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DeathPlayerHunterカノンの小説を移植。自分のチェック用ですが、ごゆるりとお楽しみください。
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DeathPlayerHunterカノン[ゼルゼイルの旅路] EPISODE10
かりそめの傍らで、蠢き出す。
 
 
 

「……以上で説明を終わらせて頂きます」
 固い声で吐き出した後、壇上から頭を下げる。形だけの寂しい拍手が、ぽつりぽつりと漏れた。
 頭を下げ、床を眺めながら歯を噛み締める。ところどころから響いて来るひそひそ話が、シェイリーンの心臓をきりきりと痛めつけた。

 ―― ……先日の戦果も……
 ―― ……やはり総統の指揮が……
 ―― 采配が間違っていたのだ……

 ぎり――ッ!
 礼服の裾を思い切り握り締め、唇を噛み締める。頭を下げていたのはほんの数秒だったというのに、彼女には永遠にも等しいほどに感じられた。
 顔を上げた先には、北の都ゼルフィリッシュの要塞に造られた最も大きい作戦会議の、ぐるりと発言者を取り囲む院員席。傍聴のために造られたその階段状の形状が、今は威圧を与える産物になっている。
 ランプと松明の光は、奥まで行き届いてくれなくて。
 ぐるりとシェイリーンを取り囲む貴族院の院員の表情までは伺えない。もっとも、その方が良かったのかもしれない。見えたら見えたで、きっと吐き気がするだけだろう。
「……ラタトス総統」
 暫しの間があって、がたりと席を立つ音がした。シェイリーンは表情を引き締めてそちらを見上げた。
 ランプの光に当てられて、微妙に歪んだ男の表情が見える。
 院の礼服を着た老齢の男。老齢、といっても腰はぴん、とまっすぐで、貫禄と威圧を感じる眼光を周囲に振り撒いている。白いものが混じり始めた黒髪を撫でつけた、老齢の紳士は壇上の小娘の姿にぎろり、とその眼光を向ける。
 シェイリーンは下腹に思い切り力を込める。
「……何でしょうか、ランバイン貴族院長」
 貴族院を統括する、院長。それが男の肩書きだった。シェイリーンは目を尖らせて睨み返す。男はそれを平然と受け止めながら、
「……貴女の提案したい策は分かった。だがそれを、我々を無視して断行とは、些か勝手が過ぎるのではないかね、総統」
 野次のような賞賛は飛ばないが、院員の席から彼の言葉を推すような空気が漂ってくる。彼にとっては追い風、シェイリーンにとっては向かい風だ。
 厳しい眼差しをお互いに逸らさない。
「……それについてはお詫びを申し上げなければなりません。ですが、魔道や歴史の研究というものは、時間と手間がかかります。一秒でも惜しいのです。
 我々は実に良い協力者を得ることが出来ました。ならば、シンシアのためにも……!」
「……エイロネイアとの境界線の後退を代償に、手に入れた協力者を、かね?」
「ッ!」
「ラタトス総統。君のしていることは本末転倒ではないのかね?
 協力者を得るがために、戦況を傾け、その戦況を覆すために憎きエイロネイアと同じ鉄を踏もうと言う。
 これでは、お父上も浮かばれんと思うがね」
「……」
 場の空気は完全に傾いていた。シェイリーンは歯噛みしながら、壇上で胸を張り続けている。
 詭弁だ。紡がれる、あまりにも一辺倒な理論。間違ってはいないが、すべてを語っているわけでもない。
 シェイリーンは彼らの文句がひとしきり終わるまでの長い時間を、苛立ちを抑えながら耐えなくてはならなかった。
「……確かに最良の選択ではなかったことは認めましょう。ですが、現実として、我々はエイロネイアと同等の立場に立たなくてはなりません。
 それに、エイロネイアのように死者を冒涜する行為を働こうと言っているのではありません。その対抗策となるものを編み出そうと言っているのです」
「君は魔道の研究には時間と手間がかかる、と言ったね?
 その研究が実るのは何日後かね? 何ヵ月後、それとも何年後かね?
 冗談ではない。我々は一刻も早く、逆賊エイロネイアを討たねばならないのだよ」
「……その策とは別に、我々とて策を練っています。ジルラニア平原の奪取についても、目下検討中です」
 まるで堂々巡りだ。揚げ足ばかりを取られて、話が前に進んでいかない。苛立ちと焦燥ばかりが募って、冷静さを奪っていく。
「やはり一般の市民からも徴兵を行わなくては……」
「!」
 ぽそり、と外野から漏れた声にシェイリーンは面を上げる。発言をした院員は鋭い視線に口を噤んだ。
 しかし、老齢の院長はそれを擁護するように、厳かな口調で、
「そうですな。総統、以前から言われていたことですが、やはり訓練兵だけでは数が足りん。
 たとえ烏合の衆とはいえ、兵の数はそれだけで威圧を与えることも出来る。私としては、その実りの望めない策より先に考えなくてはならない件だと思うがね」
「……前向きに検討します」
 ペースが持っていかれている。自覚はあるが、その軌道を変えることが出来ない。
 己の無力感を噛み締めながら、シェイリーンはもう一度立ち上がった老齢の男を見上げた。
 貴族院、いや、今や議会で絶大な権力を持つ男。そもそもこの男が院の中で実権を握るようになってから、以前はシェイリーンを持ち上げていた議会も右翼派へと傾いていった。
 原因は、金か名誉か。どちらにしても、この男がシェイリーンの立場を脅かしている元凶の一つ、ということに変わりはない。
 エイロネイア皇太子の介入がなかったとしても、この男は貴族院を、そして議会を飲み込んで、和平へと流れつつあった政治思考を過激な方へと転ばせてしまっただろう。
 その目的は、おそらくはこの総統の座か。だからこそ、シェイリーンの上げる策を叩き、戦況の好転を望んでいるようで望まないような発言を繰り返す。本末転倒なのはどちらなのか。
 この男さえいなければ、貴族院もこれほど思い上がることはなかったのに……!
 噛み締めた唇から血の味がする。
 だが、シェイリーンは何としても前線で耐えているラーシャたちに朗報を届けなくてはならないのだ。
 僅かな血の味を飲み込んでから、四面楚歌の壇上で。
 シェイリーンは再び、小さな唇を開いた。


 ぱんッ、と勢い良く青空に白が広がる。飛び散った僅かな水滴が顔にかかって、ケナがひゃぁ!と嬉しそうな悲鳴を上げた。
 それにくすり、と笑いを漏らしてから、彼女は庭の木と木の間に引っ張った洗濯物用のロープへ、洗ったばかりのシーツをかけた。ふわり、と柔らかい風がわずかにシーツを靡かせる。
「フィーナちゃん、はい!」
 足元の洗濯籠中から、ケナが両手で取り出したのは水を吸って大分重たくなっている父親のジャケット。もう少しで地面に着いてしまいそうで、フィーナはくすくすと笑いながらも取り上げる。
「洗濯物いっぱいだねぇ」
「昨日まで天気良くなかったしねー」
 既に洗濯物で埋まってしまったもう一本のロープを見上げて、ケナが言う。ここ三日で随分と溜まってしまったものを、一気に洗濯桶に放り込んだ。
 少し腕が痛いが気分的にはすっきりだ。
「フィーナちゃん、これで最後ー」
「あいよー」
 ケナの声に片手を伸ばす。しかし、その最後の洗濯物の湿った感触が、いつまで経っても指先に当たらない。
「……?」
 不信がって首を動かすと――
 ケナは何故かフィーナの下着を胸に押し当てて眉間に皺を寄せていた。
「!!?」
「フィーナちゃんて胸大きいなー」
「ちょっとあんた、何してんの!?」
 降って湧いた恥ずかしさに慌てて下着を奪取する。ケナは子供のくせに妙に大人びたふうにニヤニヤと笑い、真っ赤になっている彼女を見上げた。
「だって、それだけお母さんのサイズ合わなかったんでしょ?」
「……そうだけど」
 今、フィーナが来ているものは、拾われて目が覚めたときにアレイアから借りたものだった。アレイアとケナしかいない家の中に、ちょうど良く女物があることに首を捻っていると、躊躇いがちにケナの亡くなった母親のものだと聞かされた。
 少し考えてみれば分かりそうなものだった。問いに答えたときのアレイアの顔は、少しだけ寂しそうで、罰が悪かった覚えがある。
「いいなー、ケナも胸大きい方がいいなー」
「あのねー、子供が何言ってんの? 千年早いわよ」
「ぶぅ。だって、ケナ、お母さんの子供だからフィーナちゃんみたいにはならないってことじゃん」
「こらこら。そんなこと言うもんじゃないわよ」
 「まったく」と呟いて、ケナの金色の頭にぽんぽんと手をやる。
「しかしまー、アレイアもアレイアで良く簡単に奥さんの服なんて貸してくれたもんよねぇ」
 ロープに吊るされて揺れる、先日、自分が着ていたワンピースを眺めながら呟く。その一言に、ふとケナが真顔を上げて、
「……だからだよ」
「? 何か言った?」
「……ううん。何でもない」
 小さく、何かを言ったような気がした。
 けれど、それはあまりに小さすぎて聞こえなくて。
 一瞬後には、ケナの表情は元の晴れ晴れとしたものに戻っていた。
「……ケナちゃん?」
「あははー、何でもないよぅ」
「……?」
 首を傾げながら、空になった洗濯籠を持ち上げて、空を見上げる。
「そういえば、今日はアレイア。仕事は午前中って言ってたわね」
 ケナがぱっ、と顔を上げる。
「買い物ついでに迎えに行こうか」
「うんッ!」
 勢い良く頷いたケナに微笑んで、帽子を取ってくるように言う。ぱたぱた、というかばたばたと家の中に飛び込んでいく小さな背を追って、フィーナは籠を担いでリビングへと入った。
 いつも籠を置いている棚にそれを片付けて、薄っすらと額に浮かんでいた汗を拭う。
 一息ついて、次は買い物用の籠を探す。棚の上の段に手を伸ばし――手が空ぶった。
 一瞬、首を傾げてすぐに手を打ち鳴らす。そうだ、昨日は結局荷物をアレイアに運んでもらって、キッチンに置きっ放しになっていたっけ。
 狭いリビングを横切ってキッチンへ向かう。
「あったあった」
 小さな食料庫の前の床に放り出されていた買い物籠を持ち上げる。折った身体を持ち上げようとして、
「……ん?」
 普段は目につかない、食料棚の裏側が見えた。見えるのは木目だけのはずだが、ひらり、と何か薄っぺらな紙が張り付いている。
「何だろ……?」
 手を、伸ばしかけて。
「フィーナちゃーん! 早く行こーよーッ!!」
 小さなお姫様の呼ぶ声が聞こえた。
「はーい、ちょっと待ってー!」
 大声で返して、急いでキッチンを出た。あの娘は活発すぎて、待たせるとどこに飛んでいくか分からない。
 キッチンに背を向けて、テーブル脇にかけてあった家の鍵を取って玄関へと走った。


「……戦争、ですか?」
「ああ、そのせいで砂糖の値段が上がってしまいましてねぇ……」
 馴染みの菓子屋の店主は、そう言って溜め息を吐いた。
 アレイアとケナが郊外に住むこの小さな村には珍しいことに菓子屋というものがあった。店内は普通の民家のようにこぢんまりとした造りだが、おかみ手作りの素朴なクッキーやケーキが並び、また菓子の材料になる白糖や小麦粉が比較的安く手に入る。
 アレイアの職業先に度々、差し入れとして持って行くことがあるため、またフィーナ自身も菓子作りのレシピだけは手に染み付いていて、短い間にも彼女はちょっとした常連になっていた。
 その店で、今日、フィーナは首を傾げることになったのだ。
 先週と比べて砂糖や小麦粉の値段が少しばかり上がっていたからだった。
 疑問に思って店主に問い、返って来たのがその一言だった。
「小麦とか。そういうもんは全部、兵士さんたちに優先して流れていってしまうんですよ。私らはそのあまりを高い値で買うしかありませんでね。
うちも長らく耐えて来ましたが……今回ばかりは」
「そう……なんですか」
 歯切れ悪く答える。
 目覚めたとき、もちろんフィーナには、自分が今いるこの国がどうなっているかなどという記憶さえ残ってはいなかった。
 アレイアに寄ると、このゼルゼイルという島国は、五十年もの間、北と南に分かれて戦争をしているらしい。
 その戦争は、長らく拮抗した状態にあったが、最近になって南方の国であるエイロネイアの皇室の息子――つまりは皇太子になるわけだが、彼が戦の才を発揮し、徐々に境界線を北に押しやっているとか何とか。
 そして、この村は北方シンシアと南方エイロネイアの境界線付近に存在する。一応、シンシアの領土内に当たるらしい。
 戦火が降りかかっていないのは、山深い田舎で、まったく両者にとって戦略的価値がないためだそうだ。戦争や小競り合いが起こっているのはもっぱら平地の方らしい。
「ここは安全だけど物を運んでくるのにちょいと面倒なんだ。砂糖とかはどうしても平地の方から持ってこなきゃならん。
 ちょっと高めになっちまうが、まあ、お金で安全は買えないからねぇ……」
「……」
 そう言って仕方なさそうに頬を掻く店主。それを目の端に止めながら、彼女は腕を組む。
 ここに暮らしているだけならば、そんな戦火など微塵も感じない。のどかなものだ。けれど、山を一つ越えてしまえば、平地で戦火が飛んでいる。
 記憶を失くしたフィーナには、とても現実離れしていて――
「……」
 いや、現実離れ、しているのだろうか。
 戦火、シンシア、エイロネイア。まったく知らないはずのその単語を聞くたびに、胸のどこかがちりちりと得体の知れない感覚を抱くような……。
 ――ん、んー……
 頭で考えても、やはり何も出て来ない。
 深みに嵌るより先に、店主が「今日はどうするのか」と声をかけて来た。
 思考を切り替えて、財布の中身を思い出す。
 アレイアの仕事は力仕事だ。いわゆる運搬行。きこりが伐採した丸太を運んだり、農家で作物や肥料を運んだり。たまには雑貨屋で肉体労働もしている。
 不安定と言うなかれ。田舎の野良仕事中心の村には良くある職業である。
 しかし、それとは別に、特別な依頼で農業の弊害となる獣やゴブリンなどの害獣を退治したりもしている。どうやら腕に覚えがあるらしい。家にも錆び付いていない剣が何本か転がっていた。
 そういう仕事の報酬はやはり少しばかり多い。といっても当然、それほど余裕がある家庭でもない。
 皮算用を終えた彼女は、いつもより少しだけ少な目の砂糖と小麦粉を注文する。
 店主は人の良い顔で、けれどもやはり少しだけ寂しそうな顔をして、「はいよ」と答えた。
 店主が量を測っている間、彼女はめぼしいものがないか、あまり広くない店内を物色する。
いつもと同じ甘い香りが漂っていて、綺麗にラッピングされたクッキーと砂糖菓子が大きめのバスケットに並んでいる。
 一つくらい、ケナに買ってやってもいいか。この間はちゃんとブロッコリーも食べたことだし。
 そう思って青いリボンのついた飴玉の包みを持ち上げて、レジの向こうの店主へ声をかけようとして、

「!?」

 ぞくり、と。
 何故か、寒い、寒い悪寒が、彼女の背中を駆け抜けた。
 身体の四肢がぴきん、と緊張する。その寒い感覚は身体を拘束し、一瞬で解放される。
 それと同時に彼女は背後を振り返った。
「あ……」
 きぃきぃと音が鳴っている。見慣れた赤いポップなカーテンがかけられた窓辺。確か、最近風が吹いた程度で軋んでしまうようになった、と言っていたっけ。
 でも、それだけ。
 見慣れた窓が、外の人波が見えているだけだった。
 ―― ……疲れて、るのかな……
 何だったのだろう?
 身体があんなふうになるなんて、今まで無かった。一体、今の違和感は……。
「……ナちゃん、フィーナちゃん!」
 店主の呼ぶ声にはっ、と我に返る。カウンターを振り返れば、小袋を差し出している彼の姿があった。
「どうかしたのかい?」
「あ、いえ! 何でもないです……」
 手に持っていた飴の包みをカウンターへ持っていく。店主が代金を計算し始める。
 それを待ちながら、彼女はもう一度窓辺の方へ目を寄せる。
 窓辺には、先ほどと同じように、静かに小さくカーテンが揺れるだけだった。


「はーぁ」
 久しぶりに晴れた空を見上げて、ケナは小さく肩を竦める。
 お菓子屋さんのドアの手前に立っている。目の前は人通りでごった返していて、中からは甘い香りが漂ってくる。
 鼻をつく大好きな甘い香りに、また剥れた。
 こんなにいい匂いなのにおあずけなんて、子供には酷過ぎる。むぅ、と膨れて冷たいガラスのドアに背をつける。
 こつこつと流れていく人の踵だけが見える。がやがやと喧騒が耳に入る。
 時間が長く感じられる。お父さんやフィーナちゃんと話しているときは、あんなに時間が短いのに。
 剥れたままのケナの耳に、不意に甲高い笑い声が飛び込んで来た。どこかでも感じたことのある既視感に、表情を歪める。
 顔を上げると、ドアの内側に自分と同じくらいの背丈の子供が見えた。慌ててドアの前からどける。
 からからん、と店のベルが鳴って、ケナと同い年くらいの男の子が棒にささったキャンディを舐めながら上機嫌に出て来た。
 飴の棒を握る反対側の手では、ぎゅ、としっかり母親の手を握っている。
「……」
 ケナが道を譲ると、微笑ましく笑いあった親子はその脇を素通りする。男の子が店先の僅かな段差でよろけて、母親は慌てて手を引くことで転ばせないようにする。
「もう、気をつけなきゃ駄目でしょ」
「だ、大丈夫だよッ!」
 母親の窘める声に、強がりで答える。だが、一瞬だけ損ねた機嫌も手に持った甘い飴でころっと直ってしまう。母親はふ、と笑って再び彼の手を引いた。
 親子はそのまま、通りの向こうへ消えていく。
「……」
 ケナは黙ってその後姿を眺めていた。人込みに紛れて二つの影が見えなくなると、足元に転がっていた小さな石ころを蹴った。
 こつん、と音がして小石が階段を転げ落ちる。最後には、人波の靴の流れに紛れて見えなくなった。
「……」
 ケナはふん、と鼻を鳴らす。
「……寂しくないもん」

 からからん。

 ケナの小さな呟きを、軽快なベルが掻き消した。背にしたドアが開いていた。
「ごめんねー、ケナちゃん。遅くなって」
「あ」
 買い物袋を提げたフィーナがかがんで視点を合わせて来る。ケナは顔を上げた。笑顔を作る。胸を、張る。
「遅いよー、フィーナちゃん! 何してたのー!?」
「ごめんごめん。ちょっと話し込んじゃった」
「もー、フィーナちゃんてばー……」
「だからごめんって。はい、お詫びにこれ」
「?」
 籠の中からフィーナが何かを取り出した。白い彼女の手の合間に青いリボンが広がる。差し出されて両手を出した。
 小さな包みが、ケナの小さな掌に乗せられた。
「あ……」
 小さな包みの中に見えたのは、べっ甲色の小さな砂糖菓子。
「あ、う、うん……」
「嫌い?」
 今ひとつ鈍いケナの反応に、フィーナが不安げな声を出す。ケナは慌ててぶんぶんと首を振った。
 がさがさと急くように、けれど包みを破らないように丁寧に開いて、べっ甲色の飴を取り出す。そのまま頬張った。
 甘くて香ばしい味が口の中に広がった。
「ケナちゃん?」
 飴を口の中へ放り込んだケナが、唐突にスカートにしがみ付いてきた。彼女は首を傾げながらも、自分と同じ金髪を撫でた。
「どうかした?」
「……」
 少しの沈黙があった。だが、ケナはすぐに顔を上げて、いつものようににっ、と笑って、もう一度甘えるように抱き着いてきた。
「何でもないよー、ありがとう! フィーナちゃん、大好き!」
「?」
 その様子に、フィーナはまた少し首を傾げたが、彼女の表情があまりにもいつも通りだったので気にかけないことにした。
 離れたケナが、上機嫌で小さな手を伸ばしてくる。それに応えて小さな手を握る。彼女はまた満足げに微笑んで、フィーナを引き摺らんばかりの勢いで町中へと飛び出した。


「シリア、シリア!!」
 大声と共に地下の研究室のドアを開く。その脳天に、

 どがッ!

 分厚い蔵書の角がクリティカルヒットした。
「……レディのいる部屋にノックも無しで飛び込んでくるなんて、些かマナーがなっていなくてよ、アルティオ」
「スイマセン……じゃなくって!」
 普段よりも三倍速程度、早く復活したアルティオは鬼気迫る表情でがばり、と起き上がる。
 その様子にさすがにただならぬものを感じたシリアは、憮然としていた表情を真顔に戻した。
「……何か、あったの?」
「ああ、なんて言うか……。まあ、来て見てくれよ」
「分かったわ」
 研究室内に、他の魔道師たちが働いているのを慮ったのだろう。静止した魔道師たちに指示を出してから、シリアはアルティオを急かすように廊下に出た。
 ごぅん、と背中で重い地下室の扉が閉まる。扉に阻まれていれば、こちらの声は中まで聞こえないはず。
「……で?」
「ああ」
 苦い表情でアルティオは階上へと伸びる階段の上を指差した。そのまま先導するように歩き出す。
 シリアは双剣を背負う背中について階段を上った。
 地上に出ても、彼は階段を上り続ける。確か、彼は砦の塔の上で見張りをしていたはず。そこまで連れていく気なんだろう。
 シリアの額に汗が浮かんだ。上り続けて疲れたわけじゃない。これは脂汗だ。
 見張りに立っていた彼が、他の魔道師には気取られないように、シリアだけを呼びに来た。
 それが一体何を意味するのか――想像には、難くない。
 やがて塔の見張り台に着き、彼と共に見張りに立っていた数人の兵士の真っ青な顔色を見て、シリアの懸念は確信に変わった。
 ごくり、と固唾を飲み下す。
「……で」
 聞きたくもない先を促す。アルティオはやはり苦い顔で、額に同じような汗を浮かべながら、塔の小さな窓を指差した。
 かりッ――数日で癖になってしまったらしい。爪を噛んで、シリアは笑いそうになる膝を叱咤して、その窓に近づいた。自分のヒールのかつん、という音が妙に五月蝿い。
 シリアは、深呼吸をしてから、その窓を覗いた。
 塔の上から見える、遠い丘の上に、幾つもの黒い点と、翻る八咫鴉の紋の旗が見えた――。



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★ プロフィール
HN:
梧香月
HP:
性別:
女性
趣味:
執筆・落書き・最近お散歩が好きです
自己紹介:
ギャグを描きたいのか、暗いものを描きたいのか、よくわからない小説書き。気の赴くままにカリカリしています。
★ 目次
DeathPlayerHunter
         カノン-former-

THE First:降魔への序曲
10 11Final

THE Second:剣奉る巫女
10 11Final

THE Third:慟哭の月
10 11 12 13 14 Final


THE Four:ゼルゼイルの旅路
  3-01 3-02   6-01 6-02    10 11-01 11-02 12 13 14 15 16 17 18 19  20  21 …連載中…
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