
「貴方、確か道具屋の前で会った……。
 って、ンなことはとりあえずいいか。とにかく、どっかに隠れて……」
「カノン」
 少女とカノンを庇うように、レンが背を向けて立つ。舌を鳴らしたアルティオが、同じように立って双剣を構える。
「ひっ……」
「くッ……」
 カノンもまた、少女を背に隠して二人の背中の向こうを睨んだ。ぱたぱたと駆け寄ってきたシリアもまた、カノンの背で小さく呪を唱え出す。
 並んだ幾つもの生気のない顔。
 それでいて、乾いた表情に宿るぎらついた闘争心。虚ろな目をした群衆が、手にそれぞれの、まちまちな得物を持ちながら町人の列が出来ていた。勿論、正気であるはずがない。
「囲まれたな」
「くっそ、どうすりゃいいんだよッ!?」
 苦い表情で口にするレンと、激昂を隠さないアルティオ。
「シリア、頼むわよ」
「……」
 小さく、眠りの呪を唱え続けるシリアに声をかける。きゅ、と背後に庇った少女の手が、カノンの服の裾を掴んだ。
 かちゃり、とレンの構えた剣の柄が音を立て―――

「―――時を統べるもの、大地を統べるもの、宙を統べるもの、生命を統べるもの。
 久遠を制する零弦の遙か、陽炎の源、汝、支配を恐れるならば清浄なる水の祈りを捧げん……」

「!」
 不気味な静寂を切るように、極涼やかに、テノールの詠唱が耳に入った。はっとして少女が顔を上げる。
「ちょっと、この詠唱……」
 呪を途切れさせたシリアが驚愕の声を漏らす。カノンにも聞き覚えがあった。
 それが何の呪か、判断すると同時に足元から柔らかな、淡い光が漏れる。奇怪な形をした光の紋章。術法の発動と共に浮き上がる、一種の魔方陣。

「我望む、安らかな永遠へ誘うは浄化の儀式、祈れセイクリッドブレイク!」

「―――ッ!?」
 目を焼くほどの閃光が、一瞬、辺りを包み込んだ。咄嗟に閉じた瞼越しでも、目に痛みが走る。少しだけ、くらり、と足がよろけた。
 何度か目にしたことがある。あれは高位の浄化魔法だ。大抵の他の魔法の効果を無効化してしまう、普通、高位の神官や一部の巫女や法師が扱うもの。
 光が収まるのを待って、カノンは目を開く。
 がくりと膝をついた群衆。ふらふらと、安定感のない動作を繰り返しながら、空を仰いで皆、一様に首を傾げている。
 彼らには解らないのだ。今、一体、何が起こっていたのか、が。
 首を傾げ、口々に「何やってたんだ」、「さぁ?」などと呟きながらも人々は霧散していく。
 その去っていく人波の向こうに、
「また会ったな。お嬢ちゃん」
「あ、あんた……ッ!」
「先輩ッ!!」
「へ……ッ?」
 嘲り交じりに投げかけられたセリフへ、カノンが返すよりも先に、背中に隠れていた少女があたふたと飛び出していく。駆け寄った少女の頭を、白子の青年は軽く二度叩く。少女は潤んでいた目尻を拭って、俯いた。
「よう、連れが世話んなったみたいだな」
「あんた、何でここに……」
 言いかけて、カノンははっとする。
「あんた!」
「あん?」
 つかつかと靴を鳴らし、カノンは、レンとアルティオの背を押しのけて、青年へ詰め寄った。ひょうひょうと逸らした胸ぐらを掴みながら、
「女の子見なかったッ!? あんたのこと探してると思うんだけどッ!!」
「ああ?」
「すまんな、時間がない。手身近に訊く」
 噛み付くカノンを押さえるようにして、レンが男の赤眼を睨むように覗く。
「ルナ=ディスナーという名に聞き覚えはあるか?」
「!」
「えッ……」
 男の余裕の表情に、初めて驚愕が広がった。眉間に寄せたしわと、僅かにぴくりと動いた肩が、それを象徴していた。傍らに立っていた少女は、目を丸くして、信じられないものを見る目でレンを見上げる。
「知っているようだな」
「……だから何だ?」
「彼女があんたを探しにいったようだ。見かけていたら教えて欲しい」
「……生憎、見てねぇよ。つーかてめぇら、どこのどいつであいつとどんな関係だ?」
「それを訊きたいのはこっち……」

 どぉぉぉんッ!!

『!!?』
 漂った剣呑な雰囲気を切り裂くように。
 通りの向こうから轟音が上がったのはそのときだった。


「―――ッ」
 左腕に走る痛みを抑えながら立ち上がる。細かい石畳の破片が、二の腕を浅く抉っていた。
「ルナ殿!」
「かすり傷よ……。平気」
「……」
 無表情に、黒髪の少女はこちらを眺めている。周囲には、既に幾つもの破壊の跡があった。
 デルタが苦しげに呻いて、防護障壁を解除する。額には珠のような汗が浮かんでいた。
「しぶとい、です」
「今回は随分と直球じゃないの……前回まではあれだけ周到に歓迎してくれたってのにね!」
 言い放つと同時に指を鳴らす。既に詠唱は終えている!

 どんッ!!!

 赤色の尾を引いた複数の光弾が、少女をめがけて飛来する。少女は僅かに眉を潜めただけで、すっ、と後ろへ引いた。
 一瞬、光弾が滞空する。
「!」
 胸を掠めた嫌な予感に、ルナはラーシャの袖を引き、デルタの背を押してその場に伏せる。

 きゅどんッ!! どぉぉおおぉぉおぉぉんッ!!

「なッ……」
「くッ……相変わらず無茶苦茶ね!」
 光弾はそのまま折り返すと、ルナたちの頭上へ降り注いだ。咄嗟に張った障壁で、何とか直撃は免れたが、何度も使えるような芸当ではない。
「無駄、です」
「ちッ!」
 ―――なら、時間稼ぎだけでも……ッ!
 先ほどの轟音ならば、通りの向こう側でも聞こえるはず。それに気がつかないカノンたちではないだろう。
 ならば、やることは時間稼ぎか、もしくは戦線離脱。
 幸い、ラーシャは剣士としては一流以上の腕をしている。デルタはルナの不得手な防壁の呪法を得意としているようだった。
 ならば切れるカードは一つではない。
「我求む、生み出すは青き冷厳、縛れフリーズ・フリージアッ!!」

 かきこきぃぃぃぃんッ!!!

 ルナの放った蒼い閃光が、周囲の石畳と街灯を凍り付かせる。張り付いた氷は、檻のように、少女とルナたちとの間を阻んだ。
「逃げるわよ!」
「良いのか!?」
「あんな無茶苦茶な奴、こんな公衆で相手にしてらんないわよッ!!」
 踵を返したルナと、立ち上がったラーシャとデルタが同時に駆け出す。だが、その背を眺めながら、
「……無駄」
 少女は僅かに右手を振るわせる。

 ……ぱき、ぱきぱきぱきぱきぃんッ!!

 張られた氷に、無数の白いひびが入った。振り返りながらそれを見たデルタの顔に、驚愕が広がる。
「何ですかあれは……! そんな無茶な……」
「だから無茶だ、って言ってんでしょうがッ!!」
 走り出しながら、ルナは次の呪を口ずさむ。

 ぱきぃぃぃんッ!!

「逃がさ、ない、です」
 それが完成するより先に、砕けた氷を踏みつけて、少女がぱたぱたと走る。軽やかに走っているだけのそれは、しかし、思うより速度が速い。
 加えて、少女にとって距離は差たる意味を持たなかった。
「お返し、です」
 少女の前に、無数の氷の粒が浮かぶ。
 ―――くッ!
 呪文は、間に合わない!
「……紅に咲く華々に求む。劫火の果てに尽きる声よ」
「!?」
 歯を軋ませたルナは、傍らから響く声に顔を上げる。詠唱を終えたラーシャは、立ち止まり、振り返る。
 眼前には、少女が生み出した幾つもの氷の粒!
「昇華[ヴァーニング]―――!!」

 ごぅッ!!

「!」
 珍しく、驚いた表情の少女と同じように、ルナも言葉をなくす。
 昇華―――カノンと魔変換[ガストチャージ]のように、けして魔法ではない。特定の人間のみが持つ、異能力。
 何もない虚空から自然発火を起こし、またその炎を自在に操る、戦闘に特化した能力。
 滅多にあるものではない。かく言うルナも、実際に目にしたのは初めてだった。
 生み出された炎は、氷の粒をすべて呑みこみ、生み出されたときと同じように、虚空に掻き消える。
「ラーシャ、あんた……」
「話は後だ。逃げるのだろう?」
「そ、そうね!」
 我に返ったルナは唱えかけた呪を再び紡ぎながら、踵を返す。だが、少女はそれよりも早く立ち直り、今一度、手を振った。
「!」
「ラーシャ様ッ!」
 黒い影が、三人の両脇の足元を駆け抜けた。それは三人の前方で形を成して、くぐもった雄叫びを上げる。
 全身は黒というか、影。そう、影だ。影そのものが、歪な牙や角を生やして、地面から生えている。
 異様な光景だった。細い輪郭を描いた、ただの影が、凶悪な顎をこちらに向けているのだから。

 ぎ……ぎぎぎ……

 羽虫が上げるような奇妙な怪音。歯を噛み締めて、ラーシャは刃を抜く。はっ、としてデルタが後方に防御壁を張ろうと試みる。
 が、そのときにはもう、少女の生み出した影と同じ色をした複数の刃が背後に迫っていた。
 ―――これまでか……ッ
 迫る衝撃に、ルナが覚悟を決めたときだった。
「我望む、安らかな永遠へ誘うは浄化の儀式、祈れセイクリッドブレイク!」
 ―――え……?
 低いテノールの声と共に、周囲が一瞬、閃光に瞬いた。その中で、少女の動きも止まる。
 反射的に身を固くしながら、耳に入った声を、呪文を胸中で繰り返す。
 ―――今の呪文……それに、あの声は……。けど、そんなはず、そんなわけ……
「……くッ」
 閃光に目が眩んだのか、少女の体が傾ぐ。影の獣は、光の中で既に消えていた。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
 ラーシャが抜き身の剣を携えて、少女の方へ地を蹴った。しかし、
「……」
「!?」
 少女は無感情な目でその刃を眺め、そして、ゆらりと身体を倒す。
 空に解けるように、その小柄な身体は、目の前から消え失せた。ラーシャの剣は虚しく空を切り、半壊した石畳を叩く。
 手応えのない剣に、ラーシャは茫然としてその場に立ち尽くした。
「今のは……一体…」
「ルナッ!!」
 トーンの高い少女の声が、彼女の名を呼んだ。顔を上げると、金の髪を揺らしながら幼馴染の少女が駆け寄ってくるのが見えた。
「カノン……」
「ったく、何やってんのよ! 今がどんな状況か解ってるでしょうがッ!!」
「なッ! ちょっと、あんたに言われたくないし! あたしだってね……」
「る、ルナ、ちゃん……?」
「―――!?」
 彼女の背後から聞こえた、か細い声に、ぴたりとルナの張り上げた声が止まる。こつ、と響く靴音。
 気がついて、カノンがこちらの視界からずれた。茫然とした栗色の瞳と目が合った。
 ルナよりも背は低く、紺色のローブに柔らかそうな蜂蜜色の髪が垂れている。浮かべた表情は、どこか自身と言うものに欠けていて、うっすらと残ったそばかすがあどけない。
 ―――う、ウソ、でしょ……
「い………イリー…ナ……?」
「ルナちゃん? ルナちゃん、なんだよね……!?」
「な、何で、あんたがここに……」
「ルナちゃんッ!!」
 両目の端に雫を浮かべた少女は、肩を震わせて感極まったように、走り出す。そのまま慌てて逸れたカノンの横を抜けると、腕を伸ばして抱きついて来た。
 ぎゅう、と力を込めてしがみつかれる。
「な、ちょ、い、イリーナ……ッ!」
「良かった、ルナちゃん……生きてた、ほんとに、生きててくれた……ッ! ふ、う、うぇぇ……ッ!
 ルナちゃん、ほんとに…良かった、良かったよぉ……ふぇ……」
「あんた…どうして……」
「だって、だってルナちゃん……私たちだけ置いて……。自分だけ、えぐッ…先輩助けに行って……帰って来ないから……ふ、ぅうぅうううッ!」
 事情の解らないカノンは目を白黒させることしか出来なかった。その幼馴染に気がついて、とりあえずは落ち着かせようと張り付いたままの少女を宥めて拘束を解かせる。
「ち、ちょっとルナ……。あたし、全然事情が把握出来てないんだけど……」
「わ、解ってる。解ってるけど、ちょっとま……」
 頭の中を整理しようと、問いかけるカノンと泣き続ける少女を制しようとした。
 けれど、
 その刹那。
「…………くッ、こりゃあ参ったな」
「・・・!」
 鼓膜を叩いたテノールの声。
 あの呪文を編み出した、低い、どこか嘲りを含んだ響き。
 それは聞き覚えのある声だった。
 いや、聞き覚えがあるなんてものじゃない。
 最初は大嫌いだった。
 人を馬鹿にして、これっぽちも思いやりのある言動なんかしなくて、デリカシーもなくて、人の気にしてることはむしろ好んでずけずけ言ってくる。最低だと思っていた。そう、ちょうどさっきのカノンと同じ。
 特に、組織を離脱してからは聞きたくもない声だった。
 時には頭の中の幻聴で響いた。それがこの上なく嫌だった。
 それが聞こえる気がする度に、僅かに抱いた期待が、結局は裏切られることを知っていたから。
 二度と、聞くことは出来ないかもしれない。そう覚悟してきた。その方が、楽に生きられる。自身の幻想に裏切られないで済む。
 だから。
 そんなはずはないのだ。
 その声が、こんな間近で、痛む左腕が夢ではないと告げているのに、聞こえるはずが―――
「てっきりわけのわからねぇ連中のホラ話だと思ったのによ……。世の中、妙なこともあるもんじゃねぇか」
 幻聴の靴音がする。
 そんなはずはない。
 そんな、はずが、ないのだ。だって、だって、あのとき彼は―――!
 ぐいッ。
「―――ッ!」
「何だ、冷てぇな。イリーナのことは覚えてても、俺のことは忘れたのか?」
 腕を引かれて、ただでさえ軽い身体がいとも簡単に引き寄せられる。つんのめったと思ったら、今度は無理矢理上を向かされた。
 沈みかけた夕刻の日が、色素のない髪に反射して金にも銀にも見える、不思議な光を放っていた。
 雪に等しい色をした肌に、薄い唇は記憶と寸分違わない笑みを浮かべている。
 そして、
「……よう、久しいな」
「………ぅ、う、そ、…でしょ……」
 ようやく出た声は掠れていた。
 視界に映ったのは、細められた、切れ長の、

 血の色をそのまま映した、真紅の瞳―――

「……思い出したか?」
「………ぁ、ぅ……」
 そんなはずはない。
 忘れるわけが、ない。
「か………か、カシ、…ス……?」
「……」
 すっかり乾いた声が紡ぎ出した名に、男は満足げに、口元だけで笑んだ。
「……俺以外の誰に見える?」
「な……なん……なん、で……」
「こっちのセリフだ。長い間、どこほっつき歩いていやがった」
 がらがらと、音を立てて壁が崩れていく。必死に張り詰めていた糸が、ぷつん、と切れる音を、どこかで聞いた。
 久しく忘れていた、熱いものが、身体の奥から込み上げた。
「……イリーナ…、カシス……」
「そうだよ、ルナちゃん。先輩も私も、ちゃんと生きてるよ。本当に、いるんだよ?」
 目尻に涙を残したままで、ずっと傍らに立っていた少女が満面の笑みを浮かべて、こちらを覗きこんだ。
 それが、五年以上も前の、彼女の中の、安らかな記憶と完全に一致した。
 がくり、と膝から力が抜ける。
「る、ルナちゃん!?」
「何やってんだ、お前?」
「……………ッうるさい!!」
「!」
 目の前の白衣の胸倉を掴み返して、思わず怒鳴りつけた。涙交じりの声だったことは、知らない。
「ほんッ…とに、あんたたちは……ッ! どれだけ…ッ、どれだけ人を心配させたら、……ッ、ぅ、ふぅ………ぅううぅううッ!」
「ルナちゃん……」
「……」
 堰を切って流れ出した雫は、どれだけ歯を食い縛っても止まってはくれなかった。だから、上を向くのを止めて、誰が顔を上げてやるかと俯いた。
 呆れた溜め息が聞こえた。
 乱暴な手つきが、髪を掻き乱す。
 その手に、一時。
 甘えるように、彼女は少しだけ、泣いた。



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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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